赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

25BCHI

文字の大きさ
49 / 76
第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する

第二節:投資会議の開始

しおりを挟む
 翌朝。まだ眠気が残る頭を引きずりながら、加賀谷は議会室の椅子に腰を下ろした。

(いよいよ、ここからが本番だな)

 ファンドの構想は立てただけでは意味がない。
 金をどこに、どう配るか。そこを間違えれば、“夢”はあっという間に“負債”に化ける。

 円卓の上には、十六件の事業提案書が並んでいた。
 うち八件が信用基準を満たし、今日の議決にかけられる。

「では確認します」

 加賀谷は、魔導端末を起動しながら言った。

「対象は八件。合計希望額は二百五十ルーメ──だが、出資枠の上限は今期基金の一割、二百ルーメ。どこに、いくら回すかを決める。
 議決権は初期出資額に応じて配分。発言と投票は、各代表にお願いする」

 この時点で、すでに頭が痛い。

(数字は読める。理屈もわかる。……問題は“感情”だ)

 議場には、自由都市の老商人タルボ、若手のライネル、南部の保守派代表、そして名もなき中堅商人たちが顔を揃えていた。
 皆それぞれの理屈と事情を抱えて、利の流れをじっと睨んでいる。

「まず、案件1。東交易街道の補修工事と運搬拠点の整備。希望額三十五ルーメ。償還予定は五年。評価ランクはA-」

 ライネルが即座に手を挙げた。

「異議なし。現地調査済みです。投資額に対する回収効率も問題なし。利得は安定します」

 発言に無駄がない。数字で語れる若者は頼もしい。
 加賀谷は周囲を見回したが、誰も異論を唱えなかった。

(こういう案件ばかりなら楽なんだがな……)

 決議は通過。だが、次の提案で場の空気が変わる。

「案件2。〈孤児教育支援所〉の拡張と技術習得プログラム。希望額二十ルーメ。回収見込みは……低。評価ランクはC+」

 案の定、沈黙。

(きたな。これは揉める)

 先に口を開いたのはタルボだった。

「……正直に言おう。“投資”とは言えん。返ってこない金に出資するのは、ただの寄付だ」

 その横で、ライネルが冷静に言葉を重ねる。

「同意見です。我々は情ではなく“信用”を元に出資している。“回収不能”を許せば、制度そのものの信頼性が揺らぎます」

 正論だった。
 実際、この国の制度を維持するには“利の回収”が不可欠だ。

 ──けれど。

「……でも、だからこそじゃないですか?」

 静かに、それでいて芯のある声が響く。
 リィナだった。

「利益は確かに出ない。でも、教育を受けた子どもたちは、未来に利益を生むんです。
 誰かが最初に、そういう“回収されにくい価値”に賭けなきゃ、社会は育たない」

 議場がわずかにざわめく。

 加賀谷は、そっと息を吐いた。

(リィナ……立派すぎるんだよ、お前は。けど、その理想を“構造”に落とさなきゃ、誰も納得しない)

「この案件には、“公益枠”を適用しよう」

 加賀谷は手元の端末を操作しながら続けた。

「償還見込みが低い公益案件には、出資とは別枠で国家の予備資金を投入する。
 ただし──支援は毎年見直す。成果がなければ、次はない」

 数字と理想の中間地点。
 これが現時点での“落としどころ”だ。

 タルボがじっと加賀谷を見たのち、わずかに頷いた。

「……ならば、反対はしない。“制度”としてならな」

 議決が通る。
 リィナの表情がわずかに緩み、加賀谷は心の中で小さくガッツポーズを決めた。

(よし、今んとこ全員及第点)

 その後、案件3から7までが順調に審議され、計七件が承認された。

 議論が終わったとき、加賀谷は改めて思う。

(数字は冷たい。でも、人を守る盾にも、明日を作る足場にもなる。問題は、それをどう使うかだ)

 机の上に広がる書類の山。
 その一枚一枚が──誰かの生活と直結している。

 そして、まだ“投資”という概念を理解しきれていないこの国で、それを根づかせていくのは、他でもない自分の役目だ。

「以上で、今期の出資議決を終了します。
 皆さん、お疲れさまでした。あとは現場と、数字が語ってくれるでしょう」

 誰もが疲れていたが、妙な清涼感があった。
 何かが、確かに動き出した実感。




 * * *




 議決が終わった議場に、しばしの静寂が流れる。
 計八件の投資案件。うち七件が承認され、ひとつが“公益枠”として特例扱いされた。
 まずまずの滑り出しだ。少なくとも、初動としては合格点。

 だが──

(通すだけなら誰でもできる。問題はここからだ)

