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22 襲撃
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気が付けば、有紗がこちらの世界に来て、半年が経過していた。
現在聖エーデル女子修道院の貴族棟に暮らしているのは有紗を入れて六人だ。
有紗、ビアンカ、クラウディア、トルテリーゼ。
そして、未亡人でもある老婦人エルケ助祭と、親から強いられた婚姻から逃げてきたという歳若い修道女のパレアナ侍祭だ。
貴族棟は一般棟より手狭ではあるが、それでも三十室くらい部屋があるちょっとしたお邸だ。
それでもたったの六人で、使用人すら入れずに回っているのは、家事のほとんどが魔術で行えるからである。
高齢のエルケ助祭は、足が悪く、一日のほとんどを室内で過ごしている。
そのため、有紗はパレアナの前でだけ魔術が使えないことをビアンカに誤魔化して貰えばよかった。
貴族棟に住む修道女達は、出身は貴族とはいえ神に仕える修行僧である。
調理こそ平民の修道女に任せているものの、貴族棟の庭は菜園になっており、その世話は自分達で行い、自給自足の一端を担っていた。
有紗は、クラウディアが水やりの係の日、それを見せてもらうのが好きだった。
華やかな美貌の持ち主であるクラウディアが、杖型の魔道具を使って水を出し、菜園に雨を降らせる姿は水の女神のように見えるからだ。
天気が良く、雨に虹がかかると、それはもう神々しい美しさなのである。
「アリーセは私の水やりを見るのが好きね」
「はい。綺麗だから」
「おだてるのが上手ね。その調子であれを誘惑なさい」
クラウディアはとても可愛らしい人だ。耳が少し赤くなっている。
女子校時代、ボーイッシュな女の子相手にきゃあきゃあ言っていた友達の気持ちがわかる気がした。
ちなみに、水やりに魔道具を使うのは、その方が魔力の変換効率がいいからだ。
純粋な魔力は単なる力の塊であり、大量の水や火を出そうと思うと術式による変換が必要になる。
術式を組むには、詠唱、文字、媒体等が必要になるので、あらかじめ術式を組み込んだ魔道具に魔力を流す方が簡単なのだと教えてもらった。
例えば戦争でも、銃型の魔道具が開発された後は戦争の主役は銃になったそうだ。
この辺りは、地球での戦争の主役が騎馬から銃に移り代わったのに似ている気がした。
クラウディアは菜園を見渡すと、満足気に頷いた。
「今年の実りは上々ね。去年は大変だったのよ。蝕があったから」
「ショク?」
「月蝕よ。十年に一度くらいの割合で起こるのよね。ツァディー神がお隠れになると、神器を使っても抑えきれない気候の乱れが起こるのよ」
ああ、だからウルスラは売られたのか。
有紗はこちらに来たばかりの頃、奴隷商人の所で出会った死んだ目の女の子の事を思い出した。
畑に目をやると、鮮やかな緑が水に濡れ、太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
今日は快晴。上空には雲一つない青空が広がっている。
空を見上げると、五機の飛行機が編隊飛行しているのが見えた。
「クラウディア様、飛行機が見えます」
「本当ね。どこの基地の戦闘機かしら。あまりこの辺りを飛ぶ事なんて無いんだけど……」
「まさかヴァルトルーデの飛行機なんじゃ……」
有紗の何気ない呟きに、クラウディアの表情が曇る。
「そんなはずないわ。お父様からは毎月暗号で飛行計画が来ているもの……それに、こちらに気付いた形跡があれば、連絡が来る手筈になっているのよ」
エルンスト王は、浮遊母艦ヴァルトルーデの乗員の中に何名かの密偵を潜伏させているそうだ。
「……っ、アリーセ、早く建物の中へ!」
クラウディアの声色が唐突に緊迫感をはらんだものに変わった。それと同時に、強く腕を掴まれ引っ張られる。
遠く、何かが落ちてくる音がする。
続いて、爆音。
ドォン! という衝撃音と共に、地面がびりびりと震動した。
(なに……?)
疑問に足が止まりそうになる。突如頬がクラウディアに叩かれた。
「しゃんとなさい! いい、アリーセ、聖堂へ逃げて。途中誰かに出くわしたら聖堂へ誘導するの! あれはヴィナラントよ! 敵が攻めてきたの!」
(てき?)
ヴィナラント、それは、ヴァルトルーデ乗艦中に何度か領空侵犯してきた隣国の名前ではなかっただろうか。
機体の色が見えた。ヴァルトルーデで見た赤じゃない。白い機体。ヴィナラントの戦闘機?
