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第六章 黒の主、パーティー会場に立つ
137:壁に上れない元Bランクがいるらしい(Aランクの壁)
しおりを挟む■サロルート 樹人族 男
■272歳 Aランククラン【風声】クラマス
いやいやいや、僕もこの【黒屋敷】というクラン、そしてセイヤという男をまだ甘く見ていたようです。
思っていた以上に規格外。常識外。ともかく普通ではありません。
これでも冷静さがウリのクランマスターと評判だったんですけどね。
ここまで取り乱すとは思いませんでしたよ、本当に。
屋敷が立派だとかは一応調べていたので知っていたんです。だから驚きはしません。
エントランスでドロップ素材の展示を見ても、竜などを倒したのは知っていましたし、特に驚きはしませんでした。
ただ展示の「見せ方」が素晴らしいと。そしてあのタイラントクイーンの芸術性に感動しました。
あれは是非、僕のクランでも取り入れてみたいですねぇ。反対されそうですが。
しかしまさか専属給仕が『神樹の巫女』のミーティア姫様だとは思いませんでした。
【黒屋敷】に『日陰の樹人』が居るのは知っていましたが、それがあのミーティア様だったなんて……。
こんなことならばもっと入念に下調べをしておくべきでした。
というか、セイヤ。
ミーティア様を給仕になんてしないで下さいよ。恐れ多いにも程があります。
全樹人族を敵に回すつもりですか貴方は。
いやはや、何にせよ、これがこの日一番の驚きだったのは間違いありません。
それに比べれば、この美味しいお酒、見たこともない美味しい料理、なぜか水の出るトイレ、竜討伐のエピソード、どれも驚くに値しません。
あ、いえ、どれももちろん感動的で芸術的で素晴らしく驚愕すべきものです。
あくまでミーティア様の存在に比べれば、という事です。あしからず。
実際、トイレとか「うおっ」と言ってしまいましたし。誰かに聞かれてなければいいのですが。
食事も話も一段落という所で、セイヤに誘われて僕らは部屋を出ました。
どこへ行くのかと思ったらすぐ向かいの部屋です。娯楽室だそうです。
「ほお! これは素晴らしい蔵書ですね! いやいやいや!」
「あ、そっちか。本もまぁおすすめではあるんだが」
確かに部屋の中央にあるテーブルも気になりますが、僕としてはこの本棚が素晴らしく思えます。
壁一面にビシッと並んだ本。ちゃんとプレートで表記され、種別ごとに綺麗に区分けされてあります。
素晴らしい! そして美しい! この本棚を眺めるだけで僕は一日過ごせますね。
これ読んじゃだめですよねぇ。祝賀会に呼ばれてずっと本を読んでたらさすがに失礼ですよねぇ。
じゃあ借りるのは……あ、ダメですか。メイドの皆さんが読んでいるからと。なるほど。
「遊びに来て読む分には別にいいけどな」
「本当ですか! ではその際にはお邪魔しますよ。いやはや休日の楽しみが増えましたねぇ」
「はは、サロルートがそんなに本の虫とは知らなかったな」
僕は本や絵画が好きなんですよね。やはり知識や芸術は人生に彩りを与えてくれますし。
そういった意味では今日のお料理やお酒も素晴らしいです。
あれらも知識であり芸術でもありますから。
「で、おすすめしたかったのはこっちのテーブルなんだ。これも新しい知識だと思うぞ」
「ほう、気にはなっていましたが独特なテーブルですよね」
「サロルートとかメルクリオだったら似合うしハマると思うんだよな」
聞けばビリヤードという遊具らしいです。
こんな仕掛けのついた特注のテーブルを丸ごと使った遊具が存在するとは……これもまた驚きです。
テーブルもそうですが、このボールも完全に真球な上に色分けが美しい。これが遊具ですか。
説明を受けながらセイヤが実演します。なるほどルールは簡単で覚えやすい。
キューという棒を構える体勢はとてもスタイリッシュで貴族服を着たセイヤが構えるとなぜか様になります。
ボールの弾くカーンッという音もなんとも心地よいですね。
ほうほう、これは力加減と角度、未来予測が必要……相手との心理戦でもあるわけですか。
なるほどなるほど。確かにこれは面白い。
僕とメルクリオと言った意味も分かります。
バルボッサやドゴールたちでは構えたところで全く美しくありませんからね。
「いや美しさどうこうより、力づくでやりそうだしな。壊されたら困る」
「ははっ、確かに想像つきますね。むきになって本気でキューを突きそうです」
「だろ? ビリヤードは紳士的に楽しまないとな」
紳士的、いい表現ですね。
その後メルクリオたちも合流し、一緒にビリヤードを習いつつ、楽しみました。
途中バルボッサたちも見に来ましたがやらせませんよ? 貴方たちは食事でもしていなさい。
しかしこれは面白い。メルクリオもセイヤの思惑通り、ハマったようです。
「おおっ!? セイヤ、その構えはなんですか!? そのスタイリッシュポーズは!?」
「スタイリッシュポーズとか言うな。この位置からだと右利きの俺は打ちづらいんだよ。だからテーブルに腰かけて、後ろからキューを回して突く。ただ足は地面に付いていないといけないから、片足はつけてるぞ」
「ほうほうほう、僕もやってみたいですねぇ」
「はははっ、いつになくテンション高いね、サロルートは」
ビリヤード、これはいいものです。ここに本を読みに来るかビリヤードをしに来るかで迷いますね。
出来ればうちのクランホームにも置きたいくらいですが、ちなみにお値段は……ああ、なるほど……ですか。
ちらりとクランメンバーの顔を見ますが全力で顔を横に振ってますね。ですよね。探索がんばりましょう。
その後、数名で勝負をしました。
楽しみましたし、かなり盛り上がったのですが……
「まあ、こんなものでしょう」
「なん……ですと……」
「セイヤのとこには化け物しかいないのか……」
私たちの専属給仕だったメイド長が圧勝しました。番が回って来ませんでした。
ミーティア様に次ぐ、今日二番目の驚愕です。
■ズーゴ 猪人族 男
■40歳 傭兵団【八戒】団長
ただ興味本位と楽しむためだけに祝賀会の誘いを受けて来てみたが、想像以上に驚く事ばかりだった。
もちろん、酒も料理も素晴らしい。おそらく生涯最高の味だと思えるほどだ。
セイヤ殿たちの探索話も驚いた。信じろというほうが難しいような話だと思う。
しかしメルクリオらの様子を見るに、それは真実なのだろうと納得せざるを得ない。
つくづく、とんでもない人の警備依頼を受けたものだと思うが、これは良縁だと思う。
良縁だと思える理由の一つが、一新された庭に出来たという訓練場だ。
そもそも警備の顔見せの際に屋敷の中に入った時には、エントランスにドロップ素材の展示などしていなかったし、ちらりと見た応接室は無造作に武器が立てかけてあっただけのはずが、綺麗に飾り付けられていた。
その武器も新品同様で、しかも多くなっている。どう見てもミスリル製ばかりだ。
まぁ竜素材の武器を造ったらしいので仕方ないかもしれないが、武器屋以上の品揃えに何とも言えない気持ちになる。
ともかく今回の祝賀会に合わせて色々と準備をし、見た目にも拘った飾り付けを行ったであろうことはすぐに分かる。
庭も俺たちが最初に来た時は、ひどい荒れようだった。
訓練の爪痕が生々しく、芝生もめくれ上がり、石畳も割れていた。
それが今日来てみれば、なんとも美しい庭園に早変わりだ。
せっかくの豪邸の広い庭が荒れていた事に勿体ないとも思っていたが、どうやらそれは本人たちも思っていた事だったらしい。
そして庭が綺麗になったのであれば、どこで訓練をするのかと思えば地下だと言う。
庭に四角く空いた広めの穴から地下の訓練場へ行けるのだと。
俺たちは専属給仕だったフロロ殿の案内でその様子を見せてもらった。
ちなみにフロロ殿とは面識があり、何回も組合で占ってもらった事がある。あの時は「殿」など付けていなかったがな。
今は雇用主の侍女と傭兵の関係性だ。
堅苦しくとも、その辺はプロとしてきっちりやらせてもらう。
「相変わらず生真面目だのう」
「性分なもんで」
フロロ殿と共に庭の大穴まで行くと、そこからは下り階段になっていた。
壁は一面、継ぎ目のない石だ。ツルンとしていて、いかにも頑丈そうに見える。
「これは……大岩でも磨いたのですか?」
「いや、なんでも『てっきんこんくりーと』という石材らしい。我もよく知らん。やったのはご主人様なのでな」
セイヤ殿は石材の加工までやるのか。なんとも多芸な人物だ。
見回しながら階段を下りきると、そこは想像以上に広い空間となっていた。
思わず「おお」と感嘆の声が出る。
どうやら本当に庭の地下が丸ごと訓練場になっているらしい。それくらい広く感じる。
むしろ庭よりも広く感じるがさすがに気のせいだろう。屋敷の下を掘るわけがないし。
天井や壁に魔道具らしきものが埋め込まれており、地下だと言うのにとても明るい。
壁際の一辺は弓か魔法の遠当て用に線で区切られている。
これだけの広さがあれば、遠距離攻撃の訓練も可能というわけだ。
しかし、その『的』が、何かの黒い岩のように見えるが……。
「ああ、あれは亀の甲羅だ」
「亀って、例の【炎岩竜】ですか!?」
「うむ。さすがに壁や普通の的に攻撃してもすぐ壊れるからのう。あの甲羅ならば早々壊れんし、仮に壊れてもジイナに渡せば良い。破片も粉末にすれば武器の素材になりうるからのう」
なんと……! 竜の素材を『ただの的』に……!?
いや、確かに強度を考えればこれ以上ない『的』なのだが、それでも……勿体ない!
これは吹聴できないな。また方々に敵を作るはめになる。
ちなみに同じような『黒い的』があちらこちらに無造作にあったりする。
大きさもまちまちで、おそらく近接武器の試し切りでもしていると思われる。
予備の『的』も積み重なっていたりと、見る者が見れば発狂するだろう。
俺はもうあれを『黒い的』としか見ないように心に誓った。
目を逸らすようにぐるりと見渡せば、壁の一か所にゴツゴツと突起が出ている面がある。
これだけ滑らかな石材の壁なのに、なんでここだけ? と思っていると、俺の様子を察したフロロ殿が教えてくれる。
「あれはボルダリングと言うそうだ。崖を上る事を想定した訓練だな」
「なんと、そんな事までやっているのですか!」
「やってみると結構面白いぞ。我は苦手だがネネやティナ、ツェンあたりが得意だな。やってみるか?」
「いいのですか! 是非!」
祝賀会用にと着てきたジャケットを脱ぎ、壁の突起に手をかける。
服も靴も戦闘用ではないが、壁を上るくらいならば問題あるまい。
しかし、突起に手をかけ、懸垂の要領で身体を持ち上げ、足を突起にかけると、それが何とも難しい。
突起の大きさや場所が不規則なのだ。
片手の指で身体を支えなくてはいけない所もある。足をかける所が見つからずに慌てる時もある。
「上まで行ったら、横に行け。端まで行けば下りて良いぞ」
フロロ殿は笑いながらそう言うが、なかなか厳しいぞ、これは。
先々を見ながらルートを考えなくては、とてもではないが辿り着けん。
そうこうしているうちに、握力が悲鳴を上げてくる。
結局、俺はゴールまでは辿り着けなかった。途中で飛び降りた。
壁を上っただけなのに両腕はパンパンで息を荒げている。
「まぁ最初にしては良いと思うぞ? なかなか面白いだろう?」
「いや、これは素晴らしい! こういった訓練はなかなか出来ませんしな! 出来れば今度はちゃんとした服でやらせてもらいたいくらいです!」
「ははっ、いいのではないか? 普通に遊びに来れば良かろう。ご主人様も邪険にはせんだろう」
「そうですか! ではその際は是非!」
やったぞ! これはちゃんとセイヤ殿に許可を得なくてはなるまい!
戦闘訓練ももちろんだが、このボルダリングとやらもいい訓練になる!
暇を見て、傭兵団の連中を連れてくるとしよう!
ちなみに後から来たバルボッサも同じようにハマっていた。
こいつもこの訓練場に来そうだな。その時は壁上り競争しよう。うん。
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