これは恋でないので

鈴川真白

文字の大きさ
16 / 16
迷わない

しおりを挟む
 俺が見たい映画を一緒に見てくれて、映画の感想やお互いの考察を寿司を食べながら語った。

 何度かこれはデートと言っていいのか悩んだものの、言葉にはできなかった。

「この後、家来ませんか?」
「え、あ、うん」

 戸惑いつつ、うなずいた。春輝くんの家なら、俺もゆっくり話せるかもしれない。

 ショッピングモール内にある店でお土産用のケーキを買って、春輝くんの家へ向かった。

 春輝くんの家に行くのは二度目だ。それなのに、俺はずっと落ち着けなかった。

 そわそわする俺に、春輝くんは何も言わなかったけど何か感じているように感じた。

「理玖先輩、今日楽しくなかったですか?」

 春輝くんの部屋に入るなり、春輝くんは目を伏せて訊ねた。

「ずっと浮かない顔してますよ」
「マスクで顔隠れてるのにわかんの?」
「当たり前じゃないですか。俺がどんだけ見てると思ってるんですか」

 冗談めかして笑っている春輝くんだけど、さみしげなのは変わらない。座り込む両肩が小さく見えて、胸が痛む。

 俺はミニテーブルを挟んで向かい側ではなく、春輝くんの横に腰を下ろした。

「……実は、気になってることがあって」
「はい、何ですか?」
「俺らって、付き合ってるの? そうじゃねぇなら、付き合ってほしいって言おうと思ってて……いつ言うかタイミング見てた」

 たっぷり十秒ほど沈黙が続いて、春輝くんのまつげの長さをしっかり堪能できるほどだった。俺は「あの」とか「えっと」と言葉を繋ごうとするも、何と付け加えるべきかわからない。

「付き合ってないって思ったのは何ですか?」

 ようやく口を開いた春輝くんが、あちこちに目を泳がせる。思い当たることがなさそうに思えた。

「昨日言わなかったし……あと、何か、ちょっと距離が遠かった」

 気がした。マスクの中でもごもごと言いよどむ。誤解のないように伝えたいけど、俺の勘違いかもしれなくて自信がない。

「確かに、ちゃんと言わなかったですね。俺も付き合いたいって思ってるし……俺の中では付き合ってるつもりでいました」
「そうなんだ。え、じゃあ、距離遠かったのは俺の気のせい?」

 言ってよかった。安堵と一緒に笑みが滲む。けれど、もう一つ残る疑問も解消してしまいたかった。

 気のせいなら、謝りたい。

「あー、それは、俺が勢い余って理玖先輩にキスしそうになったんで反省したからです」

 付き合ってすぐとか、それ狙ったみたいじゃないですか。湯気が出そうなほど赤くなった春輝くんがだんだん下を向いてしまった。

「春輝くんなら、いいのに」
「俺ばっかり浮かれて一方的なことはしたくなかったから、だめですよ」
「……俺は、期待した」

 正直な気持ちを打ち明けると、心臓が破裂するんじゃないかってくらいに暴れ出した。ゆっくり顔を上げた春輝くんのアーモンド型の瞳が、微かに揺れる。

「マスク、外してもいいですか?」
「うん、いいよ」

 両手で耳の後ろの紐をとって、繊細なものを扱うように優しくマスクを外す春輝くん。

 少し目線を上げてまぶたを下ろすと、そっと首のあたりに手が添えられて息が止まった。春輝くんの指先が髪にも触れて、くすぐったい。

 唇が落とされて、柔らかな感触に肩に力が入る。薄く開いた隙間からリップ音が漏れた。

 頭がくらくらしてきて、ドンと春輝くんを叩く。

「そっ、そこまでは期待してねぇ」

 目を開けてすぐ抗議した。さっきまでの遠慮どこいったんだよ。

 春輝くんはクスクスと余裕の笑みだった。

「理玖先輩に期待されたからには、俺としてはそれ以上に応えないとかなって。てか、さっき茶碗蒸し食べてましたよね?」

 何で今それ、言いかけて俺は口ごもる。火がついたように熱が上がった。

 春輝くんもハッとした様子で「俺もさっき食べておいしかったなって思っただけです」と言った。絶対違うだろ。

「春輝くんとはしばらく口を聞きたくない」
「ほんとにすいません、すげー調子に乗りました」

 と、春輝くんのお母さんから買い物から戻ってきた音が聞こえて、慌てて距離を取る。そうして、顔を見合わせて笑った。

「嘘、たくさん話そうよ。柊奏多のドラマも見たい」
「もちろんです。おすすめのがあるんで、一緒に見ましょう」

 当たり前のように隣に座った春輝くんが、肩を寄せる。柊奏多の役どころや、話の流れを話す春輝くんが眩しかった。

 リモコンを持つ春輝くんの、さらさらの髪に触れる。ふ、と口元を緩めた春輝くんが「集中して見れなくなることやめてください」と言った。

「春輝くんもさっき俺の髪触ってたよね」
「あー、触りましたね。理玖先輩の髪って、何か柔らかいですよね」

 首の後ろあたりから撫でるように触って、俺の前髪を上げた春輝くん。

「前髪、やっぱ上げたほうが似合いますよ」
「うん。伸びてちょっと邪魔だから、春輝くんの前にいるときは上げとこうかな」

 せっかく似合うって言ってくれたし。

「俺の前だけでぜひお願いします」
「わかった、任せろ」

 目を細めて笑う春輝くんを見て、俺もはにかむ。

「じゃあ、そろそろ1話流しますよ」
「うん、すげぇ楽しみ」

 春輝くんの隣は息がしやすい気がする。

 彼に恋をしてよかったと、心の底からそう思った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

アイドルですがピュアな恋をしています。

雪 いつき
BL
人気アイドルユニットに所属する見た目はクールな隼音(しゅん)は、たまたま入ったケーキ屋のパティシエ、花楓(かえで)に恋をしてしまった。 気のせいかも、と通い続けること数ヶ月。やはりこれは恋だった。 見た目はクール、中身はフレンドリーな隼音は、持ち前の緩さで花楓との距離を縮めていく。じわりじわりと周囲を巻き込みながら。 二十歳イケメンアイドル×年上パティシエのピュアな恋のお話。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。 逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。 幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。 友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。 まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。 恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。 ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。 だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。 煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。 レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生 両片思いBL 《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作 ※商業化予定なし(出版権は作者に帰属) この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

テーマパークと風船

谷地
BL
今日も全然話せなかった。せっかく同じ講義だったのに、遅く起きちゃって近くに座れなかった。教室に入ったらもう女の子たちに囲まれてさ、講義中もその子たちとこそこそ話してて辛かった。 ふわふわの髪の毛、笑うと細くなる可愛い目、テーマパークの花壇に唇を尖らせて文句を言っていたあの人は好きな人がいるらしい。 独り言がメインです。 完結しました *・゚

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

処理中です...