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第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する
第十九節:帝国皇女の憂いと野望
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窓の外に広がる港の灯を見下ろしながら、セレスティアはワインをゆるく揺らしていた。
舷灯が揺れるたび、赤い髪がさざ波のようにきらめく。
先ほどまでの愛嬌は消え、いまは誰もいない空間で“姫”としての仮面を外している。
──帝国は、じきに壊れる。
それは予感ではない。
構造として、すでに“終わり”が始まっていた。
兄たちはそれぞれが帝位を争い、外交の余地もないほど軍事に傾倒している。
ひとりは西方の列島群に遠征軍を送り、もうひとりは南大陸での開拓戦争を主導していた。
正統の証など何の意味もない。
──勝った者が皇帝になる。
それが今の帝国で、誰も口に出さずとも理解している不文律だった。
(政治を語るには、剣が要る。経済を語るには、血が要る。……そんな時代に戻ってどうするのよ)
セレスティアは静かに息を吐いた。
そして、その兄たちの背後に、さらに恐ろしい存在がいる。
異国の顔立ち。淡い銀色の瞳。
感情のない軍略と、冷徹な勝利至上主義。
──《戦術家》サレヴァン・クローディアス。
彼は帝国が“次元転移”という禁じられた術で召喚した異邦の男だった。
戦場を「点取りゲーム」と言い、命をただのリソースとして扱う、異常な戦術思考。
最初は、ただ“奇妙な勇者”というだけだった。
だが、実戦での勝率が八割を超えると、状況は一変した。
兄たちは喜んで彼を担ぎ上げ、軍政の一角を任せるようになった。
──誰も彼を止められなくなった。
セレスティアはあの目を思い出す。
冷たい星を埋め込んだような、あの目を。
(……あれは、いずれ兄たちすら“駒”として使い潰す)
彼は忠誠で動いているのではない。
ただ“完璧な勝利”という目的だけを追っている。
兄たちが彼を使っているつもりでも、実際には、
帝国そのものが、サレヴァンの“戦場”になりつつある。
そして、そんな国に、未来はない。
「……だからこそ、“次の選択肢”が要るのよ」
セレスティアはそっと呟いた。
その視線の先には、昼間に見た男の横顔が、脳裏に焼きついていた。
加賀谷 零──ヴェステラを変えた、異邦の商人。
力ではなく、制度で秩序を作り出し、
奪い合いではなく、利で人を動かす。
そんな彼がもし、“味方”として動けば──
それは、サレヴァンのロジックすら打ち破る“別の現実”になる。
「……共犯者としては、申し分ないわ」
セレスティアはそう言って、ようやくグラスを口に運んだ。
夜の港に、遠雷のような波音が響いていた。
「……やれやれ。姫君のお忍びというのは、いつの世も胃が痛くなる」
そんな皮肉めいた声とともに、加賀谷との会合の際には口を閉じていた男が口を開いた。
それは背の高い壮年の男だった。
蒼雷将ヴェルグラード。
帝国軍きっての将軍にして、“雷鳴とともに突撃してくる悪魔”と敵兵から恐れられた男。
その鉄のように硬い眼差しは、セレスティアの姿を確認するや、少しだけ和らいだ。
「付き従う者がいないことに、護衛として少しばかり焦りました」
「心配性ね。……あなたがいれば、百人力じゃない」
セレスティアはグラスを置き、椅子から立ち上がる。
「本当に百人分の心配を背負っている気分です」
冗談めかして肩をすくめたヴェルグラードが、ふと夜空を見上げた。
「北方戦線以降、空気が変わり始めています。……あのサレヴァンの下に就いてからは特に」
「何かあったの?」
「……勝ちはしました。だが、それは“勝利”とは言えない。
我が軍が取ったのは、村の焼却と無差別な兵站破壊。
彼の目に映るのは“勝つための図面”だけ。そこに人の命も、民の暮らしもない」
声には怒りというより、諦念に近いものが滲んでいた。
ヴェルグラードは、生粋の軍人でありながら“正義”という言葉を簡単に捨てない男だ。
「あなたは……」
セレスティアが口を開くと、彼は一歩近づき、静かに言った。
