弱気な男爵令嬢は麗しの宰相様の凍った心を溶かしたい

灰兎

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1、爆イケな宰相様にそんな登場のされ方したら、誰でも恋に落ちてしまいます

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「すっごーい!!! どこもピカピカで豪華絢爛! 見て、見て、アーノルド!!」

シェリルはいつも通って見慣れている兄の横で、歩く姿こそ淑女ぶっているが、ペリドットの瞳をキラキラと輝かせながら、もう二度と来られないかもしれない城の細部までも記憶しようと試みる。

「シェリル、城の見物も良いが今日は独身男性も多数来ている。
折角着飾っていつも以上に可愛くして来たんだから、自信を持ってダンスの誘いに応じるんだぞ?」

ライラックのサテン生地にシャンパンゴールドの繊細なレリーフが入ったシックなドレスを着たシェリルを満足気に見るアーノルド。

兄は、昔から妹の自分を過大評価する傾向にあるとシェリルは思っていた。

「うん、頑張ります……」

アーノルドはいつだってとても優しいけれど、きっとシェリルの気持ちはわからない。

文武両道で、若干16歳で王立の騎士団の中でも特に優秀な黒騎士団にスカウトされ、つい最近、25歳の若さで副団長補佐に任命された。そのキリッとした顔立ちと鍛え上げられた長身に、今だって御婦人の視線を集めている。

この優秀な兄との共通点は同じ親から生まれた事と、ペリドットの瞳くらいなものだ。

髪の色ですら、アーノルドはさらさらストレートな黒髪、自分は地味な栗色の巻き毛。

(どうせ、今夜だって誰にも声を掛けられないに決まってる……)



舞踏会が始まると、本来なら男性から女性に声を掛けるのに、アーノルドは勝手にダンスの相手のリストを女性陣に作られ、ひたすら踊らされることになり、シェリルは独り格別に美味しいシャンパンをちびちびと嗜みながら、完璧に壁の花となっていた。

(折角、アーノルドが出世して私も呼んで頂けたお城での舞踏会だけど、結局いつもの光景、安定の通常運転だわ。)

シェリルは当然の結果に納得しながら最後の一口をお上品に飲み干すと、風に当たるため、バルコニーの方へ向かった。

(今日は何人の男性が来ているんだろう。独身の人だけでも少なくとも200人はいるはず。でもやっぱり、私に声を掛けてくれる男性なんて居ないんだよね……このまま一生独身どころか、恋すらしないで死んでいくのかな……)

女性に囲まれる兄を思い出して、少しだけ真剣に落ち込んでしまう。

いくつかあるバルコニーの中で人気ひとけの無いものを選び、涙ぐむ瞳と酔って火照った顔が落ち着くのを待つ。

舞踏会はあんなに賑やかなのに、月の光に包まれたここは、別世界の様に静かだった。

庭からの爽やかなそよ風を受けている内に、心が落ち着きを取り戻すのを感じた。

もう少ししたら戻らなければならない。

いつまでもここに居たら、アーノルドに心配を掛けてしまう。

「こんな豪華な王宮での舞踏会に来れただけでもラッキーなんだし、今日は美味しいデザートを一杯食べて──」

シェリルが独り言を終える前に、どさっと音がして、目の前に男が降ってきた。

「っ──!! んんん……!!」

大声を出しそうになった所を、男の手が慌てて伸びてきて口を塞がれる。

「ごめん、お願い、大声出さないで。何もしないから」

シェリルは首を縦に何度も振った。

ブラウンの髪と瞳はバルコニーの少ない灯りの下で、艶っぽく光っている。

「ありがとう」

そう言って微笑みシェリルから手を離すと、風下に行って服の埃を払った。

見かけは怖そうでクールな印象だけれど、笑うと急に人懐っこく見えた。よく見るとかっこいい部類に入るのかもしれない。

「あの、お怪我はありませんか?」

「怪我はしてないよ、ありがとう。ところでシェリルちゃん、この間の約束通り俺を君の恋人候補にしてくれる?」

「すみません……今、何とおっしゃいましたか?」

「忘れちゃった? 次会う時までに恋人が居なかったら、俺を君の恋人候補にしてくれるって約束」

シェリルは初対面のイケメンが自分の名前を知っていると言う事に少しの興味を引かれつつも、実は頭は結構アレな人なんじゃないかとも思えて来た。

「あの、私そろそろ戻らないと兄が──」

「アーノルドならまだ後2時間は掛かるんじゃないかな」

「兄をご存知なんですか?」

「ちょっと待って、もしかして俺の事、本当に完全に忘れてる!?」

相手はそこで初めて少し取り乱した。

「ノアだよ、こないだアーノルドの副団長補佐の就任祝賀会の時に会って話したんだけど、覚えてない?」

「あっ!」

言われてみれば、段々と思い出して来た。

「ノア様、失礼致しました。暗がりだったので、すぐに気付かずすみませんでした」

「いいよ、気にしないで、こないだはちょっと話しただけだし」

ノアは少しだけ拗ねた様に言った。

「アーノルドから今夜はシェリルちゃんが来るって聞いて楽しみにしてたんだ。上の階のバルコニーから警備してたんだけど、シェリルちゃんが見えたから」

ノアはにこっとシェリルに笑い掛ける。

「思い出してもらえて良かった。僕とのこと、考えてみてくれる?」

「またそんなご冗談を……」

「アーノルドから、シェリルちゃんが結婚を意識し始めたって聞いて焦ったんだ。こないだ会った時は、そんな素振りなかったし。急がなくてもゆっくり付き合ってからって思ってたけど、君が結婚相手を探し始めてるなら、もうそんな余裕無い」

そう言って、シェリルの頬にキスをした。

「いきなり何を……!」

「予約。だってシェリルちゃんの可愛い姿を見て、絶対に他にも狙って来るやついるから」

「居ませんよ……現に今だって一人でこんな所に居たんですから」

思い出してどんよりと落ち込むシェリル。

「君は誘われても気付かないでしょ、俺の言ってることもまだ冗談だと思ってるし。しかも兄上が俺の妹にいい加減なことをしたら殺してやるって、常に殺人光線を発してる」

「そんなことはないです!」

「じゃあ俺とのこと、真剣に考えてくれる?」

「いえ、それはその、私には分不相応ですし……ご存知無いかもしれませんが、私は片田舎の男爵家の娘で、とてもじゃないですが、侯爵家のノア様とでは、なぐさみ者にもなり得ません」

「ほら、そういう所。ね、こんなに男が本気で誘ってても全然なびかないでしょ?」

「そう言う事では……ノア様、兎に角今日はもうあれですから、また今度……」

シェリルは後ずさりながら少しずつ屋内に戻ろうとする。

それを見逃さないノアはシェリルの細い腰に腕を回すと屈んで、鼻と鼻がくっつきそうな位近付く。

「国王陛下が異国の踊り子の娘と婚約したんだ、僕らの身分の違いなんて、微々たるものだよ」

立て板に水の如く言い切るノアに怖じ気づくシェリル。

「すみません、でも私……」

再び断る為に頭を下げかけると、おとがいをつままれて上を向かされ、左のうなじに長いキスを落とされた。

びっくりして直立不動になりながらノアの唇を肌に感じる。

(イヤだ……!)

「ノア様、止め──」「少し度が過ぎませんか、コールリッジ侯爵」

ノアを拒もうと訴えるのとほぼ同時に、シェリルの背後からどこか冷めた様な呆れた様な声が聞こえた。

「ブランデンブルグ宰相っ!」

ノアはシェリルから即座に離れ、急に直立不動になったかと思うと、月明かりの下でも分かる程に青ざめる。

「直ちに立ち去りなさい。職務放棄に嫌がる女性への暴行、追って処分は通達が行くでしょう」

「はい。申し訳ございません」

「謝るのは私ではなく、彼女にです」

そう男が言うと、ノアはシェリルの方を見てばつが悪そうに謝罪の言葉を口にした。

「ごめん、シェリルちゃん。でも俺、君の事本当に──」

そう言ってシェリルの両肩を強く掴む。

その時、ガシャっと重い金属の擦れる音がした。

「それ以上の狼藉を重ねるなら、ここで処分を決めても良いのですよ」

「すみません!」

ノアは宰相の剣の音に怯むと、逃げ去るように走って行った。

カチャっと剣が鞘に納まる音がする。

シェリルはようやく振り向いて男の姿を目にする。

(うわぁ、なんて綺麗な人……)

