100日後に〇〇する〇〇

Zazilia

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3 出張

10日目 夜のお散歩へ

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23時1分


 食材をホテルのレストランに持っていくと、少しばかりのチップと引き換えに調理をしてくれた。
 聞くところによると、このホテルの従業員は、全員が魔法族で、インターポールの国際魔法犯罪課に所属するぼくたちを歓迎してくれていた。
 お腹いっぱい食べて、お酒を呑んだぼくたちは、それぞれの時間を楽しんでいた。
 ハリエットさんは自室にこもり、アナちゃんは夜の街へ繰り出す。
 ぼくはといえば、シャワーを浴びて、顔をごしごししていた。
 やっぱり落ちない。
 あんにゃろう。
 ぼくは、タオルを放り投げた。
 スウィートルームは、教室くらいの広さがあるリビングと、ワンルームサイズくらいの3つの寝室、バスルームが1つ。
 ぼくは、部屋にこもり、鍵をかけた。
 窓を開け、テラスに出て見れば、まん丸の月が澄んだ夜空に浮かんでいる。
 窓の下には運河。
 3mほど向こうには、隣の建物。
 運河の流れる先を見れば、そこには建物と建物の間に、煌々と輝く街明かり。
 耳を澄ませれば、運河の水が流れる音、ゴンドラを漕ぐ音、少し遠くから届いてくる人々の笑い声が聴こえた。
 ぼくたち魔法族にとっては、自然の生み出すあらゆる音が心地良く、それらは鼓膜や脳味噌を優しく叩く。
 人間は、自然の中にいても、そこを上等なコンサート会場のように感じることが出来ないらしい。
 人間の幼馴染と幼い頃から関わってきて、ぼくは、魔法族に生まれて良かったと思うことが何度か合った。そのうちの1つが、鋭敏な五感を持っていることだ。
 一方で、その鋭敏な五感は、時にストレスを生む。
 鼻を狂わせ脳を溶かすような排気ガスや、目を刺すような強すぎる人口の明かり、機会の生み出す音、殺菌されすぎた臭い水、肌をピリピリさせるワイファイやスマートフォンの電波。
 ぼくたち魔法族は、車やバイクを持たないし、火の明かりや薄暗い間接照明、人里離れた自然、ミネラルウォーター、アナログを好む。
 地球上で人間に紛れて暮らすぼくたちは、魔法の扱いを制限され、人間のように暮らすことを求められる。
 人間たちのほとんどはまだ、同じヒト属である魔法族を人間として受け入れられるほど、成熟していないのだ。
 過去に人間との友好を求めた魔法族たちは、みんな、政治に利用されたり、人体実験をされたり、魔女裁判にかけられたりしてしまった。
 魔法族は、頭の回転が早いので、自分たちを丸め込み、利用しようとする人間たちの悪意と欲望に気がついた。
 その結果、人間たちは一体どこまでやる生き物なのかを探ろうとして、話を合わせ、調子を合わせていくうちにたどり着いたのは、狂乱の裁判の後の断頭台や火炙りだった。
 もちろん魔法族たちは、その程度では死んだりしないので、最後まで調子を合わせていた。
 そして、人間たちからは死んだモノ扱いされ、晴れて自由の身になった魔法族たちは、あいつらやべーわ、まだはえーわ、まだ仲良くするのは無理だわ、という結論を、魔法族のコミュニティに持ち帰ったのだ。
 その後、魔法族たちを理解した気になった人間たちは、魔法族と似ている特徴を持つだけのただの人間を利用したり、傷つけようとしたりするようになった。
 そういった人間たちから、そういった被害者たちを救うため、人間たちのコミュニティに残った魔法族たちが、現代生まれの魔法族であるぼくたちの子孫だった。
 人間たちは愚かで、自分が力を持ったと思うと、あるいは強大な力が手に入ると思っただけですぐに調子に乗り、狂い、周囲を利用し、傷つける。
 それでも、現代を生きる魔法族たちは、人間を憎んではいない。
 そういった弱さや愚かさがあるのは、魔法族たちも同じだということを良く知っているからだ。
 魔法族たちは、魔法が扱えるだけでなく、人間よりも賢く、強靭な肉体を持ち合わせている。
 今の地球上の総人口の9割が人間であることからもわかるように、過去の魔法族たちは、人間たちを憎むのではなく、共存の方法を探るという方向に、力を割いたのだ。
 地球上で生まれ育った魔法族はみな、物心付く前から学園に身を置くことになる。
 そこで地球上での立ち振る舞いを学びながら、成長していく。
 学園には、魔法の存在を許容出来る感性を持ち合わせた人間の学生もおり、その人間たちとの交流をしながら、魔法族は人間を、人間は魔法族を理解し合い、そうして大人になっていく。
 学園の先生たちの見立てでは、あと数世紀も経てば、魔法族と人間が共存出来る世界が出来るとのことだった。
 そうなれば、自動車やバイクももっと減って、空気も美味しくなって、資源を奪い合うようなこともなくなるだろう。
 その時が楽しみだ。
 ぼくたち魔法族は、人間の前で人間に感知されるような魔法を使うことは出来ない。
 だからぼくは、窓から飛び出して、数メートル下の運河沿いの細い歩道へ、音もなく着地した。
 これくらいなら、運動神経が良いだけで説明がつく。
 ぼくは、手の平にコートを作り出し、それを羽織った。
 真冬の夜のベネチアは、凍えるように寒かった。
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