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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
第十一節:探索報告会──君たちはどう稼ぐか
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三日後の朝。学院近くの小さな貸し会議室に、ジル、レーネ、ミュリルの三人が並んでいた。
テーブルの奥には、インターン担当官でもある加賀谷が静かに座っている。黒革の書類ケースを膝に置き、視線をひとりずつ順に向けていた。
部屋には、まだ蒸気が残るような緊張が漂っていた。空調の魔道石の音さえ、今日はどこか硬い。
「それじゃあ、報告を始めてくれ。順番は……ジルからでいいか?」
加賀谷の促しに、ジルは軽く頷いた。
「おう。じゃ、俺から」
立ち上がった彼は、胸を張るでもなく、どこか“温泉帰り”のような脱力した雰囲気を保っていた。しかし、その瞳だけは意外なほど真っ直ぐだった。
「見つけたのは、東部の霊泉地帯──“セイルの湯谷”。退役した職人や鍛冶屋が集まって、村ごと“余生”に浸かってる場所だった」
「観光地か?」
「いや、ただの湯治場だ。でもな、そこに住んでるジジババがすげえんだ。魔導織機の名人、鍛冶の系譜持ち、あと昔の冒険者もいた」
ジルは、懐から小さな革のメモ帳を取り出す。ページには鉛筆で雑にスケッチされた設備図、見取り図、人物名、そして聞き書きの断片が詰まっていた。
「弟子がいねぇとか、店を畳んだとか、そんなんばっかだったけど……技術は、まだそこにある。つまり、“継承”が空白になってる」
「承継案件、というわけか」
「そ。加賀谷さんが言ってた“地域まるごと再投資”──それ、できそうだ。湯と観光で人を呼んで、工房は弟子育成と販売の場にする。あとは、村全体を“見せる技術館”みたいにして、学びと買い物の場にもして……」
ジルの説明は言葉こそ素朴だが、その奥には確かな“構想”があった。現地で見た、触れた、語った、そのすべてが肉声のように伝わってくる。
「お前、意外とちゃんと考えてるな」
ミュリルがぼそりと呟いたが、ジルはニヤッと笑って応じた。
「意外とじゃねぇ。ちゃんとだよ」
加賀谷はしばし沈黙し、メモ帳の内容に目を通すと、静かに頷いた。
「承継型+観光導線の構築……いい着眼点だ。観光という流動資源を“定住”に変える発想は、将来的な雇用創出にもつながる」
「へへ、褒められると照れるな」
「次、レーネ・アステリア」
呼ばれた少女は、わずかに息を整えると立ち上がった。
********
レーネ・アステリアは、まっすぐに背筋を伸ばし、手帳と資料を机に並べた。
「私は、繊維工房の技術継承と応用の可能性を探りました。対象は、〈影織の里〉と呼ばれる街の南の村です。そこでは“魔力を帯びた布”──魔法布(マギックファブリック)の製造が、今も続けられています」
加賀谷の指がぴくりと動く。魔導素材、それも布系は、高位の装備需要が絡む可能性がある。
「実際に織機の工程を見学しました。繊維に魔素を流し込む工程が手作業で行われており、防炎・防音・遮蔽といった性質が素材ごとに異なります。応用次第では、軍用の偽装布や、都市の音響対策資材にもなり得ます」
レーネは静かに言葉を置くように続けた。
「問題点は、需要の規模ではありません。供給の少なさと、技術伝承の停滞です。技術者は高齢で、外部に技術が流れることを拒んできた経緯があります。ですが──今回、ある程度の協力関係を築けました」
「どうやって?」
加賀谷が問うと、レーネは少しだけ口元を緩めた。
「村にいた少年に、魔法布を使った“音の消えるマント”を試してもらいました。その驚きと興奮を見たとき、彼らが初めて笑ってくれたんです。……技術は、使われてこそ価値になる。その共通認識を、少しだけ持てた気がします」
「なるほど」
加賀谷は短く頷いた。
「繊維素材は軽量で物流負担も低い。加工工程が確立すれば、商圏の拡大は容易い。ギルドとの業務提携、装備開発との連携──戦略的にはかなり魅力的だ」
レーネは静かに席に戻る。その肩越しに、ミュリルが立ち上がった。
彼女は何も広げなかった。ただ、手ぶらで前に出ると、ひとつ深呼吸をしてから、口を開く。
「私は──鉱山跡地を調査しました。場所は、北西部の《スレイン鉱山》。何年も前に閉鎖されたまま、今も放置されています」
「あそこは……魔物が出た、という噂もあったが?」
