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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
第二節:投資会議の開始
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翌朝。まだ眠気が残る頭を引きずりながら、加賀谷は議会室の椅子に腰を下ろした。
(いよいよ、ここからが本番だな)
ファンドの構想は立てただけでは意味がない。
金をどこに、どう配るか。そこを間違えれば、“夢”はあっという間に“負債”に化ける。
円卓の上には、十六件の事業提案書が並んでいた。
うち八件が信用基準を満たし、今日の議決にかけられる。
「では確認します」
加賀谷は、魔導端末を起動しながら言った。
「対象は八件。合計希望額は二百五十ルーメ──だが、出資枠の上限は今期基金の一割、二百ルーメ。どこに、いくら回すかを決める。
議決権は初期出資額に応じて配分。発言と投票は、各代表にお願いする」
この時点で、すでに頭が痛い。
(数字は読める。理屈もわかる。……問題は“感情”だ)
議場には、自由都市の老商人タルボ、若手のライネル、南部の保守派代表、そして名もなき中堅商人たちが顔を揃えていた。
皆それぞれの理屈と事情を抱えて、利の流れをじっと睨んでいる。
「まず、案件1。東交易街道の補修工事と運搬拠点の整備。希望額三十五ルーメ。償還予定は五年。評価ランクはA-」
ライネルが即座に手を挙げた。
「異議なし。現地調査済みです。投資額に対する回収効率も問題なし。利得は安定します」
発言に無駄がない。数字で語れる若者は頼もしい。
加賀谷は周囲を見回したが、誰も異論を唱えなかった。
(こういう案件ばかりなら楽なんだがな……)
決議は通過。だが、次の提案で場の空気が変わる。
「案件2。〈孤児教育支援所〉の拡張と技術習得プログラム。希望額二十ルーメ。回収見込みは……低。評価ランクはC+」
案の定、沈黙。
(きたな。これは揉める)
先に口を開いたのはタルボだった。
「……正直に言おう。“投資”とは言えん。返ってこない金に出資するのは、ただの寄付だ」
その横で、ライネルが冷静に言葉を重ねる。
「同意見です。我々は情ではなく“信用”を元に出資している。“回収不能”を許せば、制度そのものの信頼性が揺らぎます」
正論だった。
実際、この国の制度を維持するには“利の回収”が不可欠だ。
──けれど。
「……でも、だからこそじゃないですか?」
静かに、それでいて芯のある声が響く。
リィナだった。
「利益は確かに出ない。でも、教育を受けた子どもたちは、未来に利益を生むんです。
誰かが最初に、そういう“回収されにくい価値”に賭けなきゃ、社会は育たない」
議場がわずかにざわめく。
加賀谷は、そっと息を吐いた。
(リィナ……立派すぎるんだよ、お前は。けど、その理想を“構造”に落とさなきゃ、誰も納得しない)
「この案件には、“公益枠”を適用しよう」
加賀谷は手元の端末を操作しながら続けた。
「償還見込みが低い公益案件には、出資とは別枠で国家の予備資金を投入する。
ただし──支援は毎年見直す。成果がなければ、次はない」
数字と理想の中間地点。
これが現時点での“落としどころ”だ。
タルボがじっと加賀谷を見たのち、わずかに頷いた。
「……ならば、反対はしない。“制度”としてならな」
議決が通る。
リィナの表情がわずかに緩み、加賀谷は心の中で小さくガッツポーズを決めた。
(よし、今んとこ全員及第点)
その後、案件3から7までが順調に審議され、計七件が承認された。
議論が終わったとき、加賀谷は改めて思う。
(数字は冷たい。でも、人を守る盾にも、明日を作る足場にもなる。問題は、それをどう使うかだ)
机の上に広がる書類の山。
その一枚一枚が──誰かの生活と直結している。
そして、まだ“投資”という概念を理解しきれていないこの国で、それを根づかせていくのは、他でもない自分の役目だ。
「以上で、今期の出資議決を終了します。
皆さん、お疲れさまでした。あとは現場と、数字が語ってくれるでしょう」
誰もが疲れていたが、妙な清涼感があった。
何かが、確かに動き出した実感。
* * *
議決が終わった議場に、しばしの静寂が流れる。
計八件の投資案件。うち七件が承認され、ひとつが“公益枠”として特例扱いされた。
まずまずの滑り出しだ。少なくとも、初動としては合格点。
だが──
(通すだけなら誰でもできる。問題はここからだ)
加賀谷は魔導端末を操作し、円卓の中心に新たな図表を投影した。
それは〈共栄連合基金・運用フロー図〉と題された、精緻なプロセスマップだった。
「今日の議決で“何に投資するか”は決まった。
でも、これから先は“どう運用するか”を考える段階に入る。仕組みがなければ、制度はすぐ腐る」
表示された図は、五つの工程に分かれていた。
「一つ目は〈案件の発掘〉──“ソーシング”とも呼ぶ。
この役割は、現地に強い自由都市商人や、各地の交易局に担ってもらう」
表示された矢印の先には「学院・交流科の出張班」との記載もあった。
「学院からは出張授業を通じて、若手を現場に送り込む。現地の肌感と、学生の観察眼の両方を使う」
商人ギルドの席で誰かが小さくうなずく。
すでに何件かの“案件報奨金”に目をつけているのだろう。
「次。〈案件精査〉──これは“デューデリジェンス”、DDだな。要は、本当に金を入れていいかの調査だ。
文官監査局と、学院の“会計実務ゼミ”がここを担う。……数字のプロを育てる」
ミロがそっと手を挙げた。
「魔導端末で現地評価の自動化も進めています。資材の履歴や業者の信用履歴も、刻印で一括照合できます……たぶん」
「“たぶん”が一番信用できるのがミロなんでな」
加賀谷が冗談めかして返すと、議場にわずかな笑いが生まれた。
初日の緊張が、少しずつ“現場の匂い”に変わりつつある。
「三つ目、〈投資実行〉。ここは財務議会局が管理する。契約は自動魔導符で一括記録。信用台帳と連動させて即時反映する。
四つ目、〈投資先の支援と管理〉──いわゆるPMI(統合支援)だ。ここが一番難しい」
タルボが身を乗り出す。
「つまり、金を出して終わりじゃない、ってことだな?」
「ああ。むしろそこからが本番だ。
商人と文官の混成チーム、そして学院の学生を混ぜて、支援と監査を同時にやる。チームは領域別に組織化する。
要は、投資を意地でも成功に持っていくって話だ」
「……ふん、回収見込みも含めて育てるわけか」
タルボの声は苦みを含んでいたが、否定ではなかった。
「五つ目は〈回収〉。“出口”だな。
回収は商人ギルドと財務局の合同管理。“期限と利率”は信用台帳で自動通知。
逃げ得は、作らない」
静かに頷く者、うさんくさそうに眉をひそめる者──
それぞれの反応を見渡しながら、加賀谷は続けた。
「このフローに必要なのは、“役割を持った人材”だ。今後、学院には出張授業をお願いする。
俺が講義を受け持って、“投資で社会がどう変わるか”を伝える。
その中で有望な学生を選抜して、現場インターンに出す」
リィナが微かに笑った。
「……大公が講師なんて、学生たち、びっくりしますね」
「俺のスライドは地味だからな。眠らせない工夫が要る」
ミロが小声で「わ、わたしが視覚エフェクト入れます……」と申し出ると、周囲の笑いが和らいだ。
(笑ってる場合じゃねえけど……まあ、雰囲気は大事だ)
人は緊張で動くが、信用は空気で育つ。
「最後に一つ。今後、議決のすべてを合議で回すのは非効率だ。案件の精査と出資判断については、専門チームに一任できる体制を整える」
「つまり、“任せられる人間”を作るってことだな?」
「そう。“俺がやらないと回らない”仕組みには、未来がない。
だからこそ、今日から――人を育てる投資を始める」
その言葉に、議場の空気が少し変わった。
誰かが「それが一番コスト高だな」と呟いた。
それでも、その“非効率さ”に納得し始めているのが伝わってくる。
(数字は効率を求める。けど、人は“納得”で動く)
魔導端末が小さく震え、画面に「初期フロー構築案 承認」の文字が浮かぶ。
加賀谷は静かにそれを見つめながら、ひとつだけ息を吐いた。
(ようやく、“並べる”ところまで来た。次は……動かすだけだ)
◆あとがき◆
夢に向かってファンドを作っていく加賀谷たち。
さらっと流していた学院の設定を満を持してここで回収していきます。。!
次回は学院での様子を描いていきまのでぜひお楽しみください!