機体から何かが落ちてきて、上空で爆発炎上した。炎は来ない。衝撃波も。爆音だけだ。
修道院の上には、半球状のガラスのドームのようなものがあって、その外側だけが炎上している。
「結界がある。でも長くは持たない。だから聖堂へ逃げるの。わかった?」
「クラウディア院長は!?」
「私は一般棟の者を避難させる。私は王族だから平気。でもあなたは違うでしょ?」
足手まといだと言外に言われた気がした。
クラウディアにばしんと背中を叩かれ、有紗は足をもつれさせながら聖堂へと走りだした。
◆ ◆ ◆
聖堂内へは、次々と修道女達が転がり込むように入ってきた。
その間にも断続的に爆撃音が聞こえてくる。
「アリーセ様! ご無事でしたか」
有紗はビアンカに抱き寄せられる。
「何が起こってるんでしょうか、アリーセ様」
「何かご存知ありませんか?」
「怖い、神様……!」
「私たち、助かりますよね? 王族のクラウディア院長と高位貴族のアリーセ様がいらっしゃるんですもの!」
普段は交流のない平民の修道女達が有紗に縋り付くように尋ねてくる。
有事の際は、貴族とはその身に宿る魔力で民を守るもの。
しかし貴族を装っているだけの有紗には何もできない。
「ヴィナラントの攻撃の様です」
聖堂の窓の外を冷静に伺っていたビアンカが答えると、動揺がさざめきのように広がっていった。
「どうしてヴィナラントが……」
「ここ何年も戦争なんて起こってなかったのに……」
「平民の修道女は皆こちらにお入りなさい!」
鋭い声が聖堂の奥から聞こえた。
トルテリーゼだった。祭壇が大きく左にずれ、その下に地下へと通じる階段が覗いている。
「パレアナ侍祭は彼女達と一緒に地下に。付いていてあげてちょうだい。アリーセ様とビアンカは申し訳ないけれど上に残って結界の強化を手伝って下さい」
「そんな! 私も残ります。お力にならせて下さい」
「いいえ、七位貴族のあなたがいても大して役には立たない。それよりは皆に付いて安心させてあげて」
トルテリーゼは強引にパレアナを地下へと押し込めた。
平民の修道女はほぼ避難が完了したようだが、足の悪いエルケ助祭はまだ来ていない。クラウディアもだ。
ドン、ドン、と断続的に聞こえてくる爆発音が恐ろしい。
突然、なぜ、こんなことに。
遠いテレビの向こう側でしか見た事のなかった空爆が、目の前で起こっているという現実が受け入れられない。
「どうしてヴィナラントが……情勢は安定していたはずなのに……」
ビアンカが呟いた。
ヴィナラントとフレンスベルクの関係は、決して良いとは言えない。
両国は元は一つの大陸を統べる統一国家だったのだが、お家騒動が原因で分裂した、という経緯があるためである。
分裂の際土地を潤すための神器も分割されたのだが、互いが互いに正統を主張し、結局今なおその論争に決着はついていない。
しかし、ここ最近は小競り合いもなく互いに牽制しあう状態が続いているとクラウディアからは習った。
「皆避難した? 無事!?」
バン、と乱暴に聖堂の扉が開き、平民の修道女二人と共にクラウディアが飛び込んできた。
「平民の修道女の避難はそのお二人で完了です。エルケ助祭がまだ……」
トルテリーゼが報告するのと同時に、爆発音と共にピシリ、と何かに罅が入るような音がした。
「もう駄目だわ、全体の結界は持たない……」
クラウディアの呟きには悲愴感が溢れていた。
そして唇を噛み、目を閉じる。
「結界を聖堂へ集中させましょう。トルテリーゼ、ビアンカ、手を貸して。それと、セーファスの基地へ連絡を」
「既に取っております。緊急事態と判断致しました」
「そう。ありがとう。私からも一報は入れたのだけどね。セーファス側からも動いて貰えると有難いわ」
「女子修道院を狙うとは卑劣な真似を……」
怒りを募らせるビアンカにクラウディアは首を振った。
「ここは今、この地域の地脈に魔力を巡らせるための拠点になっているの。その情報が漏れたか解析されたか……ヴィナラントがうちを本気で攻めるつもりなら、ここをまず狙うのは理にかなってる」
「そんな……」
軍人であるビアンカが驚いている、という事はかなり高いレベルの軍事機密なのだろうか。
「女神像に魔力を注いで。聖堂の結界を強化します。何とか軍が来るまでは持たせましょう」
クラウディアの声が合図となった。
この場にいる貴族、クラウディア、トルテリーゼ、ビアンカの三人が、魔力を手の平に集中させ、女神像に注ぎはじめた。
(エルケ助祭……)
ここにいない老婦人の姿が脳裏を過ぎるが口に出すことはできなかった。
ここには総勢で二十四人の修道女達が避難している。二十四を救うために切り捨てる、そういう決断をしたのは責任者であるクラウディアで、その決断を苦しんでいない訳が無いのだ。
「ごめんなさいね、アリーセ。貴族令嬢としてこちらに来て貰っている建前上、下に行かせてあげられなくて」
有紗は首を横に振った。何も出来なくても、クラウディアの傍に居たいと思った。
爆発音は断続的に続いている。
その度に揺れを感じ、恐怖が募った。
――戦争の始まりはいつだって唐突だ。
太平洋戦争は、日本が宣戦布告なしで真珠湾を攻撃した事から始まったし、9.11テロだって、ある日突然飛行機が高層ビルへと飛び込んで行った。
でも、なぜ今、それが有紗の目の前なのか。
有紗は祈るように手を前で組み合わせた。
(早く、誰か、たすけて)
しゃらりと右腕のバングルとブレスレットが擦れて音を立てた。
(ディートハルト様……)
バングルを使えば、来てくれる?
この探知阻害のブレスレットを外せば。
「……爆撃が止みましたね」
「いいえ、大きいのが来るわ。魔力の奔流を感じる」
クラウディアが呟いたのと、外からまばゆい閃光が差し込んできたのは同時だった。
「っく……」
三人とも苦しそうな表情だ。鈍い振動が聖堂中を襲う。
「悔しいわね。全盛期ならこれくらいの結界の維持くらいなんて事なかっただろうに」
ぽつりと呟いたクラウディアの額には、脂汗が浮いていた。
「クラウディア様、あまりご無理はなさらないでください」
「そういうあなたもね、トルテリーゼ」
軍には既に知らせがいっている。
ヴァルトルーデはこの国が保有する二隻の浮遊母艦のうちの一つだと聞いた。
ならば、助けに来るのはヴァルトルーデだという可能性もある。
「次が来そうですよ」
静かなビアンカの分析に、迷っている暇はない、そう直感した有紗は、探知阻害のブレスレットを引きちぎっていた。
「アリーセ、あなた何を……」
クラウディアが驚愕の表情をする。
と、同時に。
「見つけた、アリサ」
懐かしい香りとともに、有紗のお腹に腕が巻きついてきた。
現在聖エーデル女子修道院の貴族棟に暮らしているのは有紗を入れて六人だ。
有紗、ビアンカ、クラウディア、トルテリーゼ。
そして、未亡人でもある老婦人エルケ助祭と、親から強いられた婚姻から逃げてきたという歳若い修道女のパレアナ侍祭だ。
貴族棟は一般棟より手狭ではあるが、それでも三十室くらい部屋があるちょっとしたお邸だ。
それでもたったの六人で、使用人すら入れずに回っているのは、家事のほとんどが魔術で行えるからである。
高齢のエルケ助祭は、足が悪く、一日のほとんどを室内で過ごしている。
そのため、有紗はパレアナの前でだけ魔術が使えないことをビアンカに誤魔化して貰えばよかった。
貴族棟に住む修道女達は、出身は貴族とはいえ神に仕える修行僧である。
調理こそ平民の修道女に任せているものの、貴族棟の庭は菜園になっており、その世話は自分達で行い、自給自足の一端を担っていた。
有紗は、クラウディアが水やりの係の日、それを見せてもらうのが好きだった。
華やかな美貌の持ち主であるクラウディアが、杖型の魔道具を使って水を出し、菜園に雨を降らせる姿は水の女神のように見えるからだ。
天気が良く、雨に虹がかかると、それはもう神々しい美しさなのである。
「アリーセは私の水やりを見るのが好きね」
「はい。綺麗だから」
「おだてるのが上手ね。その調子であれを誘惑なさい」
クラウディアはとても可愛らしい人だ。耳が少し赤くなっている。
女子校時代、ボーイッシュな女の子相手にきゃあきゃあ言っていた友達の気持ちがわかる気がした。
ちなみに、水やりに魔道具を使うのは、その方が魔力の変換効率がいいからだ。
純粋な魔力は単なる力の塊であり、大量の水や火を出そうと思うと術式による変換が必要になる。
術式を組むには、詠唱、文字、媒体等が必要になるので、あらかじめ術式を組み込んだ魔道具に魔力を流す方が簡単なのだと教えてもらった。
例えば戦争でも、銃型の魔道具が開発された後は戦争の主役は銃になったそうだ。
この辺りは、地球での戦争の主役が騎馬から銃に移り代わったのに似ている気がした。
クラウディアは菜園を見渡すと、満足気に頷いた。
「今年の実りは上々ね。去年は大変だったのよ。蝕があったから」
「ショク?」
「月蝕よ。十年に一度くらいの割合で起こるのよね。ツァディー神がお隠れになると、神器を使っても抑えきれない気候の乱れが起こるのよ」
ああ、だからウルスラは売られたのか。
有紗はこちらに来たばかりの頃、奴隷商人の所で出会った死んだ目の女の子の事を思い出した。
畑に目をやると、鮮やかな緑が水に濡れ、太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
今日は快晴。上空には雲一つない青空が広がっている。
空を見上げると、五機の飛行機が編隊飛行しているのが見えた。
「クラウディア様、飛行機が見えます」
