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第一章 黒の主、世界に降り立つ
23:スタンピードのその後
しおりを挟む■チアゴ 虎人族 男
■122歳 魔物討伐組合イーリス支部長
その日、儂は想像を絶する経験をした。
これまでの長い人生でも飛び切りと言ってよいほどのものじゃ。
イーリスの街にスタンピードが迫る。
その凶報を受け、儂は直ちに北門へと向かった。
衛兵団、そして迷宮組合とも連携し街の防衛にあたる。
それは当然じゃ。
なんせ斥候の報告によれば魔物は多種族の群れが集まり、総数は千を超えるという。
おまけに地竜が四体もいるとあっては、街そのものがなくなる可能性すらある。
今から国や他街に応援を頼んだところで間に合うはずもない。
衛兵は住民に避難勧告を出し、儂らはスタンピードを食い止めるべく、北門に陣を張った。
報告の中では、噂の【黒の主】どもが先行して戦っているという。
それでどれほどの時間が稼げ、どれほど数を減らしてくれることか……。
淡い期待を胸に、儂らは続報を待った。
随分遅い第二報が来たと思ったら、その内容に唖然とした。
「ほ、報告しますっ! 例のパーティーの手により魔物の群れは壊滅! スタンピードが消滅しましたっ!」
『はぁ?』
その報告にしばし言葉を失くしたが、衛兵団長が確認したところ、千体以上居た魔物、オーガキングや地竜も含め、その全てが駆逐されたと言うのだ。
誰も信じられるはずがない。
彼らの力を一番知っているはずの迷宮組合のボリノーでさえ信じなかった。
しかし言い争っていてもしょうがない。
構えた陣はどうするのか、避難させた住民はどうするのか、再度調査をするべきではないか、色々と話し合っているうちに街道を歩いてくる人影が。
「あいつら……本当に帰って来やがった!」
ボリノーの声が通る。
先頭を歩く真っ黒の基人族、そして五人のメイド。
街道を歩くというただそれだけで異質な六人。
駆け寄ったボリノーが話を聞く。
「おお、支部長じゃないですか。どうしたんです?」
「お、お前ら! スタンピードはどうしたんだ! 本当に全滅させたのか! 怪我は!」
「ああ、あの群れやっぱりスタンピードだったんですか。倒しましたよ」
事もなげにそう言う【黒の主】。
近くによった儂と衛兵団長もその様子に訝し気になる。
儂はともかく、衛兵団長は基人族が魔物と戦うというその事自体に疑念がまだあるようじゃ。
事前に儂とボリノーで説明はしておったんじゃがな、気持ちは分かる。
「それで出来るだけ回収したんですけど、解体をお願いしたいんですよ。あ、これは魔物討伐組合に言ったほうがいいですかね」
「か、回収? 千体をか? ラ、地竜もか?」
「ええ、ほら」
そう言って【黒の主】はドサドサと魔物の死体を山のように取り出した。
どれだけ容量のあるマジックバッグだというんじゃ!
こんなの儂だって話にすら聞いた事ないわ!
さすがに死体の現物を見た衛兵団長は信じないわけにはいかず、衛兵に指示を出し、現場の確認と避難解除を指示していた。
そして【黒の主】へと礼を言う。
団長は誇りある狼人族じゃ。
基人族に対して頭を下げるのに抵抗もあるじゃろうが、そこは衛兵団をまとめる者。
街を救った英雄に対して、ちゃんと頭を下げていた。
脳みそまで筋肉で出来ているかと思えば、なかなか柔軟なやつじゃ。評価を上げよう。
しかし、衛兵団長と紹介を受けた【黒の主】は「衛兵ならば」と、後ろに控えたメイドに指示を出す。
「イブキ、そいつ持って来て」
「はい」
鬼人族のメイドが我々の前に寝かせたのは、縄で雁字搦めにされた女だった。
紫がかった黒い肌、頭に生えた巻角、細長い尻尾……これは!