「あなたがどんな策をめぐらそうと、私は止めません。
忠誠を誓う気はない。しかし、あなたという“現実主義者”が、どんな賭けを打つのか──
この目で見届ける義務はあると、勝手に思っております」
その言葉に、セレスティアは一瞬だけ笑みを浮かべた。
幼いころ、好奇心旺盛な彼女にしつこく付きまとわれ、困惑しながらも面倒を見続けたヴェルグラード。
それはやがて、誰にも知られぬまま、帝国における奇妙な“相棒”関係になった。
「ありがとう、雷の将軍」
セレスティアは踵を返し、夜の小径へと歩き出す。
その背中越しに、囁くように言った。
「これは賭けなの。だけど、負けたら帝国ごと沈む……。なら、打たなきゃ損でしょ?」
──ヴェルグラードが慎重に言葉を選びながら問いかけた。
「……婚姻の件ですが、大公殿はすでに、先代の忘れ形見である“公女”と……」
セレスティアはくすりと笑った。唇の端をわずかに上げ、茶目っ気すらにじませる。
「うん、知ってる。だから何?」
扇子を指先で弄びながら、彼女はあっけらかんと言ってのけた。
「国としての立場はともかく──女としての魅力、パートナーとしての器量、どの点でも、誰にも負けるつもりはないわ」
セレスティアはわざとらしく目を瞬かせる。
「“私を選ばない”なんて選択、ほんとにあると思う?」
その声音は無邪気なほど軽やかだった。
けれど、底には確かな自信と冷徹な計算がある。
「政略でも恋でも構わない。結果として彼が私を必要とするように、舞台を整えてあげるだけよ」
小さく笑ったその表情に、ヴェルグラードは幼い頃から見慣れた「嵐の予兆」を感じていた。
_______________________
_______________________
★あとがき
帝国を見返すことから始まった物語。
けれどその帝国も、実のところ一枚岩ではない。
覇権を争う兄たち、軍略で王をも翻弄する異邦の勇者。
そして表舞台を避ける末弟に、静かに爪を研ぐ“姫”。
それぞれが、それぞれの“帝国”を見ている。
もはやこの大国は、誰かひとりの手に収まる器ではないのかもしれない。
──ならば、どう生き残るか。どう仕掛けるか。
生き残るのは“正義”ではなく、“冷静な現実主義”なのだから。
次節、加賀谷は再び選択を迫られる。
その手紙が、すべての引き金になる。
舷灯が揺れるたび、赤い髪がさざ波のようにきらめく。
先ほどまでの愛嬌は消え、いまは誰もいない空間で“姫”としての仮面を外している。
──帝国は、じきに壊れる。
それは予感ではない。
構造として、すでに“終わり”が始まっていた。
兄たちはそれぞれが帝位を争い、外交の余地もないほど軍事に傾倒している。
ひとりは西方の列島群に遠征軍を送り、もうひとりは南大陸での開拓戦争を主導していた。
正統の証など何の意味もない。
──勝った者が皇帝になる。
それが今の帝国で、誰も口に出さずとも理解している不文律だった。
(政治を語るには、剣が要る。経済を語るには、血が要る。……そんな時代に戻ってどうするのよ)
セレスティアは静かに息を吐いた。
そして、その兄たちの背後に、さらに恐ろしい存在がいる。
異国の顔立ち。淡い銀色の瞳。
感情のない軍略と、冷徹な勝利至上主義。
──《戦術家》サレヴァン・クローディアス。
彼は帝国が“次元転移”という禁じられた術で召喚した異邦の男だった。
戦場を「点取りゲーム」と言い、命をただのリソースとして扱う、異常な戦術思考。
最初は、ただ“奇妙な勇者”というだけだった。
だが、実戦での勝率が八割を超えると、状況は一変した。
兄たちは喜んで彼を担ぎ上げ、軍政の一角を任せるようになった。
──誰も彼を止められなくなった。
セレスティアはあの目を思い出す。
冷たい星を埋め込んだような、あの目を。
(……あれは、いずれ兄たちすら“駒”として使い潰す)
彼は忠誠で動いているのではない。
ただ“完璧な勝利”という目的だけを追っている。
兄たちが彼を使っているつもりでも、実際には、
帝国そのものが、サレヴァンの“戦場”になりつつある。
そして、そんな国に、未来はない。
「……だからこそ、“次の選択肢”が要るのよ」
セレスティアはそっと呟いた。
