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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
第十三節:可能性への賛同
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「次のステップに進もう。──PMI、つまり、仮説ベースでの事業統合と価値化設計。君たち三人には、投資の“その先”まで考えてもらう」
----三人の発表が終わった。
静かな室内に、加賀谷はひとつ息をついてから立ち上がる。その場に居合わせたのは、三人のインターン生──ジル、ミュリル、レーネ。そして、彼の補佐を務める文官ら数名。誰もが注視するなか、彼は言った。
ミュリルが口を開きかけたが、その直前、ジルが手を挙げた。
「ちょっと、先に言わせてくれ」
その声に、ミュリルもぴたりと口を閉じる。ジルは唇を引き結び、レーネの方をまっすぐに見据えていた。
「俺、自分の案、正直やりたかった。じいさんたちのあの顔、思い出すとさ。だけど──たぶん、いま動かすべきなのは、レーネのやつだと思う」
レーネが小さく目を見開いた。
その隣で、ミュリルも頷いた。
「……ジルに同意。私のほうは、仮に動かすなら、それなりの資金と準備が要る。先に布地工房の事業を形にするほうが、総合的な成果に繋がると思う」
加賀谷は、二人のその言葉を、黙って受け止めていた。視線をレーネに向けると、彼女は両手を膝に添えて立ち上がり、静かに頭を下げた。
「……ありがとう。でも、あなたたち、いいの?」
「誰が旗振るかなんて関係ねえって」
ジルが笑いながら言うと、ミュリルも小さく微笑んだ。
「ただし、少しは私たちにも手伝わせて。レーネの案のなかにも、私の知見を活かせる領域はある」
レーネはもう何も言わず、そっと手を握った。三人が、自然と輪のように並んだその様子に、加賀谷はふ、と目を細めた。
(やっぱり、こうなったか)
ひとまず、加賀谷は頷いた。
「よし。じゃあ、レーネの提案を軸に、文官も交えてPMIを進める。ただし、ジルとミュリルの分野も、完全に切り離すわけじゃない。組織と人が必要なら、こっちで手配する。案だけ置いて去るなんてことは、させないさ」
三人はほっと息をつくように顔を見合わせた。
「……それと、ひとつだけ覚えておいてほしい。今回選んだのは、あくまで“順番”だ。価値の序列でも、成果の大小でもない。未来の形は、必ず複数ある」
加賀谷のその言葉に、三人はそれぞれ頷いた。
*******
財務調査、法務の調整を経ていよいよインターン生起案の投資案件は投資会議に持ち込まれた。
議場には、自由都市の老商人タルボ、若手のライネル、南部の保守派代表、そして名もなき中堅商人たちが揃っていた。
全員、口は悪くないが“数字がすべて”の現実主義者たちだ。感情に訴えるだけでは通らない。かといって報告書の読み上げだけでも、響かない。
壇上に立つのはレーネ。そして左右にはジルとミュリル。今日は加賀谷の補助は一切なし──これは三人の“初仕事”だ。
「ご列席の皆様、本日はお時間を頂き、ありがとうございます。私たちは、〈影織の里〉における繊維工房の事業再構築案を提案いたします」
レーネの第一声は、緊張を隠さない誠実な響きだった。
「この工房では、魔素を織り込んだ“魔法布”の製造が続けられています。用途は防炎、防音、遮蔽、偽装など多岐にわたりますが、特筆すべきは軽量かつ柔軟性の高い点です。軍事用途、建材用途、物流用途といった複数の展開が見込まれます」
「──ほう。で、どれも“見込み”の話かね?」
タルボが片眉を上げて口を挟んだ。レーネは頷き、返す。
「見込みではありません。すでに、南部のレーナ連邦軍より、遮蔽布としての試験発注が決定しています」
場がざわつく。
「試験発注は二段階。第一段階は市街戦訓練用の偽装布一〇〇ロール。第二段階は、必要と認定された場合の追加供給──最大三〇〇ロール。これは実際に工房で製造され、今週中に納品予定です」
