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4日目 答え合わせは別れ際に
しおりを挟む4時
「……はっ!」
ぼくは、目覚まし時計の音に叩き起こされた。
なんだか、たちの悪い夢でも見ていた気がする。
クールな女の子だと思っていたアナちゃんが、急にお姉様をお慕いしておりますわ、みたいなキャラになって、ぼくに迫ってきたのだ。
シャツが肌に張り付いている。
汗びっしょりだ。
最悪の目覚めだ。
「ふざけんなよほんと……」ぼやきながら、身体を起こすと、視界の端に人影が写った。そちらを見ると、アナちゃんだった。
「おはよ」アナちゃんは、クールな目でぼくを見ていた。
「う、うん、おはよ」
アナちゃんは、にやりと口元を歪ませた。「ソラ様?」
ぼくは、失笑を漏らした。「やめてよ」
「からかっただけよ」
「ソラちゃんを愛でる会ってなに」
「それはヨハンナのジョーク」
ぼくは安堵のため息を吐いた。「シャワー浴びる」
「午前中には下の部屋に入れるみたいだから、それまでいて良い?」
「良いけど、帰らなくて良いの?」
「今日はカフェの仕事休みだから」
「そっか」
ぼくは、シャワーを浴びて汗と悪寒を洗い流して、トレーニングウェアに着替えた。
アナちゃんは、ぼくを見て、小さく目を見開いた。「走りに行くの?」
「うん。来る?」
アナちゃんは、少し驚いたような感じで目を見開いた。「良いの?」
ぼくは頷いた。「川沿いに行く予定」
「行く」
ぼくたちは、ストレッチをしてから、屋上から早朝の街へと飛び降りた。
5時7分
ぼくたちは、川沿いで休んでいた。
外国に来る度に思うことだが、日本には自動販売機や24時間営業のコンビニがあるのが、本当に便利だということだ。
ただ、ないならないで、工夫するようにもなるし、ぼくたち魔法族は魔法で飲み水を作ることが出来る。
ぼくは、立ちながら、アナちゃんは河岸に腰掛けながら、同じ方向を見ていた。
夜の川は静かに流れており、時折、客を乗せていないバトーブーシュが右へ左へ、ゆったりと流れていった。
ぼくは、人差し指の先に自転する水の玉を生み出し、口をすぼめてそれを飲んでいた。
アナちゃんは、肩で息をしていた。
キラキラとした目で、川の流れを見つめている。「たまには良いね、こういうのも」
「楽しい?」
アナちゃんは頷いた。
「毎朝だと飽きるから、ルートを変えたりするんだけど、ゴールはいつもここにしている」
「良いね」
ぼくは、小さくなった水の玉を、口に含んだ。「どこか良いカフェ知ってる?」
「7時からならある」
「7時か……」ぼくは、話題を考えた。事件のことにしようかな。
「ソラのリストって、どんなの?」
「生活習慣を正すためのもの。最近つまんなくて、たるんだ時間過ごしてたから」
「ふうん」
「毎朝4時に起きて、運動をして、野菜とタンパク質を多めに取って、新しい本を一冊読んで、新しいチャレンジをして、執筆をする、みたいな感じ」
「執筆?」
「動画配信サイト向けの短編映画の脚本を書いてるんだ。友達が短編映画ばかり撮ってる映画監督でね」
「なんて人?」
「Cinema Yakoってチャンネル」
アナちゃんは、ポケットから取り出したiPhoneをいじり始めた。「すご、登録者36万人?」
「うん」
「ソラの書いた映画どれ?」
「全部」
「へー、見てみる」
「ありがと。良かったら良いねとチャンネル登録もお願い」
「あーい」アナちゃんは、真っ暗な空を見上げた。川の流れに逆らうバトーブーシュを見て、それが、大聖堂の影に隠れたところで、アナちゃんはぼくを見た。「どうして自慢しないの?」
「自慢?」
「戦争のこと」
ぼくは、3年前のことを思い出して、深呼吸をした。「世の中には、良い人と悪い人しかいないって思ってたんだけど、でも、ぼくが戦って、斬ったのは、ただの弱い人達だったんだ。色んな理不尽に耐えて、色んな不幸に苛まれて、人生を狂わせられた人たちだった。だから、自分がやったことは自慢出来るようなことじゃないと思う。戦争から持ち帰ったのは、自分の力と頭と人間性に対する自信と、人を殴るときは、冷静に見極めてからにしようっていう慎重さくらいかな。本当にゴミだと思ったら、物陰に連れ込んで惨めったらしく泣いて謝るまで容赦なくぶん殴るつもりだよ。ぼくがスッキリするまでね」
アナちゃんは口笛を吹いた。「かっこいい」
ぼくは小さく笑った。「アナちゃんだって、自分がインターポールのインターンだって言わなかったじゃん」
「だって、自慢するのって恥ずかしいじゃん」
「ぼく相手なら自慢して良いよ」
「えー?」アナちゃんは、にやっとした。「じゃあねー、Fカップある」
