24 / 76
第三章:資本の光は辺境から
第四節:働けば報われる──労働市場の解放
しおりを挟む
「……この国の夜明けを、閣下は本気で起こすおつもりなのですね」
ヴァルド・レヴァンティスは、机の上に広げた書簡から目を離さず、ゆっくりと吐息をついた。
その手には、今朝届いたばかりの《新銀行設立告知》――“ミティア信用組合”創設の知らせが記されていた。
通貨の整理にとどまらず、預金と融資の制度を取り入れ、利子を伴う資本流入の仕組みを築く――。
そして、通貨を持たぬ民にまで、信用を担保に生活を回せる“手形”の発行。
「貧者は金を持たず、ゆえに金を動かす機会すら与えられなかった。だが……」
その封筒を手に、彼はそっと立ち上がる。
広間の窓の先、公都の一角に設けられた簡素な建物――新銀行の看板が、朝日を受けて輝いていた。
「富める者の論理を、貧しき者にまで開いた……。これが、閣下の“利”か……!」
感嘆ではなく、畏敬に近い声だった。
彼の瞳には、憧れを超えた忠誠の色が浮かんでいた。
──今この国で、“働けば報われる”という仕組みが、本当に動き出そうとしている。
◇ ◇ ◇
その頃、加賀谷は執務室で地図を広げ、眉間にしわを寄せていた。
机上には人員分布図と生産統計、そして先日設立したばかりの銀行の報告書。
「通貨はなんとか回せるようになった……だが」
ペンを回しながら、加賀谷はぽつりと呟いた。
「……やっぱり、人が足りないな」
経済の血液を通貨とするならば、その流れを作るのは人間だ。
だがミティア公国は長きにわたり、戦乱と封建支配により“働ける人”を育てる環境を失っていた。
「人口は、一朝一夕でどうにもならない。出生率や移民政策だけじゃ追いつかない。となれば……」
そこで彼の視線が、地図の一角にある“冒険者ギルド”と“奴隷市”の印に止まった。
「……労働力として、最も流動的な人材を活用するしかないか」
リィナが隣で不安げに問いかけた。
「まさか、本気で……奴隷を?」
「使うつもりはない。解放する」
加賀谷は即答した。
「ただし、“自由にする”だけじゃ意味がない。俺たちの世界でも、農奴が解放されたあと──土地の代償を払えず、結果として小作人に落ちた。自由は得ても、食うには困るってやつだ」
「……じゃあ、どうするの?」
「職業訓練だ」
彼は、別の地図を手に取る。それは“旧軍施設跡地”の分布図だった。
「空いてる砦や兵舎を改装して、訓練校にする。読み書き、数の数え方、簡単な作業訓練、あと“契約”の意味も教えないと。成果報酬制で働いてもらうには、“条件”を理解させる必要がある」
リィナの目が見開かれる。
「奴隷として売られてきた人たちに……、文字を教えて、契約の内容を自分で判断させる……?」
「うん。知識がなければ、自由は選べないからな。働けば報われるって言いたいなら、“報われる構造”をつくるところから始める」
加賀谷は立ち上がり、窓の外、公都の街並みを見やった。
「この街に、“初めて働いた日”の記憶を持つ人が、少しでも増えればいい。……その記憶が、“もう一度働いてみよう”って思わせてくれるからな」
◇ ◇ ◇
窓辺に立つ加賀谷の手に、薄い羊皮紙のメモがあった。そこには、粗く殴り書きされた単語が並んでいる。
《解放》《雇用契約》《職業訓練》《労働報酬》《都市移住》──。
それらを見つめながら、加賀谷は呟いた。
「──これを、制度にしてくれ」
声をかけた相手は、部屋の扉の前で静かに控えていた。
「お呼びでしょうか、閣下」
赤の外套が翻る。ヴァルド・レヴァンティスは、いつもと変わらぬ無表情で進み出た。
加賀谷は、彼に羊皮紙を手渡す。
「奴隷と冒険者を“労働者”に変える。……この国を支える人的資本として、自由契約の下に組み込みたい。奴隷は形式上は解放されている者いるが、土地の縛りと借金で実質縛られてるようなもんだ。あれじゃ何も変わらない」
ヴァルドの指先が、メモの端に触れた。
「貧困層の階級を再構成し、契約と報酬による社会移動を可能にする構想──素晴らしいお考えです」
「絵に描いた餅にならなきゃ、な」
加賀谷は苦笑する。
「奴隷解放といっても、実際には教育も技能もなけりゃ、解き放ったところで生活に困るだけだ。下手をすれば、犯罪や暴動が起きかねない。そうならないために、“受け皿”が必要だ。訓練、就労、生活支援──段階的に社会に入れる制度が要る」
ヴァルドは、静かにうなずいた。
「御意。……では、お手並み拝見ということで、私に設計を一任していただけますか?」
「言われなくてもそのつもりだ。俺には制度の理屈はあっても、現地の感覚がない。お前の“現場感覚”を見せてくれ」
そこで、ヴァルドの口元がわずかに緩んだ。
「この命、使いどころがあるのは、何よりの喜びでございます」
その眼差しは、相変わらずどこか危うく、だが底知れぬ情熱に満ちていた。
「では早速、従者たちに指示を。実地調査と、既存の農地契約、都市部の空き住居、訓練施設の確保。すべて洗い出します」
「頼んだぞ」
「はっ。──この改革、“ミティア第二の建国”と称される日も遠くありません」
大仰にすら聞こえるその言葉に、加賀谷はふっと笑う。
「……まずは、その“労働契約制度”と“職業訓練校”の草案だな。三日やる。できるか?」
「三日あれば、準備は整います」
その声音には一片の迷いもない。まるで“その程度で十分です”とでも言いたげな、自信と熱に満ちた返答だった。
加賀谷は、思わず口の端を引きつらせた。
(……いや、冗談なんだけど?)
喉まで出かかった言葉を、なんとか飲み込む。
ここで「今のは軽口だ」と言い直せば、彼の全力に水を差す。だが放っておけば、本当に三日でやってのけそうな気配すらあるのが、また怖い。
(やべーなこいつ……)
額を押さえそうになるのをこらえながら、加賀谷はひとつだけ深く息を吐いた。
「頼んだぞ、ヴァルド」
「はっ。──この改革、“ミティア第二の建国”と称される日も遠くありません」
堂々とそう言い切って、ヴァルドはくるりと踵を返す。その背に、加賀谷は改めて、ある種の畏怖すら覚えていた。
この国の改革は、確かに始まりつつある。しかも──思っていたより、はるかに加速して。
◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
更新の励みになりますので、
いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!
今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。
そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
ヴァルド・レヴァンティスは、机の上に広げた書簡から目を離さず、ゆっくりと吐息をついた。
その手には、今朝届いたばかりの《新銀行設立告知》――“ミティア信用組合”創設の知らせが記されていた。
通貨の整理にとどまらず、預金と融資の制度を取り入れ、利子を伴う資本流入の仕組みを築く――。
そして、通貨を持たぬ民にまで、信用を担保に生活を回せる“手形”の発行。
「貧者は金を持たず、ゆえに金を動かす機会すら与えられなかった。だが……」
その封筒を手に、彼はそっと立ち上がる。
広間の窓の先、公都の一角に設けられた簡素な建物――新銀行の看板が、朝日を受けて輝いていた。
「富める者の論理を、貧しき者にまで開いた……。これが、閣下の“利”か……!」
感嘆ではなく、畏敬に近い声だった。
彼の瞳には、憧れを超えた忠誠の色が浮かんでいた。
──今この国で、“働けば報われる”という仕組みが、本当に動き出そうとしている。
◇ ◇ ◇
その頃、加賀谷は執務室で地図を広げ、眉間にしわを寄せていた。
机上には人員分布図と生産統計、そして先日設立したばかりの銀行の報告書。
「通貨はなんとか回せるようになった……だが」
ペンを回しながら、加賀谷はぽつりと呟いた。
「……やっぱり、人が足りないな」
経済の血液を通貨とするならば、その流れを作るのは人間だ。
だがミティア公国は長きにわたり、戦乱と封建支配により“働ける人”を育てる環境を失っていた。
「人口は、一朝一夕でどうにもならない。出生率や移民政策だけじゃ追いつかない。となれば……」
そこで彼の視線が、地図の一角にある“冒険者ギルド”と“奴隷市”の印に止まった。
「……労働力として、最も流動的な人材を活用するしかないか」
リィナが隣で不安げに問いかけた。
「まさか、本気で……奴隷を?」
「使うつもりはない。解放する」
加賀谷は即答した。
「ただし、“自由にする”だけじゃ意味がない。俺たちの世界でも、農奴が解放されたあと──土地の代償を払えず、結果として小作人に落ちた。自由は得ても、食うには困るってやつだ」
「……じゃあ、どうするの?」
「職業訓練だ」
彼は、別の地図を手に取る。それは“旧軍施設跡地”の分布図だった。
「空いてる砦や兵舎を改装して、訓練校にする。読み書き、数の数え方、簡単な作業訓練、あと“契約”の意味も教えないと。成果報酬制で働いてもらうには、“条件”を理解させる必要がある」
リィナの目が見開かれる。
「奴隷として売られてきた人たちに……、文字を教えて、契約の内容を自分で判断させる……?」
「うん。知識がなければ、自由は選べないからな。働けば報われるって言いたいなら、“報われる構造”をつくるところから始める」
加賀谷は立ち上がり、窓の外、公都の街並みを見やった。
「この街に、“初めて働いた日”の記憶を持つ人が、少しでも増えればいい。……その記憶が、“もう一度働いてみよう”って思わせてくれるからな」
◇ ◇ ◇
窓辺に立つ加賀谷の手に、薄い羊皮紙のメモがあった。そこには、粗く殴り書きされた単語が並んでいる。
《解放》《雇用契約》《職業訓練》《労働報酬》《都市移住》──。
それらを見つめながら、加賀谷は呟いた。
「──これを、制度にしてくれ」
声をかけた相手は、部屋の扉の前で静かに控えていた。
「お呼びでしょうか、閣下」
赤の外套が翻る。ヴァルド・レヴァンティスは、いつもと変わらぬ無表情で進み出た。
加賀谷は、彼に羊皮紙を手渡す。
「奴隷と冒険者を“労働者”に変える。……この国を支える人的資本として、自由契約の下に組み込みたい。奴隷は形式上は解放されている者いるが、土地の縛りと借金で実質縛られてるようなもんだ。あれじゃ何も変わらない」
ヴァルドの指先が、メモの端に触れた。
「貧困層の階級を再構成し、契約と報酬による社会移動を可能にする構想──素晴らしいお考えです」
「絵に描いた餅にならなきゃ、な」
加賀谷は苦笑する。
「奴隷解放といっても、実際には教育も技能もなけりゃ、解き放ったところで生活に困るだけだ。下手をすれば、犯罪や暴動が起きかねない。そうならないために、“受け皿”が必要だ。訓練、就労、生活支援──段階的に社会に入れる制度が要る」
ヴァルドは、静かにうなずいた。
「御意。……では、お手並み拝見ということで、私に設計を一任していただけますか?」
「言われなくてもそのつもりだ。俺には制度の理屈はあっても、現地の感覚がない。お前の“現場感覚”を見せてくれ」
そこで、ヴァルドの口元がわずかに緩んだ。
「この命、使いどころがあるのは、何よりの喜びでございます」
その眼差しは、相変わらずどこか危うく、だが底知れぬ情熱に満ちていた。
「では早速、従者たちに指示を。実地調査と、既存の農地契約、都市部の空き住居、訓練施設の確保。すべて洗い出します」
「頼んだぞ」
「はっ。──この改革、“ミティア第二の建国”と称される日も遠くありません」
大仰にすら聞こえるその言葉に、加賀谷はふっと笑う。
「……まずは、その“労働契約制度”と“職業訓練校”の草案だな。三日やる。できるか?」
「三日あれば、準備は整います」
その声音には一片の迷いもない。まるで“その程度で十分です”とでも言いたげな、自信と熱に満ちた返答だった。
加賀谷は、思わず口の端を引きつらせた。
(……いや、冗談なんだけど?)
喉まで出かかった言葉を、なんとか飲み込む。
ここで「今のは軽口だ」と言い直せば、彼の全力に水を差す。だが放っておけば、本当に三日でやってのけそうな気配すらあるのが、また怖い。
(やべーなこいつ……)
額を押さえそうになるのをこらえながら、加賀谷はひとつだけ深く息を吐いた。
「頼んだぞ、ヴァルド」
「はっ。──この改革、“ミティア第二の建国”と称される日も遠くありません」
堂々とそう言い切って、ヴァルドはくるりと踵を返す。その背に、加賀谷は改めて、ある種の畏怖すら覚えていた。
この国の改革は、確かに始まりつつある。しかも──思っていたより、はるかに加速して。
◆あとがき◆
毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!
更新の励みになりますので、
いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!
今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。
そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
25
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる