1 / 16
1
しおりを挟む
「サイカ」
優しい声で名前を呼ばれ、自分で動かすことが出来なくなった手をぎゅっと握りしめられる。重たい眼を動かして名前を呼んでくれた人へ目を向けると、その人はとても辛そうだった。
大丈夫だよ、って言ってあげたいのに。透明なマスクをつけられた口から零れるのは、ひゅうひゅうというか細い吐息だけ。それでも懸命に口を動かしてみる。僕は大丈夫、って。伝わったかは分からないけれど、手を握ってくれたその人はボロボロと涙を流しながら笑ってくれた。
「……大好きだよ、彩霞」
どんどん重たくなる瞼に抗えず、目を閉じる。僕も大好きだよって心の中で返事をして、手に伝わる温もりを感じながら僕はゆっくりと眠りについたのだった。
◇◆◇
「ランドルフ、今日は母様と少し散歩をしましょうね」
ゆらゆらと体を揺らされ、眠気を誘われる。散歩するなら眠くなることをしないでほしい。そんなことを思っても、この人には伝わらないのだけれど。
「あぅ、うー」
眠気を振り払うようにぱたぱたと手足を動かす。
「あらあら、今日はご機嫌ね?」
クスクスと笑う声を聞きながら、なんとか頭を働かせる。そもそもここは何処なのか、と。視界はぼやけて何も分からないけれど、すぐ近くから聞こえてくる声からして僕を抱き上げ揺らしているのはお母さん。でも、僕の知っているお母さんはこんな声じゃない。
それ以外にも、お父さんだと言う人とお兄さんだという人が僕を抱き上げてきたことがある。他にも『うば』って人や、『じじゅー』って人もいた。みんな口を揃えて僕のことを『ランドルフ』だと言う。僕の名前は『サイカ』のはずなのに。何度も言われるからさすがにおかしいなと思い沢山考えて、多分これじゃないかなって答えを出した。
僕は生まれ変わったんだ、って。サイカとして生きていた時に、絵本で読んだことがある。人はみんな、死んだらまた新しいものに生まれ変わるらしい。だから僕も、多分そうなんじゃないかなって。
だって僕の体、サイカとして生きていた時よりも小さく感じるんだもの。それに僕の――サイカのお母さんは僕が五歳の時に死んじゃったんだって、知ってるから。
「ふ、うえぇ……」
「あぁ、どうしましょう! ランドルフが泣いているわ! メリー、メリー! どうしましょう……!」
「落ち着いてください、奥様。ランドルフ様が今まで泣くことが殆ど無かったことは存じていますが、そもそも赤子が泣くのは正常なことですよ」
「そ、そうよね。でも、どうして急に……」
お母さんの事を考えると、途端に悲しくなって大声で泣き出す。僕を抱き上げていた人から別の人の腕へと抱き上げられるが、涙は一向に止まらない。
お母さん、お母さん。どこにいるの。僕はここだよ。死んじゃったら、みんな天国に一度は行くんだよって言っていたのに。お母さんに会えないまま、僕は違う人になっちゃった。ねえ、お母さんもどこかに居る? 探せば会えるかな。それに、僕の大好きなあの人も。またねって、お別れ言えなかったからもう会いには来てくれないのかな。
「理由は分かりませんが、念の為医者に診てもらいましょう。悪いことでは無いと思いますので、ご安心ください」
止まらない涙を拭われながら、背中をぽんぽんと優しく叩かれる。心地良いそれに、次第に眠気が再びやってきた。それに抗わず暖かい腕に体を預ける。頭上でずっと会話が交わされているけれど、難しい言葉ばかりだし眠気も相まって右から左へと流れていった。
微睡む思考の中で、サイカとして最後に聞いた大好きな人の声を思い出しながら、僕はまた眠りにつく。
優しい声で名前を呼ばれ、自分で動かすことが出来なくなった手をぎゅっと握りしめられる。重たい眼を動かして名前を呼んでくれた人へ目を向けると、その人はとても辛そうだった。
大丈夫だよ、って言ってあげたいのに。透明なマスクをつけられた口から零れるのは、ひゅうひゅうというか細い吐息だけ。それでも懸命に口を動かしてみる。僕は大丈夫、って。伝わったかは分からないけれど、手を握ってくれたその人はボロボロと涙を流しながら笑ってくれた。
「……大好きだよ、彩霞」
どんどん重たくなる瞼に抗えず、目を閉じる。僕も大好きだよって心の中で返事をして、手に伝わる温もりを感じながら僕はゆっくりと眠りについたのだった。
◇◆◇
「ランドルフ、今日は母様と少し散歩をしましょうね」
ゆらゆらと体を揺らされ、眠気を誘われる。散歩するなら眠くなることをしないでほしい。そんなことを思っても、この人には伝わらないのだけれど。
「あぅ、うー」
眠気を振り払うようにぱたぱたと手足を動かす。
「あらあら、今日はご機嫌ね?」
クスクスと笑う声を聞きながら、なんとか頭を働かせる。そもそもここは何処なのか、と。視界はぼやけて何も分からないけれど、すぐ近くから聞こえてくる声からして僕を抱き上げ揺らしているのはお母さん。でも、僕の知っているお母さんはこんな声じゃない。
それ以外にも、お父さんだと言う人とお兄さんだという人が僕を抱き上げてきたことがある。他にも『うば』って人や、『じじゅー』って人もいた。みんな口を揃えて僕のことを『ランドルフ』だと言う。僕の名前は『サイカ』のはずなのに。何度も言われるからさすがにおかしいなと思い沢山考えて、多分これじゃないかなって答えを出した。
僕は生まれ変わったんだ、って。サイカとして生きていた時に、絵本で読んだことがある。人はみんな、死んだらまた新しいものに生まれ変わるらしい。だから僕も、多分そうなんじゃないかなって。
だって僕の体、サイカとして生きていた時よりも小さく感じるんだもの。それに僕の――サイカのお母さんは僕が五歳の時に死んじゃったんだって、知ってるから。
「ふ、うえぇ……」
「あぁ、どうしましょう! ランドルフが泣いているわ! メリー、メリー! どうしましょう……!」
「落ち着いてください、奥様。ランドルフ様が今まで泣くことが殆ど無かったことは存じていますが、そもそも赤子が泣くのは正常なことですよ」
「そ、そうよね。でも、どうして急に……」
お母さんの事を考えると、途端に悲しくなって大声で泣き出す。僕を抱き上げていた人から別の人の腕へと抱き上げられるが、涙は一向に止まらない。
お母さん、お母さん。どこにいるの。僕はここだよ。死んじゃったら、みんな天国に一度は行くんだよって言っていたのに。お母さんに会えないまま、僕は違う人になっちゃった。ねえ、お母さんもどこかに居る? 探せば会えるかな。それに、僕の大好きなあの人も。またねって、お別れ言えなかったからもう会いには来てくれないのかな。
「理由は分かりませんが、念の為医者に診てもらいましょう。悪いことでは無いと思いますので、ご安心ください」
止まらない涙を拭われながら、背中をぽんぽんと優しく叩かれる。心地良いそれに、次第に眠気が再びやってきた。それに抗わず暖かい腕に体を預ける。頭上でずっと会話が交わされているけれど、難しい言葉ばかりだし眠気も相まって右から左へと流れていった。
微睡む思考の中で、サイカとして最後に聞いた大好きな人の声を思い出しながら、僕はまた眠りにつく。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる