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第七章 黒の主、【天庸】に向かい立つ
170:最期の一撃は光のように速く輝いて
しおりを挟む■シャムシャエル 天使族 女
■5043歳 セイヤの奴隷 創世教司教位
【天庸十剣】第二席、淫魔族のペルメリーと、彼女が駆る大型ワイバーン。
上空で行われている戦いは、未だに続いています。
恐ろしきは強化されたペルメリーの存在。
淫魔族でありながら「竜を操れる竜人族」であり「神聖魔法の効かない魔族」であると言います。
それに対し、私とマルティエルの二人で何が出来るのか。ずっと考えています。
ご主人様に<カスタム>されたこの身と、【炎岩竜】素材で作られた直剣と中盾。
それを以ってすればワイバーンを相手にするのは可能。
いくら強化されているとは言え亜竜は亜竜。本物の竜素材の前では、その歯もその竜鱗も特別危険とは思えません。
「あ~、またワイバーンちゃんを傷つけて~! 許さないわよ~!」
しかし同時に攻撃してくるペルメリーの鞭。これが厳しい。
ワイバーンを手足のように使いつつ、強力な鞭による多角攻撃は、私に全く余裕を与えません。
「<光の槍>でござるっ!」
ワイバーンと鞭の射程外からマルティエルがワイバーンに向けて撃ちこみます。
ご主人様に<カスタム>されマルティエルが使えるようになった<光魔法>。
まだ低位しか使えないようですが、使えるだけマシです。
これは我々の強み。改造されているからかワイバーンの魔法耐性も上がっているようですが、多少なりともダメージを与えられるのは大きい。
少なくともペルメリーに神聖魔法を放つよりは効果があるでしょう。
そういうわけで現在は私が盾で抑えつつ、マルティエルに攻撃を任せています。
とは言え、ジリ貧なのには変わりありません。
ワイバーンに与えるダメージよりも、私の体力の方が徐々に削られていくようです。
防御をミスればたちまち負けが決定するような緊張感は、さらに私を疲弊させます。
やはりワイバーンかペルメリー、どちらか一方でも倒せれば……。
倒す為には現状、私の【ドラゴンソード】しか手はないでしょう。
これならばペルメリーであってもダメージが入るのは確実です。
しかしワイバーンと鞭の攻撃を潜り抜け、接近しなければ剣は当てられない。
その隙を作るにもマルティエルの遠距離だけでは……。
魔族であるペルメリーに神聖魔法が効かないというのが本当に厳しい。
……ん?
……ペルメリーに神聖魔法?
……ワイバーンには効くはずですね。
マルティエルの光の槍を見るに、改造で『魔法抵抗』は全体的に強化されていても、ペルメリーのように『神聖属性耐性』ではないように思えます。
特化した耐性でない分、隙はある。
ただ、聖なる閃光を当てたとしてもそれで行動不能まで持って行けるか。
それすら耐えると言うのであれば、逆にこちらに隙が出ます。
となれば、それ以外でどうにか出来ないか……。
……覚悟を決めますか。
……【勇者】様であるご主人様と共に戦う″聖戦″なのです。
……ここで決めずして天使族とは言えません!
「マルティエル! こちらに!」
「は、はいっ!」
ワイバーンからの防御を続けながら、すぐ後ろまで来たマルティエルと小声で相談します。
「マルティエル、私はこれから<局所結界>を貼ります。貴女は死ぬ気で<光の壁>を貼り続けなさい」
「えっ!? きょ、<局所結界>って、四大司教様たちでなければ……!」
「ご主人様に<カスタム>された今の私であれば多少なりとも貼れるはずでございます」
「そ、それに、私なんかがワイバーンとあの鞭の攻撃を防ぐなんて……」
「出来ます!」
「お、お姉様……」
「貴女もご主人様の御加護を受けているはずです! ならば出来ます! 貴女を信じる私を信じなさい!」
「そ、それは……!」
勇者備忘録・第三五章・第十五節『お前を信じる俺を信じろ』
勇者ミツオ様は聖戦へと赴く際、尻込みした味方にそう声をお掛けになったと言います。
これに奮い立たない天使族はおりません。
マルティエル、覚悟を決めなさい。これはすでに【勇者の聖戦】なのです。
それともう一つ、マルティエルには仕事を頼みます。
すでに無茶だとは思いますが、やらないわけには参りません。
「わ、分かったでござる! <光の壁>!」
「あら~、何か相談してたかと思えば攻守交代かしら~? でも心外ね~、おチビちゃんの防壁で凌げると思ってるのかしら~?」
「うぅぅっ! 絶対に抜かせないでござるぅ!」
私はマルティエルと前後の位置を入れ替え、すでに魔力を高め始めています。
<結界魔法>はサリュさんでも使える聖域結界とは全く違う魔法系統。
