84 / 421
第四章 黒の主、オークション会場に立つ
81:復讐の貴族子女
しおりを挟む■ウェルシア・ベルトチーネ 導珠族 女
■70歳
エクスマギア魔導王国は魔法と学問の国。
国内人口の四割を占める導珠族は王族が同種族という事もあり、国の要職に就く事も多く、また”魔法の魅力に取り付かれやすい”者も多いのです。
いわゆる研究者や技術開発者、錬金術師などです。
中でも王都にある【王立魔導研究所】にはエリートが集まり、日夜魔法の研究に明け暮れ、世界最先端の魔道具などが開発されております。
魔導研究所と所属する研究員は我が国の宝と言っても過言ではありません。
少なからず魔法に興味を持つ者は、皆、魔導研究所で働くことを目指すのです。
ベルトチーネ家は魔導王国にて男爵位を授けられております。
領地もなしの法衣貴族です。末席と言ってもよいでしょう。
しかしながら当主である父は、魔導研究所で魔道具開発部門の主任を務めておりました。
研究所において貴族の序列は目安でしかありません。
爵位が低かろうが、優秀であれば管理職に就けるという事。
父は規律に厳しい人柄で、わたくしも貴族として厳しく躾けられたものです。
研究所においてもその性格は変わらないようで、民の為になる魔道具の開発、生活が豊かになるような魔道具の開発に力を入れていたそうです。
そんな父をわたくしは誇りに思っておりました。
しかし今から三年前、わたくしの人生は途端に急変しました。
その日、王都の馴染みのお店を訪れた帰りの事です。
馬車の御者をしていたわたくし付きの下男が、屋敷に近づいた時に騒ぎ出したのです。
「お、お嬢様! お屋敷が! お屋敷がっ!」
何事かと車内から顔を覗かせました。
わたくしの目に飛び込んできたのは、煙を上げる我が家……だったもの。
まるで大規模魔法でも撃ち込まれたかのように、わたくしの屋敷はただの瓦礫の山と化していたのです。
もちろん防犯装置もありますし、対魔法結界も備えています。
だというのに何が起きたのか、わたくしはしばらく茫然自失となりました。
屋敷の中にいた両親や使用人たちも、全てが死亡。
生き残ったのは、たまたま外出していたわたくしだけ。
身内も家も思い出も何もかもを失いました。
すぐに騎士団が駆け付け、原因の究明に当たりました。
そこでわたくしは、これが人為的な犯行によるものだと知ったのです。
魔法ではない物理的な”力”で屋敷が潰された……。
そしてその者の目撃情報も……。
わたくしは殺されたベルトチーネ家の一人娘という事で、国の機密情報を聞くことが出来ました。
事件の二年前、魔導研究所の一人の職員が罪を犯したそうです。
その職員は優秀な研究者だったそうですが、禁忌の魔法に手を出し、それを咎められたと。
当然研究所からの処罰だけでなく、国も乗り出す事態になりました。
しかし騎士団による逮捕の寸前、彼は逃げ出したそうです。
彼は脱出時に魔導研究所の研究素材や資料を盗み、また破壊し、魔導研究所に大損害を与えたそうです。
禁忌の魔法に手を出し、それを取り逃がし、権威である魔導研究所を破壊される。
これは国の恥であり、重要機密となったそうで、罪状を明らかにしないまま指名手配扱いになったそうです。
事情を知っていたであろう父からも聞かされたことのない情報でした。
父は厳格な人でしたから、たとえ家族と言えども話さなかったのでしょう。
それからその元研究員は国内のどこかに身を潜め、自らを罪に追いやった職員や国に対して報復行為のようなものを始めたそうです。
彼は自らの組織を【天庸】と名乗り、手下を従え、犯罪行為を繰り返しました。
時に国の重要拠点を、時に村や町を、時に研究所で彼を批判した職員を……。
おそらく父はその報復にあったのだろう、という話でした。
民の事を第一に考える厳格な父が、禁忌に手を出すような研究者と相容れるわけがありません。
しかし、ただそれだけで殺され、家ごと潰された。
わたくしはどうにも出来ない悲しみに、泣き崩れました。
男爵家の一人娘という事で、一応は国の保護下に入りました。
そして研究所の父の派閥などを利用し、その家に置かせてもらう生活が始まります。
家が男爵位と言えども、わたくし自身は何も持っていません。
ただ善意に甘えてお邪魔しているだけ、ただ悲しみに泣くだけの日々です。
しかしその家も転々とする事になります。
研究所の職員、貴族、誰もが【天庸】の報復を恐れているのです。
一度目をつけられたベルトチーネ家の娘を置きたがろうとは思いません。
国に何か言われるのが嫌だから、とりあえず保護はする。家にも置く。
だけれども長期間は勘弁して欲しい、と。
【天庸】に居場所がバレれば今度は自分たちが狙われるかもしれないのだから。
それは当たり前のことだと思います。
何よりわたくしはただの居候。何も言えることはありません。
そうして段々と国元から離れ、転々とし、最終的には奴隷として売られました。
わたくしを売ったのは貴族の末端も末端、借金まみれのダメ貴族です。
わたくしを引き取ってから売られるまでは早く、おそらく金にする前提で引き取ったのでしょう。
もちろん悔しい気持ちはあります。
しかしわたくしの怒りも悲しみも悔しさも、全ては【天庸】という者たちに向けられていました。
何も出来ないただの荷物のような、転々とした暮らしをする中、”復讐”の炎だけが募りました。
とは言え、今にして思えば、行動に移さずただ泣いて、成すがままに引き取られる生活を送っていたのですから、自分の事ながら呆れてしまいます。
”復讐"もただ思うだけの弱いもの。
本当に復讐を願うならば力を付けるように動くべきだったと後悔しています。
もはやわたくしは奴隷の身。
いくら悔しくても悲しくても、復讐する術などありません。
諦めなさいと自分自身に言い聞かせます。
しかし心の奥底では復讐の炎は燃え続けるのでしょう。
永遠に果たされない復讐を願い続けるのでしょう。
父に目を付けた元研究者。
彼が率いる【天庸】という犯罪者集団。
そして私の家を襲撃したという岩人族の男を……!
♦
「すまん、そいつ俺が殺したわ、多分」
「えっ」
奴隷となり【ティサリーン商館】という所で身を置いてほんの数日。
わたくしは同じく奴隷であった多眼族のアネモネさんという方と共に、商談室におりました。
目の前には「私たちを買うかもしれない」というお客様。
基人族の男性とその後ろには六人もの多種族のメイド。
貴族の好色道楽息子かと思いましたが基人族の貴族というのは聞いたことがありません。
なんとも異様な人たちだと思いました。
わたくしも進んで買われたいわけではありません。
アピールしたいわけでもないので、奴隷になった経緯として色々と話しました。
わたくしを買うという事は【天庸】に狙われる可能性もあるという事。
それを理解すれば買おうとは思わないでしょう、と。
しかし予想外の返答に唖然となったのです。
「えーと、この部屋の天井くらいの背がある岩人族で、鉄塊みたいな巨大なメイスが武器で、名前はボルボラじゃないか?」
「え、ええ、確かに指名手配犯の名前はボルボラという男だそうですが……」
「あーすまん、やっぱ俺が殺ったヤツだ。復讐させてやれなくなったわー」
「は、はぁ……」
わたくしが知る限りで、【天庸】として指名手配されているのは数名。
その中でもボルボラという男は、単騎で強引に攻め入り、文字通り標的を叩き潰すのだそうです。
そして派手な襲撃をしているにも関わらず、捕まえられない。
捕まえようとする衛兵や騎士団もまとめて潰すような凶悪な輩だと聞きます。
それを……え? ……こ、殺した?
い、いけません、デマかもしれません。
いえむしろ普通に考えればデマでしょう。
わたくしは腐っても貴族。
それなりの常識と教養はあると自負して―――
「ミーティア説明頼む」
「かしこまりました」
ミ、ミーティア姫様ぁぁっっ!?
ざざざ罪人!? 奴隷!? メイド!?
ナンデ!? ミーティアサマナンデ!?
混乱したわたくしが復調するまで時間を要しましたが、ともかくこの方はミーティア姫様に間違いなく、主人であるこの男性がボルボラという男を倒したのも間違いないようです。
ミーティア様の確定はティサリーンさんが、そしてそのミーティア様のお言葉で確信したような形です。
やはりこのお方は『女神の使徒』様なのでしょう。
ご本人はなぜか否定していますが、皆さん揃って左手の奴隷紋を見せて下さいましたし、ティサリーンさんもミーティア様も『女神の使徒』様だと仰います。
そしてわたくしは使徒様の奴隷に。
わたくしの左手にも女神様の紋様が入りました。
なんと満たされた気分でしょうか。
長らく忘れていた『幸せ』という感覚を思い出していきます。
けれど心の奥底には黒い炎が燃えたまま。
わたくしはこの醜い”復讐”の炎を抱えたままお仕えすることが出来るのでしょうか。
少しの不安を抱えたまま、奴隷商館を後にしたのです。
6
あなたにおすすめの小説
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
異世界帰りの英雄は理不尽な現代でそこそこ無双する〜やりすぎはいかんよ、やりすぎは〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
<これからは「週一投稿(できれば毎週土曜日9:00)」または「不定期投稿」となります>
「異世界から元の世界に戻るとレベルはリセットされる」⋯⋯そう女神に告げられるも「それでも元の世界で自分の人生を取り戻したい」と言って一から出直すつもりで元の世界に戻った結城タケル。
死ぬ前の時間軸——5年前の高校2年生の、あの事故現場に戻ったタケル。そこはダンジョンのある現代。タケルはダンジョン探索者《シーカー》になるべくダンジョン養成講座を受け、初心者養成ダンジョンに入る。
レベル1ではスライム1匹にさえ苦戦するという貧弱さであるにも関わらず、最悪なことに2匹のゴブリンに遭遇するタケル。
絶望の中、タケルは「どうにかしなければ⋯⋯」と必死の中、ステータスをおもむろに開く。それはただの悪あがきのようなものだったが、
「え?、何だ⋯⋯これ?」
これは、異世界に転移し魔王を倒した勇者が、ダンジョンのある現代に戻っていろいろとやらかしていく物語である。
【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。
シトラス=ライス
ファンタジー
万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。
十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。
そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。
おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。
夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。
彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
――――それ、オレなんだわ……。
昔流行ったゲーム『魔剣伝説』の中で、悪事を働く辺境伯の息子……の取り巻きの一人に転生してしまったオレ。
そんなオレには、病に侵された双子の妹がいた。
妹を死なせないために、オレがとった秘策とは――――。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる