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第三章 黒の主、樹界国に立つ
63:蠢動と思惑と疑念と
しおりを挟む■ガーブ 獅人族 男
■???歳 【天庸十剣】 第四席
「なんだ、久しぶりに来てみれば其方しかおらぬのか、ガーブ爺」
「クナか。儂とていつもおるわけじゃないぞ。たまたまじゃ」
久方ぶりに来たここで休んでおったら、部屋に入ってきたやつがおった。
下半身が蛇の女、人蛇族のクナじゃ。
儂の身の丈をゆうに超える大鉈を担いだ、【天庸十剣】が第七席。
人の事は言えぬが、こやつが顔を出すのも珍しい。
「他のやつらは?」
「知らぬ……ああ、少しは知っておるな。確か樹界国が面白い事になってるとかでボルボラとリリーシュが遊びに行ったわ」
「樹界国か、妾も耳に挟んだぞ。なるほど確かに面白そうだ」
樹界国の政変からの流れは他国にまでも漏れ聞こえる。
近年稀に見る大改革と言っていいじゃろうな。
まぁその改革が誰にとって良いものかは分からんが。
合点がいったのか、クナがケタケタと笑っていると部屋の扉が開いた。
入ってきたのは紫めいた黒い肌の男。背中には蝙蝠のような翼が見える。
「その件もあってお呼びしたんですよ。ガーブさん、クナさん」
「儂ら二人だけをか? ドミオ」
「ええ、お二人くらいしか呼べなそうでしたしね」
ドミオは役者のようにやれやれといった様子で振る舞うと、椅子に腰かけた。
この妖魔族はどうもいけ好かん。
「と言っても急ぎの話でもなし、ただ耳に入れておいた方が良いかと、ええ、それだけです」
「回りくどいのう。用件を言わんか」
「カオテッドに何やら面白そうな雰囲気がありましてねぇ。もしかするとお二人にもご協力頂くことになるかと、ええ」
カオテッド?
確か大迷宮と中央区を押さえる為に画策してる途中だったはずじゃな。
あそこを物にすれば盟主様の目的に近づくと……。
さっさと【十剣】を送り込んで制圧すれば良いものを、うだうだとやってるらしいが。
「すでに第八席と第十席のお二人はカオテッドに入ってましてね、ええ。今は調査とゴミ掃除をしてもらってるんですよ」
「ほう、あいつらが」
「なんだ妾もそちらに行けば良かったのう。しかし樹界国も気になる」
「樹界国の方も少し繋がってるんですよ、ええ。だからボルボラさんとリリーシュさんに行ってもらった次第でして」
樹界国の政変騒ぎとカオテッドが?
共通の事となると……。
「【宵闇の森】か?」
「それが一つですね。もう一つあるんですがこれは未確認でして今は調査中ですよ、ええ」
なんじゃそれ。
【宵闇の森】は邪魔じゃからその対処が主目的かと思えば、そうでもないのか。
相変わらず回りくどい事を考えおって。
「じゃあ儂らはとりあえず暇してろって事かの」
「つまらん。どこかの村でも喰ってくるか」
「ほどほどにして下さいよ、クナさん、ええ、ほどほどにね」
■ヒイノ 兎人族 女
■30歳 セイヤの奴隷 ティナの母親
「失礼、貴女はもしや南西区の白パン屋の……」
組合でそう声を掛けられました。
今日は私とエメリーさん、サリュちゃん、ティナで迷宮に潜ろうと来たところです。
ご主人様の奴隷となり組合に来るようになって声をかけられたのは初めてで驚きました。
誰だろうと思ったら、綺麗な顔立ちの導珠族の男性です。
「これはメルクリオ様。ご無沙汰しております」
エメリーさんがそう言いました。
そうか、この人が魔導王国の第三王子様でAランクの……。
「ああ、君は侍女長のエメリーだったかな。いきなり声をかけて申し訳ない。もしやと思ってつい声をかけてしまった」
「彼女はヒイノと申しまして、確かに南西区でパン屋を営んでおりました」
「やはりか。実はあの白パンのファンでね、時々買っていたんだ」
「まぁそうだったのですか、あ、ありがとうございます」
思わず店主だった時のように頭を下げました。
まさか王子様に買われていたなんて……。
美味しいと言ってくれると今でも嬉しくなります。
「急に潰れて残念だと思っていたんだ。まさか【黒屋敷】に居たとは思わなかったが……」
「ええ、少し前に店をやめてご主人様の元に仕えております。急に閉店してしまって申し訳ありません」
「いや……ああ、しかし残念ではあるな。あの白パンが食べられなくなるとは」
私も組合員になってから何度も迷宮には潜っているのですが、タイミングが合わなかったのでしょう。
どうやらご主人様の元に居ることを知らなかったようです。
私のパンを食べたいと仰って頂けるのは嬉しいのですが、勝手に渡してしまうとご主人様のご迷惑になるかもしれません。
せめて許可をとってから御裾分けしたいです。
エメリーさんなら……とチラリと見てみましたが、何とも言えない様子ですね。
やはりご主人様に報告してからにしましょう。
「そう言えば、今日は四人で潜るのかい? セイヤやミーティア様は居ないのかい?」
「本日は別件がありまして、迷宮へは私たち四人で参ります」
「そうか……」
「何か御用がおありでしたら、お伝えしますが」
エメリーさんがそれとなく誤魔化しました。
いくら相手が王子様であってもご主人様が樹界国に行っているなどと吹聴するわけにはいきません。
「いや、聞いているかもしれないが、迷宮内で組合員を狙うやつが居るらしい。セイヤにも伝えようと思ったのだが、君たちが四人で潜るのならば尚の事だ。十分用心してくれ」
「ありがとうございます。ちなみにその犯人の目星などはついていないのですか?」
「僕の知る限りではね。なんせ被害者が加害者の姿形を見ていないそうだし。目的が無差別だとすれば誰が狙われてもおかしくはない」
イブキさんが仰っていた事件ですね。
まだ犯人が捕まっていないとは。
いえ、それどころか何の進展もしていない。
確かに私たちも気を付けなければなりません。
「お母さんは私が守りますっ!」
「ハハハッ、これは可愛い近衛兵だ。だったら安心かな」
「はいっ!」
全くこの娘は。
私こそティナを守らないといけないのですがね。
ティナが逞しくなりすぎて最近は少し困ります。
でも気持ちは嬉しいので頭を撫でておきましょう。
■ツェン・スィ 竜人族 女
■305歳 セイヤの奴隷
迷宮に行かないと暇でしょうがねぇ。
屋敷の警備っつったって誰か襲って来るわけでもねえしな。
だからと言って買い出しに連れまわされるのもどうかと思うわけだ。
好きに酒を買えるわけじゃないし。
そんな不満を言いながら、あたしはイブキと通りを歩いている。
「別にあたしじゃなくてフロロが行けばいいじゃないか」
「しょうがないだろ。お前を置いていくとキッチンの酒を勝手に飲むだろ」
「飲むか!」
いや、飲んでいいなら飲むけど!
しかしあたしが飲んでいい量はご主人様に決められている。
それ以上、隠れて飲もうものならエメリーの折檻が待っているのだ。
『ご主人様のお金で買ったご主人様のお酒を許可もなく飲もうなどと言語道断です。貴女には奴隷として侍女としての心構えがまだないようですね。いいですか? そもそもご主人様は―――』
と、セイザをさせられて長時間の説教だ。
さすがのあたしでも、それを忍て飲もうという気概はない。
説教モードのエメリーは師匠がかわいく思えるほどだ。
あの多肢族に勝てる竜人族が果たしているのだろうか。
種族差とは何だったのか。あたしの三百年は何だったのか。
そう思わずにはいられない。
「でも屋敷にフロロとジイナだけってのもなぁ。いくら警報の魔道具があるとは言えさ。いやまぁフロロ一人いれば大抵のヤツには勝てるからそこまで心配してない……ん? どうしたイブキ?」
イブキの足が急に止まった。
振り返ると、そこには険しい表情のイブキが青ざめた顔をして突っ立っていた。
一体なんだ?
目線の先を追うと、人混みの奥に鬼人族と鳥人族の二人組……あいつらを見てるのか?
「大丈夫か?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
全然大丈夫そうじゃない。顔色が悪い。
「知り合いか?」
「まぁ……ちょっとな」
……口には出せないか。
「あー、そういえばあっちにあたしの馴染みだった酒屋があるんだ! イブキ、そっち行くぞ!」
「あ、ああ……」
こりゃ報告しとくかね。ご主人様か、恐怖の侍女長様に。
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