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Zazilia

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4日目 アナちゃんとの夕食

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21時


 この国の夕食は遅い。
 20時くらいに、家族が揃い、十字架を切って夕食を始める。
 今日あったこと、明日やること、やりたいことなんかを家族で話し合いながら、食事を楽しむのだ。
 夕食の皿は、大体がメインとサラダとちょっとしたデザート、中央にパンの収まったバスケットがあるくらい。デザートは、大体がフルーツか、手作りのお菓子だ。
 ぼくとアナちゃんは、焚き火を囲んで夕食を取っていた。
 ローテーブルには、ステーキとワイン、羊のチーズの載ったサラダ、そしてたらこスパゲティが載っている。
「なにこれ」アナちゃんは、ぼくが作ったたらこスパゲティをフォークで指した。
「たらこスパゲティ。古き良き日本のスパゲティだよ。ぼくが好きなやつ」
「昨日はペストー作ってたね」
 ぼくは、たらこスパゲティを巻き取りながら頷いた。「パスタが好きなの」
「日本人なら寿司じゃない?」
「本気で言ってる?」
 アナちゃんは、ぼくを見た。
「日本人が毎日寿司を食ってるわけじゃないよ。フランス人だって毎日ラタトゥイユを食べるわけじゃないでしょ?」
「そういうイメージなんだ。うちら」
「わかんない。フランス料理がパッと出てこなかった」
「フレンチは奥が深いからね」アナちゃんはフォークでたらこスパゲティを巻取り、口に含んだ。もぐもぐと、味わうようにして、ごくりと飲み込む。「良いね。シソと海苔か。シソが生臭さを消してる。塩気と辛味もあって、美味しい。これが旨味ってやつね」
「オリーブオイルとかタバスコをかけたりもするんだよ」
「やってみる」アナちゃんは、手の平に魔力を集めて、魔素で作られた小皿を生み出し、そこにスパゲティを小分けにした。
「おかわりあるよ」言いながら、ぼくはたらこスパゲティを巻き取り、口に運んだ。スパゲティは冷えると美味しくないから、さっさと食べてしまおう。
 アナちゃんは、今日の午後を使って、屋上の下の部屋に荷物を運び込んでいた。
 ご両親には、インターンの仕事をするから、しばらく家を手伝えないと言ったらしい。
 ぼくは、今日の午後を使い、万引き事件のあった現場に行ってきた。
 なんてことのないスーパーだった。
 立地も、店内の様子もこれと言って特別なものはない。
 身体を蜃気楼にして、スーパーの入っているビルも歩いてみたけれど、これと言って特別なものはない。
 地下は倉庫、2階は歯医者で、3階と4階は工事中。
 アパルトマンとして貸し出すらしい。
 それを伝えると、アナちゃんはタバスコをたっぷりとふりかけたたらこスパゲティを味わいながらうーんと唸った。「かけすぎた」
「ぼくはそれくらいがちょうど良いけどね」
「ソラってMなんだね」
 ぼくの肩がピクリと震えた。顔が少しずつ熱くなっていく。「ど、どうして」
「Mの人は辛いのが好きなんだよ」
「ふーん」だめだ、この手の話題では、アナちゃんに丸め込まれてしまう。話題を変えないと。「ま、まあ、今日の感じだと、あのビルは普通だった。あの万引き犯、目的がペンを盗むことなはずないよね」
「あるわけないわね。会計のあとにチップを入れてる。5ユーロもあればペンが1ダース以上買えちゃう」
「万引きに対する反応を見てたのかな。店の入口に警報装置が置いていなかったかとか」
「この場合、動機って重要かな。お金があっても万引きをする人はいる。スリルに病みつきになってたり、節約感覚でやったり」
「動機を探るのは必要なことだよ。今後の似たタイプの犯罪者の行動を読むときの参考になるし、未然に防ぐことにもつながる」
 たらこスパゲティを食べ終えたアナちゃんは、ワイングラスを持ち上げた。「なるほどね」
 ぼくも、ワイングラスを取った。「あちらがこちらに気がついていないなら、あちらを観察することが出来る」
「気がついていないなら?」
「そう、もしも気が付かれていたら、あちらはいくらでも言動を装える。気が付かれていない今なら、あちらの無意識の言動を観察する余裕もある」これは、先輩の刑事さんが言っていたことだった。人間である彼女は、学園の高等部に在籍していた頃から、心理学の多岐にわたる分野で、その才覚を発揮していた。
 アナちゃんは、ワイングラスを持ったまま、考えるように視線を下げ、頷いた。長い脚を組んで、焚き火の明かりを受けている様は、まるで中世の絵画のように美しかった。「それなら、わたしの出番ね。ソラよりも上手く人を観察出来る」
 ぼくは頷いた。「観察は苦手なんだよ。全部が個性に見えちゃう」
「わたしもそういう時期があった。個性よりももっと深い次元で相手を見るのよ。ヒトの本性は、無意識の動きに出る」
 ぼくは、魔法族の世界での、革命の戦士を名乗る人たちとの戦いを思い出した。ぼくが作る未来を見てみたいと言いながら死んでいった彼は、ぼくが彼に勝つまでの間に、ぼくを何百回も殺した、凄腕の剣士だった。「相手のパンチを躱したかったら、手じゃなくて足や肩を見るみたいな感じかな」
 アナちゃんは頷いた。「そんな感じ。広大な景色の中に無数の人がいたとしても、人が目を留めるのは、いつだって運命の人」アナちゃんは、詩を歌うようにそんな事を言うと、ワインを啜り、グラスを置いた。ナイフとフォークを取り、ペッパーステーキを切り分け始める。「必要ならレクチャーするわ」
「お願いしたいかも」
「動機の答え合わせは、取調室で出来る。ひとまずは、被疑者を見つけて、尾行しよ。行動パターンやルーティーンを探るの。ヨハンナたちなら、今すぐにでも逮捕出来るはず。わたしたちに経験を積ませようとしてるのよ。わたしたちは、自分たちのやり方で捜査をしましょ」
「だね」ちなみに、現場検証のために訪れたスーパーは、この街の中でも物価が安い方だった。また行こう。やっぱり、行ったことのない場所には行ってみるものだ。ぼくは、ステーキを切り分け、口に運んだ。ペッパーとローズマリー、芳醇なバターの香りが口に広がった。「美味しい」
 アナちゃんはほくそ笑んだ。「でしょ、フライパンにバターを伸ばすでしょ? ステーキの上でもう一回バターを溶かすの」
「レシピ教えて」
「良いよ」アナちゃんは、満足げな様子でワインを啜った。
 ぼくは、ステーキを頬張った。なんだかご飯が欲しくなってきた。
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