その視線の先には、昼間に見た男の横顔が、脳裏に焼きついていた。
加賀谷 零──ヴェステラを変えた、異邦の商人。
力ではなく、制度で秩序を作り出し、
奪い合いではなく、利で人を動かす。
そんな彼がもし、“味方”として動けば──
それは、サレヴァンのロジックすら打ち破る“別の現実”になる。
「……共犯者としては、申し分ないわ」
セレスティアはそう言って、ようやくグラスを口に運んだ。
夜の港に、遠雷のような波音が響いていた。
「……やれやれ。姫君のお忍びというのは、いつの世も胃が痛くなる」
そんな皮肉めいた声とともに、加賀谷との会合の際には口を閉じていた男が口を開いた。
それは背の高い壮年の男だった。
蒼雷将ヴェルグラード。
帝国軍きっての将軍にして、“雷鳴とともに突撃してくる悪魔”と敵兵から恐れられた男。
その鉄のように硬い眼差しは、セレスティアの姿を確認するや、少しだけ和らいだ。
「付き従う者がいないことに、護衛として少しばかり焦りました」
「心配性ね。……あなたがいれば、百人力じゃない」
セレスティアはグラスを置き、椅子から立ち上がる。
「本当に百人分の心配を背負っている気分です」
冗談めかして肩をすくめたヴェルグラードが、ふと夜空を見上げた。
「北方戦線以降、空気が変わり始めています。……あのサレヴァンの下に就いてからは特に」
「何かあったの?」
「……勝ちはしました。だが、それは“勝利”とは言えない。
我が軍が取ったのは、村の焼却と無差別な兵站破壊。
彼の目に映るのは“勝つための図面”だけ。そこに人の命も、民の暮らしもない」
声には怒りというより、諦念に近いものが滲んでいた。
ヴェルグラードは、生粋の軍人でありながら“正義”という言葉を簡単に捨てない男だ。
「あなたは……」
セレスティアが口を開くと、彼は一歩近づき、静かに言った。
「あなたがどんな策をめぐらそうと、私は止めません。
忠誠を誓う気はない。しかし、あなたという“現実主義者”が、どんな賭けを打つのか──
この目で見届ける義務はあると、勝手に思っております」
その言葉に、セレスティアは一瞬だけ笑みを浮かべた。
幼いころ、好奇心旺盛な彼女にしつこく付きまとわれ、困惑しながらも面倒を見続けたヴェルグラード。
それはやがて、誰にも知られぬまま、帝国における奇妙な“相棒”関係になった。
「ありがとう、雷の将軍」
セレスティアは踵を返し、夜の小径へと歩き出す。
その背中越しに、囁くように言った。
「これは賭けなの。だけど、負けたら帝国ごと沈む……。なら、打たなきゃ損でしょ?」
──ヴェルグラードが慎重に言葉を選びながら問いかけた。
「……婚姻の件ですが、大公殿はすでに、先代の忘れ形見である“公女”と……」
セレスティアはくすりと笑った。唇の端をわずかに上げ、茶目っ気すらにじませる。
「うん、知ってる。だから何?」
扇子を指先で弄びながら、彼女はあっけらかんと言ってのけた。
「国としての立場はともかく──女としての魅力、パートナーとしての器量、どの点でも、誰にも負けるつもりはないわ」
セレスティアはわざとらしく目を瞬かせる。
「“私を選ばない”なんて選択、ほんとにあると思う?」
その声音は無邪気なほど軽やかだった。
けれど、底には確かな自信と冷徹な計算がある。
「政略でも恋でも構わない。結果として彼が私を必要とするように、舞台を整えてあげるだけよ」
小さく笑ったその表情に、ヴェルグラードは幼い頃から見慣れた「嵐の予兆」を感じていた。
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★あとがき
帝国を見返すことから始まった物語。
けれどその帝国も、実のところ一枚岩ではない。
覇権を争う兄たち、軍略で王をも翻弄する異邦の勇者。
そして表舞台を避ける末弟に、静かに爪を研ぐ“姫”。
それぞれが、それぞれの“帝国”を見ている。
もはやこの大国は、誰かひとりの手に収まる器ではないのかもしれない。
──ならば、どう生き残るか。どう仕掛けるか。
生き残るのは“正義”ではなく、“冷静な現実主義”なのだから。
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