「ちっ」
アナちゃんは声を上げて笑った。「そういうリアクションするじゃん」
「ほかは?」
「わたし一個言ったから、次ソラの番ね」
「えー……」ぼくは、少し考えて口を開いた。「世界で一番可愛い」
「おぉー」アナちゃんは楽しそうな声を上げた。「勝負する? クラブ行こ」
「追い出されるよ。ぼくが」
「入れないかもね」
ぼくは、小さく笑った。「成績良いの? 15でインターンってことは、そういうことでしょ?」
「3位。フランス中の同級生の中で」
「ぼくは12位」
「なにが得意なの?」
「特にないよ。子供の頃から、先輩たちが色々教えてくれて、気がついたら良い成績取れるようになってた」
「そっか。大体の事は出来るんだ」
「人付き合いが苦手」
アナちゃんは笑った。「それはなんとなく感じた」
ぼくは、アナちゃんの肩を優しく叩いた。「アナちゃんはなにが得意なの?」
「あー」アナちゃんは、考えるようにうなりながら、空を見上げた。アナちゃんにしては珍しいことに、どう言ったものかと考えているようだった。「じゃんけんが強い」
「ほう」
「あとは、ポーカーも強いし、どんな相手ともダンス出来る。ちょこっと観察すれば、相手の考えてることとか、次の動きとかがわかるの。感覚で」
「すごいね」
アナちゃんは肩を竦めた。「魔法を使えば出来ることが、魔法を使わなくても出来るだけだから」
「ぼくには出来ないよ」
アナちゃんはゆったりと頷いた。「わたしね、自分に出来ないことが出来る人に興味を惹かれる。自分がやったことのないことをやったことがある人。時間をかけて観察しても読めない人」アナちゃんは、ぼくを見た。「自分とは違うものを求めている人。自分とはまったく違う価値観を持ってる人」
ぼくは、ゆったりとうなずきながら、頭に浮かんだ言葉を言おうかどうか考えた。ただ、アナちゃんとはもう、ちょこっととは言えないくらいの時間をともに過ごしているわけだから、多分、ぼくが今考えていることも、アナちゃんには筒抜けなのかもしれない。ぼくは、ちょっとしたいたずら心で、頭に浮かんだ言葉を口にしてみることにした。「アナちゃん」
「うん?」
「変な男に引っ掛かんなよ?」
アナちゃんは、声を上げて笑った。それは、今までに聞いたことがないほどに大きな声で、心の底から吹き出したような笑い声だった。「男と寝たことないくせになに言ってんの」
ぼくはアナちゃんの言葉を笑い飛ばした。「ぼくも色んな人を見てきたから」
「へー」
「ほら、ぼく、これでもあれだから、戦争行ってきたからさ。大活躍してきちゃったからさ」
「今かんけーねーし、それ」
ぼくは、小さく吹き出した。
やっぱり、ぼくは、アナちゃんのように笑うことは出来ないんだな、と思いながら、でも、ほんの少し楽しい気分で、ぼくは、アナちゃんの頭を撫でた。
「髪ふわふわだね」
アナちゃんは、ふっ、とほくそ笑んだ。「ありがと。ソラの頭も撫でさして」
ぼくは、アナちゃんの隣にしゃがみこんだ。
アナちゃんは、優しい手つきでぼくの頭を撫でた。「髪サラサラだね」
「だろ?」ぼくは、昨日から気になっていることを聞くことにした。なんだか今は、この疑問を口にしやすい気分だったのだ。「ぼくと仲良くなったのは、ヨハンナさんの指示?」
アナちゃんは首を傾げた。「ソラだって賢いんでしょ? 自分で判断してみたら?」
ぼくは頷いた。
アナちゃんは、頷いた。「わたしね、答え合わせはいつも別れ時にするの」
「答え合わせ?」
「そう。別れ際に、ソラの頭と心を魔法で読んでみる。それまでは、自分の力で読んでみる」
「そっか。読めた?」
アナちゃんは、柔らかい笑顔で、首を傾げた。「3割ってとこかな」
「ぼくは、自分を見せるのが嫌いなんだ。でも、読める人がいるならぜひ読んでみて欲しいね」
「読めるもんなら読んでみろって?」
「そんな感じ」
「楽しくなりそう」
「だね」
アナちゃんは、右手を差し出してきた。「答え合わせは別れ際に」
「うん」ぼくは、アナちゃんの右手を握り返した。「なんか嬉しいな。こんな風に誰かと会話出来るなんて」
アナちゃんは、自分の両目を、自分の右手の人差し指と中指で指し、手首をクルッと回して、2本の指先でぼくの両目を指した。
ぼくは笑った。
アナちゃんも笑った。「たまには悪くないでしょ? 誰かと仲良くなってみるのも」
ぼくは頷いた。「そろそろ帰ろっか」
「カフェは?」
「コーヒー家にあるし。シャワー浴びたい」
「たしかに」
ぼくとアナちゃんは、つらつらとお話をしながら、人気の少ない夜の街を楽しみつつ、アパルトマンの屋上へと戻った。
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