「本当ね。どこの基地の戦闘機かしら。あまりこの辺りを飛ぶ事なんて無いんだけど……」
「まさかヴァルトルーデの飛行機なんじゃ……」
有紗の何気ない呟きに、クラウディアの表情が曇る。
「そんなはずないわ。お父様からは毎月暗号で飛行計画が来ているもの……それに、こちらに気付いた形跡があれば、連絡が来る手筈になっているのよ」
エルンスト王は、浮遊母艦ヴァルトルーデの乗員の中に何名かの密偵を潜伏させているそうだ。
「……っ、アリーセ、早く建物の中へ!」
クラウディアの声色が唐突に緊迫感をはらんだものに変わった。それと同時に、強く腕を掴まれ引っ張られる。
遠く、何かが落ちてくる音がする。
続いて、爆音。
ドォン! という衝撃音と共に、地面がびりびりと震動した。
(なに……?)
疑問に足が止まりそうになる。突如頬がクラウディアに叩かれた。
「しゃんとなさい! いい、アリーセ、聖堂へ逃げて。途中誰かに出くわしたら聖堂へ誘導するの! あれはヴィナラントよ! 敵が攻めてきたの!」
(てき?)
ヴィナラント、それは、ヴァルトルーデ乗艦中に何度か領空侵犯してきた隣国の名前ではなかっただろうか。
機体の色が見えた。ヴァルトルーデで見た赤じゃない。白い機体。ヴィナラントの戦闘機?
機体から何かが落ちてきて、上空で爆発炎上した。炎は来ない。衝撃波も。爆音だけだ。
修道院の上には、半球状のガラスのドームのようなものがあって、その外側だけが炎上している。
「結界がある。でも長くは持たない。だから聖堂へ逃げるの。わかった?」
「クラウディア院長は!?」
「私は一般棟の者を避難させる。私は王族だから平気。でもあなたは違うでしょ?」
足手まといだと言外に言われた気がした。
クラウディアにばしんと背中を叩かれ、有紗は足をもつれさせながら聖堂へと走りだした。
◆ ◆ ◆
聖堂内へは、次々と修道女達が転がり込むように入ってきた。
その間にも断続的に爆撃音が聞こえてくる。
「アリーセ様! ご無事でしたか」
有紗はビアンカに抱き寄せられる。
「何が起こってるんでしょうか、アリーセ様」
「何かご存知ありませんか?」
「怖い、神様……!」
「私たち、助かりますよね? 王族のクラウディア院長と高位貴族のアリーセ様がいらっしゃるんですもの!」
普段は交流のない平民の修道女達が有紗に縋り付くように尋ねてくる。
有事の際は、貴族とはその身に宿る魔力で民を守るもの。
しかし貴族を装っているだけの有紗には何もできない。
「ヴィナラントの攻撃の様です」
聖堂の窓の外を冷静に伺っていたビアンカが答えると、動揺がさざめきのように広がっていった。
「どうしてヴィナラントが……」
「ここ何年も戦争なんて起こってなかったのに……」
「平民の修道女は皆こちらにお入りなさい!」
鋭い声が聖堂の奥から聞こえた。
トルテリーゼだった。祭壇が大きく左にずれ、その下に地下へと通じる階段が覗いている。
「パレアナ侍祭は彼女達と一緒に地下に。付いていてあげてちょうだい。アリーセ様とビアンカは申し訳ないけれど上に残って結界の強化を手伝って下さい」
「そんな! 私も残ります。お力にならせて下さい」
「いいえ、七位貴族のあなたがいても大して役には立たない。それよりは皆に付いて安心させてあげて」
トルテリーゼは強引にパレアナを地下へと押し込めた。
平民の修道女はほぼ避難が完了したようだが、足の悪いエルケ助祭はまだ来ていない。クラウディアもだ。
ドン、ドン、と断続的に聞こえてくる爆発音が恐ろしい。
突然、なぜ、こんなことに。
遠いテレビの向こう側でしか見た事のなかった空爆が、目の前で起こっているという現実が受け入れられない。
「どうしてヴィナラントが……情勢は安定していたはずなのに……」
ビアンカが呟いた。
ヴィナラントとフレンスベルクの関係は、決して良いとは言えない。
両国は元は一つの大陸を統べる統一国家だったのだが、お家騒動が原因で分裂した、という経緯があるためである。
