17 / 47
3 出張
10日目 夜のお散歩へ
しおりを挟む
23時1分
食材をホテルのレストランに持っていくと、少しばかりのチップと引き換えに調理をしてくれた。
聞くところによると、このホテルの従業員は、全員が魔法族で、インターポールの国際魔法犯罪課に所属するぼくたちを歓迎してくれていた。
お腹いっぱい食べて、お酒を呑んだぼくたちは、それぞれの時間を楽しんでいた。
ハリエットさんは自室にこもり、アナちゃんは夜の街へ繰り出す。
ぼくはといえば、シャワーを浴びて、顔をごしごししていた。
やっぱり落ちない。
あんにゃろう。
ぼくは、タオルを放り投げた。
スウィートルームは、教室くらいの広さがあるリビングと、ワンルームサイズくらいの3つの寝室、バスルームが1つ。
ぼくは、部屋にこもり、鍵をかけた。
窓を開け、テラスに出て見れば、まん丸の月が澄んだ夜空に浮かんでいる。
窓の下には運河。
3mほど向こうには、隣の建物。
運河の流れる先を見れば、そこには建物と建物の間に、煌々と輝く街明かり。
耳を澄ませれば、運河の水が流れる音、ゴンドラを漕ぐ音、少し遠くから届いてくる人々の笑い声が聴こえた。
ぼくたち魔法族にとっては、自然の生み出すあらゆる音が心地良く、それらは鼓膜や脳味噌を優しく叩く。
人間は、自然の中にいても、そこを上等なコンサート会場のように感じることが出来ないらしい。
人間の幼馴染と幼い頃から関わってきて、ぼくは、魔法族に生まれて良かったと思うことが何度か合った。そのうちの1つが、鋭敏な五感を持っていることだ。
一方で、その鋭敏な五感は、時にストレスを生む。
鼻を狂わせ脳を溶かすような排気ガスや、目を刺すような強すぎる人口の明かり、機会の生み出す音、殺菌されすぎた臭い水、肌をピリピリさせるワイファイやスマートフォンの電波。
ぼくたち魔法族は、車やバイクを持たないし、火の明かりや薄暗い間接照明、人里離れた自然、ミネラルウォーター、アナログを好む。
地球上で人間に紛れて暮らすぼくたちは、魔法の扱いを制限され、人間のように暮らすことを求められる。
人間たちのほとんどはまだ、同じヒト属である魔法族を人間として受け入れられるほど、成熟していないのだ。
過去に人間との友好を求めた魔法族たちは、みんな、政治に利用されたり、人体実験をされたり、魔女裁判にかけられたりしてしまった。
魔法族は、頭の回転が早いので、自分たちを丸め込み、利用しようとする人間たちの悪意と欲望に気がついた。
その結果、人間たちは一体どこまでやる生き物なのかを探ろうとして、話を合わせ、調子を合わせていくうちにたどり着いたのは、狂乱の裁判の後の断頭台や火炙りだった。
もちろん魔法族たちは、その程度では死んだりしないので、最後まで調子を合わせていた。
そして、人間たちからは死んだモノ扱いされ、晴れて自由の身になった魔法族たちは、あいつらやべーわ、まだはえーわ、まだ仲良くするのは無理だわ、という結論を、魔法族のコミュニティに持ち帰ったのだ。
その後、魔法族たちを理解した気になった人間たちは、魔法族と似ている特徴を持つだけのただの人間を利用したり、傷つけようとしたりするようになった。
そういった人間たちから、そういった被害者たちを救うため、人間たちのコミュニティに残った魔法族たちが、現代生まれの魔法族であるぼくたちの子孫だった。
人間たちは愚かで、自分が力を持ったと思うと、あるいは強大な力が手に入ると思っただけですぐに調子に乗り、狂い、周囲を利用し、傷つける。
それでも、現代を生きる魔法族たちは、人間を憎んではいない。
そういった弱さや愚かさがあるのは、魔法族たちも同じだということを良く知っているからだ。
魔法族たちは、魔法が扱えるだけでなく、人間よりも賢く、強靭な肉体を持ち合わせている。
今の地球上の総人口の9割が人間であることからもわかるように、過去の魔法族たちは、人間たちを憎むのではなく、共存の方法を探るという方向に、力を割いたのだ。
地球上で生まれ育った魔法族はみな、物心付く前から学園に身を置くことになる。
そこで地球上での立ち振る舞いを学びながら、成長していく。
学園には、魔法の存在を許容出来る感性を持ち合わせた人間の学生もおり、その人間たちとの交流をしながら、魔法族は人間を、人間は魔法族を理解し合い、そうして大人になっていく。
学園の先生たちの見立てでは、あと数世紀も経てば、魔法族と人間が共存出来る世界が出来るとのことだった。
そうなれば、自動車やバイクももっと減って、空気も美味しくなって、資源を奪い合うようなこともなくなるだろう。
その時が楽しみだ。
ぼくたち魔法族は、人間の前で人間に感知されるような魔法を使うことは出来ない。
だからぼくは、窓から飛び出して、数メートル下の運河沿いの細い歩道へ、音もなく着地した。
これくらいなら、運動神経が良いだけで説明がつく。
ぼくは、手の平にコートを作り出し、それを羽織った。
真冬の夜のベネチアは、凍えるように寒かった。
