100日後に〇〇する〇〇

Zazilia

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3 出張

12日目 不審な会話

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12時


 嵐がひどくなるにつれて、空港が混み合ってきた。
 構内は、主に観光客や移民、ホームレスがいる。
 テレビを見てみれば、サン・マルコ広場が浸水している。浸水した広場を呑気に泳いでいる観光客が、カメラにピースをしていた。その背後では、フードを被った現地人がうつむきながら、そそくさと通り過ぎる。別の現地人が、インタビューに答えている。『こんな酷い嵐は生まれてこの方経験したことがないよ』。その人は、フランス人よりもキレのあるパントマイムをしながらそう言った。
「ちょっと外出てきますね」
 シェルナーさんは、背もたれに身を預け、滑走路を見ながら、頷いた。
 ぼくは、簡素なカフェでテイクアウトのコーヒーを購入し、外に出た。
 突風が鼓膜を叩く。
 コートを煽られる度に、吹き飛ばされそうになってしまう。
 ぼくは、指先から魔力を放出した。
 霧状の魔力を全身にまとえば、突風が少し和らいだ。気分としては、突風が強風くらいになった感じだ。
 あまり風を防ぎすぎると、周囲から目立ってしまうので、さじ加減が大事だ。ぼくは、周囲を確認した。あちらこちらに、タバコを吸っている人がいる。でも、半径3m以内にはいない。ぼくはタバコを咥え、指先から火を伸ばし、先に火を点けた。以前、この空港を訪れた際に知ったことで、ここには喫煙所がない。出入り口の隅っこには、タバコの吸い殻が転がっていた。観光客だけでなく、従業員までそうしているので、ぼくもそれに習うことにした。ぼくは、タバコの煙を吐いた。灰色の煙が灰色の空に溶けていく。
 どうしよう……。ぼくは思った。間が持たない。つらつらと会話をしていたぼくたちだったけれど、30分くらい前から、シェルナーさんは滑走路を見つめてばかり。ぼくは沈黙が怖い。相手が良い人ならなおさらだ。どんな話題を振ろう。
「やあ、ひどい雨だね。まるでアンテロープキャニオンだ」
 ぼくは、少し離れたところから聞こえてきた声に、そちらをちらりと見た。
 見れば、少し離れたところにある出入り口でタバコを吸っている女性に、男性が声をかけていた。女性は、退屈そうな目で男性を見ながら、ゆったりと頷いた。「そうね」
 そうか、そんな感じで声をかければ良いのか。
 ぼくは、勉強をさせてもらうつもりで、そちらに耳を傾けた。
「火を貸してもらっても良いかな」
 女性は、ポケットからライターを取り出した。シンプルな使い捨てライター。
「ありがと。まるでアンテロープキャニオンだね」
 ぼくは眉をひそめた。脈絡のない単語。これは……。
 女性は首を傾げた。「どこそれ」
「アメリカだよ」
 女性は頷いて、まだ長いタバコを捨てた。「誰かと勘違いしてますよ」女性は、そのままスタスタと立ち去った。男性は、バツの悪そうな顔で、周囲を観察した。周囲に立っている人たちは、男性に対して白い目を向けている。男性は、にやにやしながら、肩を竦めてタバコを吸った。
 変な人だ。ぼくは、視界の端で男性を観察した。男性は、にやにやしながら周囲を見渡していた。出入り口から別の男性がやってきて、男性に声をかけた。「よぅ、ひどい雨だな」
 男性は頷いた。「まるでアンテロープキャニオンだ」
「狂ってんな」
「まったくだ」
 ぼくは、現在時刻と、男性たちのいる出入り口を確認して、タバコを捨て、空港構内に戻った。
 シェルナーさんの下へ向かうと、彼女は相変わらず滑走路を見ていた。「おかえり」
「シェルナーさん。お話が」
 シェルナーさんは、ぼくを見た。「どうかした?」
「3分前、出入り口Gで不審な会話がありました」
 シェルナーさんは口元をほころばせた。「聞こうか。なんだ、タバコを吸ったの?」
「あ、はい」
「次は私を誘って欲しいね」
 ぼくは、小さく笑った。「男性が1人、女性にライターを借りてました。その時、ひどい雨だね、まるでアンテロープキャニオンだって」
「合言葉だと思ったわけか」
「はい。女性は男性を不審に思ったのか、吸い始めたばかりのタバコを捨てて、どこかへ行きました。その2分後、別の男性がやってきて、先にいた男性に声をかけていました。ひどい雨だな、と。先にいた男性は、まるでアンテロープキャニオンだ、と言い、あとに来た男性は狂ってるな、と。その後2人は噛み合った様子で会話を続けていました」
「その後は?」
「聞いていません。シェルナーさんに報告したほうが良いかと」
 シェルナーさんは頷くと、携帯電話を取り出した。「ありがとう。もう少しだけ情報が欲しいな」彼女は、受話器に耳を当てた。「私だ。同僚が不審な会話を確認した。10分前から今にいたるまでの出入り口Gの映像を確認してくれ。男性が1人、女性に声をかけ、その後別の男性がその男性に接触している。念の為、監視カメラをたどって男性を追跡してくれ」シェルナーさんは、通話を終えた。1分ほど経って、シェルナーさんの携帯電話が震えた。シェルナーさんは、携帯電話を耳に当てると、頷いた。シェルナーさんは、口元をほころばせた。「確保してくれ」シェルナーさんは立ち上がり、ぼくの肩を叩いた。「お手柄だ。仕事に行こう」
 ぼくは頷いて、シェルナーさんの左隣に立った。
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