赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

25BCHI

文字の大きさ
23 / 76
第三章:資本の光は辺境から

第三節:金は貸すもの──ギルド銀行の誕生

しおりを挟む
朝の執務室。窓から差す光で、机の上の硬貨が小さくきらめいた。
 魔鉱貨、帝国金貨、銅貨——形も重さも違う金属が、散らばったまま動かない。

 「これが最初の壁だ」
 加賀谷零は椅子に浅く腰を掛け、硬貨を指で弾いた。澄んだ音が一つ。

 「通貨はそろった。けど人はまだ、どれを信じればいいか迷ってる」

 リィナは向かいで帳簿を閉じる。
 「共通通貨を作っただけでは不十分、と?」

 「ああ。次に越える壁は“払ってもらえる”という信用だ」
 加賀谷は羊皮紙に二本の線を引いた。
 「商品があっても現金が足りなきゃ取引は止まる。だから後払いを保証する“封印手形”を用意する」

 「魔法で改ざん不能にするのですね」
 リィナの瞳が光る。いつしか彼女は数字の議論に物怖じしなくなっていた。

 「最後の壁は資金源。店を開きたくても元手がない連中が山ほどいる」
 加賀谷は新しい紙を取り出し、中央に大きく“銀行”と書いた。
 「貸す場所を作る。利息は初年度ゼロ。黒字になったら利益連動だ」

 「商人ギルドは渋りますわ」
 「利で動く相手だ。儲け口を見せれば黙る」

 そのやり取りを後ろで聞いていたミロが小さく手を挙げた。
 「れいしゃちょー、試算は出てます。預金が集まれば一年で貸付原資は三倍に膨らみます!」

 「よし、実行だ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数日後。王都の中央通りに新築の石造りが完成した。
 《ギルド信用取引所》——扉が開くと同時に、行列ができる。

 「利息ゼロって本当か?」
 真新しい窓口に、あごひげの商人が身を乗り出す。

 「初年度は利息なし。黒字になったら返済の二割を納めてもらいます」
 案内役のギルド員が封印手形を差し出した。淡い魔法光が走り、偽造防止の紋章が浮かぶ。

 「二割? 帝国の金貸しは五割取るぞ」
 背後の農夫が目を丸くする。

 「払えないときは?」
 「倉庫を魔導で封印します。返済が済めばすぐ解除」
 ギルド員は淡々と答えた。

 列の最後尾にいたレオン・グレイブが、頬杖をついてにやけている。
 「利息ゼロに担保封印。これじゃ古株の金貸しが泣くわけだ」

 加賀谷は肩をすくめた。
 「金の流れは早い者勝ちだからな」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 夕刻。行列が途切れた取引所の二階バルコニーで、リィナが街を見下ろした。
 朝は閑散としていた通りに、荷車が行き交い始めている。

 「……動いていますわね」
 陽が傾く石畳に、彼女は小さく笑みをこぼした。
 「通貨——信用——融資。三つそろうと、本当に人が動くのですね」

 「血が巡り始めただけだ」
 加賀谷は隣に立ち、遠くを指さす。
 「次は、運ぶ血管と、働く筋肉を作る。自由都市と雇用市場だ」

 リィナは風に揺れる髪を耳にかけ、真剣な横顔を見つめた。
 「そのときは、わたくしも前線に立ちますわよ」

 「頼りにしてる」
 加賀谷は短くそう言い、歩き出した。

 魔鉱貨の音が、夕暮れの石畳に小さく響いた。

 魔鉱貨の澄んだ音が石畳に跳ねる。
 加賀谷が歩き出そうとしたとき、リィナの袖がそっと彼のマントをつかんだ。

 「大公閣下。せっかく街が動き出したのですもの、わたくしたちも“お金を回す側”になりませんか?」

 加賀谷は目を瞬き、すぐに口角を上げる。
 「――いい提案だ。自分たちで火を入れないとな」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 夜の王都。中央通りは、魔導灯と屋台の明かりで昼間以上ににぎわっていた。
 香ばしい串焼きの匂い、焼き菓子の甘い香り、行商人の威勢のいい声。魔鉱貨が小気味よくやり取りされ、通りは活気に満ちている。

 「まずは、あの菓子を」
 リィナが指さした先の屋台で、薄紫色の花蜜ケーキが並んでいた。

 「二つ頼む」
 加賀谷は魔鉱貨を置く。屋台の主人は目を丸くし、深々と頭を下げた。

 「まさか大公閣下じきじきに……あざっす!」

 受け取ったケーキを一口。花蜜の優しい甘さが口いっぱいに広がる。
 リィナは目を細めた。

 「これだけで、ここに人が集まる理由がわかりますわ」

 「金が回れば、味にも投資できる。味が上がれば、さらに人が来る。正の循環だな」

 そのあと二人は、革細工の屋台で財布を新調し、流行りの魔導小物を試し、路地裏の歌姫が奏でる笛の音を足を止めて聴いた。

 歩きながら、加賀谷がふと笑う。

 「経済を語るより、こうして使うほうが早いかもしれないな」

 「ええ。数字の裏には、こういう楽しい夜が隠れていますもの」

 リィナの頬に夜灯が映え、その笑顔に加賀谷も思わず見とれた。
 だが次の瞬間、彼は軽く手を叩く。

 「よし。今日は“実地検証”だ。もっと使おう。屋台を全部回るぞ」

 「ぜ、全部!?」

 「俺たちが回れば噂になる。明日には、“大公と公女が夜市で散財した”って見出しが載るさ。宣伝費も兼ねてる」

 リィナは困ったように笑い、少しだけ頬を染めた。
 やがて肩を並べると、二人は活気あふれる夜の通りへ再び踏み出した。

 魔鉱貨が跳ね、笑い声が弾む。
 公国の経済は、今夜も着実に回り始めていた。






◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
更新の励みになりますので、
いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!

今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。
そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

処理中です...