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第1部 目指せゲームオーバー!

第16話 その男、勇者につき

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 勇者。
 ほんの1ヶ月前に侮辱ぶじょくされ、不当な扱いを受けた相手──かも知れない存在を前にして、しかしリフレは笑みを浮かべて言った。

「チャンスですね。勇者の仲間になれば、魔界へ向かう旅も盤石ばんじゃくになります」

 気丈に言う彼女に、無理をしている様子はない。
 だが、それに素直に頷くことなど、オレにはできなかった。

「……分かった」

 口ではそう答え、オレは前に出た。
 しかし、本心はまったく違った。
 リフレを無能呼ばわりして追放した。
 リフレと一緒にそんな相手の仲間にのは、何となく気分が悪かった。
 ただ何かが何となく気に入らない。オレの気分の問題だ。
 ぶっ飛ばしてリフレに謝らす。それからアイツを仲間に
 そう意気込み、オレは歩を進め──

 目の前に、鋭利な剣尖があった。

 驚愕きょうがくで、足だけでなく呼吸まで一瞬止まった。
 背を向けていた相手が、いつの間にか大剣をオレに突き付けていた。
 整った顔立ちはやや女性的で、線も細めで肌も白い。
 しかし、そのスピードとパワーは、常人のそれを遥かに凌駕りょうがしている。

「テメェさっきから敵意しでガン飛ばしてきやがってよォ。俺になんか用かよォ?」

 見た目に反して、剣に劣らず鋭い視線と言葉を浴びせられた。
 だが、引くわけにはいかない。

「お前、勇者か?」
「まぁそんなクソだりぃ称号は渡されたなァ」
「1人か? パーティーは組まないのかよ」
「あァ? 雑魚が何人集まろうがァ、足手まといにしかなんねぇよォ」

 吐き捨てるような言葉だ。
 リフレの話では、勇者は超優秀なサポーターを追放し、その後リフレを加えたパーティーを壊滅させている。
 にもかかわらず、この男はパーティーメンバー全員を雑魚呼ばわりし、単独で動いている。
 今の言葉が事実で、単独でなら十全に実力を発揮できるのだとしても、傍若無人ぼうじゃくぶじんがすぎる。
 そのとき、勇者が右手を無造作に開いた。
 大剣が重力に引かれ落ちる──直前、

「──雷閃狼爪ストリーク解放アンシーズ

 勇者の口が動いた。
 瞬間、オレの横を紫電が通過。
 ほぼ同時に、背後でけたたましい金属音が響いた。

(……何も、見えなかった……!)

 何も理解できず、恐怖だけが叩き付けられた。
 必死に震えをこらえていると、勇者がいぶかるように言った。

「おいィ、なんだってこんなとこに魔族がいやがんだァ?」

 振り向くと、ドルーオが立っていた。
 鈍色にびいろの短槍と赤紫の大剣がぶつかり、火花を散らしている。
 
「安心しろ、敵対する気も侵略する気もない。異種族の旅人と思ってくれ」
「……フン」

 そのおだやかな言葉を信じたわけではなさそうだが、勇者は攻撃をやめた。彼の手許に、瞬時に大剣が移動する。
 警戒は解かないのか、抜き身を下げたまま口を開く。

「ヒョロっちい男と魔族と聖族みてぇな格好の女と暗そうな女たァ、珍妙ちんみょうなパーティーだなァ」

 ……こいつ、今なんて言った?
 苛立ちが、先刻の恐怖を一時的に忘れさせた。

「……暗そうな女? それだけか?」
「あァ? それだけも何もォ、逆にテメェは見ず知らずの女に思い入れあんのかよォ?」

 さすがに限界が来た。
 知り合って日は浅いが、リフレの人となりは知っている。
 優しく真面目な少女がこんな仕打ちを受けているというのは、シンプルに気分が悪かった。
 顔をしかめたオレを見て何かを察して、リフレがあわてて口を開く。

「ま、待ってくださいカイトさ──」
「あァー、テメェさっきからグチャグチャとよォ……要は俺に喧嘩ケンカ売ってるっつー認識でいいんだよなァ?」

 面倒そうにガリガリと頭をかきながら、勇者がさえぎるように吐き捨てる。
 その顔が、笑みのような形にゆがめられた。
 途端に肌が粟立つ。
 思わず後退あとずさりそうになるが、気合でい踏み留まる。
 旅はまだ序盤だ。こんなところで人族相手にビビるようでは、話にならない。

「あぁ売ってる、けっこうムカついてる」

 引き下がることなく言い切ると、勇者は歯をむき出しにして笑った。
 どこか嗜虐的しぎゃくてきで、好戦的な笑み。

「いいぜェ、売られる義理はねぇが買ってやんよォ!」

 言うや否や、勇者の右手が閃いた。
 長大な刀身が、赤紫の三日月を描く。
 ドルーオと天の声ナレーターは、リフレを連れて素早く離脱した。
 オレも《超駆エクシード》を発動し、ギリギリで回避する。
 2日間のトレーニングの成果だ。
 これまでのオレなら、動き出しが間に合わず斬られていただろう。

「待ってくださいカイトさん! その人は……!」

 リフレが叫ぶが、話は後だ。
 籠手ガントレットにオレンジの光を宿らせ、オレは叫んだ。

「《地撃グランド・アクセル》!!」

 発射口から、同色のオーラをまとったつぶてが飛び出し、
 ──ゴキャッ!!
 直後、粉々にくだけ散った。

「……は?」

 目を丸くするオレの前で、勇者が《地撃グランド・アクセル》を放った姿勢のままわらっていた。
 いや、ちょっと待て。
 オレの魔法を、後出しで撃った同じ魔法で全部撃ち落とした……!?
 魔法発動の瞬発力と、一瞬で狙いを定めるコントロール。
 腕前がバケモノじみている。

っせぇなァ。魔具マグ使ってこれかよォ、欠伸あくび出んぜェ」

 さげすむような言葉に歯噛はがみしていると、後ろからドルーオと天の声ナレーターの声が聞こえてきた。

「特訓の一助いちじょになるかと思ったが……さすがにが悪すぎたか」
膨大ぼうだいな魔力プラス、この2日でかなり肉体を鍛えられたけど、カイト君はドルーオには遠く及ばないもんね」
「当然だ。魔王は全魔族最強の者に与えられる称号だ。そう簡単に越えられるものじゃない」
「だったら、カイト君は勇者には敵わないでしょ」

 そこで句切り、天の声ナレーターは続けた。

「勇者は、全人族最強の者に与えられる称号なんだから」


(つづく)
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