男性に綺麗なんて嫌がられるかなと思いつつ、他の言葉が思い付かなかった。

さらさらの銀髪に闇を映す様な深い色の瞳、すっと通った鼻に形の良い少し薄目の唇、全てが計算された様に整い過ぎていて、どこか悲し気にも見える。

「あ、あの、助けて頂いてどうもありがとうございます」

「いえ、この国に仕える者として当然の事をしたまでです。貴方は、アーノルド アップルトン副団長補佐の妹君ですね?」

「は、はい、ブランデンブルグ宰相様、アーノルド アップルトンの妹のシェリルと申します」

シェリルはカーテシーをする。

「初めましてシェリルさん、ヴィンセント ブランデンブルグです。助けに入るのが遅くなってすみません。最初はお二人が恋人なのか、そうでないのか、遠くからは図りかねたもので──」

ヴィンセントは少し語尾を濁した。

「……一度会ったことがあったんです。それでノア様は覚えていて下さったみたいなんですが……」

シェリルは自分の迂闊うかつさを恥じた。

「貴方はまだお若い。社交の場では、意中の男性、もしくは婚約者以外とは決して二人きりになってはいけませんよ。あらぬ疑いを掛けられてしまいます」

そう言ったヴィンセントはノアと話していた時よりもずっと優しい口調で、シェリルも少し緊張がほぐれた。

「はい、すみません。私の不注意です……」

「いえ、私の言い方が悪かったです、すみません。貴方を責めているのではありません。ただ貴方の将来の為にも、慎重になって損はありません」

「はい、これからはもっと気を付けます」

「そうして頂けると私も安心です」

反省したシェリルに、ヴィンセントが微笑む。

「アーノルドの所へ戻る前に、シェリルさん、髪を少し下ろせますか?」

「え?」

「あの愚か者のせいでここに跡が」

そう言ってヴィンセントが自分の詰め襟の首元を指差す。

「あ!」

先程のノアのキスで、跡がついてしまったのだろう。

シェリルは今日に限っていつもの倍以上凝った編み込みの髪で来てしまった。

絶望したシェリルを見て、事態を察したヴィンセントが、「少しだけここでお待ちください。」と言うと、ものの5分ほどで幅広の黒いビロードのリボンのチョーカーを持ってきた。

ペンダントトップには深いブルーの大きな宝石が付いている。

「ドレスの色には合わなくて申し訳ないですが、これを首に……」

「そんな! こんな立派な宝石のチョーカーをお借りするなんて出来ません」

「レプリカです。レディーに偽物をお渡しするなんて大変申し訳ないですが、そういう訳なのでお気になさらずどうぞ」

言い切ったヴィンセントは柔和に微笑んでいる。

シェリルは宝石に詳しくないが、この輝きが偽物だとは思えなかった。

「ではせめて……」

シェリルは今自分がしていたペリドットのペンダントを外すとヴィンセントに差し出した。

「明日、必ずこのチョーカーをお返しに参ります。それまでこれを──」

それは大好きだった祖母の形見のペンダントだった。

「いえ、必要ありません。チョーカーもいつかお返し頂ければそれで大丈夫です」

「すみません、お忙しいと思いますが、明日一分だけお時間を下さい。私では城に入れないので、申し訳無いですが、兄に渡してきっとお返しします」

シェリルは必死に食い下がった。もし返す前にこの国の宰相に借りた宝石を失くしでもしてしまったら大変な事になる。なるべく早く返却したい。

「──分かりました、では明日お目に掛かりましょう。貴方が私の執務室へ入れるよう、手配しておきます。ではこれは明日までお預かりします」

そんなに気にしなくても、とでも言う様に真剣なシェリルに微笑むと、ネックレスを受け取ってジャケットの内側の胸ポケットに大事そうにしまった。

そして手間取るシェリルの背に回ると、その細い首にチョーカーをはめてくれた。

シェリルは、微かに触れたヴィンセントの少し冷たい指の感触がいつまでもうなじに残っている様な気がした。





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