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第一章

48.切ない想いは隠されて ②

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 家に着けば、ほっとしたのか、一気に疲れが出たらしく身体が重たく感じた。頭痛もする。
 今夜は何もかも忘れて早く寝よう。
 すぐにでも靴を脱いで家に入りたかったのだが、目の前にいる遠野が突っ立ったままだ。
 そんなに広くない玄関に男二人でいたら、けっこう窮屈だった。

「おい、早く入れ」

 催促するように背中をぐいっと押せば、遠野が切羽詰まったような声を出す。

「どうしよう……」
「何だ、忘れ物か?」

 家に着いてから気づくなんて、どこか抜けている遠野らしい。

「取りに行かないとまずいのか?」

 車を出してやった方がいいだろうかと考えていると、急に視界が暗くなる。そして、身体が包み込まれた。
 遠野に抱きしめられていると認識するまで、そう時間がかからなかった。

「ちょっ、なに……」
「オレ、考えないようにしてたんですけど、頭の中ぐちゃぐちゃで」

 泣いているんじゃないかというような切ない声で喋り、矢神の身体を玄関に押しつけるように、きつく抱きしめてきた。

「嘉村先生と矢神さんが……嫉妬でおかしくなりそうです……」

 吐息が耳にかかり、遠野の指先が身体の線をなぞるように、背中から腰へと撫でていく。

「お、落ち着けって……」

 何とか遠野の身体を離そうと、胸を押しやったがまるで意味がない。

「オレ、矢神さんが誰かに触れられるの、嫌です、辛いです……矢神さん……」

 遠野の呼吸は乱れていて、服の上から身体をまさぐる遠野の手が激しくなっていった。

「……矢神さん……」

 吐息と共に甘く何度も名前を呼ぶ。この場で何かされるのではないか。先ほどの恐怖が少しよみがえった。

「遠野!」

 矢神が声を荒げれば、自分の行動にはっとしたように遠野は慌てて身体を離した。

「あ……ごめんなさい」

 今にも泣きそうな表情で矢神を見つめた。その表情に胸が痛くなる。

「……夕食の準備しますね」
「ああ……」

 遠野が部屋に入ったと同時に、矢神は力が抜けたようにその場に尻餅をついた。

「……びっくりした」

 今まで一緒に住んでいていても、そんな素振りを見せないから気づかなかった。
 いや、気づかないフリをしていたというのが正解かもしれない。

 矢神も遠野も、お互い『遠野の告白』をなかったことにしていた。
 職場でも家でも一緒なのだから、変に気を遣うよりはその方が楽だったからだ。

 だけど、嘉村に嫉妬するということは、遠野の矢神への気持ちは今も続いていて、本気だということ。
 必死で気持ちを押し殺していたのだろうか。でも、だからといってどうすればいいのかもわからない。

 気にするなと言われた以上、そういう気持ちはないとわざわざ伝えるのも酷な話だ。
 それに、矢神自身が気まずくなるのは避けたかった。




 遠野のいいところは、その後、何事もなかったように接してくれるところだろうか。
 笑顔でオムライスを目の前に出してくれた。

 矢神も、今日一日あったことは全て忘れたように振る舞った。
 たぶんこれからも、こうやって同じ毎日が繰り返されるだけ。

 遠野の作ったオムライスを一口食べれば、好みの味が広がり美味いと感じた。ふわふわとやわらかい卵が絶妙だ。
 それなのに甘い卵が喉に引っかかるような気がして、上手く飲み込めなかった。
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