「実際、足跡と抜け殻のようなものはありました。でも、内部の一部区域は崩落だけで、進入は可能。測定機を持ち込んで残留魔力を調べたところ、翠閃鉱──通信触媒に用いられる希少鉱石の痕跡が残っていました」
ジルがやや身を乗り出す。レーネも目を細めた。
「再掘削にはリスクがあります。行政登記は不明瞭で、設備も全損に近い。でも──情報が空白だからこそ、“競合”もいません。もしも埋蔵が確定すれば、一気に価格が跳ね上がります」
加賀谷はしばらく視線を落とし、彼女の表情を見た。
「君は、それをどう見る?」
「投資としては、ハイボラティリティ。高リスク、高リターン。ただ、私はこの案件に“ひりついた可能性”を感じました。地図に穴が空いている。その空白に、鉱石の匂いがあった気がしたんです」
ミュリルは、ポケットから一片の鉱石を取り出して見せた。
「投資対象というより、“賭けるべき場所”を見つけた気がします。……論理じゃなく、直感で」
加賀谷は一拍ののち、柔らかく微笑んだ。
「いい。“リスクを可視化できる直感”は、ソーシングにおいて非常に重要だ。どれも三者三様。観光と継承、応用と提携、そして埋蔵と賭け。非常に良い分散だ」
彼は全員を一瞥し、立ち上がった。
「次のステップに進もう。──PMI、つまり、仮説ベースでの事業統合と価値化設計。君たち三人には、投資の“その先”まで考えてもらう」
部屋の空気がまた少し、熱を帯びる。
三人の眼差しに、もう迷いはなかった。
──こりゃ、予想以上だな。
加賀谷は椅子の背にもたれて、小さく笑った。
インターンだからって、手を抜くつもりはなかった。でも、ここまで“自分の意志”で動いてくるとは思っていなかった。
仮説の立て方も、観察の視点も、それぞれ違うのに筋が通っている。
なにより──言葉に、ちゃんと“熱”がある。
赤ペンをくるくると回しながら、加賀谷は心の中で呟いた。
(これは……想像してたより、ずっと面白くなるぞ)
_____________
_____________
★あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
今回はジル、レーネ、ミュリル──三人の探索報告編でした。
それぞれの性格や得意分野を活かして、「中世異世界っぽい投資案件ソーシング」をやらせてみた回です。
ジルは現地で汗をかく職人気質&地域創生型。
レーネは知性と歴史の蓄積から布の未来を掘り起こす学究派。
ミュリルは危険も辞さないバクチ型のリアリスト。
みんな違って、みんな逞しいです。
テーブルの奥には、インターン担当官でもある加賀谷が静かに座っている。黒革の書類ケースを膝に置き、視線をひとりずつ順に向けていた。
部屋には、まだ蒸気が残るような緊張が漂っていた。空調の魔道石の音さえ、今日はどこか硬い。
「それじゃあ、報告を始めてくれ。順番は……ジルからでいいか?」
加賀谷の促しに、ジルは軽く頷いた。
「おう。じゃ、俺から」
立ち上がった彼は、胸を張るでもなく、どこか“温泉帰り”のような脱力した雰囲気を保っていた。しかし、その瞳だけは意外なほど真っ直ぐだった。
「見つけたのは、東部の霊泉地帯──“セイルの湯谷”。退役した職人や鍛冶屋が集まって、村ごと“余生”に浸かってる場所だった」
「観光地か?」
「いや、ただの湯治場だ。でもな、そこに住んでるジジババがすげえんだ。魔導織機の名人、鍛冶の系譜持ち、あと昔の冒険者もいた」
ジルは、懐から小さな革のメモ帳を取り出す。ページには鉛筆で雑にスケッチされた設備図、見取り図、人物名、そして聞き書きの断片が詰まっていた。
「弟子がいねぇとか、店を畳んだとか、そんなんばっかだったけど……技術は、まだそこにある。つまり、“継承”が空白になってる」
「承継案件、というわけか」
「そ。加賀谷さんが言ってた“地域まるごと再投資”──それ、できそうだ。湯と観光で人を呼んで、工房は弟子育成と販売の場にする。あとは、村全体を“見せる技術館”みたいにして、学びと買い物の場にもして……」
ジルの説明は言葉こそ素朴だが、その奥には確かな“構想”があった。現地で見た、触れた、語った、そのすべてが肉声のように伝わってくる。
「お前、意外とちゃんと考えてるな」
ミュリルがぼそりと呟いたが、ジルはニヤッと笑って応じた。
「意外とじゃねぇ。ちゃんとだよ」
加賀谷はしばし沈黙し、メモ帳の内容に目を通すと、静かに頷いた。
「承継型+観光導線の構築……いい着眼点だ。観光という流動資源を“定住”に変える発想は、将来的な雇用創出にもつながる」
「へへ、褒められると照れるな」
「次、レーネ・アステリア」
呼ばれた少女は、わずかに息を整えると立ち上がった。
********
レーネ・アステリアは、まっすぐに背筋を伸ばし、手帳と資料を机に並べた。
「私は、繊維工房の技術継承と応用の可能性を探りました。対象は、〈影織の里〉と呼ばれる街の南の村です。そこでは“魔力を帯びた布”──魔法布(マギックファブリック)の製造が、今も続けられています」
加賀谷の指がぴくりと動く。魔導素材、それも布系は、高位の装備需要が絡む可能性がある。
「実際に織機の工程を見学しました。繊維に魔素を流し込む工程が手作業で行われており、防炎・防音・遮蔽といった性質が素材ごとに異なります。応用次第では、軍用の偽装布や、都市の音響対策資材にもなり得ます」
レーネは静かに言葉を置くように続けた。
「問題点は、需要の規模ではありません。供給の少なさと、技術伝承の停滞です。技術者は高齢で、外部に技術が流れることを拒んできた経緯があります。ですが──今回、ある程度の協力関係を築けました」
「どうやって?」
加賀谷が問うと、レーネは少しだけ口元を緩めた。
「村にいた少年に、魔法布を使った“音の消えるマント”を試してもらいました。その驚きと興奮を見たとき、彼らが初めて笑ってくれたんです。……技術は、使われてこそ価値になる。その共通認識を、少しだけ持てた気がします」
「なるほど」
加賀谷は短く頷いた。
「繊維素材は軽量で物流負担も低い。加工工程が確立すれば、商圏の拡大は容易い。ギルドとの業務提携、装備開発との連携──戦略的にはかなり魅力的だ」
レーネは静かに席に戻る。その肩越しに、ミュリルが立ち上がった。
彼女は何も広げなかった。ただ、手ぶらで前に出ると、ひとつ深呼吸をしてから、口を開く。
「私は──鉱山跡地を調査しました。場所は、北西部の《スレイン鉱山》。何年も前に閉鎖されたまま、今も放置されています」
「あそこは……魔物が出た、という噂もあったが?」
「実際、足跡と抜け殻のようなものはありました。でも、内部の一部区域は崩落だけで、進入は可能。測定機を持ち込んで残留魔力を調べたところ、翠閃鉱──通信触媒に用いられる希少鉱石の痕跡が残っていました」
ジルがやや身を乗り出す。レーネも目を細めた。
「再掘削にはリスクがあります。行政登記は不明瞭で、設備も全損に近い。でも──情報が空白だからこそ、“競合”もいません。もしも埋蔵が確定すれば、一気に価格が跳ね上がります」
加賀谷はしばらく視線を落とし、彼女の表情を見た。
「君は、それをどう見る?」
「投資としては、ハイボラティリティ。高リスク、高リターン。ただ、私はこの案件に“ひりついた可能性”を感じました。地図に穴が空いている。その空白に、鉱石の匂いがあった気がしたんです」
ミュリルは、ポケットから一片の鉱石を取り出して見せた。
「投資対象というより、“賭けるべき場所”を見つけた気がします。……論理じゃなく、直感で」
加賀谷は一拍ののち、柔らかく微笑んだ。
「いい。“リスクを可視化できる直感”は、ソーシングにおいて非常に重要だ。どれも三者三様。観光と継承、応用と提携、そして埋蔵と賭け。非常に良い分散だ」
彼は全員を一瞥し、立ち上がった。
「次のステップに進もう。──PMI、つまり、仮説ベースでの事業統合と価値化設計。君たち三人には、投資の“その先”まで考えてもらう」
部屋の空気がまた少し、熱を帯びる。
三人の眼差しに、もう迷いはなかった。
──こりゃ、予想以上だな。
加賀谷は椅子の背にもたれて、小さく笑った。
インターンだからって、手を抜くつもりはなかった。でも、ここまで“自分の意志”で動いてくるとは思っていなかった。
仮説の立て方も、観察の視点も、それぞれ違うのに筋が通っている。
なにより──言葉に、ちゃんと“熱”がある。
赤ペンをくるくると回しながら、加賀谷は心の中で呟いた。
(これは……想像してたより、ずっと面白くなるぞ)
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★あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
今回はジル、レーネ、ミュリル──三人の探索報告編でした。
それぞれの性格や得意分野を活かして、「中世異世界っぽい投資案件ソーシング」をやらせてみた回です。
ジルは現地で汗をかく職人気質&地域創生型。
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