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第九章 黒の主、魔導王国に立つ
212:褒賞の席、始まる
しおりを挟む■ヒイノ 兎人族 女
■30歳 セイヤの奴隷 ティナの母親
ヴラーディオ陛下が見えてからしばし経ち、部屋にはメルクリオ殿下が見えました。
共に夕食をという事で、立派な食堂へと案内して頂きます。
どうやら賓客用の食堂らしく、ここで食事をとるのは我々とメルクリオ殿下のみ。
【魔導の宝珠】の皆さんも王城に帰ってくれば組合員ではなく騎士団であったり魔導士団であったり、それぞれの職に戻ります。
殿下と食事を共にするという事も出来ないそうです。
「なるほど、父上もお人が悪い。せめて僕を同伴させてくれれば良いものを」
「寿命が縮まる思いでしたよ。突然のご来訪でしたからね」
ここは王城の中。給仕の侍女も近くに居る為、ご主人様はいつもの口調ではありません。
殿下に対する一人の組合員としてお話されています。
私たちは侍女でありながら共にお食事をとらせて頂いています。
どうも『ご主人様の侍女』としてではなく『賓客の組合員』として扱われているようです。
王城の侍女の皆さんからすれば、侍女が侍女に給仕をしているという、よく分からない状況ですね。
和気藹々と談笑しながらお食事というわけではありませんが、隣のティナも含め、皆が美味しいお食事に舌鼓を打っています。
ユアちゃんはあまり喉を通らないようですが……頑張って食べて下さい。
「【黒屋敷】の食事に比べれば劣るとは思うが、僕にとっては慣れ親しんだ国の味だ。口にあうといいのだが」
「とんでもない。とても美味しいです。目でも舌でも楽しめる、素晴らしい料理だと思います」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
お料理はコース料理です。さすがにお屋敷では出せません。というか私は作れません。
今度、来客の事も考えれば、こういったお料理も出来るようにならなければなりませんね。
そう言った意味でも、今回の場は貴重です。
魔導王国のお料理はソースに拘った複雑で繊細な味、という印象です。
カオテッドで外食という事はまずありませんので、せいぜい屋台の味でしか判断できませんでしたが、こうしたお料理を味わえば、他国との違いは一目瞭然。
ただ肉を焼くだけにしても、そこに加えるソースの違いで、全く別の料理になります。
食材に対する調味料の使い分けとバランス、香草の合わせ方、そういったものが独特で非常に美味しい。
これは勉強になりますね。
「魔導王国は瓜が特産なのですか?」
「そうだね。樹界国でも生産しているだろうが、種類は非常に多いと思う。食べ方もそれぞれだね。やはり煮たものが多いが」
「カボチャはカオテッドでもほとんど見ませんからね。久しぶりに食べますよ。ゴーヤまであるとは思いませんでしたが」
「喜んでもらえて何よりだ。デザートにはメロンとスイカもある。楽しんでくれ」
「気候と季節がすごいことになってんな……(小声)」
私が食べたことのない食材のお話で盛り上がっています。
ご主人様は元いらした世界で、本当に色々なものを召し上がられていたんですね。
ご主人様がご存じであれば私もお料理できるでしょうか。
お食事が終わり、殿下とはお別れ。
侍女さんの先導でお風呂と寝室へと案内されます。食堂も含めて全て八階に集約されています。
お部屋はご主人様は個室。侍女は三~四人に分かれています。
ミーティアさんやラピスさん、ウェルシアさんに個室を、というお話も少し出ましたが、あくまで『組合員』として来ているので、こちらからの希望により相部屋となりました。
私はティナ、シャムさん、マルちゃんと同部屋です。ティナとマルちゃんがはしゃいでいます。
お風呂は立派な大風呂でしたが……正直お屋敷のお風呂の方が上ですね。
まぁ比べるのもアレですが。王城に相応しい立派なお風呂だったと言っておきましょう。
翌日、昼から早速、褒賞の席となります。
到着してから数日後、とかかと思っていましたが随分急ですね。
そこに陛下の思惑を感じます。
兎にも角にもご主人様は朝から忙しく、段取りの確認と礼儀作法の見直しを行っています。喪服で臨むようですが、いつもは使わない整髪料で髪をビシッと決めています。カッコイイですね。
私たちもいつも通りの侍女服です。礼儀作法の復習だけをすれば良いと。
本来であれば侍女が謁見の間に入る事など許されるものではありませんが、あくまで『組合員』として参加します。
もっとも表立って褒賞を受けるのはご主人様お一人なので、特にする事もないのですが。
ユアちゃんじゃないですが、緊張はしますがね。
私なんかが入って良い場ではないのですから。
本来、自国の貴族子女であるウェルシアさんでさえ参列出来ない場です。
当然ながら不安も大きいのです。
「さて、私たちも練習しますよ。ご主人様の恥にならないよう、皆一丸となって取り組むように。いいですね?」
『はいっ』
「では入場から通していきます。歩幅と足並みを揃え、目線は動かさないように」
エメリーさんも気合いが入っています。
いつも以上に侍女として振るまわらなければなりませんね。
……ちなみにユアちゃんの歩幅ってどうやって合わせるんですかね?
■ヴァーニー・エクスマギア 導珠族 男
■91歳 エクスマギア魔導王国第一王子 執政補佐
謁見の間にて【天庸】討伐における褒賞の席が設けられた。
玉座には我が父、ヴラーディオ・エクスマギア陛下。挟むように私と宰相が立っている。
段下、入口から玉座までは赤い絨毯が敷かれ、その両脇を貴族と騎士団が固める。
右手一番前にメルクリオ、左手一番前はジルドラだ。
事前に報せていたとは言え、よくぞここまで貴族連中が集まったものだ。
もちろん領地が遠く参じる事の出来ない貴族も居る。
しかしながら法衣貴族はもちろん、近隣領地の貴族たちも集まった。
それだけ今回の一件が注目されていると言える。
「皆の者、よく集まった。すでに聞き及んでいる者も多かろう。我が国に多大な被害をもたらし続けた怨敵、【天庸】が討伐された」
ざわつく。ほとんどの者が知っているだろうが、改めて陛下の口から聞かされると疑惑だったものも、真実と思えるものだ。
逆に言えば【天庸】が討伐された事実は、誰もが信じがたいものであるという証拠だろう。
私でさえ、その死体を間近で見ても信じられない思いがあったのだから。
「今より一月半ほど前、【天庸】がカオテッドを襲撃した。主犯であるヴェリオはもちろん、【十剣】と名乗る配下の者たち全てを率いての襲撃だ。国内で起きた今までの事件と比較にならないほどの″大襲撃″と言って良いだろう。それだけカオテッドを重要視していたという事だ」
実際は悪魔族と風竜の合成物や、『神樹の枝』の実験調査、そしてセイヤ殿の件もあるだろうが、この場では言わない。
カオテッドの迷宮資源を狙っていたのも本当だろうから同じ事だ。
「カオテッドの五地区を同時に襲撃した【天庸】は各地の商業組合と周囲の建物を破壊し、相対した衛兵や組合員を虐殺。……普通であればそのままカオテッドは滅んでいたであろう。そして次は確実にこの王都を標的としていたはずだ」
誰が聞いたとてそう思う。【天庸】の本気の襲撃に対しては為すすべなく滅ぶもの。
そして魔導王国に恨みを持っている事が明らかなれば、王都が標的となるのは違いない。
「―――しかしそうはならなかった。襲撃してきた【天庸】は、衛兵や組合員たちの必死の抵抗にあい、そしてとある迷宮組合員……たった一つのクランの手によって、その全てが倒されたのだ」
ざわめきが大きくなる。【天庸】討伐を知っていても、それが『一つのクランに全て倒された』とは知らない者も居るのだろう。
無理もない。それは誰が聞いても信じられない事だ。
今までの【天庸】の被害を知る者たちであれば、信じられるわけがない。
……が、陛下はそれを事実だと口にする。
「カオテッド迷宮組合所属、セイヤ・シンマ。そして彼の者が率いしSランククラン【黒屋敷】をこれへ」
「ハッ!」
謁見の間の重い扉がゆっくりと開かれる。
居並ぶ貴族や騎士たちも、その全ての視線が入口へと注がれた。
そして入って来た面々を見て、さらにざわつく事になる。
絨毯の中央、先頭を一人歩くのは真っ黒で簡素な貴族服……まるで執事服のようなものを着た、黒髪の基人族。
ただそれだけでも異様なのにも関わらず、その二歩後ろに付き歩くのもまた異様。
それは十三人のメイド。それも多種族、どれも見目麗しき女性や少女たち。
二・三・四・四の四列で歩くその姿。姿勢も足並みも完全に揃った、まるで軍隊のような完璧なメイド。
立ち姿、いや、歩く姿は王城のメイド以上に洗練されていると言える。見るだけで息が詰まるような光景だ。
セイヤ殿もメイドたちも周りの貴族や騎士たちをまるで気にしないかの如く、まっすぐに陛下を見据えて歩く。
こうした場に慣れた貴族たちであってもこうはいくまい。
胆力、精神力だけの話ではない。まるでこの場に『王以上の存在』が居るかのようにも思えた。
「あ、あれが……そのクランなのか……?」
「【天庸】を……? あの者たちが……? まさか……」
「ヒュ、基人族ではないか……なぜ基人族がこの場に……」
「メイドが迷宮組合員だと……? 幼い子供も居るではないか……」
周りの声など聞こえんとばかりに、セイヤ殿たちは変わらずに歩く。
そして玉座の手前まで来たところで、一斉に跪いた。十四人が同時に、だ。
見事。私は心の中で思わずそう喝采する。
場が整ったところで宰相が「静まれ」と声を上げた。
ざわついていた者たちは疑問もそのままに、口を閉じる。
そして陛下は言葉をかけた。
「Sランククラン【黒屋敷】がクランマスター、セイヤ・シンマに相違ないな」
「ハッ」
「うむ、皆の者、面を上げよ」
『ハッ』
膝を付いたセイヤ殿とメイドたちが一斉に顔を上げた。
「その方らはカオテッドにおいてヴェリオ率いる【天庸】一派の全てを討伐。カオテッドをその脅威から救った。【天庸】は我が国に巣くった悪意そのもの。それを討伐したとは即ち我が国を救ったも同じ。その功績は他に類を見ず。よってここに褒賞を―――」
「お待ち下さい、国王陛下ッ!」
その声を上げたのは、私の目の前。
我が弟―――ジルドラ軍務卿であった。
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