食材をホテルのレストランに持っていくと、少しばかりのチップと引き換えに調理をしてくれた。
聞くところによると、このホテルの従業員は、全員が魔法族で、インターポールの国際魔法犯罪課に所属するぼくたちを歓迎してくれていた。
お腹いっぱい食べて、お酒を呑んだぼくたちは、それぞれの時間を楽しんでいた。
ハリエットさんは自室にこもり、アナちゃんは夜の街へ繰り出す。
ぼくはといえば、シャワーを浴びて、顔をごしごししていた。
やっぱり落ちない。
あんにゃろう。
ぼくは、タオルを放り投げた。
スウィートルームは、教室くらいの広さがあるリビングと、ワンルームサイズくらいの3つの寝室、バスルームが1つ。
ぼくは、部屋にこもり、鍵をかけた。
窓を開け、テラスに出て見れば、まん丸の月が澄んだ夜空に浮かんでいる。
窓の下には運河。
3mほど向こうには、隣の建物。
運河の流れる先を見れば、そこには建物と建物の間に、煌々と輝く街明かり。
耳を澄ませれば、運河の水が流れる音、ゴンドラを漕ぐ音、少し遠くから届いてくる人々の笑い声が聴こえた。
ぼくたち魔法族にとっては、自然の生み出すあらゆる音が心地良く、それらは鼓膜や脳味噌を優しく叩く。
人間は、自然の中にいても、そこを上等なコンサート会場のように感じることが出来ないらしい。
人間の幼馴染と幼い頃から関わってきて、ぼくは、魔法族に生まれて良かったと思うことが何度か合った。そのうちの1つが、鋭敏な五感を持っていることだ。
一方で、その鋭敏な五感は、時にストレスを生む。
鼻を狂わせ脳を溶かすような排気ガスや、目を刺すような強すぎる人口の明かり、機会の生み出す音、殺菌されすぎた臭い水、肌をピリピリさせるワイファイやスマートフォンの電波。
ぼくたち魔法族は、車やバイクを持たないし、火の明かりや薄暗い間接照明、人里離れた自然、ミネラルウォーター、アナログを好む。
地球上で人間に紛れて暮らすぼくたちは、魔法の扱いを制限され、人間のように暮らすことを求められる。
人間たちのほとんどはまだ、同じヒト属である魔法族を人間として受け入れられるほど、成熟していないのだ。
過去に人間との友好を求めた魔法族たちは、みんな、政治に利用されたり、人体実験をされたり、魔女裁判にかけられたりしてしまった。
魔法族は、頭の回転が早いので、自分たちを丸め込み、利用しようとする人間たちの悪意と欲望に気がついた。
その結果、人間たちは一体どこまでやる生き物なのかを探ろうとして、話を合わせ、調子を合わせていくうちにたどり着いたのは、狂乱の裁判の後の断頭台や火炙りだった。
もちろん魔法族たちは、その程度では死んだりしないので、最後まで調子を合わせていた。
そして、人間たちからは死んだモノ扱いされ、晴れて自由の身になった魔法族たちは、あいつらやべーわ、まだはえーわ、まだ仲良くするのは無理だわ、という結論を、魔法族のコミュニティに持ち帰ったのだ。
その後、魔法族たちを理解した気になった人間たちは、魔法族と似ている特徴を持つだけのただの人間を利用したり、傷つけようとしたりするようになった。
そういった人間たちから、そういった被害者たちを救うため、人間たちのコミュニティに残った魔法族たちが、現代生まれの魔法族であるぼくたちの子孫だった。
人間たちは愚かで、自分が力を持ったと思うと、あるいは強大な力が手に入ると思っただけですぐに調子に乗り、狂い、周囲を利用し、傷つける。
それでも、現代を生きる魔法族たちは、人間を憎んではいない。
そういった弱さや愚かさがあるのは、魔法族たちも同じだということを良く知っているからだ。
魔法族たちは、魔法が扱えるだけでなく、人間よりも賢く、強靭な肉体を持ち合わせている。
今の地球上の総人口の9割が人間であることからもわかるように、過去の魔法族たちは、人間たちを憎むのではなく、共存の方法を探るという方向に、力を割いたのだ。
地球上で生まれ育った魔法族はみな、物心付く前から学園に身を置くことになる。
そこで地球上での立ち振る舞いを学びながら、成長していく。
学園には、魔法の存在を許容出来る感性を持ち合わせた人間の学生もおり、その人間たちとの交流をしながら、魔法族は人間を、人間は魔法族を理解し合い、そうして大人になっていく。
学園の先生たちの見立てでは、あと数世紀も経てば、魔法族と人間が共存出来る世界が出来るとのことだった。
そうなれば、自動車やバイクももっと減って、空気も美味しくなって、資源を奪い合うようなこともなくなるだろう。
その時が楽しみだ。
ぼくたち魔法族は、人間の前で人間に感知されるような魔法を使うことは出来ない。
だからぼくは、窓から飛び出して、数メートル下の運河沿いの細い歩道へ、音もなく着地した。
これくらいなら、運動神経が良いだけで説明がつく。
ぼくは、手の平にコートを作り出し、それを羽織った。
真冬の夜のベネチアは、凍えるように寒かった。
24
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる