23 / 47
3 出張
12日目 不審な会話
しおりを挟む
12時
嵐がひどくなるにつれて、空港が混み合ってきた。
構内は、主に観光客や移民、ホームレスがいる。
テレビを見てみれば、サン・マルコ広場が浸水している。浸水した広場を呑気に泳いでいる観光客が、カメラにピースをしていた。その背後では、フードを被った現地人がうつむきながら、そそくさと通り過ぎる。別の現地人が、インタビューに答えている。『こんな酷い嵐は生まれてこの方経験したことがないよ』。その人は、フランス人よりもキレのあるパントマイムをしながらそう言った。
「ちょっと外出てきますね」
シェルナーさんは、背もたれに身を預け、滑走路を見ながら、頷いた。
ぼくは、簡素なカフェでテイクアウトのコーヒーを購入し、外に出た。
突風が鼓膜を叩く。
コートを煽られる度に、吹き飛ばされそうになってしまう。
ぼくは、指先から魔力を放出した。
霧状の魔力を全身にまとえば、突風が少し和らいだ。気分としては、突風が強風くらいになった感じだ。
あまり風を防ぎすぎると、周囲から目立ってしまうので、さじ加減が大事だ。ぼくは、周囲を確認した。あちらこちらに、タバコを吸っている人がいる。でも、半径3m以内にはいない。ぼくはタバコを咥え、指先から火を伸ばし、先に火を点けた。以前、この空港を訪れた際に知ったことで、ここには喫煙所がない。出入り口の隅っこには、タバコの吸い殻が転がっていた。観光客だけでなく、従業員までそうしているので、ぼくもそれに習うことにした。ぼくは、タバコの煙を吐いた。灰色の煙が灰色の空に溶けていく。
どうしよう……。ぼくは思った。間が持たない。つらつらと会話をしていたぼくたちだったけれど、30分くらい前から、シェルナーさんは滑走路を見つめてばかり。ぼくは沈黙が怖い。相手が良い人ならなおさらだ。どんな話題を振ろう。
「やあ、ひどい雨だね。まるでアンテロープキャニオンだ」
ぼくは、少し離れたところから聞こえてきた声に、そちらをちらりと見た。
見れば、少し離れたところにある出入り口でタバコを吸っている女性に、男性が声をかけていた。女性は、退屈そうな目で男性を見ながら、ゆったりと頷いた。「そうね」
そうか、そんな感じで声をかければ良いのか。
ぼくは、勉強をさせてもらうつもりで、そちらに耳を傾けた。
「火を貸してもらっても良いかな」
女性は、ポケットからライターを取り出した。シンプルな使い捨てライター。
「ありがと。まるでアンテロープキャニオンだね」
ぼくは眉をひそめた。脈絡のない単語。これは……。
女性は首を傾げた。「どこそれ」
「アメリカだよ」
女性は頷いて、まだ長いタバコを捨てた。「誰かと勘違いしてますよ」女性は、そのままスタスタと立ち去った。男性は、バツの悪そうな顔で、周囲を観察した。周囲に立っている人たちは、男性に対して白い目を向けている。男性は、にやにやしながら、肩を竦めてタバコを吸った。
変な人だ。ぼくは、視界の端で男性を観察した。男性は、にやにやしながら周囲を見渡していた。出入り口から別の男性がやってきて、男性に声をかけた。「よぅ、ひどい雨だな」
男性は頷いた。「まるでアンテロープキャニオンだ」
「狂ってんな」
「まったくだ」
ぼくは、現在時刻と、男性たちのいる出入り口を確認して、タバコを捨て、空港構内に戻った。
シェルナーさんの下へ向かうと、彼女は相変わらず滑走路を見ていた。「おかえり」
「シェルナーさん。お話が」
シェルナーさんは、ぼくを見た。「どうかした?」
「3分前、出入り口Gで不審な会話がありました」
シェルナーさんは口元をほころばせた。「聞こうか。なんだ、タバコを吸ったの?」
「あ、はい」
「次は私を誘って欲しいね」
ぼくは、小さく笑った。「男性が1人、女性にライターを借りてました。その時、ひどい雨だね、まるでアンテロープキャニオンだって」
「合言葉だと思ったわけか」
「はい。女性は男性を不審に思ったのか、吸い始めたばかりのタバコを捨てて、どこかへ行きました。その2分後、別の男性がやってきて、先にいた男性に声をかけていました。ひどい雨だな、と。先にいた男性は、まるでアンテロープキャニオンだ、と言い、あとに来た男性は狂ってるな、と。その後2人は噛み合った様子で会話を続けていました」
「その後は?」
「聞いていません。シェルナーさんに報告したほうが良いかと」
シェルナーさんは頷くと、携帯電話を取り出した。「ありがとう。もう少しだけ情報が欲しいな」彼女は、受話器に耳を当てた。「私だ。同僚が不審な会話を確認した。10分前から今にいたるまでの出入り口Gの映像を確認してくれ。男性が1人、女性に声をかけ、その後別の男性がその男性に接触している。念の為、監視カメラをたどって男性を追跡してくれ」シェルナーさんは、通話を終えた。1分ほど経って、シェルナーさんの携帯電話が震えた。シェルナーさんは、携帯電話を耳に当てると、頷いた。シェルナーさんは、口元をほころばせた。「確保してくれ」シェルナーさんは立ち上がり、ぼくの肩を叩いた。「お手柄だ。仕事に行こう」
ぼくは頷いて、シェルナーさんの左隣に立った。
嵐がひどくなるにつれて、空港が混み合ってきた。
構内は、主に観光客や移民、ホームレスがいる。
テレビを見てみれば、サン・マルコ広場が浸水している。浸水した広場を呑気に泳いでいる観光客が、カメラにピースをしていた。その背後では、フードを被った現地人がうつむきながら、そそくさと通り過ぎる。別の現地人が、インタビューに答えている。『こんな酷い嵐は生まれてこの方経験したことがないよ』。その人は、フランス人よりもキレのあるパントマイムをしながらそう言った。
「ちょっと外出てきますね」
シェルナーさんは、背もたれに身を預け、滑走路を見ながら、頷いた。
ぼくは、簡素なカフェでテイクアウトのコーヒーを購入し、外に出た。
突風が鼓膜を叩く。
コートを煽られる度に、吹き飛ばされそうになってしまう。
ぼくは、指先から魔力を放出した。
霧状の魔力を全身にまとえば、突風が少し和らいだ。気分としては、突風が強風くらいになった感じだ。
あまり風を防ぎすぎると、周囲から目立ってしまうので、さじ加減が大事だ。ぼくは、周囲を確認した。あちらこちらに、タバコを吸っている人がいる。でも、半径3m以内にはいない。ぼくはタバコを咥え、指先から火を伸ばし、先に火を点けた。以前、この空港を訪れた際に知ったことで、ここには喫煙所がない。出入り口の隅っこには、タバコの吸い殻が転がっていた。観光客だけでなく、従業員までそうしているので、ぼくもそれに習うことにした。ぼくは、タバコの煙を吐いた。灰色の煙が灰色の空に溶けていく。
どうしよう……。ぼくは思った。間が持たない。つらつらと会話をしていたぼくたちだったけれど、30分くらい前から、シェルナーさんは滑走路を見つめてばかり。ぼくは沈黙が怖い。相手が良い人ならなおさらだ。どんな話題を振ろう。
「やあ、ひどい雨だね。まるでアンテロープキャニオンだ」
ぼくは、少し離れたところから聞こえてきた声に、そちらをちらりと見た。
見れば、少し離れたところにある出入り口でタバコを吸っている女性に、男性が声をかけていた。女性は、退屈そうな目で男性を見ながら、ゆったりと頷いた。「そうね」
そうか、そんな感じで声をかければ良いのか。
ぼくは、勉強をさせてもらうつもりで、そちらに耳を傾けた。
「火を貸してもらっても良いかな」
女性は、ポケットからライターを取り出した。シンプルな使い捨てライター。
「ありがと。まるでアンテロープキャニオンだね」
ぼくは眉をひそめた。脈絡のない単語。これは……。
女性は首を傾げた。「どこそれ」
「アメリカだよ」
女性は頷いて、まだ長いタバコを捨てた。「誰かと勘違いしてますよ」女性は、そのままスタスタと立ち去った。男性は、バツの悪そうな顔で、周囲を観察した。周囲に立っている人たちは、男性に対して白い目を向けている。男性は、にやにやしながら、肩を竦めてタバコを吸った。
変な人だ。ぼくは、視界の端で男性を観察した。男性は、にやにやしながら周囲を見渡していた。出入り口から別の男性がやってきて、男性に声をかけた。「よぅ、ひどい雨だな」
男性は頷いた。「まるでアンテロープキャニオンだ」
「狂ってんな」
「まったくだ」
ぼくは、現在時刻と、男性たちのいる出入り口を確認して、タバコを捨て、空港構内に戻った。
シェルナーさんの下へ向かうと、彼女は相変わらず滑走路を見ていた。「おかえり」
「シェルナーさん。お話が」
シェルナーさんは、ぼくを見た。「どうかした?」
「3分前、出入り口Gで不審な会話がありました」
シェルナーさんは口元をほころばせた。「聞こうか。なんだ、タバコを吸ったの?」
「あ、はい」
「次は私を誘って欲しいね」
ぼくは、小さく笑った。「男性が1人、女性にライターを借りてました。その時、ひどい雨だね、まるでアンテロープキャニオンだって」
「合言葉だと思ったわけか」
「はい。女性は男性を不審に思ったのか、吸い始めたばかりのタバコを捨てて、どこかへ行きました。その2分後、別の男性がやってきて、先にいた男性に声をかけていました。ひどい雨だな、と。先にいた男性は、まるでアンテロープキャニオンだ、と言い、あとに来た男性は狂ってるな、と。その後2人は噛み合った様子で会話を続けていました」
「その後は?」
「聞いていません。シェルナーさんに報告したほうが良いかと」
シェルナーさんは頷くと、携帯電話を取り出した。「ありがとう。もう少しだけ情報が欲しいな」彼女は、受話器に耳を当てた。「私だ。同僚が不審な会話を確認した。10分前から今にいたるまでの出入り口Gの映像を確認してくれ。男性が1人、女性に声をかけ、その後別の男性がその男性に接触している。念の為、監視カメラをたどって男性を追跡してくれ」シェルナーさんは、通話を終えた。1分ほど経って、シェルナーさんの携帯電話が震えた。シェルナーさんは、携帯電話を耳に当てると、頷いた。シェルナーさんは、口元をほころばせた。「確保してくれ」シェルナーさんは立ち上がり、ぼくの肩を叩いた。「お手柄だ。仕事に行こう」
ぼくは頷いて、シェルナーさんの左隣に立った。
9
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる