赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する

第十節:鉱山案件発掘-ミュリルのソーシング

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 鐘楼の針が十の刻を指したころ、ミュリル・フェーンは学院の正門を一人で抜けた。

 自由都市は、徐々に陽射しを取り戻しつつあり、街道に差す光が建物の影を長く描いている。淡い色のマントを羽織った彼女は、まるで誰にも気づかれたくないように、通りの雑踏に身を溶け込ませていった。

 他の二人──ジルやレーネは、すでに各自の目的地へと向かったあとだった。ミュリルはと言えば、彼らとは違い、特定の“地名”や“業種”を決めて案件を探しに行ったわけではない。

(案件は、目立たない場所に沈んでる。紙の上より、声の端っこに転がってる)

 だからこそ、彼女は“街の匂い”を嗅ぎに来た。表の市場でもなく、観光客が集まる地区でもない。自由都市の“裏筋”を。

 通り過ぎる荷馬車の車輪が、湿った地面に重たい音を立てる。窓を開けたまま寝ている宿の二階からは、酒に潰れた客のいびきが聞こえ、交差点の角では洗濯物を干す老婆が無遠慮な視線を投げてくる。

 ミュリルは地図も持たず、迷いなく歩いた。学院の文書室で何度も目にした名前。報告書の余白に記された記述。ギルド認可を受けた商会の裏仕事──そんな“気配”が、このあたりに集中していたからだ。

 やがて彼女が足を止めたのは、看板もない古びた三階建ての建物だった。軒先には傷んだ麻袋が無造作に積まれ、表向きは倉庫のようにも見えるが、ミュリルは小さく頷く。

(確かに、ここ。自由情報組合の《出張分室》──建前はね)

 扉を二度、軽く叩くと、内側から小さなスリットが開いた。

「用か?」

「“風の噂”を買いに。少しだけでいいわ。荒れてないやつ」

 スリット越しに覗き込んだ目が、しばし沈黙する。

「……あんた、学院の人間だな」

「うん。顔を出していい人だけと話す」

 返事の代わりに、重たい木の扉が軋む音を立てて開いた。

 中には、帳簿と紙束に囲まれた室内が広がっていた。書き物机の奥には、情報屋然とした中年の男が座り、視線だけで彼女を招く。

「名前は?」

「ミュリル。学院生。投資インターン中」

「おかしな肩書きだな」

「ふふ。おかしな案件を探してるから」

 男の口元に、わずかに笑みが浮かんだ。

 ミュリルは鞄から革の袋を取り出し、数枚の銀貨を卓上に並べた。

「場所と業種は絞ってない。ただし、潰れた店じゃなくて、“潰れそう”で止まってるところがいい。技術持ちか、土地に価値があるところなら」

「……随分、わがままだな」

「そう? 投資って、だいたい欲張りから始まるでしょう?」

 小娘のくせに肝が据わっている。男はそんな目で彼女を見つつ、背後の棚から一冊の台帳を引き出してきた。手際よく数ページを捲る。

 情報屋の渡した地図は、年代の違う三枚の写しを継ぎ接ぎしたような代物だった。

 鉱区の詳細が記された公式の文書はとうに消え、残されたのは冒険者ギルドに一時登録された探査任務の記録と、数十年前に一度だけ発行された税納付証明の写し。要するに“まともな地図”ではない。

 だが、ミュリルにとっては充分だった。紙の上に描かれた線ではなく、その背後にある“忘れられた価値”を読み取るのが、彼女のやり方だから。

 向かった先は、自由都市から馬で二時間ほどの場所。標高の低い丘陵帯に点在する廃集落の一角だった。

 かつて〈スレイン鉱山〉と呼ばれたその場所は、魔力鉱石の産出地として一時期にぎわいを見せていたが、鉱脈の枯渇と共に人も技術も離れていったという。今は稼働しておらず、登記上は「所有者不明」のまま。

 地図の通りに進み、朽ちた門柱を越えた先──岩肌が露出した斜面の下に、半ば崩れかけた坑道の入口があった。

 ミュリルは近くの岩を拾い、斜面の壁を軽く叩いてみる。乾いた音が返る。
 次に、持参した魔力測定板を取り出し、坑道の近くにかざす。

 数秒のうちに、測定針がピクリと反応した。

「……まだ、残ってる」

 声に出すことはなかった。けれど心は確かに震えた。
 完全に枯れたわけではない。測定値は微量だが、鉱脈の名残が地下に生きている。

 彼女は坑道の中に一歩踏み入れる。光源魔石を掲げて進むと、そこには苔むした搬送レールと、崩れた作業台、そして古い標識が転がっていた。

 「第二採掘坑──“翠閃層”」と書かれている。

(翠閃……緑系統の魔力を帯びた石。医療系の触媒や、魔導通信に使われる)

 市場価値は「中の上」――石自体は珍品じゃない。だが都市間通信が魔導網に切り替わりはじめた今、触媒石は喉から手が出るほど欲しがられている。 まだ埋まっているとわかれば、欲深い商会が群がる。“賭ける”価値は十分だ。

 ミュリルは足元の破片を拾い、粉を払って小袋へ落とす。二つ、三つ……
 そのとき、背後で砂を踏む音が鳴った。

「誰だ!」

 振り返れば、灯火を掲げた影。煤だらけの作業服に、曇ったゴーグル――昔ここで働いていた鉱夫か。

「……立入禁止だぞ」

「怒鳴る前に計算してみたら? ここが死んだ穴か、眠ってる金庫か」

 男の眉がぐっと寄る。

「鉱脈は枯れた。掘る奴もいない。地主は五年前にくたばった。今は野ざらしの山だけだ」

「つまり、持ち主不在。私有地よりは話が早いわね」

 さらりと言うと、男は鼻で笑った。

「学院のガキが、法の穴を突きに来たってわけか」

「穴を埋めに来たの。――ほら」

 ミュリルは掌の測定板を点灯させ、坑口にかざす。針が震え、わずかに緑を指した。

「残留魔力。ゼロじゃない。再採掘すれば歩留まりは読める。問題は初期投資と危険手当……まあ、賭けね」

 灯火の炎が石片を照らし、翡翠色の閃光が揺れた。
 彼女はその輝きを男の眼前へ突き出す。

「都市がこの石を触媒に選べば、価値は跳ね上がる。今はただのガレキでも、掘り当てた瞬間に化けるわ」

「ハイリスク・ハイリターンってやつか」

「嫌いじゃないでしょ? 鉱夫さん」

 ミュリルが挑発気味に笑うと、男は短く息を吐いた。

「……面白ぇ。好きに調べな。だが掘り返すってんなら、崩落と魔物の危険は覚悟しろ。俺も――その馬鹿げた勝負、見届けてやる」

 男の目に灯ったのは、かつて鉱脈を追った者だけが知る高揚の色。
 ミュリルはそれを確認すると、再び坑道の闇へ向き直った。

 忘れられた鉱石、眠ったままの価値。
 この穴はバクチ台。賭け金は国家ファンド。負ければ傷は深い。それでも――

(怖くはない。数字は嘘をつかないし、賭けない価値は、いつまでもゼロのまま)

 彼女は石片をポケットへ滑り込ませ、足を進めた。ひりつく空気が肌を刺す。だが、その痛みこそが、未知の利益を告げる鐘の音だった。
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