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4 映画撮影
22日目 長い夜の始まり
しおりを挟む21時3分
ぼくは、灰色の霧が立ち込める、カラディシアの街を歩いていた。
霧に包まれた街灯や、停車している車のライトが、くぐもった明かりを放っている。
街のあちらこちらでは、人々が立ち止まっている。
まるで、時間が停まっているかのように、立ち尽くしたまま、首も動かさず、ぼんやりとした目をしている。
街のあらゆるものが、白黒テレビのような色に変わっていた。
シェルナーさんが放った精神の魔素の霧は、ぼくたちを含めた、あらゆるものを精神体に変えた。
これは、精神の魔法を扱う魔法族、幽霊たちが住む世界の光景に酷似していた。
「すげえなぁ、魔法ってのは」ユライさんが言った。彼は、タバコの煙を吐きながら、ぼくの隣を歩いている。「なあ、ステファノさん」
ユライさんは、隣で周囲を見渡しているステファノさんに言った。
「なんだい?」
「あんたは、人間なんだろ?」
ステファノさんは頷いた。
「俺は、特殊な魔素を持っているからってことであっちこっちに呼ばれるんだが、あんたはどうしてここに呼ばれたんだ?」
「私もまた、特異体質なんだ」
「俺は守護天使の魔素ってヤツが体に流れているみたいで、幸運に守られてるんだ。おかげで毎週ロトで1万ドルを当ててる。あんたは?」
「私は、死なないんだ」
「死なない? 良いな。羨ましい」
ステファノさんは優しく微笑んだ。「年も取らず、死にもしない。怪我もしないんだ。銃で撃たれても弾が体をすり抜けていくし、刺されても、霧に刺したようにすり抜けていく。自慢をさせてもらえば、私が一人いるだけで、一つの戦争を終わらせられるのさ。時間さえ貰えればね」
「なるほど、それなら、俺達はいらなかったんじゃないか? なあ?」
ユライさんの言葉に、ステファノさんはぼくを見下ろした。
ぼくは頷いた。「年を取らないっていうことは、何歳なんですか?」
「もう数えてないな。800歳くらいか」
ユライさんは口笛を吹いた。「そんだけ生きてたら退屈だろ」
「そうでもないさ。時代とともに人は変わっていく。人付き合いを通じて、その変化を見ていくのも楽しいものだ」
「言ってることがおじいちゃんだな」
「その通り。私はみんなのお祖父ちゃんさ」
ぼくは、ステファノさんを見た。体にフィットしたコート。「武器は?」
「必要ないさ。800年も生きてるからね。私には私の戦い方がある」ステファノさんは、優しく微笑んだ。
話をしながら通りを進むうちに、ぼくたちは美術館にたどり着いた。
ぼくたちは、固く閉じられた扉をそのまますり抜けた。
警備員が、ぼんやりとした目で立ち尽くしていた。
ぼくたちは、その横をすり抜けた。
ぼくは眉をひそめた。
「どうしたんだい?」ステファノさんが言った。
「妙ですね。魔法族が多くいる街のはずなのに、精神の魔法使いが警備に配置されていない。ぼくたちが取っている手段は、警備の立場にある魔法族なら、真っ先に思いついて然るべきものです」
「どう考える?」
「わかりません。ただ、こういう時は、何かを意図している何者かがいるはずです。少なくとも、そう考えるべきです」
ぼくは、肩をぽんと叩かれた。
「お嬢ちゃん。俺の幸運を忘れてるのか?」
「そういうことですかね。だと良いんですけど」
「賢い子は心配性なものだからな」ステファノさんが言った。
「うちの娘もそうなのかな。15でハーバードに通ってる」
「鼻が高いな」
「まったくだ。賢いけど、繊細なんだよな。優しくしてやらねーとな」
なんだか、ぼくのことを言われている気がしてむずむずする。「ぼくの心は男だから、女の子のことはわかりませんけど、15歳の頃は、自由を求めてましたよ。一人っきりで旅をしたいといつも思ってました」
「それで、魔法使いの世界に行って、戦争に巻き込まれたんだろ?」ユライさんは、難しい顔をした。「1人には出来ねーし、どうすっかな。グランドキャニオンにでも連れて行ってやるか」
「奥さんとは仲が悪いんですよね」
「だな、あいつも来るってなると、どうなんだろうな」ユライさんは指を弾いた。「湖でも買ってやるか。そのそばにコテージでも建てて、プレゼントしてやろう」
ステファノさんは口笛を吹いた。「リッチなんだな」
「いやほら、俺って幸運に守られてるからさ。ロトも、だいたいその月に必要な額が当たるのさ」
ぼくたちは、誰も居ない館内を進んだ。
階段を降り、地下へ。
館内図にあるのは地下3階までだが、吸血鬼の眠る棺は、地下6階にあるらしい。
そこに至るまでの道程は、ユライさんが掴んでいた。
どうやらユライさんは、余所者に拒否反応を示すカラディシアの人々からも好かれたようで、ある晩、バーでお酒を飲んでいたところ、館長と友だちになったらしい。
内緒で、地下にある、秘蔵のコレクションを見せてもらったのだとか。
「どれもこれも良くわかんなかったけど、酒の趣味は良かったな」
地下3階にて、ユライさんは、倉庫の隅、その壁の一部を押した。
壁の一部はスイッチになっていたようで、足元からカチ、っと音がした。
ユライさんは、壁際に立つ本棚を押した。
隠し扉になっていたそれの奥には、下へと伸びる階段が。
ぼくたちは、口をつぐんでそこを進んだ。
ユライさんの話によると、ここから先は、警備が厳重になっているらしい。
銃を持った人間の警備員、灰色の目や、赤い目の警備員。
灰色の目は精神の魔法を扱う幽霊、赤い目は影の魔法を扱う吸血鬼。
ぼくは、周囲に意識を傾けた。
周囲に漂う魔素に意識を傾けるが、これといって気になることもなかった。
ある扉のそばに、人間の警備員が2人倒れていた。
ぼくは、ユライさんを見て、扉を指さした。
ユライさんは、扉に首を突っ込んだ。
ぼくも、彼のマネをした。
扉の向こうは、豪華な内装の、広々とした部屋だった。
中では、太ったスラブ系の男性が倒れていた。
「警備主任だ」ユライさんは、囁くような小さな声で言った。「生きてるよな?」
ぼくは頷いた。
警備主任の男性は、まぶたを閉じていたが、その胸は、かすかに上起を繰り返していた。
「娘思いの良いやつさ。こいつの罪って言ったら、口がくせえことくらいだ」
ぼくは小さく笑った。
その後、地下4階、地下5階を経て、ぼくたちは、地下6階にたどり着いた。
21時15分
ぼくは暗闇でも、周囲を認識することが出来る。
万物に宿る魔素を感知することで、暗闇の中でも、そこがどのような空間で、どこに何があるのかがわかる。
そこは、広大な地下洞窟のような空間だった。
校庭くらいの広さ。
周囲は岩壁に囲まれている。
ぼくたちは、たった今降りてきた階段から、その空間を見下ろしていた。
壁も柱もなく、壁に沿って様々な彫刻やら絵画やらの芸術品が飾られている。
中央には、アンティークのテーブルが置かれ、そのそばには、ワインセラーが3つ置かれていた。
ユライさんとステファノさんは、暗視ゴーグルを着けていた。「10分の予定だったな。長引いちまった」
ぼくたちは、階段を降りながら周囲を観察した。
だれも居ない。
これだけの芸術品が収められているのに。
これらがいくらするのか、それについては興味がないけれど、これだけの手間をかけて隠しているのだから、それはそれは価値のあるものなのだろう。
にもかかわらず、警備も立たせていない。
「ユライさん」
「以前着た時は、警備員が6人居た。どいつもこいつも、魔法族だ。常駐させているって言っていた」
ステファノさんは、周囲を見渡した。「どこに行ったんだ?」
ぼくたちは、周囲を見渡しながら、芸術品のそばを通り過ぎた。
「ソラ」ユライさんは言った。「ちゃんと周囲を見ていてくれよ」
ぼくは頷いた。「だれもいません」
「変だな」
「ええ」
ユライさんが、突然立ち止まった。
彼の視線の先を追うと、そこには、棺があった。
ぼくは、それを見て、左手の人差し指にはめてある、シャンパンゴールド色の指輪を、ドレスソードに変えた。
棺が、開いている。
棺の中には、何も入っていなかった。
「ディート、聴こえてるか?」ステファノさんが言った。ディート。それは、かつてシェルナーさんが、初対面のときに教えてくれた、彼女の好む愛称だった。「ゴランの棺が開いている」
「出ましょう」ぼくは言った。
「なあ、これって……」
ユライさんの言葉に、ぼくは頷いた。「手遅れです。もう起きてる」
「ああ、起きてるよ」
背後からの言葉に、ぼくはそちらを振り返った。
壁に埋められた松明に、火が灯り、地下洞窟の内部が照らされた。
ぼくたちの背後3mほどの場所に立っていたのは、古ぼけたローブに身を包んだ、アルビノの男だった。
「はじめまして。私はゴラン・ドラコヴィッチだ」男は、燃えるような紅い瞳で、ぼくたちを見据えていた。「きみたちは運が良い。ちょうど喉の乾きを癒やしたところだ」ゴランさんは、気分が弾んでいるような軽やかな口調で言った。
その時、ぼくは気がついた。
地下洞窟の天井には、血がベッタリとこびりついていた。
まるで、水風船が破裂したかのような血の跡。
それが、6つ、天井のあちこちに見えた。
「名乗ってくれないか」ゴランは、舌舐めずりをした。「少し眠りすぎてしまったようでね。人との交流にも飢えている。客人なら歓迎するぞ」
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