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第1部 目指せゲームオーバー!

第32話 荒れ狂う風雷(後編)

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 オレ達が固唾かたずを飲んで見守る中、不意にナッシュが後ろを振り向き、そして消えた。

「えっ!? 逃げた!?」
「んなわけねぇだろがァ! ナメんなァ!」

 クトの声に、ナッシュが怒鳴りで応じた。
 見れば、レラから数十メートルほど離れた場所にいた。

「視線の方角のウン10メートル先に移動する……的な魔法か?」
「あぁ、《縮地ペネトレイト》という無魔法だが……よく分かったな、その通りの魔法だ」

 ドルーオの驚いたような声が飛んできた。
 そんなのもあんのか、便利だな無魔法。

「あのくらいの距離なら、魔法使わなくても走ればすぐじゃん」
「それはクトだけだろ……」

 思わずツッコんでから、オレは遅まきながら気付いた。
 ナッシュもレラも動いていない。
 ナッシュは手許に紫電を宿した大剣を浮かべたまま、レラはオレンジのオーラをまとわせた剣を順手に握り替えて、ピタリと止まっている。
 様子見してるのか?

「レラ君、どっちを取るかな? 動く・・か、固める・・・か……」
「ここまで見せてきたあの判断力なら、動く方を選ぶだろうな」

 天の声ナレーターとドルーオが話しているが、オレとクトにはさっぱりだ。
 ちなみにリフレは、レラが心配すぎて顔が真っ青になってる。戦術に意識を向ける余裕はなさそうだ。

「えっと……動くと固めるって?」
「地魔法で魔纏サーフェスした剣でガードしながら接近するか、《地壁グランド・ウォール》のような防壁で確実に防ぐか、だ」
「それなら動くより、固めた方が簡単だし確実だろ? 壁で防いですぐ動いてを繰り返せば……」
「いや、それじゃ確実に負ける」

 即座に反論された。
 確かにオレがやったときは秒で崩されたけど、あれはオレがインスタント城塞じょうさいの中に立てこももったからだ。
 防いですぐ動けば大丈夫なんじゃないか?

「ストリークは、遠距離から雷速で攻撃できる。つまり、防いだ瞬間には次撃が飛んでくるということだ。足を止めて防壁を張ればそこから動けなくなり、一方的に叩かれるだけだ」
「先手を取れればあるいは……とも思うけど、雷速の攻撃から先手を取るなんてほぼ無理だしさ。固めたら確実に負けるけど、固めざるを得ない。ストリークはそういう魔剣だね」

 ドルーオと天の声ナレーターの説明に、オレもクトも絶句した。
 理不尽すぎる、無理ゲーもいいところだ。

「じゃあ、壁の内側からさっきの瞬間移動やったら? なんだっけ、ペレネートってやつ」
「《縮地ペネトレイト》は強力だが、手練れには移動先を読まれやすい。使うだけなら誰でもできるが、使いこなすなら話が変わる。《超駆エクシード》と同じだ」

 クトの言い間違えをやんわりと訂正しつつのドルーオの説明に、オレは唸った。
 剣メインで戦う以上、レラは接近できなければ始まらない。
 下手に《縮地ペネトレイト》を使ってもカウンターを喰らう可能性が高い以上、剣で防ぎながら走った方がまだマシか。

「レラ君は走りでどこまで接近できるか、ナッシュはそれをどう阻むか……機動力勝負だね」
「昨日の酒場とかここまでの動き見た感じ、レラはけっこう動き素早いよな」
「おれほどじゃないけどな!」

 そう言ったオレとクトに、ドルーオが「いや」と手を振った。

「あくまで持論だが、機動力とスピードは別物だぞ」
「え、スピードが速いのを機動力が高いって言うんじゃないの?」
「そもそも機動とは、その戦局において最適な位置に素早く移動することだ。例えばクトはダッシュの最高速が高いが、ゆえに減速に時間がかかる。目標地点のかなり手前から減速するか、でなければ減速が間に合わずに目標地点を通り過ぎるか……それでは機動力が高いとは言えない」

 刻一刻と変わる戦局を瞬時に見極める、広い視野と判断力。
 素早く動き出す瞬発力と、狙った場所で正確に止まるブレーキ力──総じて敏捷力アジリティ
 これらを両立して初めて、機動力というものが生まれる。

「まぁ、ここまでのレラ君の判断力と見切りなら……」

 天の声ナレーターの言葉が途切れた。
 レラが飛び出したからだ。
 すかさずナッシュが、分割したストリークを射出する。
 宙を焼くような雷撃を、レラの剣が叩く。
 紫の直線とオレンジの弧が、連続で衝突する。

「《縮地ペネトレイト》は使わないか」
「あるいは使いこなせないか」

 ドルーオと天の声ナレーターが呟くように言う。
 オレとやったとき、ナッシュは「遊んでやんよォ」と言っていた。
 実際遊びだったんだろう。
 あのときナッシュは、ストリークを分割しなかった。だからオレでも回避できた。
 単一の直線軌道でもヤバい雷速攻撃に、幅なんてものが足されたら速攻詰む。
 でもレラは違う。
 小さいステップで斜めに動き、飛んでくるストリーク複数本の軌道から外れながら前進している。
 横の動きを最小限にして、距離を詰めることを優先している。そして避けきれない分のストリークだけを、地魔力を纏わせた剣で撃墜げきつい
 バケモンじみた集中力と反応速度だ。

「……すごいね、あの子」

 天の声ナレーターが、そんな言葉をこぼした。
 すごいなんてもんじゃない、あの歳と体格でよくあんな……

「リフレちゃんと一緒のパーティーに入りたいってだけで、勇者とタイマン張るなんて……」
「あぁ、すさまじいな」
「今ぁ!?」

 いや、まぁ気持ちは分かるけど!
 勇者と戦う理由が『好きなお姉ちゃんと一緒にいたい』とかオレもツッコみたいけど!

「距離、10メートル切った」

 急に真面目になった天の声ナレーターの声に、あわてて視線を向ける。
 同時に、ナッシュがストリークを分割し……は!?

「20本……!」
「多くねぇ!?」

 天の声ナレーターとクトが声を上げる。
 だが、急に倍以上に増えたストリークは、容赦ようしゃなく放たれた。

「レッ君!!」

 リフレが叫んだ──のと同時に、レラが魔法を発動した。

「《地壁グランド・ウォール》!!」

 さすがにあの数は、防壁でガードか。
 地面から、岩の防壁が屹立きつりつした。
 ただし、レラの真下の地面から、だ。
 地面から生えた岩壁に押され、レラが上昇した。
 岩壁をジャンプ台代わりにして、ナッシュのとこまで一気に跳ぶつもりか!?
 オレ達がそう思い、レラを追うように視線を上げた。
 瞬間、レラが消えた。
 直後、ナッシュの目の前に出現した。

「《縮地ペネトレイト》!」
「やはりか」

 天の声ナレーターとドルーオの声。
 それよりも早く、レラの剣がナッシュに迫った。
 寸止めのカウンターが入る──

 と、オレ達が、そして誰よりレラがそう思っただろう。
 次の瞬間、レラはナッシュから10メートルほど離れた場所で岩壁を背に、目の前に8本のストリークを突き付けられていた。

「……何が、起きた……?」

 そんな声しか、オレは発せられなかった。
 ナッシュの懐に入った直後、自分で作った岩壁を背にしていたレラ……まさか。

「レッ君の《縮地ペネトレイト》に、《効果反転エフェクトリバース》を合わせた……?」

 呟くようなリフレの言葉は、オレの予想と同じだった。
 そして、ドルーオと天の声ナレーターも同じ意見らしい。

「防御と思わせて防壁でジャンプと見せかけ……2重のフェイントで視線と意識を上に向けさせ、そこから《縮地ペネトレイト》で懐に入る。いい作戦ではあったが……」
「完璧にタイミング読まれてたね」

 読まれてた?
 でもレラが《縮地ペネトレイト》をいつ使うかなんて不確定なはず……待てよ?

「ドルーオ、お前さっき『やはりか』って言ったよな」
「あぁ。レラが《縮地ペネトレイト》を使うとしたら、あそこだと思ったからな」
「どこに気付く要素が……」

 オレが最後まで言い切る前に、ナッシュがレラに向けた口を開いた。

「序盤に軽く斬り合ってェ、お前のスタイルは大体分かったァ。動きは速くチビゆえに小回りも利くゥ。その辺と非力さを加味してェ、俺と至近距離でやり合ったァ。自分の強みと弱みを理解した機動力重視の立ち回りだったァ……」

 そこで句切り、ナッシュは顔を上げた。
 昨晩と同じ、冷たく厳しい目だった。

「そんなお前がァ、自分のスタイルと相性のいい《縮地ペネトレイト》を練習してねぇわけがねェ。なのにお前はァ、離れた俺に走りで寄ろうとしたァ。そんで距離が縮まったところでデカい跳躍ゥ……不自然に決まってんだろォ」
「──ッ!」

 レラが目を見開いた。
 自分の失策に気付いたんだろう、オレも気付いた。
 警戒しすぎたんだ。
 ナッシュの思考から《縮地ペネトレイト》を消そうとして、逆に狙ってることがバレた。
 なら、最初から《縮地ペネトレイト》を使って攻めてたら……と思ったが、オレでも無駄だと分かった。
 その場合は、レラが《縮地ペネトレイト》を上手く使えるってナッシュが確信するだけだ。
 より確固たる自信をもって、今と同じカウンターを仕掛けるだろう。
 ナッシュが《縮地ペネトレイト》でレラから距離をとったあの時点で、既にこのオチは決まってたってことか。

「じゃあ、最初からレラに勝ち目とかなかったんじゃん」

 クトの呟きに、ドルーオが頷いた。
 そりゃ、あんな小さい子供が勇者と戦って勝てるとは思ってなかった。
 レラ自身も、さすがにそれは分かってたはずだ。
 なのに……

「あいつ、すげー悔しそうだな」

 何が、あいつをそこまで駆り立ててるんだ……?


(つづく)
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