上 下
25 / 33
第1部 目指せゲームオーバー!

第26話 はたらく勇者パーティー(酒場)

しおりを挟む
「それじゃあ、今日もよろしくね」

 中年の女性が、リフレと天の声ナレーターにそう言った。
 勇者パーティーがアルバイトを始めてから、3ヶ月が経過した。
 カイトとクトは八百屋で、ナッシュとドルーオは剣術教室で、そしてリフレと天の声ナレーターはこの酒場兼レストランで働いている。
 今リフレ達の前にいるのは店長だ。

「はい。今日もよろしくお願いします」
「お願いしまーす!」

 リフレの丁寧ていねいな、天の声ナレーターの元気な挨拶に、店長は顔をほころばせた。
 勤務初日からそうだったが、2人を気に入っているらしい。
 ちなみにリフレは、酒場で働くと決まったタイミングで、ナッシュから厳命を受けている。

『お前絶対に厨房には立つんじゃねぇぞォ。弁償べんしょうする先を増やすような真似だけはするんじゃねェ』
『泣きますよ……?』

 さすがにリフレも、自分の料理の腕前は自覚している。
 ずっと昔から母をお手本にして練習しているのだが、作る品はどれも草の味になってしまう。
 さすがにそんなものを酒場で提供したら、客が離れて賠償ばいしょうすることになってしまう。
 そんなわけで、リフレは今ウェイトレス用の制服を着ている。
 隣の天の声ナレーターも同じ制服を着ている。2人共ホール担当だ。

『実家が酒場で、昔からよく母の手伝いをしていたので、ウェイトレスなら任せてください』
『私も、人の感情の機微きびにはさとい自信があるから、接客ならばっちりです!』

 初日の2人の言葉を聞いた店長は『お手並み拝見ね』と楽しそうに笑っていた。
 そして、2人は即戦力となった。

「オーダー頂きました。1番卓、シーフードパスタ1、ほうれん草のサラダ1。2番卓、チキンのスープパスタ1にチーズトッピング。3番卓、ローストビーフサンド2、フレンチトースト1、ホットコーヒー3、コーヒーは全員食後です」
「おまたせしました、グリルチキンとサラダスパゲティです。お間違いないでしょうか?」
「すみません、7番卓のマカロニグラタンと12番卓のプリンがとどこおってます」

 慣れた様子で注文を取り、大量のオーダーも正確に連絡。
 完成した料理は客席へ運ぶが、その動作は丁寧ていねいでありながら素早い。
 どの順番でどのテーブルからどんなオーダーが入っているかも、問題なく把握。
 14歳にして、既にリフレは一人前のウェイトレスだった。
 そして天の声ナレーターもまた、接客にはげんでいた。

「あっ、グラス汚れてますね。すぐに交換します!」
「取り皿とフォーク、どうぞご利用ください!」
「お水のおかわり、注ぎますね!」
「このお野菜が苦手なら、抜きでもご注文いただけますよ!」

 客が頼む前に要望を見抜いて行動している。
 それもどういうわけか、客が内心で望んだ直後に、だ。あまりにも速すぎる。
 人の感情の機微に敏いどころではない、心でも読めるのかと疑いたくなるほどにすさまじい対応を見せた。

「あのウェイトレス2人が来てから、前よりも混み出したよなぁ……」
「可愛いし気も利くし、文句なしだ」

 そんな声もチラホラ聞こえる。
 八百屋でのクトと同じ、2人は立派な看板娘になっていた。
 ──ただ、リフレの仕事はウェイトレスだけではなかった。

 ◇

『おいィ、ちょっといいかァ』

 酒場でのアルバイトが決まった後、ナッシュはリフレに厨房に立つなと厳命した。
 だが、彼がリフレに言ったのは、それだけではなかった。
 厨房に立つな命令で少しシュンとするリフレに、ナッシュは一転して荒々しさが抑えられた口調で言った。

『お前に情報収集を頼みてェ。俺の仕事に関してだ』
『ナッシュさんのお仕事って……前に言ってた、魔王と聖王に会って和平条約を結ぶ……』
『それじゃねェ。俺が抱えてる中で最優先の仕事は確かにそれだがァ、頼みてぇのは別件だァ』

 そこで句切り、勇者は依頼を口にした。

『俺のクソ兄とォ、お前の前任のサポーターの行方だァ』
『え……?』
『クソ兄とォ、クソ兄に追放された前任のサポーターが行方不明になってるゥ。あの2人を見つけんのも俺の仕事の1つだァ』

 酒場は情報が集まりやすい。
 ウェイトレス仕事に慣れているリフレなら、仕事の片手間に客の会話を盗み聞くくらいはできる。

『あと言っとくがァ』
『はい?』
『有益な情報が手に入らなかったとしてもォ、それはお前の責任じゃねェ。気負うなァ』

 兄の尻拭いをするのも仕事だと、以前ナッシュは言った。
 先代勇者によって傷付けられた少女への、ナッシュなりのフォローだった。

『……はい!』

 ◇

 そして3ヶ月間、リフレは聞き耳を立てながら働いてきた。
 だが、これといった情報は入手できていない。
 ポケットから小さな紙を取り出す。
 ナッシュから渡された、前任サポーターの情報だ。

(エクリーさん……ショートカットの金髪と青い目、修道服のような白い服の女性……)

 かなり目立つ容姿だ。
 だが、それらしい人物を見かけたという話は聞こえてこない。

「なぁ、そう言えば剣術教室で、すっげー強い冒険者2人が臨時講師になったんだと」
「バケモンみたいな腕前らしいな」
「もしかして勇者だったりして」
「勇者ねぇ……無能だった先代の弟が現役らしいけど、こっちも無能なのかねぇ」
「無能の背中見て育ったから、案外有能だったりしてな」
「だといいけどな」

 そんな会話が聞こえてきた。
 どちらの実力も知っているリフレとしては、苦笑する他ない。
 ふと、ある人物がリフレの脳裏をぎった。

(弟、かぁ……)

 そのとき、運んでいたお盆とグラスが、リフレの手から零れ落ちた。
 考え事をしていて、手を滑らせてしまった。

「……っ、《効果反転エフェクトリバース》!!」

 リフレは咄嗟とっさに無魔法を発動させた。
 お盆とグラス、そして床との間に白い魔法陣が展開された。
 魔法陣に触れた現象の効果を反転させる魔法だ。
 落下していたお盆とグラスが、空中で等速で跳ね上がる。
 お盆とグラスをしっかりとキャッチし、リフレは息を吐いた。

(空っぽのグラスで良かった……しっかりしなきゃ)

 安堵と同時に気を引き締めていると、店長から心配そうな声が飛んできた。

「大丈夫かい!? キミがミスなんて珍しい、どこか具合いでも……!?」
「い、いえ! ただの不注意です、すみません!」

 慌ててそう返し、リフレは仕事を再開した。
 だが、

(レッ君、元気かなぁ……)

 頭の片隅かたすみには、先ほどの思考が少し残っていた。


(つづく)
しおりを挟む

処理中です...