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3 出張

12日目 大嵐のマルコ・ポーロ空港

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7時50分


 テキトーなレストランでお酒や軽食を調達したあと、ぼくとシェルナーさんが向かった先は空港だった。
 空港には、ぼくたちの他に、空港で寝泊まりをしている旅行者や、移民や、ホームレスたちがいた。
 上階にあるフードコートは混雑しており、席はほとんど埋まってしまっていた。そんな状況なら、この一帯はもっと騒がしくあって然るべきかもしれないが、フードコートは怖くなるほど静かだった。利用客たちはみんな、一度食べたことがあるのなら二度と食べたくないと思うであろう、伸びたパスタを、真顔でむしゃむしゃしながら、一様に、虚ろな目でどこかを見つめていた。
 その様があんまりにもシュールだったので、ぼくは失笑してしまった。
「私達はラッキーだね」シェルナーさんは、窓際の丸テーブルに着いた。今まさにそのテーブルに飛びつこうとしていたスーツの男を完璧に無視して。「席取っておくから、ビールとサンドウィッチ買ってきて」シェルナーさんは、50ユーロ紙幣をぼくに渡した。「お釣りはあげる」
「わかりました」
 ぼくは、フードコートの入口にあるレジで、瓶ビールを2本、サンドウィッチを2つ、ポテトチップスを1袋買った。お釣りは20ユーロ。そのうちの10ユーロをチップに入れ、10ユーロを指につまんだ。
 テーブルに戻ると、シェルナーさんは、窓の外の滑走路を見ていた。
 ぼくは、テーブルに買ったものを載せて、シェルナーさんにお釣りの10ユーロを渡した。
「ありがと。あげるのに」シェルナーさんは、10ユーロ紙幣をポケットに仕舞った。
「10ユーロと小銭をチップにしました」
「良い子だ。でも欲がないね」
「カードを貰っているので」ぼくは、ヨハンナさんからもらった、残高300ユーロのプリペイドカードを見せた。「身の丈に合わない欲を持って道を踏み外す人を大勢見てきましたから」
「そっか。んじゃ、乾杯」
「乾杯。いただきます」ぼくは、切れかけていたアルコールを補充するかのごとく、ビールを飲み干した。「ぷは」
「お酒好き?」
「テンパりやすくて、中学の時は水筒にお酒を入れて持ち歩いてました」
「やっば」
「おかげで授業に集中出来ました」
「繊細な子は、適切な環境や補助が与えられる環境ならその才覚を発揮出来るのよね」
 ぼくは、ビールを啜った。アルコールのおかげで、だいぶリラックスしてきた。「小学生の頃、人間の学校に交換留学に行ったんです。そこの先生が失礼な人で、ぼくの知能に疑いを持ったんですよね」
「どうしてそう思ったの?」
「相手の言動を見ればわかりますよ。その、賢いから。IQを測るためのパズルとかも解かされたし。それで、良い点を取ったら、その先生は、サヴァン症候群ね、って、ぼくの前で言ったんですよね。自分の考えを丁寧に伝えれば、アスペルガー症候群や自閉症の子は、丁寧に話す傾向があるのよね、とか。自分の中にある先入観をどうやっても間違いだとは認めなかった。本当に疲れました」ぼくはビールを啜った。「そもそも、本当に優しい人は、そんな単語を不用意に使いませんよね。思いましたよ。あ、こいつは、自分が善良だっていうことを周りにアピールしたいだけの偽善者か、そうでなければ本物のバカなんだなって」ぼくは、内心で首を傾げた。なんか、ぼくにしてはペラペラと言葉が出てくる。ここに来るまでの道中で、シェルナーさんは気さくに接してくれて、それもあってぼくも緊張からはある程度開放されたわけだけれど、なんかおかしい。ぼくは、自分が飲んでいるビールを見た。これは違うか。そもそもぼくが買ってきて、ぼくが自分で栓を開けたものだ。じゃあ、ホテルで呑んだビールはどうだろう。あれを開けてくれたのはシェルナーさんだった。なにか、自白剤のようなものでも混ぜられたのかも知れない。
「人間が苦手?」
 ぼくは、少しの間をおいて、言葉を選んだ。「自分よりも賢くない人が苦手ですね」
「うんざりするよね。わかるよ。私も今の立場になってから、色々な者を使うようになった。中には、上手く話が通じない者もいる。私がもっとも嫌うのは、上下関係や個人の感情を職場に持ち出す人間性だ。あれは扱いずらい。こちらがいかに無機質に指示を出しても、突然不機嫌になったりするんだ。なぜかというと、連中の目的は会話による相互理解じゃなく、言葉によって相手を打ち負かすことにあるからさ。自分の知能にあった場所に身を置けば、こういった不愉快な目にも遭わなくなると期待していたこともあるんだが、そういう連中はどこにでもいるもんだ」
