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第二章 黒の主、混沌の街に立つ
36:散財の果てに待ちかまえるモノ
しおりを挟む■ミーティア・ユグドラシア 樹人族 女
■142歳 セイヤの奴隷 『日陰の樹人』
「さて、昨日にも言ったとおり今日はやる事やってから迷宮組と屋敷組に分かれるぞ」
ヒイノさんとティナを迎えた翌日、朝食の席でご主人様がそう仰られました。
迷宮に行ってお金とCPを稼ぎたい。
しかしいきなりヒイノさんとティナを迷宮に連れて行きたくはないそうで、彼女たちに色々と教えつつ、借金取り関連の人たちが来るようならばそれから守るようにと。
つまりはいずれ彼女たちも迷宮に入れたいそうです。
レベルを上げないと<ステータスカスタム>の限界が来るからとの事です。
しかし彼女たちはまだ<カスタム>の事すらよく分かっていません。
ですので、ちゃんと理解し生活に慣れるまでは迷宮に入れたくないと。
ティナが幼いというのもあるでしょうが、ヒイノさんはご主人を迷宮での怪我が原因で亡くされています。
それも考慮しての事なのでしょう。
「CPがあまりないもんで申し訳ないが、まずは自己防衛目的でステータスとスキルを上げる。スキルは<危険察知>だな。ヒイノの<料理>も上げたいけど後回しにする」
私も種族特性はそこまで詳しく知りませんが兎人族は<危険察知>が付きやすい種族のようです。
八歳のティナも持っている事を考えれば先天的に持っているものなのかもしれません。
「本当は一緒に迷宮に潜るフロロももう少し強化したいんだが、少し待っててくれ。迷宮内で稼いだら優先的に使う」
「なぁに、最低限は強くして頂いたのだ。我は後回しで構わん」
CPを得る事が出来るのも、それを使えるのもご主人様だけなのですから、我々を気になさらずお好きに使えばいいと思いますが、ご主人様は「使えなくて申し訳ない」と仰います。
まるで私たちに力を与えるのが当然かのように。
神でさえ加護を与えて当然とは思わないでしょう。
それを博愛と言うのか、慈愛と言うのか、ご主人様の愛情を感じます。
「ヒイノとティナ、昨日言ったが答えは出たか?」
ご主人様は昨日のうちに「もし自分が戦うとしたらどういう風に戦いたいか」と聞いていました。
それを今朝までに考えておいてくれと。
幼いティナは当然として、戦いの経験のないヒイノにとっても酷な質問かもしれません。
しかしご主人様は適当にステータスを<カスタム>する事を嫌います。
我々はお任せする事が多いですが、それでも「こう上げるけどいいか?」と確認なさいます。
魔法を使いたいのに【攻撃】を上げるわけにはいかないでしょうから。
「ヒイノはどうだ?」
「私は……守りたいです。ティナやご主人様や皆さんを守れるようになりたいです」
ヒイノさんはいままでお店や受け継いだ秘伝の技術、そしてティナを守る為に苦しんできたそうです。
それでも守りたいというのは、やはり本質的なものなのでしょう。
「分かった。ティナは?」
「わ、私はご主人様みたいにビュンッって動いて、ズバッとやりたいです。お母さんの敵をやっつけたいです」
「ティナ……!」
「よし、わかった」
ティナは同じ守るでも攻撃的な防衛。敵を倒したいというもの。
おそらくご主人様が借金取りという脅威を倒した姿を、間近で見たのもあるのでしょう。
それを受けてご主人様は<ステータスカスタム>を行いました。
何もない空中を指で操作している、いつもの光景です。
「うん、とりあえず最低限こんなものか。あとで走ってみるといい。【敏捷】の増加が一番実感できるから。ちなみにヒイノは【器用】【体力】【HP】【敏捷】の順に振っておいた。ティナは【敏捷】【器用】【攻撃】【体力】の順だ」
「「? はい」」
「お古で悪いが剣と短剣、盾を置いて行く。イブキとエメリー、ステータスを理解させるのと武器の扱いを教えてあげてくれ」
「かしこまりました」
「ご主人様、私も屋敷組ですか」
イブキが確認します。
本当は迷宮に行きたいのでしょう。顔には出していませんが。
「ああ、今日の迷宮は、俺・ミーティア・ネネ・フロロで行く。屋敷組はエメリー・イブキ・サリュだ」
「かしこまりました」
「……かしこまりました」
「ははっ、サリュ、そんなに迷宮行きたいのか」
「えっ、いえっ、その」
サリュの狼耳がペタンとなったので、残念がっているのがすぐに分かります。
そんなに好戦的な子ではなかったと思いますが心境の変化でしょうか。
「迷宮に行くメンバーは毎回変えるぞ? 明日は行けるから頼むな」
「は、はいっ」
「正直言えば、イブキとサリュの察知コンビとネネのどっちを連れて行くか迷った。一方が屋敷の警備、一方が迷宮探索に必要だからな。ただ今日はヒイノとティナに剣を持たせたいからイブキに教えてもらいたかっただけだ。あ、フロロはしばらく優先的に迷宮に潜ってもらうつもりだ。レベルを上げたいからな」
「はい、承知している」
なるほど。
そうなるとやはり察知系スキルを持つ人の重要性が上がりますね。
それこそ奴隷を買ったほうが良いのでしょうか。
ヒイノとティナの<危険察知>が育ってくれればいいのかもしれませんが。
「あー、それと屋敷組は買い物とか行くのは自由だが、まとまって行動してくれ。どうせ屋敷にいるのならパン作りとかしててもいいぞ。―――あっそうだ、パン窯作るんだった」
「えっ、窯を作れるのですか?」
「パン窯は『付随設備』だからな……ってヒイノに言っても分からないか。ちょうどいいから<カスタム>する所を見るといい」
そう言って私たち全員をキッチンに連れて行きます。
私たちもトイレやお風呂を<アイテムカスタム>したのは知っていますが、実際に使うところを見たわけではありません。
効果を知っているだけに、どんなものが出て来るのか楽しみです。
「ミーティア、ちなみに北東区じゃ見つからなかったんだが、『冷蔵庫』ってあるのか?」
「冷蔵……冷やす魔道具という事でしょうか。水魔法で氷を作って氷室に置くか、食材自体を凍らせる事もできます。それ用の魔道具もありますが……」
「なるほど、箱型じゃなくて魔法を再現する魔道具だったのか。うーん、いっそのことキッチン大改造していいか?」
ご主人様はエメリー、サリュ、ヒイノに目を運び確認します。
主に料理をやるのがその三人という事でしょう。フロロも出来るそうですが。
……私には聞かないで下さい。
皆が了承するのを見たご主人様がはりきった声を出しました。
「よーし! じゃあCP全部使うからな! 迷宮組は今日稼ぎまくるから覚悟するように!」
えっ、不測の事態に備えるためのCPもお使いに!?
と、お聞きする前にご主人様はポチポチと操作し始めてしまいました。
「まずは窯だな。ピザも焼けるやつ。それと離れた位置に冷蔵庫……冷蔵室はダメだ、デカすぎるし冷凍がない。こんなもんか。備え付けだから限られるな。あとはシステムキッチンにして……ああ、グリル付きか。IHコンロヒーター……二口か。止むを得まい―――」
ご主人様が何か呟き操作するたびに、キッチンの各所に光が放たれ、収まればそこに見たことのないものが出て来ます。
眩い光で形作られていく世界。
これを何と言えば良いのでしょう。魔法を越えた何か。
まさに『神の御業』ではないでしょうか。
私は思わず左手の奴隷紋に祈りを捧げてしまいました。
見れば周りの皆も同じようにしています。
「よっし、こんなもんだろ。いやぁ散財しt……あれ? どうしたんだ、みんな」
やりきった感のある顔を向けたご主人様は疑問を持たれたようです。
しかしご主人様。
なぜ疑問を持たれるのかが疑問です。私たちは。
その後、新しく生まれ変わったキッチンの説明が行われました。
一番熱心に質問していたのはエメリーさんとヒイノさんです。
サリュも興味があるようで尻尾がビュンビュンしていました。
「ご主人様、冷凍と冷蔵は想像つくのですがチルドというのは―――」
「窯の周りが普通の壁なのですが耐熱は―――」
「うわっ! こんな板で熱が! すごい!」
私はそこに居るだけです。
いえ、何もしないわけではありませんよ?
お皿を洗ったりしますし……
いやぁこの蛇口というのはすごいですね!
くらいしか言えませんけど……。
それから四人で迷宮へと向かいました。
まだ侍女服と武器が出来上がっていないので、以前のままです。
「やっぱり中央区に住んで正解だな。家と迷宮と組合が近いのは助かる」
「他区画に住んでいれば迷宮に行くだけで時間がかかりますからね」
「ん……ご主人様の買い物はハズレがない」
「しかしご主人様よ、四人で本当に大丈夫なのか?」
フロロは初めての迷宮挑戦となります。
自分がどれほど戦えるのかも分からず、少なからず心配しているのでしょう。
「大丈夫。と言うか、多分フロロはあまり仕事ないと思う」
「そうなのか?」
「ああ、行くのは一階層だけのつもりだし、基本的にはネネが索敵して、三人で速攻で倒す感じになると思う。もちろんフロロの魔法も試し撃ちはしてもらうけどな」
「なるほど、先達として指示を頼む」
確かにほとんどの敵はフロロが土魔法を撃つ前に終わりそうです。
ご主人様もネネも速いですし、私も弓と火魔法がありますからね。
「ああ、それよりフロロは走るのが大変だと思うから、最初はなるべく【体力】上げるよ」
「走る? 迷宮をか?」
「すでに地図は手に入れてルートは決めてある。今日は―――魔物部屋マラソンだ!」
「ま、魔物部屋!?」
「よーし、はりきって行くぞー!」
「ちょ、待てご主人様よ! 魔物部屋に入ろうとする組合員など―――」
フロロ、諦めて下さい。
魔物部屋が好きな組合員だっているのですよ。
私はすでに諦めています。
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