ライネルが腕を組んだまま訊く。
「軍か。……で、供給できんのか? 例の村、たしか人手も高齢化も深刻だったはずだが」
ここで、ジルが一歩前へ出る。
「問題はすでに把握済みです。供給の遅れと技術の継承、それぞれに対応策を設けました」
彼は魔導板に簡易図を表示した。職人の年齢分布、日産量、外部支援のスキームまで整然と並んでいる。
「資本注入により人員を増員。これにより月産は従来の3.5倍に。あわせて、私たちは〈西街道繊維商会〉と提携し、事業承継と流通ルートの確保を並行で進めています」
「事業承継だと? 工房の連中が素直に首を縦に振るのかよ」
南部の保守派があざ笑うように口を挟んだが──そこでミュリルが口を開く。
「ええ。ですが今回は、村の代表者から“条件付きで承諾”を得ています。条件は一つ──“外部の支配を受けないこと”。私たちは、協力関係を築きながらも、オーナーの経営権と工房の裁量は保持する契約を交わしました」
再び議場にどよめきが走る。想像よりも具体的で、現実的だった。
レーネが、最後の一押しを口にした。
「村の子どもたちにも“技術が使われる意味”を感じてもらえた。笑顔も、反応も、“残す理由”になると実感しました。……この布には、価値があります。私たちはそれを証明した。今ここで、次の工程に進むだけです」
議場に静かなざわめきが広がる。
「──他に異議は?」
しばしの沈黙ののち、老商人タルボが鼻を鳴らしながら手を上げた。
「ま、言うことなしだな。筋も通っとる。……通そうじゃねぇか」
それを皮切りに、中堅商人たちの手が次々と挙がる。若手のライネルも、苦笑を交えて呟いた。
「はは……やられたわ。学生がここまで詰めてくるなんてな。……正直、なめてた」
そして──過半数を超えた瞬間、議場正面の魔導灯が静かに緑に灯った。
──承認。
控室に戻った三人は、まるで糸が切れたようにへたり込んだ。
ジルは「こ、腰が……」と呻きながら椅子にもたれかかり、ミュリルは放心したまま天井を仰いでいる。そんな中、レーネはこっそり拳を握っていた。
「通った……本当に、通った……」
扉が開く音に振り返ると、加賀谷が入ってきた。
その顔に、笑みが浮かんでいる。──心から、嬉しそうな、誇らしそうな顔だ。
「すごかったな、お前ら。正直、あんな議場で、よくあそこまで通した……マジで見事だった」
普段クールな彼が、率直にそう口にするのは珍しい。
「レーナ連邦との話も、リィナが繋いでくれたのは事実だけど──取引を成立させたのは、お前ら三人の手腕と説得力だ。俺じゃ無理だった。いや、本当にすごい」
三人は顔を見合わせた。頬を赤く染めながらも、どこか誇らしげに。
「やるじゃん、わたしたち」
「……へへ、たまには褒められてもいいよな」
「なんか……ちょっと泣きそうかも」
加賀谷はわざとらしく咳払いをして、姿勢を正す。
「さて──じゃあ、本格的にPMIだ。文官も投入して進める。ただし、ジルの研究も、ミュリルの企画も、ちゃんと組み込んでいくからな。それぞれの強みは、まだまだ必要になる」
そして、彼は最後にこう付け加えた。
「今回の成果は、ただの“いい案”じゃない。“誰がやったか”で決まる仕事だった。お前たちがやったから、意味があった。……ありがとう。本当に、ありがとう」
三人は、何も言わずにうなずいた。
その目には、もう次の一歩を見据える光が宿っていた。
_______________
_______________
★あとがき
ここまで読んでくれて、ありがとうございました!
三人のインターンが、まさかの議会プレゼンまでやってのける回でした。
多少のゴタゴタや緊張はあったけど、最後にはしっかり結果を出してくれてました。
あと、レーナ連邦とレーネって名前ややこしくてすみません。。
次回は、それぞれの想いがどう実るのか──少しずつ“責任ある大人”に近づいていく過程を描ければと思ってます。
それでは、また次の節で!