「魔族!?」
「淫魔族か!?」
「どうもこいつが魔物を操ってスタンピードを起こそうとしてたらしいです」
『なにっ!?』
魔族が魔物を操りスタンピードを起こすなど前代未聞。
そして千体ものスタンピードを単独パーティーで殲滅するなど前代未聞。
その原因である魔族を捕らえるなど想定外もいい所じゃ。
即刻、衛兵団に引き渡され、事実関係を確認後、報奨金が出るだろう事が伝えられる。
儂は儂で山のような魔物の解体を指示しなければならん。
どう考えても組合の解体士だけでは足りん。
手の空いている組合員には総出でやってもらおう。
「【黒の主】、セイヤと言ったか。儂は魔物討伐組合の長、チアゴじゃ」
「ああ、どうも」
「街を救ってくれた事、感謝する。解体は儂らで引き受けよう」
「ありがとうございます。お願いします」
なんじゃ、ちゃんとした青年ではないか。
噂じゃ絡んだ輩を次々に投げ飛ばし、気絶させる冷血漢といった感じじゃったが……。
やはり噂も種族も当てにはならんのぅ。
それがこの奇跡のような日に改めて感じた教訓じゃ。
しかし、この地竜の斬り口……首をスパッといっておる。
こんな綺麗な倒し方、儂でもそうそう見た事がない。
こりゃ大金が動くぞ。
【黒の主】に一度仕舞ってもらいつつ、儂はほくそ笑んだ。
■サリュ 狼人族 女
■15歳 セイヤの奴隷 アルビノ
魔物の解体は三日か四日かかるそうです。
私たちも手伝ったほうがいいかと思いましたが、下手に近づくとご主人様を基人族だと馬鹿にする組合員もいるだろうと、完全にお任せする事にしました。
衛兵さんに引き渡した淫魔族の女の人も、尋問してその結果により報奨金が出るそうで、どちらにしろ数日間はイーリスの街に留まることになりそうです。
カオテッドに向けて出掛けた矢先にスタンピードに巻き込まれ、舞い戻り、出れなくなってしまった。
私はそれを『忌み子が呼んだ厄災』と思い卑下しました。
しかし……
「もし今回の一件がサリュによるものだとしたら、やっぱ白狼は忌み子じゃなくて神様だな。おかげでCP稼ぎまくったし、みんな強くなれる。おまけに数日間は完全オフだ。こんなにゆっくり出来るのは初めてじゃないか」
ご主人様はそう言って頭をなでて下さいます。
みんなも私を怖がらず、笑って褒めてくれました。
ネネちゃんはご主人様に頭をなでてもらった事が羨ましかった様子でしたが、それに気付いたご主人様がネネちゃんの頭を撫でると目を細めていました。
宿に戻り、数日間何をしようかという話になりました。
解体を依頼する魔物の死体を定期的に<インベントリ>から出しに行かないといけないので、下手に街の外や迷宮に狩りに行くわけにはいきません。
組合の解体場も千体の魔物――ましてや地竜が四体も入らないのです。
何回かに分けて出しにいくそうです。
という事で街をぶらつこうとなりました。
ちゃんと見て回るのは初めてで楽しみでもあり、緊張もします。
私は『忌み子』なので村を出たことがありませんし、自由に買い物などしたことがありません。
ネネちゃんも集落でもイーリスでも虐められていたので、したことがないそうです。
ミーティアさんも罪人である以前に、国では「巫女さん」という重要な役割を担っていたそうで、やはり未経験。
何よりご主人様が基人族という事で、良い目で見られることなどないので、今までは好んで街に出るような事はしなかったそうです。
しかし、どうやら私たちがスタンピードを食い止めたという噂が巡ったらしく、歩く先々で「ありがとうな!」と感謝の声をかけられました。
こんなことは初めてで思わず涙が出そうになります。
何かを為して、誰かから感謝される日が来るなんて想像もつきませんでした。
ネネちゃんも同じようで、私たちはギュッと手をつないでいました。
エメリーさんとイブキさんは「ご主人様ならば感謝されて当然です」と平然としています。
ご主人様はそういった声に手を軽く上げて応えていました。
もちろんそれでも穿った目で見て来る人もいます。
本当に基人族ごときが倒したのかよ、と。
そういった目線はむしろいつものことなので気になりません。
私は街の人たちに感謝されているご主人様を後ろから見て、改めて思ったのです。
ご主人様に出会えてよかった。
拾ってもらって良かった、と。
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