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ワガママ王子様の更生プログラム〜ミレンハン国の俺様王子、騎士団で職業体験する

ゲーテとグリムのイーストドーナツの絆②

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キャンキャン

バルコニーで風に当たるシャルロットとグレース皇子に向かって走ってきたチワワが吠えている。

「クロウ!?どうしたの?」

クロウの後ろには馬に乗った第二騎士団の騎士たちが数名がいる。

「ゲーテ王子が!!居なくなっちゃった!」

「ええ!?」

「ヨリャって人が連れて行っちゃった」

「何…!?」

グレース皇子は声を上げて驚いた。

 ーーユーシンは馬に乗り山へ続く道を駆けていた。
 既にあたりは真っ暗だが、月の光が明るく夜道を照らしてくれている。

 五百メートルほど先を馬車が走っている。
 あの中にゲーテ王子がいるはずだ。

 あの執事を泳がせていたのだが、こうも早く大胆な手でゲーテ王子を連れ去るとは…彼らの動向を見張っていて正解だった。

 ユーシンは馬車に気付かれないようにはぐれないように慎重に後を追っていた。

 *

 ゲーテ王子と第二騎士団が偶然初対面したあの山麓で、横転するミレンハン国の馬車を見たグレース皇子がすぐに違和感に気付いていた。

 魔物が体当たりをして横転したと執事が説明していたが、どうもおかしい。

 あの時 捕らえたキツネの姿をした魔物にはそんなパワーはないし、馬車の周りにいた騎士や執事が無傷だったのは分かるが、馬車が横転し打ち身などの傷を負っていた王子に比べて無傷だった御者。

 強い魔力を持つグレース皇子だから気付けたことだったが、魔道具を使用したような微量の魔法の気配が残っていた。

 馬車が横転した場所は山岸すれすれの場所。
 恐らくなんらかの魔道具を使用しゲーテ王子を馬車ごと山岸から滑落させ、事故を装って殺すつもりだったのだろう。

 魔力などなく魔法にも不慣れで魔道具の心得もない連中だ。
 計画は頓挫し、たまたま運悪く他国の騎士団と鉢合わせしてしまった。

 ゲーテ王子はまさか護衛の騎士や執事に命が狙われていたなど気付いてはいない様子だったが……。
 あの一瞬で状況を把握したグレース皇子はすぐにミレンハン国の宰相グリムに通達を出した。

 以前から外交上の付き合いがあった信頼の置ける人物だったので真っ先に彼に報告したのだが、あちら側も王子暗殺の計画は既知のようだった。

 ミレンハン国には過去に国交上の借りがあったのだが、それをちゃっかり引き合いに出されてゲーテ王子の保護などという面倒ごとを頼まれたのだ。

 ゲーテ王子は非常に気まぐれでワガママだ。
 大人しく保護されないだろう。それに無茶な行動をして事態を悪化させただろう。

 だが王の命令であれば彼でも逆らえない。
 廃太子など適当な理由をつけてクライシア大国に送り込んだのだ。

 他国の城の中では執事たちも思うように手出しはできない。騎士団の中に居れば護衛の役割も果たせるので最善手だ。

 お城の舞踏会は滞りなく進行する。

 シャルロットはグレース皇子と共にホールの中の壁際に立ったまま待機していた。

「ゲーテ王子は大丈夫かしら?」

「ユーシンが後を追ってるはずだ、執事を見張らせたからな。あと第二騎士団も出動した。大丈夫だ」

 しばらくして城の使用人の男がやって来て、応接間で客人が待っていることを伝えてくれた。

 シャルロット、グレース皇子、クロウの三人は応接間へ向かう。
 そこで待っていたのはミレンハン国の宰相グリムだった。

「突然の訪問 誠に申し訳ありません、グレース皇子と姫様」

 彼は落ち着いた様子だったが、緊張感漂う空気が部屋に流れている。

「急いでこの国に来たのに一足遅かったようだ。僕が国を乗っ取る!?ゲーテ王子を殺す!?あり得ないだろ?まさか、ヨリャの言うことをまんまと間に受けたのかな?あのバカ王子」

