赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する

第八節:湯煙案件発掘-ジルのソーシング活動

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――ジル・クラーヴェ前半:噂に賭ける
 

 「さて、どう動くかな――」

 学院裏の会議室を出て間もなく、ジル・クラーヴェは校門脇の柵に肘を置き、短く息を吐いた。
 配られた白紙のファイルが、風に煽られてパタリと鳴る。表紙の自分の名前が妙に重たい。
 “自分が面白いと思う案件を拾え”。加賀谷の言葉が頭を反芻するたび、胸の奥がひどくうずいた。

 数字の裏付けも書類の様式も、後でいくらでも学ぶだろう。だが最初の一歩は嗅覚――感情の震えに賭けるしかない。
 直感を磨く最短距離は“噂”だ。火のないところに煙は立たぬ。ならば火元を語れる舌を探せばいい。

 ジルは踵を返し、石畳の下町通りへ歩き出した。向かう先は市場の奥にある酒場《銀の竪琴亭》。
 昼も夜も旅人や吟遊詩人が立ち寄る場所だ。彼らは歌で生計を立てるが、旅の途中で拾った話を“ネタ”として売ることでも生き延びる。
 銅貨数枚で買えるのは地図に載らない最新情報。ソーシングの起点にはうってつけだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 昼下がりの《銀の竪琴亭》は、麦汁と潮を混ぜた甘い空気で満たされていた。
 炉端では琥珀髪の吟遊詩人ルドが小節を区切り、客の合間に短い噂話を織り込む。
 ジルはカウンター端に腰を下ろし、掌で銀貨を二枚滑らせた。

 「ルド爺さん、旅の歌はあとでいいや!南の山道で珍しい話を聞かなかった?」

 詩人は弦を軽くつま弾き、銅色の眼を細める。
 「珍しいかどうかは聴き手次第だが――霊泉の谷とやらの話はどうだろう」

 「湧きたての泉じゃなくて?」

 「ああ。昔からあるが、最近また人が集まっとる。湯に魔が混じるらしく、剣士の傷を癒すともっぱらの噂じゃ。年寄りの鍛冶屋や錬金師が隠居していてのう、技術はあるのに弟子がいないそうな」

 途端に胸が高鳴った。金脈ではなく“技脈”だ。
 ジルは杯を傾け、淡い液体を一口で飲み干す。のどを滑る刺激の背後で、思考が急速に回転を始める。

 ――癒しの泉は湯治客を呼ぶ。客が来れば宿が要る。宿があれば酒と飯が動く。
 そして老職人がいれば、技術が残る。技術が残ればブランドになる。
 継ぎ手不足という弱みは、投資家にとって“入る余地”そのものだ。

 「……場所は?」

 問いかけに、ルドは紙片を差し出す。雑な地図の隅に手書きの赤点。
 「この谷筋を登って半日。馬なら三つ峠を越えた先じゃ。道らしい道はないが、湯気を目印にすれば迷わん」

 ジルは紙を折ってポケットに入れた。その手つきに、ルドが低く笑う。
 「危険もあるぞ。山賊が泉場を狙ってるって噂も聞く」
 「ならバクチはでかいってことさ」

 カウンターを離れかけて振り返る。
 ジルは銀貨をもう一枚置き、指で押しやった。
 「ありがとう。帰り際にまた新ネタを仕入れに来る」
 詩人は壊れた琵琶の弦を弾き直し、短いバラッドを再開した。歌詞の一節が背中を追う――“眠る火種は、探す者の手で灯となる”。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 学院厩舎で小ぶりの栗毛馬を借りると、夕陽が路地を黄金色に染めていた。
 ジルは鞍袋に最低限の水と携行食、そして真新しいファイルを押し込む。表紙にインクで一行だけ走り書きした。

 > 霊泉地帯――眠る火種を技に換える

 手綱を掲げ、馬首を南東へ向ける。
 足元の石畳が土道に変わり、風が冷たくなるにつれ、胸の鼓動が騒がしくなる。
 “国家ファンド”という名の背中押しは、責任の鎧と同時に自由の翼も与えてくれたらしい。

 夜の山道に入り、馬の蹄が乾いた土を叩くたび、ジルは笑みを噛み殺した。
 まだ見ぬ霊泉の湯気。その向こうで、老人たちがしまいかけた火床をふたたび燃やす光景が、すでにまぶたの裏に揺らいでいる。

