赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する

第九節:神殿案件発掘-レ―ネのソーシング活動

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 レーネが学院を出たのは、昼を少し回った頃だった。向かう先は、かつて帝国領にも多く存在した「公文書庫」のひとつ──いまは自由都市の管理下にある情報閲覧館。古い営業記録や事業登録簿など、行政手続きに必要な文書を保管する場所だった。

 入り口で守衛に学院証を提示すると、すんなりと中へ通された。

(表には出てこない、小さな情報の積み重ねが大事)

 館内は静かだった。記録閲覧室には年配の研究者が一人いるだけで、レーネは窓際の席に腰を下ろした。

 最初に目を通したのは、かつてこの都市で登録された事業者名の一覧だった。主に魔術工房、薬草取引所、織物関係……目に入ったのは、ある一件の記録。

「銀糸工房・セリア──特定魔導素材使用許可、五年前に失効」

 ふと手が止まった。

(五年前に、登録が切れている。つまり、誰も引き継いでいない)

 続いて閲覧した記録によれば、この銀糸工房は魔導織機を備えていた。古い魔術装置によって、希少な素材と術式を織り交ぜる特殊布を製造していたらしい。納品先には、王都神殿や旧貴族の名が並んでいる。

 その価値を理解する者がいれば、とうに再稼働の話が出ていたはずだ。それが起きていないのは、情報が誰にも届いていないか、あるいは技術の意味を読み取れる者がいないから。

 ページを閉じて立ち上がると、レーネは館を出た。

 その足で向かったのは、街外れの神殿だった。表通りから一本外れた石畳の道を進み、木々に囲まれた静かな敷地に辿り着く。神殿は住民の相談所としての機能も果たしており、事業の後継や寄進に関する話も多く寄せられる。

 受付に立つと、レーネは丁寧に口を開いた。

「こんにちは。すみません、“セリアの銀糸工房”の件で、もしご存知のことがあれば……」

 応対に出た聖務官が小さく目を見開いた。

「あなた……学院の方かな。実は、先月だったか、工房の主だった老錬金術師が相談に来てね。自分の技術が、このまま失われることを案じていた。……後継者がいないと」

「もし、まだご存命なら……お話を聞く機会をいただけませんか」

 レーネの言葉に、聖務官はしばし黙したのち、頷いた。

「彼の工房はもう閉じているが、街の南にある泉近くの小屋に身を移している。紹介状を書くほどではないが、行けば会えると思うよ。穏やかな人物だ。君のような若者が訪ねれば、喜ぶだろう」

 礼を述べ、神殿を後にしたレーネは、空を仰いだ。

 この先に待つ交渉や説得が容易ではないことは、よく分かっている。それでも、自分の役割は見えた気がした。

(価値はまだ残っている。それを見つける手があるなら、動かなきゃ)

 午後の光が石畳を照らす。彼女はまっすぐ歩き出した。


 

 ◇ ◇ ◇

 


 街の南、湧水の流れる小道を抜けた先に、その小屋はあった。

 人の気配はある。けれど、それ以上に濃く漂うのは、布と草の香り、そして魔力の残り香だった。糸を織り込むたびに淡く揺れる、古の術式の匂い。

 レーネは扉の前で一度深呼吸をしたのち、静かにノックした。

「……どなたかね」

 戸口から聞こえたのは、くぐもった老爺の声だった。レーネは帽子を取り、姿勢を正す。

「失礼いたします。学院のレーネ・アステリアと申します。かつて“セリアの銀糸工房”を開かれていた方に、お話を伺いたく参りました」

 数秒の沈黙ののち、ギィ、と木製の扉が軋んだ。顔をのぞかせたのは、白髪と眼鏡の奥に穏やかさを宿した老人だった。

「……君、話の筋は通してきたのかい?」

「はい。神殿の方より、こちらにいらっしゃると伺いまして」

 老人はレーネをしばらく観察していたが、やがてコクリと頷き、扉を開いた。

「入りなさい。お茶くらいは出せる」

 小屋の中は、まるで縮小された工房だった。魔導織機はないが、織りかけの布や、各種の素材が棚に整然と並んでいる。

 レーネは姿勢を崩さず、正面の席に座った。

「……君のような若い子が、銀糸工房に興味を持つとはね。懐かしい名だよ。……誰に教わった?」

「正確には、情報閲覧館で見つけました。技術も取引記録も、そのまま失われるには惜しいと」

「惜しい、か……」

 老人は、淹れた茶にふうと息を吹きかけた。

「だが、それを継ぐには、織機だけじゃない。素材の取り扱い、術式の合わせ方、繊維の癖……すべてに魔力が絡む。君に、その片鱗はあるか?」

 レーネは黙って頷いた。

「私自身に術式の適性はあります。素材については、仲間に錬金術に通じた者がいます。……工房を継ぐとは言いません。ただ、技術が消えることがもったいない。そう思っただけです」

 老人は静かに、少しだけ目を細めた。

「なるほど。君は、“技術を残すために、事業を見る”のか」

「はい。事業の価値は、金や取引先だけでは測れません。その根にあるものが、残す価値の核になると考えています」

 沈黙が落ちた。

 小屋の中には、湯気と、古びた織布の香りが漂っていた。

 やがて老人は、立ち上がって棚の奥から何かを取り出した。

 それは、薄紫色の繊維だった。光の加減で微かに色が変わる。魔力を含んだ銀糸の、原型と思しき布。

「これは……?」

「最後の在庫だよ。これが見て分かるなら、君の目は本物だ。……技術の話をする前に、君が何を持ち帰れるか、まず試してみるといい」

「……ありがとうございます」

 レーネは両手で布を受け取った。その肌触りは、魔力を帯びた水のように柔らかく、それでいて芯が通っていた。

 技術は、誰かに託さねば残らない。だが、金だけを求める者には、何も遺せない。

 レーネの目が、少しだけ光を帯びた。

(これは、“見える”案件だ。けれど、それだけじゃ足りない。私は、価値を言葉にして伝えなきゃいけない)

 そのとき、彼女は小さく笑った。技術の継承とは、書類のやり取りや数字では測れない──それでも、自分にできる形で、必ずこの工房に“次の一手”を見つけるのだと。
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