守り守られ

ほたる

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体育の後

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着替えを終えた生徒達が、次々と教室へ戻る中、朔は少し遅れて廊下を歩いていた。
クラッチの先が床を叩く。
コツ、コツ、と一定の音。
体育の後はいつも脚が重い。
痙縮が少し強くなる。
装具の中で筋肉が細かく震えていた。
教室に戻ると、まだ休み時間の空気が残っていた。

汗の匂い…笑い声…。

「足パンパンだわー」

「マジで無理」

そんな会話。
 
朔は自席に腰を下ろす。
脚を伸ばした瞬間、思わず小さく息が漏れた。

「……はぁ」

それを前の席の女子が振り返って見た。
少し迷うような顔。
そして…

「瀬咲くんってさ」

周囲の数人も自然と耳を向ける。

「なんで走れないの?」

悪意はなかった。
純粋な疑問。
でも教室の空気が一瞬静まるのを感じた。
 
今まで誰も踏み込まなかった話題。
朔は一瞬だけ視線を落とした。
逃げることもできた。

「ちょっと脚悪くて」で終わらせることも。
でも今日は、体育を見てしまったから。
昔を思い出してしまったから。
朔はゆっくり口を開いた。

「中学までは走れてたよ」

数人が驚いた顔をする。

「え、そうなの?」

頷いた。

「途中から脚が動きにくくなって」

言葉を選ぶ。

「筋肉が勝手に固まる病気で」

装具を軽く叩く。

「これないと立つのも難しい」

少しの間、教室が静寂に包まれた。
誰も茶化さない。
ただ聞いていた。

「リハビリ結構やって」

少し笑う。

「一回、歩けなくなりかけた」

教室の空気が変わる。
軽い話じゃないと伝わる。

「だから今は歩けるだけって感じ」

朔は肩をすくめた。

「走ると転ぶんだよね」

できるだけ軽く言う。
後ろから聖が口を挟む。

「でも朔めっちゃ頑張ったんだよな」

朝陽も頷く。

「診療所でずっとリハビリしてたって父さん言ってた」

夕陽が続く。

「普通なら車椅子だったかもって」
 
朔が慌てる。

「それ言わなくていいから」

教室に小さな笑いが戻る。
さっき質問した女子が言った。

「……知らなかった」

少し申し訳なさそうに…。

「ごめんね…」

朔は首を振った。

「全然」

本心だった。
 
むしろ初めてだった。
ちゃんと説明したのは。

「走れないの悔しくない?」

別の男子が聞く。
ストレートな質問。
 
朔は少し考えた。
窓の外のグラウンドを見る。
さっきまで走っていた場所。

「悔しい時もある」

正直に言う。

「でも」

クラッチを手に取った。

「歩けるようになった時の方が嬉しかった」
 
静かな言葉。
教室の誰も笑わなかった。
チャイムが鳴り次の授業が始まる。
 
教師が入ってきて、いつもの日常の空気が戻る。
朔は、ノートを開きながら気づいた。
 
さっきまであった見えない壁が、少しだけなくなっている事に…。
後ろから聖が小声で言う。

「今度タイム測る係やってよ」

朔は笑った。

「任せろ」
 
走れなくても。
同じ場所にいられる。
 
それでいいと思えた日だった。

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