----三人の発表が終わった。
静かな室内に、加賀谷はひとつ息をついてから立ち上がる。その場に居合わせたのは、三人のインターン生──ジル、ミュリル、レーネ。そして、彼の補佐を務める文官ら数名。誰もが注視するなか、彼は言った。
ミュリルが口を開きかけたが、その直前、ジルが手を挙げた。
「ちょっと、先に言わせてくれ」
その声に、ミュリルもぴたりと口を閉じる。ジルは唇を引き結び、レーネの方をまっすぐに見据えていた。
「俺、自分の案、正直やりたかった。じいさんたちのあの顔、思い出すとさ。だけど──たぶん、いま動かすべきなのは、レーネのやつだと思う」
レーネが小さく目を見開いた。
その隣で、ミュリルも頷いた。
「……ジルに同意。私のほうは、仮に動かすなら、それなりの資金と準備が要る。先に布地工房の事業を形にするほうが、総合的な成果に繋がると思う」
加賀谷は、二人のその言葉を、黙って受け止めていた。視線をレーネに向けると、彼女は両手を膝に添えて立ち上がり、静かに頭を下げた。
「……ありがとう。でも、あなたたち、いいの?」
「誰が旗振るかなんて関係ねえって」
ジルが笑いながら言うと、ミュリルも小さく微笑んだ。
「ただし、少しは私たちにも手伝わせて。レーネの案のなかにも、私の知見を活かせる領域はある」
レーネはもう何も言わず、そっと手を握った。三人が、自然と輪のように並んだその様子に、加賀谷はふ、と目を細めた。
(やっぱり、こうなったか)
ひとまず、加賀谷は頷いた。
「よし。じゃあ、レーネの提案を軸に、文官も交えてPMIを進める。ただし、ジルとミュリルの分野も、完全に切り離すわけじゃない。組織と人が必要なら、こっちで手配する。案だけ置いて去るなんてことは、させないさ」
三人はほっと息をつくように顔を見合わせた。
「……それと、ひとつだけ覚えておいてほしい。今回選んだのは、あくまで“順番”だ。価値の序列でも、成果の大小でもない。未来の形は、必ず複数ある」
加賀谷のその言葉に、三人はそれぞれ頷いた。
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財務調査、法務の調整を経ていよいよインターン生起案の投資案件は投資会議に持ち込まれた。
議場には、自由都市の老商人タルボ、若手のライネル、南部の保守派代表、そして名もなき中堅商人たちが揃っていた。
全員、口は悪くないが“数字がすべて”の現実主義者たちだ。感情に訴えるだけでは通らない。かといって報告書の読み上げだけでも、響かない。
壇上に立つのはレーネ。そして左右にはジルとミュリル。今日は加賀谷の補助は一切なし──これは三人の“初仕事”だ。
「ご列席の皆様、本日はお時間を頂き、ありがとうございます。私たちは、〈影織の里〉における繊維工房の事業再構築案を提案いたします」
レーネの第一声は、緊張を隠さない誠実な響きだった。
「この工房では、魔素を織り込んだ“魔法布”の製造が続けられています。用途は防炎、防音、遮蔽、偽装など多岐にわたりますが、特筆すべきは軽量かつ柔軟性の高い点です。軍事用途、建材用途、物流用途といった複数の展開が見込まれます」
「──ほう。で、どれも“見込み”の話かね?」
タルボが片眉を上げて口を挟んだ。レーネは頷き、返す。
「見込みではありません。すでに、南部のレーナ連邦軍より、遮蔽布としての試験発注が決定しています」
場がざわつく。
「試験発注は二段階。第一段階は市街戦訓練用の偽装布一〇〇ロール。第二段階は、必要と認定された場合の追加供給──最大三〇〇ロール。これは実際に工房で製造され、今週中に納品予定です」
ライネルが腕を組んだまま訊く。
「軍か。……で、供給できんのか? 例の村、たしか人手も高齢化も深刻だったはずだが」
ここで、ジルが一歩前へ出る。
「問題はすでに把握済みです。供給の遅れと技術の継承、それぞれに対応策を設けました」
彼は魔導板に簡易図を表示した。職人の年齢分布、日産量、外部支援のスキームまで整然と並んでいる。
「資本注入により人員を増員。これにより月産は従来の3.5倍に。あわせて、私たちは〈西街道繊維商会〉と提携し、事業承継と流通ルートの確保を並行で進めています」
「事業承継だと? 工房の連中が素直に首を縦に振るのかよ」
南部の保守派があざ笑うように口を挟んだが──そこでミュリルが口を開く。
「ええ。ですが今回は、村の代表者から“条件付きで承諾”を得ています。条件は一つ──“外部の支配を受けないこと”。私たちは、協力関係を築きながらも、オーナーの経営権と工房の裁量は保持する契約を交わしました」
再び議場にどよめきが走る。想像よりも具体的で、現実的だった。
レーネが、最後の一押しを口にした。
「村の子どもたちにも“技術が使われる意味”を感じてもらえた。笑顔も、反応も、“残す理由”になると実感しました。……この布には、価値があります。私たちはそれを証明した。今ここで、次の工程に進むだけです」
議場に静かなざわめきが広がる。
「──他に異議は?」
しばしの沈黙ののち、老商人タルボが鼻を鳴らしながら手を上げた。
「ま、言うことなしだな。筋も通っとる。……通そうじゃねぇか」
それを皮切りに、中堅商人たちの手が次々と挙がる。若手のライネルも、苦笑を交えて呟いた。
「はは……やられたわ。学生がここまで詰めてくるなんてな。……正直、なめてた」
そして──過半数を超えた瞬間、議場正面の魔導灯が静かに緑に灯った。
──承認。
控室に戻った三人は、まるで糸が切れたようにへたり込んだ。
ジルは「こ、腰が……」と呻きながら椅子にもたれかかり、ミュリルは放心したまま天井を仰いでいる。そんな中、レーネはこっそり拳を握っていた。
「通った……本当に、通った……」
扉が開く音に振り返ると、加賀谷が入ってきた。
その顔に、笑みが浮かんでいる。──心から、嬉しそうな、誇らしそうな顔だ。
「すごかったな、お前ら。正直、あんな議場で、よくあそこまで通した……マジで見事だった」
普段クールな彼が、率直にそう口にするのは珍しい。
「レーナ連邦との話も、リィナが繋いでくれたのは事実だけど──取引を成立させたのは、お前ら三人の手腕と説得力だ。俺じゃ無理だった。いや、本当にすごい」
三人は顔を見合わせた。頬を赤く染めながらも、どこか誇らしげに。
「やるじゃん、わたしたち」
「……へへ、たまには褒められてもいいよな」
「なんか……ちょっと泣きそうかも」
加賀谷はわざとらしく咳払いをして、姿勢を正す。
「さて──じゃあ、本格的にPMIだ。文官も投入して進める。ただし、ジルの研究も、ミュリルの企画も、ちゃんと組み込んでいくからな。それぞれの強みは、まだまだ必要になる」
そして、彼は最後にこう付け加えた。
「今回の成果は、ただの“いい案”じゃない。“誰がやったか”で決まる仕事だった。お前たちがやったから、意味があった。……ありがとう。本当に、ありがとう」
三人は、何も言わずにうなずいた。
その目には、もう次の一歩を見据える光が宿っていた。
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★あとがき
ここまで読んでくれて、ありがとうございました!
三人のインターンが、まさかの議会プレゼンまでやってのける回でした。
多少のゴタゴタや緊張はあったけど、最後にはしっかり結果を出してくれてました。
あと、レーナ連邦とレーネって名前ややこしくてすみません。。
次回は、それぞれの想いがどう実るのか──少しずつ“責任ある大人”に近づいていく過程を描ければと思ってます。
それでは、また次の節で!
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