赤字国家に召喚されたので、まずは売却から始めます──でも断られたので価値を爆上げして帝国に頭を下げさせることにしました【TOP3入り感謝】

25BCHI

文字の大きさ
67 / 76
第六章:共栄連合構想──繁栄は交差する

第十九節:帝国皇女の憂いと野望

しおりを挟む
 窓の外に広がる港の灯を見下ろしながら、セレスティアはワインをゆるく揺らしていた。

 舷灯が揺れるたび、赤い髪がさざ波のようにきらめく。
 先ほどまでの愛嬌は消え、いまは誰もいない空間で“姫”としての仮面を外している。

 ──帝国は、じきに壊れる。

 それは予感ではない。
 構造として、すでに“終わり”が始まっていた。

 兄たちはそれぞれが帝位を争い、外交の余地もないほど軍事に傾倒している。
 ひとりは西方の列島群に遠征軍を送り、もうひとりは南大陸での開拓戦争を主導していた。

 正統の証など何の意味もない。
 ──勝った者が皇帝になる。
 それが今の帝国で、誰も口に出さずとも理解している不文律だった。

(政治を語るには、剣が要る。経済を語るには、血が要る。……そんな時代に戻ってどうするのよ)

 セレスティアは静かに息を吐いた。

 そして、その兄たちの背後に、さらに恐ろしい存在がいる。

 異国の顔立ち。淡い銀色の瞳。
 感情のない軍略と、冷徹な勝利至上主義。

 ──《戦術家》サレヴァン・クローディアス。

 彼は帝国が“次元転移”という禁じられた術で召喚した異邦の男だった。
 戦場を「点取りゲーム」と言い、命をただのリソースとして扱う、異常な戦術思考。

 最初は、ただ“奇妙な勇者”というだけだった。
 だが、実戦での勝率が八割を超えると、状況は一変した。

 兄たちは喜んで彼を担ぎ上げ、軍政の一角を任せるようになった。
 ──誰も彼を止められなくなった。

 セレスティアはあの目を思い出す。
 冷たい星を埋め込んだような、あの目を。

(……あれは、いずれ兄たちすら“駒”として使い潰す)

 彼は忠誠で動いているのではない。
 ただ“完璧な勝利”という目的だけを追っている。

 兄たちが彼を使っているつもりでも、実際には、
 帝国そのものが、サレヴァンの“戦場”になりつつある。

 そして、そんな国に、未来はない。

「……だからこそ、“次の選択肢”が要るのよ」

 セレスティアはそっと呟いた。
 その視線の先には、昼間に見た男の横顔が、脳裏に焼きついていた。

 加賀谷 零──ヴェステラを変えた、異邦の商人。

 力ではなく、制度で秩序を作り出し、
 奪い合いではなく、利で人を動かす。

 そんな彼がもし、“味方”として動けば──
 それは、サレヴァンのロジックすら打ち破る“別の現実”になる。

「……共犯者としては、申し分ないわ」

 セレスティアはそう言って、ようやくグラスを口に運んだ。
 夜の港に、遠雷のような波音が響いていた。

「……やれやれ。姫君のお忍びというのは、いつの世も胃が痛くなる」

 そんな皮肉めいた声とともに、加賀谷との会合の際には口を閉じていた男が口を開いた。
 それは背の高い壮年の男だった。

 蒼雷将ヴェルグラード。
 帝国軍きっての将軍にして、“雷鳴とともに突撃してくる悪魔”と敵兵から恐れられた男。

 その鉄のように硬い眼差しは、セレスティアの姿を確認するや、少しだけ和らいだ。

「付き従う者がいないことに、護衛として少しばかり焦りました」

「心配性ね。……あなたがいれば、百人力じゃない」

 セレスティアはグラスを置き、椅子から立ち上がる。

「本当に百人分の心配を背負っている気分です」

 冗談めかして肩をすくめたヴェルグラードが、ふと夜空を見上げた。

「北方戦線以降、空気が変わり始めています。……あのサレヴァンの下に就いてからは特に」

「何かあったの?」

「……勝ちはしました。だが、それは“勝利”とは言えない。
 我が軍が取ったのは、村の焼却と無差別な兵站破壊。
 彼の目に映るのは“勝つための図面”だけ。そこに人の命も、民の暮らしもない」

 声には怒りというより、諦念に近いものが滲んでいた。
 ヴェルグラードは、生粋の軍人でありながら“正義”という言葉を簡単に捨てない男だ。

「あなたは……」

 セレスティアが口を開くと、彼は一歩近づき、静かに言った。

「あなたがどんな策をめぐらそうと、私は止めません。
 忠誠を誓う気はない。しかし、あなたという“現実主義者”が、どんな賭けを打つのか──
 この目で見届ける義務はあると、勝手に思っております」

 その言葉に、セレスティアは一瞬だけ笑みを浮かべた。
 幼いころ、好奇心旺盛な彼女にしつこく付きまとわれ、困惑しながらも面倒を見続けたヴェルグラード。

 それはやがて、誰にも知られぬまま、帝国における奇妙な“相棒”関係になった。

「ありがとう、雷の将軍」

 セレスティアは踵を返し、夜の小径へと歩き出す。
 その背中越しに、囁くように言った。

「これは賭けなの。だけど、負けたら帝国ごと沈む……。なら、打たなきゃ損でしょ?」

──ヴェルグラードが慎重に言葉を選びながら問いかけた。

「……婚姻の件ですが、大公殿はすでに、先代の忘れ形見である“公女”と……」

 セレスティアはくすりと笑った。唇の端をわずかに上げ、茶目っ気すらにじませる。

「うん、知ってる。だから何?」

 扇子を指先で弄びながら、彼女はあっけらかんと言ってのけた。

「国としての立場はともかく──女としての魅力、パートナーとしての器量、どの点でも、誰にも負けるつもりはないわ」

 セレスティアはわざとらしく目を瞬かせる。

「“私を選ばない”なんて選択、ほんとにあると思う?」

 その声音は無邪気なほど軽やかだった。
 けれど、底には確かな自信と冷徹な計算がある。

「政略でも恋でも構わない。結果として彼が私を必要とするように、舞台を整えてあげるだけよ」

 小さく笑ったその表情に、ヴェルグラードは幼い頃から見慣れた「嵐の予兆」を感じていた。



_______________________
_______________________
★あとがき
帝国を見返すことから始まった物語。
けれどその帝国も、実のところ一枚岩ではない。

覇権を争う兄たち、軍略で王をも翻弄する異邦の勇者。
そして表舞台を避ける末弟に、静かに爪を研ぐ“姫”。

それぞれが、それぞれの“帝国”を見ている。
もはやこの大国は、誰かひとりの手に収まる器ではないのかもしれない。

──ならば、どう生き残るか。どう仕掛けるか。
生き残るのは“正義”ではなく、“冷静な現実主義”なのだから。

次節、加賀谷は再び選択を迫られる。
その手紙が、すべての引き金になる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

処理中です...