「そういうときはどうするんですか?」
 シェルナーさんはビールを啜った。「賢いのはこちらで、頭が足りないのはあちらだからね。理解させられるように努力しているよ」
「例えば」
「例えばそうだね。連中は、自分の発言の正当性に自信を持っていない事が多いから、レコーダーを見せつけるのさ。それで黙り込むか態度を荒っぽくしてくるならば、自分の発言に正当性がないことを自覚していることの証明にもなる。そうなればこちらも遠慮する必要はなくなるってものさ。あらゆる場面で相手を支配したがる人間性があるが、そういう連中は証拠を抑えられることをもっとも恐れる。ソラはおそらくそういう人間性を苦手とするところがあるだろうから、覚えておくと良い」
 ぼくは眉をひそめた。「どうしてわかったんですか?」
「ソラは相手がヒトの形をしていれば、最後まで対話をしようと思うタイプだろう?」
 ぼくは頷いた。
「それはきみの優しさの裏付けになる。だがね、きみが本当に賢いのなら、20代のうちに理解した方が良い。世の中には、自分が知性を持たない動物であると認められない大人もいるのだということをね。そいつらはヒトの優しさを付け入るスキだと考えるんだ」
「苦手です」
 シェルナーさんは頷いた。「誰にでも苦手なものはある。そいつらを見つけるサインはいくらかある。良い年をこいて幼稚な言動が目立ち、攻撃性があり、口数が多く、そのほとんどが、恩着せがましい善意の押し売り、自らの力を示すための自慢か同情を誘うための不幸自慢、他者の否定、他者に序列や優劣をつける話、みんながお前についてネガティブな事を言っているなどと相互不信を招くような発言、自分には守るものがあるという話。病弱な家族とか、子どもがいるとか」
「本当に守るものがあるなら、容易に周囲を攻撃する言動は取れませんよね」
「私もそう思う。これから先に出会う者の中で、こちらはお前を攻撃をするがお前はこちらを攻撃するなという言動をしている奴がいれば、なるべく早いうちに証拠を取って第三者に提出しておくことをおすすめするよ。そうすれば、平和に解決出来るさ」
 ぼくはビールを啜った。「どうしてわかったんですか?」
「当てずっぽうだよ」シェルナーさんは、ナッツをつまんだ。「1人を好む者は集団が苦手だ。そういう者は周囲を操るマキャベリストやサイコパスが嫌いだ。そうなれば、きみに必要なのはそういった連中をどれだけ早く見つけられるかという目だ。ただ生きていくだけでもそういう連中を見分けることは出来るようになるが、意識して観察すればもっと早く見分けられるようになる。そういうサイコパスはどこにでもいるからね。きみが今後もインターンを続けるのなら、国際魔法犯罪課以外の者と関わる機会も増えるだろう。私達は季節ごとに人格などの適性テストを受けているだろうが、どこもかしこもがそうという訳じゃないんだ」
 ぼくは首を傾げた。「内部調査の経験でもあるんですか?」
「人生経験の賜物さ」
「なるほど」ぼくはビールを啜った。瓶が空になった。「お代わりいただいても?」
 シェルナーさんは優しく微笑んだ。「だいぶ肩の力が抜けてきたじゃないか」シェルナーさんは、街のレストランで買ったグラッパのボトルと紙コップをテーブルに置いた。「すまないね。ああ言う話が好きなタイプなんだ。雑談が苦手でね」
「ぼくもですよ。目的のない会話が苦手です」ぼくは、紙コップに注がれたグラッパを一息で飲み干した。喉の焼ける感覚が心地良い。「どうして、空港に?」
「仮に空港が浸水したときは、利用客の安全を確保しないといけない。それに、ハリエットに追い込まれた連中がここに逃げ込んでくるかも知れない」
「その恐れが?」
「そうだね。フラーの力は強大すぎる。それに、空港には色んな人が集まる」
「なるほど」
「パリ警視庁のラシェルから聞いたんだが、きみは景色の中から違和感を見つけ出すのが得意とか」
 先日のパリのクラブのことが頭に浮かんだ。「まあ。あまり期待されても困りますけれど」
「そうだな。もしもきみがそのスキルを示さなくてはいけない場面が訪れれば、そのときは、それが見られれば良いなと思っているよ」シェルナーさんは、グラッパをあおり、ぼくと彼女の紙コップに2杯目を注いだ。
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