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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
第七節:レッツゴーソーシング
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早朝。
自由都市ヴェステラ、学院裏の管理棟にある一室。まだ新築の香りが残るその部屋には、少しばかり重たい空気が漂っていた。
三人の生徒――レーネ・アステリア、ジル・クラーヴェ、ミュリル・フェーン。
彼らは、昨日“国家ファンド”の実地訓練生として選ばれたばかりの若者たちだった。
とはいえ、選ばれたことに浮かれる様子はなかった。
むしろ三人とも、どこか身を引き締めたような表情で、目の前に立つ男の言葉を待っていた。
「じゃ、始めようか」
加賀谷零は、無造作にカバンを下ろし、卓上に折り畳み式の板を広げる。
古風な木製の卓上板に、魔導灯の柔らかな明かりが当たり、そこに描かれた一連の矢印が浮かび上がった。
《Sourcing → DD → Investment → PMI → Exit》
加賀谷の指が、板の最初の項目に触れる。
「これが、君たちがこれから実践する“国家ファンド”の投資サイクルだ」
口調は淡々としていたが、どこか問いかけのようでもあった。
受け取る側の熱量によって、重みも意味も変わる言葉。そういう話し方だった。
「まずは“ソーシング”。要は、投資のタネを探す。案件の発見、選定。それが出発点だ」
加賀谷は話しながら、部屋の隅に目をやる。
壁際には書類棚と使い古された椅子があるだけ。装飾もなければ、掲示板すらない。
だが、この部屋には新しい役割が与えられたばかりだった。
「二つ目。“デューデリジェンス”、略してDD。案件の内容を精査する段階。これは教官や文官がサポートする。リスク、見込み、信用、そういった数字の裏を洗う」
視線を戻すと、三人とも彼の手元を真剣に見つめていた。
ジルは背をやや傾けて椅子に座っているが、その目には油断の色はなかった。
ミュリルは無言のまま、眼鏡の奥で何かを計算するようにまばたきを止めていた。
レーネは肩に力が入っているのが明らかで、それでも口元を引き締め、立ったまま耳を傾けていた。
「三つ目。“投資実行”。ファンドから金を出す段階だ。本物の資金が動く。だから、遊びじゃない」
言葉がやや硬くなる。加賀谷はここだけ、わざと語気を強めた。
彼にとって、“金”は感情のない道具ではなかった。
誰かの努力の末に蓄えられた“未来”そのもの。だからこそ、大事に使わなければならない。
「四つ目。“PMI”。買ったあとに育てる。支援、伴走、改革。国が国として、長く成り立たせるために、ここが一番重要だと俺は思ってる」
ふと、部屋の空気が変わった気がした。
育てる、という言葉に、何かを思い出すような顔をしたのは――レーネだった。
「五つ目。“Exit”。出口。収益回収と次の投資につなげる。ファンドは使い切りじゃない、循環する器だ」
そう告げると、加賀谷はリュックの中から三冊のファイルを取り出した。
まだ中身のない、ソーシング用のテンプレート。
表紙には、それぞれの名前が刻まれていた。
「今日、お前たちがやるのは最初の“ソーシング”だけ。条件は二つ」
ファイルを手渡しながら、彼はゆっくり言葉を継ぐ。
「一つ、自分が“面白い”と思える案件を持ち帰ること。儲け話じゃなくていい。感情でいい。引っかかったなら、追え」
「二つ、どんな小さなものでもいい。リスクを一行、書き添えること。感覚でいい。“なんとなく不安”で構わない」
ファイルを受け取ったレーネは、じっと表紙の名前を見つめていた。
ミュリルは、その場でページをめくり、構成を確認し始めていた。
ジルは、小さくファイルを回してから、にやりと笑った。
「提出は3日後の六時、ここで。案件は一人最低一つ。複数でもいい。見極めるのはあとでだ」
その瞬間、ジルがぽつりと訊いた。
「……拾ってきた案件、儲からなくてもいいのか?」
加賀谷は一拍置いて、真っ直ぐ答える。
「ああ。構わん。今は“育てる価値があるか”を見てほしい。金勘定はあとでいくらでもできる」
その言葉に、ジルの笑みが深くなり、椅子を蹴るように立ち上がる。
ミュリルは既に立ち上がっていた。手元には街の地図。ルートを頭に描いているのだろう。
レーネは、一歩だけ遅れて立ち上がり、小さく呼吸を整えると、言った。
「私は、工房街へ行きます。昨日、気になる話を聞いたので……」
「いい判断だ。迷ったら、足を使え」
加賀谷は頷く。
やがて、三人はファイルを抱えて部屋を後にした。
ドアの閉まる音が微かに響いたあと、静けさが戻る。
加賀谷は腕を組み、ぼそりと呟いた。
「さて。こっちの成長も、楽しみだな」
三人が立ち上がった直後だった。
ジル・クラーヴェがくるりとファイルを片手で回し、ぽつりと呟いた。
「つーかさ、てっきり帝都とか山奥に飛ばされるのかと思ったよ、国家ファンドの実地って……。学院の近くでやるのな。意外」
口調はいつもの軽さだったが、目はどこか興味深げに光っている。
加賀谷はそれに笑って返した。
「お前らの実力が未知数なうちはな。いきなり飛ばすのは、こっちが怖い」
「……へぇ」
ジルは短く笑い、くるりと踵を返すと、ふいに口笛を吹いた。
ミュリルとレーネがそれぞれ別の出口に向かって歩き出す。
自由都市ヴェステラ、学院裏の管理棟にある一室。まだ新築の香りが残るその部屋には、少しばかり重たい空気が漂っていた。
三人の生徒――レーネ・アステリア、ジル・クラーヴェ、ミュリル・フェーン。
彼らは、昨日“国家ファンド”の実地訓練生として選ばれたばかりの若者たちだった。
とはいえ、選ばれたことに浮かれる様子はなかった。
むしろ三人とも、どこか身を引き締めたような表情で、目の前に立つ男の言葉を待っていた。
「じゃ、始めようか」
加賀谷零は、無造作にカバンを下ろし、卓上に折り畳み式の板を広げる。
古風な木製の卓上板に、魔導灯の柔らかな明かりが当たり、そこに描かれた一連の矢印が浮かび上がった。
《Sourcing → DD → Investment → PMI → Exit》
加賀谷の指が、板の最初の項目に触れる。
「これが、君たちがこれから実践する“国家ファンド”の投資サイクルだ」
口調は淡々としていたが、どこか問いかけのようでもあった。
受け取る側の熱量によって、重みも意味も変わる言葉。そういう話し方だった。
「まずは“ソーシング”。要は、投資のタネを探す。案件の発見、選定。それが出発点だ」
加賀谷は話しながら、部屋の隅に目をやる。
壁際には書類棚と使い古された椅子があるだけ。装飾もなければ、掲示板すらない。
だが、この部屋には新しい役割が与えられたばかりだった。
「二つ目。“デューデリジェンス”、略してDD。案件の内容を精査する段階。これは教官や文官がサポートする。リスク、見込み、信用、そういった数字の裏を洗う」
視線を戻すと、三人とも彼の手元を真剣に見つめていた。
ジルは背をやや傾けて椅子に座っているが、その目には油断の色はなかった。
ミュリルは無言のまま、眼鏡の奥で何かを計算するようにまばたきを止めていた。
レーネは肩に力が入っているのが明らかで、それでも口元を引き締め、立ったまま耳を傾けていた。
「三つ目。“投資実行”。ファンドから金を出す段階だ。本物の資金が動く。だから、遊びじゃない」
言葉がやや硬くなる。加賀谷はここだけ、わざと語気を強めた。
彼にとって、“金”は感情のない道具ではなかった。
誰かの努力の末に蓄えられた“未来”そのもの。だからこそ、大事に使わなければならない。
「四つ目。“PMI”。買ったあとに育てる。支援、伴走、改革。国が国として、長く成り立たせるために、ここが一番重要だと俺は思ってる」
ふと、部屋の空気が変わった気がした。
育てる、という言葉に、何かを思い出すような顔をしたのは――レーネだった。
「五つ目。“Exit”。出口。収益回収と次の投資につなげる。ファンドは使い切りじゃない、循環する器だ」
そう告げると、加賀谷はリュックの中から三冊のファイルを取り出した。
まだ中身のない、ソーシング用のテンプレート。
表紙には、それぞれの名前が刻まれていた。
「今日、お前たちがやるのは最初の“ソーシング”だけ。条件は二つ」
ファイルを手渡しながら、彼はゆっくり言葉を継ぐ。
「一つ、自分が“面白い”と思える案件を持ち帰ること。儲け話じゃなくていい。感情でいい。引っかかったなら、追え」
「二つ、どんな小さなものでもいい。リスクを一行、書き添えること。感覚でいい。“なんとなく不安”で構わない」
ファイルを受け取ったレーネは、じっと表紙の名前を見つめていた。
ミュリルは、その場でページをめくり、構成を確認し始めていた。
ジルは、小さくファイルを回してから、にやりと笑った。
「提出は3日後の六時、ここで。案件は一人最低一つ。複数でもいい。見極めるのはあとでだ」
その瞬間、ジルがぽつりと訊いた。
「……拾ってきた案件、儲からなくてもいいのか?」
加賀谷は一拍置いて、真っ直ぐ答える。
「ああ。構わん。今は“育てる価値があるか”を見てほしい。金勘定はあとでいくらでもできる」
その言葉に、ジルの笑みが深くなり、椅子を蹴るように立ち上がる。
ミュリルは既に立ち上がっていた。手元には街の地図。ルートを頭に描いているのだろう。
レーネは、一歩だけ遅れて立ち上がり、小さく呼吸を整えると、言った。
「私は、工房街へ行きます。昨日、気になる話を聞いたので……」
「いい判断だ。迷ったら、足を使え」
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やがて、三人はファイルを抱えて部屋を後にした。
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三人が立ち上がった直後だった。
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