また、節作に対してもいいねやお気に入り登録いただきありがとうございます!
皆さんがどの話にいいねつけてくれたのかを眺めるのが非常に楽しみになっております。
もし、いいなと思っていただけたらいいねとお気に入り登録をお願いいします。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
(いよいよ、ここからが本番だな)
ファンドの構想は立てただけでは意味がない。
金をどこに、どう配るか。そこを間違えれば、“夢”はあっという間に“負債”に化ける。
円卓の上には、十六件の事業提案書が並んでいた。
うち八件が信用基準を満たし、今日の議決にかけられる。
「では確認します」
加賀谷は、魔導端末を起動しながら言った。
「対象は八件。合計希望額は二百五十ルーメ──だが、出資枠の上限は今期基金の一割、二百ルーメ。どこに、いくら回すかを決める。
議決権は初期出資額に応じて配分。発言と投票は、各代表にお願いする」
この時点で、すでに頭が痛い。
(数字は読める。理屈もわかる。……問題は“感情”だ)
議場には、自由都市の老商人タルボ、若手のライネル、南部の保守派代表、そして名もなき中堅商人たちが顔を揃えていた。
皆それぞれの理屈と事情を抱えて、利の流れをじっと睨んでいる。
「まず、案件1。東交易街道の補修工事と運搬拠点の整備。希望額三十五ルーメ。償還予定は五年。評価ランクはA-」
ライネルが即座に手を挙げた。
「異議なし。現地調査済みです。投資額に対する回収効率も問題なし。利得は安定します」
発言に無駄がない。数字で語れる若者は頼もしい。
加賀谷は周囲を見回したが、誰も異論を唱えなかった。
(こういう案件ばかりなら楽なんだがな……)
決議は通過。だが、次の提案で場の空気が変わる。
「案件2。〈孤児教育支援所〉の拡張と技術習得プログラム。希望額二十ルーメ。回収見込みは……低。評価ランクはC+」
案の定、沈黙。
(きたな。これは揉める)
先に口を開いたのはタルボだった。
「……正直に言おう。“投資”とは言えん。返ってこない金に出資するのは、ただの寄付だ」
その横で、ライネルが冷静に言葉を重ねる。
「同意見です。我々は情ではなく“信用”を元に出資している。“回収不能”を許せば、制度そのものの信頼性が揺らぎます」
正論だった。
実際、この国の制度を維持するには“利の回収”が不可欠だ。
──けれど。
「……でも、だからこそじゃないですか?」
静かに、それでいて芯のある声が響く。
リィナだった。
「利益は確かに出ない。でも、教育を受けた子どもたちは、未来に利益を生むんです。
誰かが最初に、そういう“回収されにくい価値”に賭けなきゃ、社会は育たない」
議場がわずかにざわめく。
加賀谷は、そっと息を吐いた。
(リィナ……立派すぎるんだよ、お前は。けど、その理想を“構造”に落とさなきゃ、誰も納得しない)
「この案件には、“公益枠”を適用しよう」
加賀谷は手元の端末を操作しながら続けた。
「償還見込みが低い公益案件には、出資とは別枠で国家の予備資金を投入する。
ただし──支援は毎年見直す。成果がなければ、次はない」
数字と理想の中間地点。
これが現時点での“落としどころ”だ。
タルボがじっと加賀谷を見たのち、わずかに頷いた。
「……ならば、反対はしない。“制度”としてならな」
議決が通る。
リィナの表情がわずかに緩み、加賀谷は心の中で小さくガッツポーズを決めた。
(よし、今んとこ全員及第点)
その後、案件3から7までが順調に審議され、計七件が承認された。
議論が終わったとき、加賀谷は改めて思う。
(数字は冷たい。でも、人を守る盾にも、明日を作る足場にもなる。問題は、それをどう使うかだ)
机の上に広がる書類の山。
その一枚一枚が──誰かの生活と直結している。
そして、まだ“投資”という概念を理解しきれていないこの国で、それを根づかせていくのは、他でもない自分の役目だ。
「以上で、今期の出資議決を終了します。
皆さん、お疲れさまでした。あとは現場と、数字が語ってくれるでしょう」
誰もが疲れていたが、妙な清涼感があった。
何かが、確かに動き出した実感。
* * *
議決が終わった議場に、しばしの静寂が流れる。
計八件の投資案件。うち七件が承認され、ひとつが“公益枠”として特例扱いされた。
まずまずの滑り出しだ。少なくとも、初動としては合格点。
だが──
(通すだけなら誰でもできる。問題はここからだ)
加賀谷は魔導端末を操作し、円卓の中心に新たな図表を投影した。
それは〈共栄連合基金・運用フロー図〉と題された、精緻なプロセスマップだった。
「今日の議決で“何に投資するか”は決まった。
でも、これから先は“どう運用するか”を考える段階に入る。仕組みがなければ、制度はすぐ腐る」
表示された図は、五つの工程に分かれていた。
「一つ目は〈案件の発掘〉──“ソーシング”とも呼ぶ。
この役割は、現地に強い自由都市商人や、各地の交易局に担ってもらう」
表示された矢印の先には「学院・交流科の出張班」との記載もあった。
「学院からは出張授業を通じて、若手を現場に送り込む。現地の肌感と、学生の観察眼の両方を使う」
商人ギルドの席で誰かが小さくうなずく。
すでに何件かの“案件報奨金”に目をつけているのだろう。
「次。〈案件精査〉──これは“デューデリジェンス”、DDだな。要は、本当に金を入れていいかの調査だ。
文官監査局と、学院の“会計実務ゼミ”がここを担う。……数字のプロを育てる」
ミロがそっと手を挙げた。
「魔導端末で現地評価の自動化も進めています。資材の履歴や業者の信用履歴も、刻印で一括照合できます……たぶん」
「“たぶん”が一番信用できるのがミロなんでな」
加賀谷が冗談めかして返すと、議場にわずかな笑いが生まれた。
初日の緊張が、少しずつ“現場の匂い”に変わりつつある。
「三つ目、〈投資実行〉。ここは財務議会局が管理する。契約は自動魔導符で一括記録。信用台帳と連動させて即時反映する。
四つ目、〈投資先の支援と管理〉──いわゆるPMI(統合支援)だ。ここが一番難しい」
タルボが身を乗り出す。
「つまり、金を出して終わりじゃない、ってことだな?」
「ああ。むしろそこからが本番だ。
商人と文官の混成チーム、そして学院の学生を混ぜて、支援と監査を同時にやる。チームは領域別に組織化する。
要は、投資を意地でも成功に持っていくって話だ」
「……ふん、回収見込みも含めて育てるわけか」
タルボの声は苦みを含んでいたが、否定ではなかった。
「五つ目は〈回収〉。“出口”だな。
回収は商人ギルドと財務局の合同管理。“期限と利率”は信用台帳で自動通知。
逃げ得は、作らない」
静かに頷く者、うさんくさそうに眉をひそめる者──
それぞれの反応を見渡しながら、加賀谷は続けた。
「このフローに必要なのは、“役割を持った人材”だ。今後、学院には出張授業をお願いする。
俺が講義を受け持って、“投資で社会がどう変わるか”を伝える。
その中で有望な学生を選抜して、現場インターンに出す」
リィナが微かに笑った。
「……大公が講師なんて、学生たち、びっくりしますね」
「俺のスライドは地味だからな。眠らせない工夫が要る」
ミロが小声で「わ、わたしが視覚エフェクト入れます……」と申し出ると、周囲の笑いが和らいだ。
(笑ってる場合じゃねえけど……まあ、雰囲気は大事だ)
人は緊張で動くが、信用は空気で育つ。
「最後に一つ。今後、議決のすべてを合議で回すのは非効率だ。案件の精査と出資判断については、専門チームに一任できる体制を整える」
「つまり、“任せられる人間”を作るってことだな?」
「そう。“俺がやらないと回らない”仕組みには、未来がない。
だからこそ、今日から――人を育てる投資を始める」
その言葉に、議場の空気が少し変わった。
誰かが「それが一番コスト高だな」と呟いた。
それでも、その“非効率さ”に納得し始めているのが伝わってくる。
(数字は効率を求める。けど、人は“納得”で動く)
魔導端末が小さく震え、画面に「初期フロー構築案 承認」の文字が浮かぶ。
加賀谷は静かにそれを見つめながら、ひとつだけ息を吐いた。
(ようやく、“並べる”ところまで来た。次は……動かすだけだ)
◆あとがき◆
夢に向かってファンドを作っていく加賀谷たち。
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