 落胆するグリムにシャルロットはなんて声を掛けたら良いのかわからなかった。

 その時だ、クロウがグリムの足元に近付き、胴体にくくりつけられたゲーテ王子の翡翠のネックレスを差し出した。

 グリムはハッとしている。

「それって、ゲーテ王子がいつもしていたネックレスよね?どうしてクロウが持ってるの?」

「ゲーテ王子から預かったんだ。“ドーナツの恩を今こそ返してもらうぞ”って伝言と共に。君に渡せば良いんだよね?」

「ゲーテ王子……」

 グリムの表情に明るさが戻った。
 ゲーテ王子の伝言の意味が彼にはわかったようだ。

「重ね重ねご迷惑をおかけし申し訳ございませんが、お力を貸していただけませんでしょうか?」

 グリムはにっこり笑ってグレース皇子に向かった。

「まだあのドーナツのこと覚えていたのか。食べ物の恨みは恐ろしいですね、いやはや」

 グリムは幼い日のことを思い出していた。

 グリムとゲーテ王子が子供の頃、互いの親は宰相と国王だったが息子同士は身分差などまだ理解できておらず、同い年で頻繁に顔を合わせていたので仲良く遊んでいた。

 その日も二人でこっそり城を抜け出して城下町の露店でドーナツを買いに出かけて、城へ続く道を戻りながら二人で肩を並べてドーナツを食べ歩いていた時だった。

 道中 獰猛な犬にワンワン吠えられながら追われて二人は絶叫しながらドーナツを手に逃げ走った。

 なんとか犬を撒いた途端グリムは石に躓いて顔面から派手に転倒してしまったのだ。

 手に持っていたドーナツはコロコロと無様に地面を転がり、やがて池の中に落ちてしまった。

「泣くなよ」

 大声あげて泣くグリムにゲーテ王子は困り果てていた。

「だって~」

「俺の半分やるから泣くな」

「いいの?」

「いいか!これは貸しだからな十倍にして返せよ?」

「うん!」

 借りは返す、売った恩は利子をつけて返してもらう、

 ちゃっかりさと律儀さはミレンハン国の国民性だ。

 それにミレンハンの王族が肌身離さず身につけている翡翠のネックレスをグリムに預けると言うことは、自分の命をグリムに預ける・託すと言うことだ。
 グリムはその意味に気付いて嬉しそうに笑った。

「シャルロット姫、行ってくる」

「お気をつけて、グレース様、クロウ、グリムさん」

「ああ」

 グレース皇子はシャルロットの額にキスをし、照れ隠しにゴホンと咳払いをする。
 シャルロットは顔を真っ赤にした。

 グリムはそれをニコニコしながら見ていた。

「お熱いですね~ご両人」

「グレースばっかりずるい~私もシャルロットとキッスしたい」

 シャルロットは苦笑しながら、駄々こねるチワワのおでこにキスをするとクロウは満足げに尻尾を振った。

 この世界ではキスには特別な魔法がこもっているという概念があった。
 例えば今のように、戦に出向する騎士や餞別の場面で相手の健闘を祈りエールの意味で祈りを込めてキスを交わす、など。

「行くぞ」

 白馬に乗ったグレース皇子とクロウ、馬舎から馬を借りたグリムは、これから王子の救出に向かうそうだ。
 シャルロットは彼らを見送ると舞踏会の会場に一人戻った。

(きっと大丈夫よね!騎士団のみんなもグレース様もお強いもの)

 きっと疲れて帰ってくるだろう。
 非力な自分は役に立たないが、何か美味しいものでも作ってみんなの帰りを待とう。
 シャルロットはぐっと拳を握った。
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