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昼休み
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チャイムが鳴った瞬間、教室が一気に騒がしくなる。
椅子が引かれる音、弁当の匂い、笑い声。
その中で朔はゆっくり立ち上がった。
机の横に立てかけていたクラッチを手に取る。
装具で固定された両脚。
金属支柱がわずかに音を立てる。
歩けないわけじゃない。
でも速くは動けない。
「朔、保健室?」
後ろから声、聖だった。
朔は頷く。
「うん、いつもの」
隣では双子の朝陽と夕陽が、自然に通路を空ける。
もうクラスでは当たり前の光景になっていた。
特別扱いでも同情でもない。
ただの“日常”。
廊下には、昼休みの人波。
生徒達が追い越していく。
ぶつからないよう自然と避けてくれる者もいれば、気づかず急停止する者もいる。
その度に朔はクラッチを握り直した。
焦らない。
転ばない。
それが最優先。
保健室の扉を開ける。
「失礼します」
中から穏やかな声。
「はい、朔くん。待ってたよ」
学校医の橘先生だった。
白衣ではなく柔らかいカーディガン姿。
病院とは違う空気。
ここだけ時間がゆっくり流れている。
朔は慣れた動きでベッドへ移動する。
クラッチを壁へ立て掛け、ベッドに脚を持ち上げるのに少し時間がかかる。
だが、橘先生は手を出さない。
必要な時だけ支える。
それが朔への配慮だった。
制服のボタンを外す。
腹部、衣服の下にある胃瘻ボタン。
もう長年の付き合い。
恥ずかしさはほとんどない。
けれど学校で行う行為としては、まだ少しだけ意識してしまう。
「体調どう?」
橘先生が準備をしながら聞く。
「午前中は平気」
朔はシリンジを受け取る。
栄養剤パック接続。
空気抜き確認、完全に手慣れている。
ゆっくりシリンジを押す。
とろり、と栄養剤が体内へ入っていく。
昼食の代わり、クラスメイトが弁当を食べている時間。
朔にとってはこれが“食事”。
「今日は授業きつそうだったね」
「階段移動多くて」
苦笑する。
装具越しでも分かる疲労。
太腿がわずかに震えていた。
橘先生がさりげなく聞く。
「痙縮は?」
「ちょっと強い」
「午後ストレッチ入れようか」
病院ほど大げさじゃない。
でも医療は、日常に溶け込んでいる。
栄養剤が半分ほど入った頃、朔がぽつりと言った。
「ここ、落ち落ち着く」
橘先生が笑う。
「病院じゃないからね」
少し考えてから続ける。
「でも朔くんにとって安全地帯かな」
外から聞こえる笑い声。
ボールの音。
購買へ走る足音。
朔は窓の外を見た。
みんなと同じ高校生。
でも同じじゃない身体。
「……普通に弁当、みんなと食べたいな」
無意識の本音だった。
橘先生は否定しない。
「そうだね…」
ただ頷く。
「思うことは悪くない」
注入終了。
フラッシュ。
接続解除。
ガーゼ固定。
一連の動作を自分で終える。
「午後行けそう?」
「うん」
ベッドから立ち上がる。
クラッチ装着。
装具のロック音がしっかり鳴ったのを確認。
橘先生が最後に言った。
「無理したら戻っておいで。朔くんは“休むのも授業”だから」
朔は少し笑った。
「はい、橘先生」
保健室を出る。
昼休み残り五分、廊下の喧騒へ戻っていく。
不自由な脚。
医療管理のある身体。
思うようにはいかないけど、一歩ずつ確実に進んでいた。
椅子が引かれる音、弁当の匂い、笑い声。
その中で朔はゆっくり立ち上がった。
机の横に立てかけていたクラッチを手に取る。
装具で固定された両脚。
金属支柱がわずかに音を立てる。
歩けないわけじゃない。
でも速くは動けない。
「朔、保健室?」
後ろから声、聖だった。
朔は頷く。
「うん、いつもの」
隣では双子の朝陽と夕陽が、自然に通路を空ける。
もうクラスでは当たり前の光景になっていた。
特別扱いでも同情でもない。
ただの“日常”。
廊下には、昼休みの人波。
生徒達が追い越していく。
ぶつからないよう自然と避けてくれる者もいれば、気づかず急停止する者もいる。
その度に朔はクラッチを握り直した。
焦らない。
転ばない。
それが最優先。
保健室の扉を開ける。
「失礼します」
中から穏やかな声。
「はい、朔くん。待ってたよ」
学校医の橘先生だった。
白衣ではなく柔らかいカーディガン姿。
病院とは違う空気。
ここだけ時間がゆっくり流れている。
朔は慣れた動きでベッドへ移動する。
クラッチを壁へ立て掛け、ベッドに脚を持ち上げるのに少し時間がかかる。
だが、橘先生は手を出さない。
必要な時だけ支える。
それが朔への配慮だった。
制服のボタンを外す。
腹部、衣服の下にある胃瘻ボタン。
もう長年の付き合い。
恥ずかしさはほとんどない。
けれど学校で行う行為としては、まだ少しだけ意識してしまう。
「体調どう?」
橘先生が準備をしながら聞く。
「午前中は平気」
朔はシリンジを受け取る。
栄養剤パック接続。
空気抜き確認、完全に手慣れている。
ゆっくりシリンジを押す。
とろり、と栄養剤が体内へ入っていく。
昼食の代わり、クラスメイトが弁当を食べている時間。
朔にとってはこれが“食事”。
「今日は授業きつそうだったね」
「階段移動多くて」
苦笑する。
装具越しでも分かる疲労。
太腿がわずかに震えていた。
橘先生がさりげなく聞く。
「痙縮は?」
「ちょっと強い」
「午後ストレッチ入れようか」
病院ほど大げさじゃない。
でも医療は、日常に溶け込んでいる。
栄養剤が半分ほど入った頃、朔がぽつりと言った。
「ここ、落ち落ち着く」
橘先生が笑う。
「病院じゃないからね」
少し考えてから続ける。
「でも朔くんにとって安全地帯かな」
外から聞こえる笑い声。
ボールの音。
購買へ走る足音。
朔は窓の外を見た。
みんなと同じ高校生。
でも同じじゃない身体。
「……普通に弁当、みんなと食べたいな」
無意識の本音だった。
橘先生は否定しない。
「そうだね…」
ただ頷く。
「思うことは悪くない」
注入終了。
フラッシュ。
接続解除。
ガーゼ固定。
一連の動作を自分で終える。
「午後行けそう?」
「うん」
ベッドから立ち上がる。
クラッチ装着。
装具のロック音がしっかり鳴ったのを確認。
橘先生が最後に言った。
「無理したら戻っておいで。朔くんは“休むのも授業”だから」
朔は少し笑った。
「はい、橘先生」
保健室を出る。
昼休み残り五分、廊下の喧騒へ戻っていく。
不自由な脚。
医療管理のある身体。
思うようにはいかないけど、一歩ずつ確実に進んでいた。
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