胡蝶は揺りかごの中で眠る

玲瓏

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5 sideアレクシス

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 帰宅すると、母は医師から魔力譲渡をされた直後だったらしく少しだけ体調が安定していた。

「母様、動いて大丈夫なのですか」
「えぇ、大丈夫よ。それよりもお腹の子の方が心配なの」

 寝室のベッドから隣室のソファへと移動した母は、そう言いながら困ったように笑った。その顔色はやはりあまり良くなく、体調が良くなったとは言ってもマシになった程度のものでしかない。どうにかしたいと思うのに、何も出来ないことが酷くもどかしい。
 そんな母はお腹を撫でながら、子が胎内であまり動かないのだと言った。赤子は母体で手足を動かすことがあるが、母のお腹にいるこの子はそれが極端に少ないらしい。医師が見た限りでは現状命に別状はないとの事だが、産まれてくるまではどうなるかなど誰にも分からない。それこそ本当に母の体内で、すぐにでも死んでしまう可能性だって否めないのである。

「ねぇ、アレク」
「はい。何でしょう、母様」

 此方へ、と促されて母の座るソファへと並んで座った。父は母の体調が少し良いことを確認した後、すぐ公務に戻ったため今は居ない。少しでも体調に変化があれば、母の専属侍女であるメリーが報告に行って跳ぶようにやって来るだろうが。

「アレクはこの子――ランドルフの事、好きかしら?」

 淋しげな表情で問いかけられ、ひゅっと喉が鳴る。

「すき、です」

 少し苦しかっただろうか。貴族として本音を隠すことは当たり前に出来なければならないことであり、それは小さな頃から学んで実際に行ってもいた。だから上手く隠せると思ったのだけど。こんな母を前にしてしまうと、微塵も役には立たないようだ。

「……二人がこの子より私を心配しているのは分かっているの。でもね、私は自分の命よりもこの子の命の方が何よりも大切なのよ」

 静かな声音で話す母には、先程の淋しげな色は消えていた。代わりに胎内に居る子の事が何よりも大切で愛おしいと言うような、顔と声だった。
 僕達よりも、まだ見ぬそのお腹の子の方が大事にされているような気がして――実際この時の母にとってはそうだったのだろう――酷く醜い感情に包まれる。本当に殺してしまいたくなるほどに。

「母とお腹の子は、産まれてくるまで一心同体なのよ。私が今ここでこの子を諦めれば、私の体は助かるでしょう。でも……心は死んでしまう」
「かあ、さま」
「この子が一体何の罪を犯したというの? 私達家族皆が望んだはずの命なのに、それを見捨てることが本当に私達にとっていい事なのかしら」

 父も自分も、母親にはなれない。それをその身で経験しなければその言葉の重みは真に理解はできないだろう。それでも母のその言葉ひとつで、自分たちが如何に愚かだったかを思い知らされた。
 お腹の子――ランドルフには何の罪もない。寧ろその命を望んだ家族にこそ罪があると言えるだろう。それを棚に上げて、自分はランドルフを憎んでいたのだ。
 愚かな自分を恥じ、零れそうになる涙を堪えながら口を開いた。

「僕は……母様が例えランドルフを産んで亡くなったとしても、弟のことはずっと大事にします。それが家族というものでしょう」

 その言葉に返事はなかったが、代わりに母は小さな白い手でそっと頬を拭ってくれた。

「ええ、そうね。……暗い話になってしまったけれど、母様はランドルフを産んでも元気でいるつもりよ。それに、そんなことベルンハルト様が許さないでしょうし」

 クスクスと笑いながら、母は大事そうにまたお腹を撫でる。その手に重ならないよう自分も母のお腹を撫でてみると、少しだけ動く気配がした。

「まあ! 今、ランドルフが動いたわ!」
「これが、僕の……弟」
「お兄ちゃんに会えて嬉しかったのかしら」

 暫く自分は、動く気配のするお腹から手が離せなかった。小さな小さな命が自分の手を歓迎してくれているような気がして、視界が揺れる。この日初めて、その命が無事である事を心から願ったのだった。
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