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第1部 目指せゲームオーバー!
第27話 はたらく勇者パーティー(剣術教室)
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「ねぇ、先生達はどっちの方が強いの?」
そんな言葉が放たれた。
今日で最後となった、剣術教室の臨時講師のアルバイト。その休憩時間中のことだ。
水を飲んでいたドルーオとナッシュに、生徒の1人がそう訊ねたのだ。
ドルーオもナッシュも──元魔王と勇者なのだから当然だが──元々この剣術教室にいた講師よりも遥かに強い。
そんな2人のどちらがより強いか、ここに通う全員がずっと気になっていた。
「あァ? どっちが強いってェ、そりゃお前ェ……」
生徒の言葉を受け、ナッシュはさも当然と言わんばかりに答えた。
「俺だろォ」
「俺だな」
まったく同じタイミングで、ドルーオがまったく同じことを言った。
途端、2人の間で火花が散った。
「あァ? なんだァ、老兵がいっちょ前に自信満々かよォ?」
「老兵だからこそ、若造よりは多く場数を踏んでいるな」
さっそく舌戦を繰り広げる2人を、周囲はハラハラとワクワクが入り混じった目で見ていた。
と言うより、全員の顔に「ついに先生達の試合が見れそう!!」と大書してある。
だがナッシュも、そしてドルーオも気になっていた。
元魔王が、勇者がどの程度の実力なのか。
もっとも、この場で手合わせして測れるのは剣の腕だけだが。
「おいィ、ちょうどいいから戦るぞォ」
「うむ、俺も同じことを思っていたところだ」
とは言え、さすがに街中の剣術教室で勇者と元魔王が真剣──それも魔剣で斬り合っては、どんな被害が出るか分かったものではない。
そのため、剣術教室の練習で使っている木剣を使うことにした。
もちろん魔法の使用も禁止である。
(魔法なしで、お互い得意な得物じゃない。一見五分だが、ナッシュの方が少し不利だな)
そう考え、ドルーオはちらりとナッシュを見やった。
2人共剣での戦闘は得意だが、どんな剣が得意かは違う。
ドルーオが細剣や短槍といった中型の刺突剣の扱いを得意としているのに対して、ナッシュは長剣や大剣といった重い剣の扱いを得意としている。
当然振るう感覚は普段の得物とまったく異なるが、そのギャップの影響をより強く受けるのはナッシュだろう。
現にナッシュは木剣で素振りをして、入念に感覚を慣らしている。
そしてナッシュもまた、素振りをしながら先ほどのドルーオの言葉を思い出していた。
『老兵だからこそ、若造よりは多く場数を踏んでいるな』
一般的に、魔族や聖族の寿命は人族のそれの4倍にも及ぶ。4年で1歳加齢するといった感覚だ。
(パッと見50歳前後ってことはァ、あのオッサンは200年近く生きてるってことになるゥ。そんだけ特訓や実戦を積んでるってなるとォ、相当厳しいなァ……)
改めて警戒すると、ナッシュは右手の木剣を力強く振り抜いた。
感覚のアジャストは十分できた。
「行けるか?」
「あァ」
訊ねてきたドルーオに短く答え、ナッシュは木剣を中段に構えた。
ドルーオも同時に、同じ構えをとった。攻防どちらにもすぐに転じることができる構えだ。
盛り上がっていたギャラリーも、2人に気圧されたか、壁際で口を噤む。
だが、ナッシュもドルーオも、すぐには動かなかった。
先手必勝という言葉があるが──矛盾するようだが──必ずしもそうというわけではない。
達人相手の場合、下手に先手をとっても返しを喰らう可能性が高いからだ。
ゆえに達人同士の戦闘は、様子見や受けで相手の性格や技を見切るところから始まることが多い。
だからこそナッシュは、あえて速攻を仕掛けた。
中段の構えで様子見すると見せかけて思い切り床を蹴り飛ばし、接近するや木剣を鋭く斬り降ろす。
超高速の奇襲を、しかしドルーオは冷静に捌いた。
斬撃の軌道に刀身を添えて逸らし、その動きを予備動作にして突きを放つ。
カウンターの剣尖が、吸い込まれるようにナッシュの肩口に迫り──直後、上へと弾かれた。
Vの字を描くようにして、ナッシュが返す刀で斬り上げたのだ。
お互いに得物を上段に振り上げたような体勢になる。
直後、2人が同時に床を踏みしめ、同時に剣を振り下ろした。
まったく同時の上段斬りが衝突し、大気を震わせる。
鍔迫り合いの圧力で刀身を軋ませながら、ナッシュは内心で舌打ちした。
(やっぱ先手とっても返してくるかァ……流しとカウンターの繋ぎがスムーズな上にィ、強めに弾いても遅れずに斬り降ろしてきやがったァ。やっぱ相当に積んでやがるなァ)
相手の攻撃を受け流すのは、見た目ほど簡単ではない。
攻撃の軌道を瞬時に見極め、刀身を最適な角度や力加減で添えなくては押し切られる。一朝一夕で身に着く技術ではない。
それをここまで上手くやれる時点で、ドルーオの経験値が窺える。
だがドルーオもまた、内心でナッシュの動きを称賛していた。
(初手の攻撃、流せはしたがなかなかに重かった。木剣であの一撃というのも凄まじいが、俺の返しにもすぐに対応した。パワーとスピードに加え、後の先をとり返せるだけの反応の良さ……手強いな)
冒険者に若者が多いのは、言うまでもなく肉体が資本だからだ。
以前ドルーオがカイトに言った通り、鍛えられた強い肉体があってこそ心が強くなり、そこから生まれる魔力もまた強くなる。
出会った直後のカイトとの衝突の際、ナッシュは大剣を片手で振り回していた。
その重量に振り回されることなく、重い剣を軽々と扱っていた。
若くしてナッシュが厳しい鍛練を積んできた証拠だ。
至近距離で視線が交わり、2人が同時に両腕に力を込めた。
刀身同士の接触点から火花が散り──バキィィン!! と乾いた音を響かせ、木剣が壊れた。
「「あ」」
ナッシュとドルーオが、同時に間の抜けた声を漏らした。
だが無理もない。厳しい鍛練に耐え得る木剣であっても、元魔王と勇者がフルパワーで鍔迫り合いなどすればすぐに壊れる。
「「…………」」
鍔迫り合いの体勢のまま、折れた剣を手にした勇者と元魔王はフリーズした。
盛り上がっていたギャラリーたちも、シンと静まり返っている。
何とも言えない微妙な空気と謎の沈黙が、剣術教室に流れた。
「……練習再開すんぞォ」
「うむ、そうだな」
そう言って、2人は無理やり空気を切り替えた。
なんかけっこう気まずかったらしい。
(つづく)
そんな言葉が放たれた。
今日で最後となった、剣術教室の臨時講師のアルバイト。その休憩時間中のことだ。
水を飲んでいたドルーオとナッシュに、生徒の1人がそう訊ねたのだ。
ドルーオもナッシュも──元魔王と勇者なのだから当然だが──元々この剣術教室にいた講師よりも遥かに強い。
そんな2人のどちらがより強いか、ここに通う全員がずっと気になっていた。
「あァ? どっちが強いってェ、そりゃお前ェ……」
生徒の言葉を受け、ナッシュはさも当然と言わんばかりに答えた。
「俺だろォ」
「俺だな」
まったく同じタイミングで、ドルーオがまったく同じことを言った。
途端、2人の間で火花が散った。
「あァ? なんだァ、老兵がいっちょ前に自信満々かよォ?」
「老兵だからこそ、若造よりは多く場数を踏んでいるな」
さっそく舌戦を繰り広げる2人を、周囲はハラハラとワクワクが入り混じった目で見ていた。
と言うより、全員の顔に「ついに先生達の試合が見れそう!!」と大書してある。
だがナッシュも、そしてドルーオも気になっていた。
元魔王が、勇者がどの程度の実力なのか。
もっとも、この場で手合わせして測れるのは剣の腕だけだが。
「おいィ、ちょうどいいから戦るぞォ」
「うむ、俺も同じことを思っていたところだ」
とは言え、さすがに街中の剣術教室で勇者と元魔王が真剣──それも魔剣で斬り合っては、どんな被害が出るか分かったものではない。
そのため、剣術教室の練習で使っている木剣を使うことにした。
もちろん魔法の使用も禁止である。
(魔法なしで、お互い得意な得物じゃない。一見五分だが、ナッシュの方が少し不利だな)
そう考え、ドルーオはちらりとナッシュを見やった。
2人共剣での戦闘は得意だが、どんな剣が得意かは違う。
ドルーオが細剣や短槍といった中型の刺突剣の扱いを得意としているのに対して、ナッシュは長剣や大剣といった重い剣の扱いを得意としている。
当然振るう感覚は普段の得物とまったく異なるが、そのギャップの影響をより強く受けるのはナッシュだろう。
現にナッシュは木剣で素振りをして、入念に感覚を慣らしている。
そしてナッシュもまた、素振りをしながら先ほどのドルーオの言葉を思い出していた。
『老兵だからこそ、若造よりは多く場数を踏んでいるな』
一般的に、魔族や聖族の寿命は人族のそれの4倍にも及ぶ。4年で1歳加齢するといった感覚だ。
(パッと見50歳前後ってことはァ、あのオッサンは200年近く生きてるってことになるゥ。そんだけ特訓や実戦を積んでるってなるとォ、相当厳しいなァ……)
改めて警戒すると、ナッシュは右手の木剣を力強く振り抜いた。
感覚のアジャストは十分できた。
「行けるか?」
「あァ」
訊ねてきたドルーオに短く答え、ナッシュは木剣を中段に構えた。
ドルーオも同時に、同じ構えをとった。攻防どちらにもすぐに転じることができる構えだ。
盛り上がっていたギャラリーも、2人に気圧されたか、壁際で口を噤む。
だが、ナッシュもドルーオも、すぐには動かなかった。
先手必勝という言葉があるが──矛盾するようだが──必ずしもそうというわけではない。
達人相手の場合、下手に先手をとっても返しを喰らう可能性が高いからだ。
ゆえに達人同士の戦闘は、様子見や受けで相手の性格や技を見切るところから始まることが多い。
だからこそナッシュは、あえて速攻を仕掛けた。
中段の構えで様子見すると見せかけて思い切り床を蹴り飛ばし、接近するや木剣を鋭く斬り降ろす。
超高速の奇襲を、しかしドルーオは冷静に捌いた。
斬撃の軌道に刀身を添えて逸らし、その動きを予備動作にして突きを放つ。
カウンターの剣尖が、吸い込まれるようにナッシュの肩口に迫り──直後、上へと弾かれた。
Vの字を描くようにして、ナッシュが返す刀で斬り上げたのだ。
お互いに得物を上段に振り上げたような体勢になる。
直後、2人が同時に床を踏みしめ、同時に剣を振り下ろした。
まったく同時の上段斬りが衝突し、大気を震わせる。
鍔迫り合いの圧力で刀身を軋ませながら、ナッシュは内心で舌打ちした。
(やっぱ先手とっても返してくるかァ……流しとカウンターの繋ぎがスムーズな上にィ、強めに弾いても遅れずに斬り降ろしてきやがったァ。やっぱ相当に積んでやがるなァ)
相手の攻撃を受け流すのは、見た目ほど簡単ではない。
攻撃の軌道を瞬時に見極め、刀身を最適な角度や力加減で添えなくては押し切られる。一朝一夕で身に着く技術ではない。
それをここまで上手くやれる時点で、ドルーオの経験値が窺える。
だがドルーオもまた、内心でナッシュの動きを称賛していた。
(初手の攻撃、流せはしたがなかなかに重かった。木剣であの一撃というのも凄まじいが、俺の返しにもすぐに対応した。パワーとスピードに加え、後の先をとり返せるだけの反応の良さ……手強いな)
冒険者に若者が多いのは、言うまでもなく肉体が資本だからだ。
以前ドルーオがカイトに言った通り、鍛えられた強い肉体があってこそ心が強くなり、そこから生まれる魔力もまた強くなる。
出会った直後のカイトとの衝突の際、ナッシュは大剣を片手で振り回していた。
その重量に振り回されることなく、重い剣を軽々と扱っていた。
若くしてナッシュが厳しい鍛練を積んできた証拠だ。
至近距離で視線が交わり、2人が同時に両腕に力を込めた。
刀身同士の接触点から火花が散り──バキィィン!! と乾いた音を響かせ、木剣が壊れた。
「「あ」」
ナッシュとドルーオが、同時に間の抜けた声を漏らした。
だが無理もない。厳しい鍛練に耐え得る木剣であっても、元魔王と勇者がフルパワーで鍔迫り合いなどすればすぐに壊れる。
「「…………」」
鍔迫り合いの体勢のまま、折れた剣を手にした勇者と元魔王はフリーズした。
盛り上がっていたギャラリーたちも、シンと静まり返っている。
何とも言えない微妙な空気と謎の沈黙が、剣術教室に流れた。
「……練習再開すんぞォ」
「うむ、そうだな」
そう言って、2人は無理やり空気を切り替えた。
なんかけっこう気まずかったらしい。
(つづく)
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