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第一章 黒の主、世界に降り立つ
14:イブキは攻めたい守りたい
しおりを挟む■イブキ 鬼人族 女
■19歳 セイヤの奴隷
ボロウリッツ獣帝国北部の街、イーリスへとやって来た。
この街はイーリス迷宮という迷宮を中心として興された街であり、迷宮の恩恵を受けて成り立っていると言っても過言ではない。
私たちが向かう混沌の街カオテッドも大迷宮を中心とした街だ。
その前哨戦と言うべきか、ここのイーリス迷宮にも挑戦しようという話になっている。
「迷宮のほうがCP稼げそうだしな。まぁ本格的に稼ぐつもりはないが」
「カオテッドの前のお試しという意味では良いのではないでしょうか」
「迷宮組合にも登録する必要がありますしね」
私たちがすでに登録している魔物討伐組合と迷宮組合とでは別組織となる。
同じ魔物を討伐するのに何が違うのかと言えば、迷宮の魔物と地表の魔物が全く別物だからだ。
迷宮の魔物は死体が迷宮に吸収され、ドロップアイテムを残すのだ。
死体がまるまる残り、そこから解体・剥ぎ取りをする地表の魔物とは全く違う。
これは迷宮が神の産物であり、神の力によるものだとか、迷宮が生き物であるとか、迷宮が異世界化されており魔物は地表と別の方法で生成されているとか、諸説ある。
真実は不明だが、死体が残らないのであれば魔物の討伐部位を提出するわけにもいかず、結果として魔物討伐組合と迷宮組合が別組織となっている。
「迷宮の魔物が地表の魔物と違ってCPを得られない可能性もあるな」
「そうしたらカオテッドも止めたほうがいいかもしれません」
「通り越してエクスマギア魔導王国に向かったほうが良いでしょうか」
「それも試しての様子だ」
街に入るのは魔物討伐組合のカードがあるから、以前のように拒否される事はない。
ただどの街でも訝しんで見るのは変わらない。
この国は非常に不愉快な輩が多い。
ご主人様の許しさえあれば私はいつでも剣を抜くつもりなのだが、ご主人様の手前我慢しなければならない。
ご主人様が我慢なさっているのに私が先走ってはご主人様のご迷惑になるだろう。
さっさと通りたいところだが、今回はそうはいかない。
残念ながら衛兵に用事があるのだ。
「この二人が身分証明ないから仮手続きを頼む。それとこの娘の住んでいた村がオークに滅ぼされた。その調査と処理をお願いしたい」
「はぁ?」
衛兵は不躾にも何言ってんだ、という目でご主人様とサリュを見ていたが、話すうちに冷や汗を流す展開になった。
オークキングが率いる百体のオークにより狼人族の集落が全滅。
その証拠はご主人様の<インベントリ>にある。
証人はまだ正式な奴隷ではないサリュ。ご主人様に有利な証言の改竄はできない。
人聞きで情報を精査しようにも全滅だから実際に行って確かめるしかない。
「ついでに言えば、オークキングは倒したものの、手下のオークが村の女性を連れ去った可能性もある。それは誰も見ていないし、オークの住処が分からないので探ってもいない。万が一攫われてて苗床にされているとすれば、今後また群れを形成する可能性がある」
そう衛兵を脅せば動かざるを得ない。
派兵して村の様子を確認、オークの住処を探り、攫われた女性が居れば救出しなければならない。
衛兵は私たちの手続きを手早く終わらせると、さっさと報告に走り出した。
何はともあれ、私たちはやっとイーリスの街へと入ることが出来る。
まずは奴隷商館だ。
奴隷商というのもピンキリだが、街で一番の奴隷商はどこかと聞けば大概はちゃんとした奴隷商を教えてくれる。
私は今まで奴隷や奴隷商というものを侮蔑してきたのだと思う。
しかしいざ自分が奴隷となるに当たり、奴隷や奴隷商の中にも色々とあるのだと感じられた。
極端な話だが、そこらの粗暴な衛兵や組合員、武具屋や商店の対応より、奴隷商の対応の方が良い場合が多い気がする。
まだ数軒しか奴隷商を見ていないがそんな印象だ。
少なくとも基人族であるご主人様を必要以上に侮蔑する事なく、客として扱う。
イーリスで一番と言われるこの奴隷商もそうだった。
受付や警備兵には訝しんだ目で見られたが、当の奴隷商はちゃんと応対する。
しかし基人族である事を除けばそうした対応をして当然なのだ。
どう見ても貴族服の主と、メイドの奴隷が候補も入れて四人も居る。
しかもそのメイドが多肢族、鬼人族、狼人族、樹人族という(自分で言うのも何だが)美女・美少女揃いだ。
ただ、多肢族だけどハルバード二本背負っていたり、鬼人族だけど角は折れていたり、狼人族だけど白かったり、樹人族だけど日陰の樹人だったりするが、それでもそんなメイドを引き連れる主人だと思えば、対応もちゃんとして当然。
実際に貴族とは思わなくとも、何かしらの力か権力かはあると思うのが普通だろう。
その点、この奴隷商は見る目がある。
そしてその『見る目』を上回る事態になる。
それは私もエメリーも分かっていた。
「な、なんだこの奴隷紋はっ! 女神!? まさか女神様の加護を受けていると!?」
ふふん、と私とエメリーは隠していた左手甲を見せつける。
新しく刻まれたサリュとミーティアにも同じ紋様が現れている。
創世の女神ウェヌサリーゼの奴隷紋が。
「お、お客様は一体……!」
「いや、聞かないでくれ。俺もどうしてこうなるのか全く分からない。多分何かの間違いかイタズラか嫌がらせだと思う」
「は、はぁ……」
そんな奴隷商とご主人様を余所に、サリュとミーティアは喜び、私たちと見せ合い、共に祈った。
ご主人様は「奴隷紋に祈るとか何事だよ」などと仰るが、むしろ祈らないはずがない。
私たちの身に神の加護が宿ったのと変わらないのだから。
奴隷商を出て、まずは魔物討伐組合に向かう。
道中ずっとサリュとミーティアは左手を見てニヤニヤしている。
分かるぞ、その気持ち。
そしてその笑顔が凍り付く事態になるのもいつもの事だ。
私たちはさすがに慣れてきたが、サリュとミーティアは戸惑うだろう。
「ぎゃははは! おい見ろよ! 基人族だ! 基人族が組合に来やがった!」
「何しに来たんだよ! 討伐されに来たんじゃねーだろうな! ハハハ!」
「魔物討伐され組合だったのかよ、ここは! ガハハハ!」
サリュとミーティアがそいつらを睨み、何かを言おうとするが、私とエメリーで押さえる。
ご主人様が手を出すか、こちらに攻撃されるまでは口も手も出してはいけない。
これは奴隷としても侍女としても当然だ。
私たちから攻撃した場合、そしてそれが問題視された場合、その責はご主人様に行ってしまうのだから。
それを小声でサリュとミーティアに伝えていると、ご主人様からお声が掛かった。
「俺はサリュとミーティアを登録させに行くから、連中が触れて来そうだったら自己防衛しろ。間違っても殺さないように」
「「かしこまりました」」
それは私とエメリーが手を下して良いという事だ。
今までどこへ行くにもご主人様を馬鹿にされ、それでも私もエメリーも手を出さずに我慢したのだ。
それが許されるとは!
そういうわけで私とエメリーは最後尾につき、周囲の組合員を警戒する。
ふふふ、さあ今までの鬱憤を晴らしてくれよう!
さっさと絡んでくるがいい! 阿呆な組合員どもよ!
「おい、基人族なんかほっといて俺たちとブゲラアアアア!!!」
「良く見りゃなかなかカワイイ顔してバボラアアアア!!!」
「お前ら何やってんdモスラアアアア!!!」
……おかしい。
なんで私のとこに来ないのだ。
なんでエメリーばかり絡まれるのだ。
……いや、それはそうか。
同じメイドとは言え多肢族と鬼人族ならば多肢族の方が弱々しく見えるのは自明の理!
エメリーと並んでいて私に絡むような輩がいるはずがない!
なんという事だ! せっかくの機会が!
「おー、派手にやったなー。エメリー、イブキ、お疲れさま」
「ありがとうございます、ご主人様」
「ご主人様、私は……」
「とりあえずサリュとミーティアの登録は済んだ。あとは買い取り窓口に行ってから迷宮組合だな」
「はいっ」
「は、はい……」
その後、買い取り窓口で大量のオーク素材を売りに出した時にはすでに絡んでくる輩はいなかった。
むしろその前にエメリーが大柄な男どもを投げ飛ばしていくのを見て、近寄りがたくなったのだろう。
組合の中は静かで平和なものとなってしまった。
いや、むしろその方が良いではないか。
ご主人様に言い寄る阿呆な輩が減るのは良いことだ。
しかし私だけ何もせずに終わるというのも……。
うむ、きっと迷宮組合ではまた絡んでくる輩がいるだろう。
その時は私が一人で最後尾に立てばきっと……。
「てめーみてえな基人族が迷宮なんかベルベットオオオ!!!」
「姉ちゃん、俺と一緒に迷宮にベルドットオオオ!!!」
「お前俺の仲間に何してゴルベエザアアア!!!」
お、おかしい……。
なぜ離れた私を無視してエメリーやみんなの方に行くのだ……。
私には理解できない何かが働いている。
とりあえずご主人様を、みんなを守ることだけ考えるようにしよう。
私は改めてそう思い直したのだ。
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