 〈面白い話〉――ただの噂を案件へ。
 初めての投資のタネは、谷に眠る熱とともに彼を待っている。

 谷に立ちこめる湯けむりのなかを、ジルはずかずかと歩いていた。
 そこらの湯治客が振り返るほど、場違いな足音を立てながら。靴底がぬかるみに沈み、煙る地面を蹴りながら進むたび、白い湯気がぼやけた景色を揺らした。

 「はー、なんかこう……お宝の匂いすんな。……いや、これは硫黄か?」

 鼻をすんすん鳴らしながら、木造の橋を渡った先、小高い岩の斜面にぽつんと立つ石造りの建物が見えた。
 斑に苔むした壁には、消えかけた彫金の看板。どうにか読めるそれには、**《カスパール工鍛房》**とある。

 「おっ、ここか。帝国に刃を納めてたとかいう、伝説のオッサン……」

 勢いよくドアを叩く。コンコンではない、ゴンゴンだ。

 返事はない。もう一度。

 「すんませーん! 旅の詩人――じゃなくて、えーと、見習い投資家っすけどォ!」

 中から、がらがらと喉の奥を鳴らすような低い声。

 「……閉めたって言ったろ。帰んな」

 「話だけ! 弟子入りとかしません! つーか弟子とかムリだし、朝から火起こしとかマジで勘弁だし!」

 沈黙のあと、ギィと軋む音。扉がわずかに開いた。

 現れたのは、褐色の腕に火傷痕を帯びた、岩のような鍛冶師だった。
 手にした槌を腰に下ろしながら、年季の入ったエプロンがわずかに揺れる。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 「……で、何の用だ」

 火床の前。ジルは湯気混じりの空気を吸い込みながら、姿勢だけは正していた。

 「えー、ぶっちゃけますと、俺、投資の見習いやってまして。なんか“技術持ちの隠居者がいる”って聞いたんで、覗きにきたって感じです」

 「見習いが、人の仕事を値踏みしに来たってのか?」

 「お言葉ですけど、そっちも値打ちあるなら、後継ぎの一人くらい探さないと損っすよ? ほら、俺じゃなくても、口利きくらいはできるし」

 無礼と言えば無礼な物言いだが、ジルの目は真剣そのものだった。

 カスパールは、薪をくべ直しながら視線だけをジルに向ける。

 「……継ぐ者なんぞ、もういらん。技ってのは、誰かにやれって言われてやるもんじゃねぇ。勝手に拾って、勝手に研ぎゃあいい」

 「でも、それって“拾う側”が来なかったら終わりじゃないっすか」

 「……」

 「そんなん、もったいなくないっすか? いや、もったいねえだろ。マジで。てか、それって“伝説の鍛冶師”としてどうなんすか、オッサン」

 さすがに言いすぎたかと思ったが、カスパールは鼻を鳴らして笑った。

 「……面白え若造だな。で、あんたは、この村が商売になるとでも?」

 「なりますね。観光でも、工房でも、ちゃんと整理して、見せ方考えれば」

 ジルは立ち上がり、工房の外を見やる。湯けむりに包まれた温泉街。ぽつぽつと明かりが灯り、手入れされていない宿の影が静かに佇んでいる。

 「湯と、腕のある職人と、伝説級の看板――材料は揃ってんスよ」

 「その材料で、何を作る気だ?」

 「火を、もう一回焚くんすよ。で、燃え広がるまで、ちゃんと酸素と薪を送り込む」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 日が暮れる頃、ジルは村の空き家をいくつか視察し、湯治客たちの声を聞き、そして最後に工房の前でカスパールと並んで立った。

 「……本気でやるってんなら、見せてみろ。俺の仕事が、まだ“薪になる”って言うならよ」

 「言いましたね、オッサン。後で後悔しても知りませんよ」

 「後悔なんざ、昔っからしたことねぇよ。……一度もな」

 そう言ってカスパールは、鍛冶槌を静かに肩に担いだ。

 霧にけぶる温泉郷の奥で、かすかに火床の光が灯った。
 ジル・クラーヴェの最初の“投資候補”が、音もなく息を吹き返し始めていた。
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