分裂の際土地を潤すための神器も分割されたのだが、互いが互いに正統を主張し、結局今なおその論争に決着はついていない。
しかし、ここ最近は小競り合いもなく互いに牽制しあう状態が続いているとクラウディアからは習った。
「皆避難した? 無事!?」
バン、と乱暴に聖堂の扉が開き、平民の修道女二人と共にクラウディアが飛び込んできた。
「平民の修道女の避難はそのお二人で完了です。エルケ助祭がまだ……」
トルテリーゼが報告するのと同時に、爆発音と共にピシリ、と何かに罅が入るような音がした。
「もう駄目だわ、全体の結界は持たない……」
クラウディアの呟きには悲愴感が溢れていた。
そして唇を噛み、目を閉じる。
「結界を聖堂へ集中させましょう。トルテリーゼ、ビアンカ、手を貸して。それと、セーファスの基地へ連絡を」
「既に取っております。緊急事態と判断致しました」
「そう。ありがとう。私からも一報は入れたのだけどね。セーファス側からも動いて貰えると有難いわ」
「女子修道院を狙うとは卑劣な真似を……」
怒りを募らせるビアンカにクラウディアは首を振った。
「ここは今、この地域の地脈に魔力を巡らせるための拠点になっているの。その情報が漏れたか解析されたか……ヴィナラントがうちを本気で攻めるつもりなら、ここをまず狙うのは理にかなってる」
「そんな……」
軍人であるビアンカが驚いている、という事はかなり高いレベルの軍事機密なのだろうか。
「女神像に魔力を注いで。聖堂の結界を強化します。何とか軍が来るまでは持たせましょう」
クラウディアの声が合図となった。
この場にいる貴族、クラウディア、トルテリーゼ、ビアンカの三人が、魔力を手の平に集中させ、女神像に注ぎはじめた。
(エルケ助祭……)
ここにいない老婦人の姿が脳裏を過ぎるが口に出すことはできなかった。
ここには総勢で二十四人の修道女達が避難している。二十四を救うために切り捨てる、そういう決断をしたのは責任者であるクラウディアで、その決断を苦しんでいない訳が無いのだ。
「ごめんなさいね、アリーセ。貴族令嬢としてこちらに来て貰っている建前上、下に行かせてあげられなくて」
有紗は首を横に振った。何も出来なくても、クラウディアの傍に居たいと思った。
爆発音は断続的に続いている。
その度に揺れを感じ、恐怖が募った。
――戦争の始まりはいつだって唐突だ。
太平洋戦争は、日本が宣戦布告なしで真珠湾を攻撃した事から始まったし、9.11テロだって、ある日突然飛行機が高層ビルへと飛び込んで行った。
でも、なぜ今、それが有紗の目の前なのか。
有紗は祈るように手を前で組み合わせた。
(早く、誰か、たすけて)
しゃらりと右腕のバングルとブレスレットが擦れて音を立てた。
(ディートハルト様……)
バングルを使えば、来てくれる?
この探知阻害のブレスレットを外せば。
「……爆撃が止みましたね」
「いいえ、大きいのが来るわ。魔力の奔流を感じる」
クラウディアが呟いたのと、外からまばゆい閃光が差し込んできたのは同時だった。
「っく……」
三人とも苦しそうな表情だ。鈍い振動が聖堂中を襲う。
「悔しいわね。全盛期ならこれくらいの結界の維持くらいなんて事なかっただろうに」
ぽつりと呟いたクラウディアの額には、脂汗が浮いていた。
「クラウディア様、あまりご無理はなさらないでください」
「そういうあなたもね、トルテリーゼ」
軍には既に知らせがいっている。
ヴァルトルーデはこの国が保有する二隻の浮遊母艦のうちの一つだと聞いた。
ならば、助けに来るのはヴァルトルーデだという可能性もある。
「次が来そうですよ」
静かなビアンカの分析に、迷っている暇はない、そう直感した有紗は、探知阻害のブレスレットを引きちぎっていた。
「アリーセ、あなた何を……」
クラウディアが驚愕の表情をする。
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「見つけた、アリサ」
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