 加賀谷は魔導端末を操作し、円卓の中心に新たな図表を投影した。
 それは〈共栄連合基金・運用フロー図〉と題された、精緻なプロセスマップだった。

「今日の議決で“何に投資するか”は決まった。
 でも、これから先は“どう運用するか”を考える段階に入る。仕組みがなければ、制度はすぐ腐る」

 表示された図は、五つの工程に分かれていた。

「一つ目は〈案件の発掘〉──“ソーシング”とも呼ぶ。
 この役割は、現地に強い自由都市商人や、各地の交易局に担ってもらう」

 表示された矢印の先には「学院・交流科の出張班」との記載もあった。

「学院からは出張授業を通じて、若手を現場に送り込む。現地の肌感と、学生の観察眼の両方を使う」

 商人ギルドの席で誰かが小さくうなずく。
 すでに何件かの“案件報奨金”に目をつけているのだろう。

「次。〈案件精査〉──これは“デューデリジェンス”、DDだな。要は、本当に金を入れていいかの調査だ。
 文官監査局と、学院の“会計実務ゼミ”がここを担う。……数字のプロを育てる」

 ミロがそっと手を挙げた。

「魔導端末で現地評価の自動化も進めています。資材の履歴や業者の信用履歴も、刻印で一括照合できます……たぶん」

「“たぶん”が一番信用できるのがミロなんでな」

 加賀谷が冗談めかして返すと、議場にわずかな笑いが生まれた。
 初日の緊張が、少しずつ“現場の匂い”に変わりつつある。

「三つ目、〈投資実行〉。ここは財務議会局が管理する。契約は自動魔導符で一括記録。信用台帳と連動させて即時反映する。
 四つ目、〈投資先の支援と管理〉──いわゆるPMI(統合支援)だ。ここが一番難しい」

 タルボが身を乗り出す。

「つまり、金を出して終わりじゃない、ってことだな?」

「ああ。むしろそこからが本番だ。
 商人と文官の混成チーム、そして学院の学生を混ぜて、支援と監査を同時にやる。チームは領域別に組織化する。
 要は、投資を意地でも成功に持っていくって話だ」

「……ふん、回収見込みも含めて育てるわけか」

 タルボの声は苦みを含んでいたが、否定ではなかった。

「五つ目は〈回収〉。“出口”だな。
 回収は商人ギルドと財務局の合同管理。“期限と利率”は信用台帳で自動通知。
 逃げ得は、作らない」

 静かに頷く者、うさんくさそうに眉をひそめる者──
 それぞれの反応を見渡しながら、加賀谷は続けた。

「このフローに必要なのは、“役割を持った人材”だ。今後、学院には出張授業をお願いする。
 俺が講義を受け持って、“投資で社会がどう変わるか”を伝える。
 その中で有望な学生を選抜して、現場インターンに出す」

 リィナが微かに笑った。

「……大公が講師なんて、学生たち、びっくりしますね」

「俺のスライドは地味だからな。眠らせない工夫が要る」

 ミロが小声で「わ、わたしが視覚エフェクト入れます……」と申し出ると、周囲の笑いが和らいだ。

(笑ってる場合じゃねえけど……まあ、雰囲気は大事だ)

 人は緊張で動くが、信用は空気で育つ。

「最後に一つ。今後、議決のすべてを合議で回すのは非効率だ。案件の精査と出資判断については、専門チームに一任できる体制を整える」

「つまり、“任せられる人間”を作るってことだな?」

「そう。“俺がやらないと回らない”仕組みには、未来がない。
 だからこそ、今日から――人を育てる投資を始める」

 その言葉に、議場の空気が少し変わった。

 誰かが「それが一番コスト高だな」と呟いた。
 それでも、その“非効率さ”に納得し始めているのが伝わってくる。

(数字は効率を求める。けど、人は“納得”で動く)

 魔導端末が小さく震え、画面に「初期フロー構築案 承認」の文字が浮かぶ。
 加賀谷は静かにそれを見つめながら、ひとつだけ息を吐いた。

(ようやく、“並べる”ところまで来た。次は……動かすだけだ)




◆あとがき◆
夢に向かってファンドを作っていく加賀谷たち。
さらっと流していた学院の設定を満を持してここで回収していきます。。!

次回は学院での様子を描いていきまのでぜひお楽しみください!


また、節作に対してもいいねやお気に入り登録いただきありがとうございます!
皆さんがどの話にいいねつけてくれたのかを眺めるのが非常に楽しみになっております。

もし、いいなと思っていただけたらいいねとお気に入り登録をお願いいします。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

処理中です...