神聖魔法に属する中でも天使族のみに与えられた種族固有魔法。
それは女教皇ラグエル様と四大司教様の手で貼られている神聖国の結界にも使われています。
しかし司教になったばかりの私で出来る事はせいぜい一握りの結界を造り出す程度。
実戦レベルの<結界魔法>というのは大司教位でもなければ、ほとんど使えないと聞きます。
いくら<カスタム>されたとは言え、私に行使できるものなのか。
行使できなければ負けて死ぬ。行使できても制御できなければこの身は破滅するでしょう。
それでもやらなければなりません。
今も尚、私の目の前ではマルティエルが死地に立っているのですから。
ペルメリーの神聖属性耐性は<結界魔法>をも防ぐのか、それは定かではありません。
しかしワイバーンならば確実に効く。狙いはワイバーンです。
暴れる左腕の腕輪を抑えながら、魔力を練りに練っていきます。
「い、行きますよ! <局所結界>!!!」
「なっ……!?」
「ギュアアアアアアア!!!」
私の腕輪を中心に現れた特大の魔法陣は、そのままワイバーンに入り込み、ワイバーンの身体を中心に光を放ちます。
<局所結界>は敵単体を結界内に封じる魔法。
私が封じたのはワイバーンの身体、その動き、動作のみ。
羽ばたく事を封じられたワイバーンははるか上空から、錐揉み回転で落ち始めます。
「ちいっ!」
ペルメリーが苦し紛れに鞭を伸ばしてきますが、それもマルティエルの光の壁で弾きました。
その顔は絶望に染まり、ワイバーンと共に落ちていきます。
地面に衝突するまで<局所結界>は意地でも貼り続けます。
すでに汗は止まらず、震える左手の腕輪を右手で押さえている状況ですが、最後まで気は抜きません。
落ちて向かう先はお屋敷の庭。
申し訳ございません、ご主人様。大切なお庭を。
死んでお詫び致します。
いくら上空からとは言え、落ちただけで彼女とワイバーンが死ぬとは思えません。
私は<局所結界>を維持したまま、真下に向かって羽ばたきました。
追撃しなければ。逸る気持ちで再度【ドラゴンソード】を抜きます。
「お姉様っ!」
「後は頼みましたよ、マルティエルっ!」
白い翼を最大限に広げ、私は急降下で追いかけます。
やがて破裂音のような激しい音と共に、庭の芝生がクレーターとなるのが見えました。
ワイバーンは瀕死。しかしそれをクッションとしたのか、ペルメリーは立てないまでも多少なりとも動けるようです。
当然、私の狙いはペルメリー。
手に持つ【ドラゴンソード】を真下に向け、最高速度のまま突っ込みます。
それは先の戦いで、ご主人様がガーブに対して放った一撃を模したもの。
<抜刀術>ではありませんが、上空から最速で、このまま突き刺します!
「ぐぅっ……い、嫌……嫌あああああ!!!」
「食らいなさい、ペルメリー! これが最後の一撃です!!!」
勇者備忘録・第五二章・第二節『我が生涯に一片の悔いなし』
「あああああああ!!!」
―――ドゴォォォォン!!!
クレーターだった庭が抜け、ペルメリーを突き抜けた剣は私たちの身体ごと地下の訓練場、その石床に突き刺さりました。
相手が竜人族の竜鱗を持っていようが、改造されていようが関係ありません。
それほどの衝撃。それほどの一撃。それは確実な死をもたらせました。
衝撃は私にも当然襲っています。
地面と衝突し、跳ね飛ばされ、仰向けになった私は、すでに意識が朦朧としています。
しかし庭に空いた穴から追いかけて来るマルティエルの姿が見えたのです。
マルティエルに頼んだ最後の仕事を見届けなければ死ぬに死ねません。
ワイバーンは瀕死ながらも未だ生きているのです。
頼みましたよ、マルティエル……!
「うあああっ! <聖なる閃光>っ!!!」
急降下から放たれた極太の閃光。
それは<カスタム>によって超位回復を一回でも撃てるようになったマルティエルならば、確実に一度だけは撃てる最高位の神聖攻撃魔法です。
いくら改造されたワイバーンであっても瀕死の今、その命を奪うには十分。
それが当たったのを見届け、私はゆっくりと瞼を閉じたのです。
もう低位回復一発も撃てません。
魔力も出しつくし、ダメージも受けすぎました。
申し訳ありませんでした、ご主人様。お役に立てず、お庭まで壊してしまって。
マルティエル、今までありがとう。貴女はこれからも書記官としてご主人様の備忘録を……
「わーっ! お姉様っ! まずいでござるっ! MPポーション飲んで―――<超位回復>!」
……おや? 初めて受けましたが、すごい回復量なんですね、これ。
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