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第十章 黒の主、黒屋敷に立つ
235:コソ泥、心の平穏を願う
しおりを挟む■パティ 小人族 女
■13歳 セイヤの奴隷
『―――と、そんな組合員たちの中で一番高いのがSランクなのよ。滅多にいないし、カオテッドでは【黒屋敷】一つだけね』
『そう。基人族は言わずと知れた世界最弱の種族ね。ウェヌス神聖国の保護区にしか基本的には居ないはずだわ。その基人族のセイヤ様が【黒屋敷】のクランマスターなの。すごいわよね~』
『どうしてって言われても私にも分からないわ。とにかく強くて素敵な方よ~。横暴な組合員は多いけどSランクなのにそんな事もないし……ああ、絡んで来た相手は投げ飛ばすみたいだけど』
『今までに何人か目に掛けた娘を売って来たけど、どの娘も元気に活躍しているらしいわ~。綺麗なメイド服を着て、それなのに迷宮でも戦えるくらい強くなったんですって。私の目に狂いはなかったって事よね~』
『パティを最初に見た時にも同じようにビビッときたの。ああ、この娘の主人はセイヤ様しか居ないって。だから安心して頂戴、貴女の未来はすでに保障されているわ~』
……事前にティサリーンさんからそんな話があった。
それはあたいを安心させる為だったのだろうが、どう聞いても『ティサリーンさんの勘』であり、安心できる根拠なんて全くないものだった。
気休めの嘘と言われたほうがマシに思えるものだ。
しかし、実際にあたいはセイヤ様という基人族に買われる事になった。
なぜかあたいが犯罪奴隷と知っても毛嫌いせず、むしろ進んで買うような素振りさえあった。謎だ。
ご主人様の後ろに並ぶメイドさんたちはみんな綺麗で、この中にあたいが入ると思うとかなり躊躇する。正直不安しかない。
契約魔法により左手の甲に女神の紋様が刻まれた。
これはティサリーンさんが意図的にあたいに話さなかったのだろう。いたずらが成功したような顔をしていた。
学のないあたいでも、これが『女神様』だと分かる神々しい模様。思わず「ええっ!?」と声を上げてしまった。
ご主人様のメイドさんたちが揃って左手を掲げている。あたいと同じ模様だ。
混乱していて、その意味は分からなかったが、これであたいもメイドさんたちと同類だと言う事なんだろう。
改めてご主人様という基人族がよく分からなくなる。
そのままクランハウスという家に連れて行かれる。あたいの新しい家だ。
……いや、これ、家というか……屋敷と言うか豪邸と言うか……えっ、ご主人様って貴族? あ、違うと。
……あたいこんなトコで働くの? まじで? 無理でしょ。だってあたいスラムの孤児だよ? 『コソ泥のパティ』だよ?
そう心の中で否定しても現実は変わらない。
未来へと希望を持つ事を諦めていたのに、別方向への″諦め″が芽生えて来る。
よく分からな過ぎて、もうどうにでもなーれ、という″諦め″だ。考えたら負けな気がする。考えようにも学がないし。
白い壁と黒い屋根。いかにも【黒屋敷】なそのお屋敷に招かれる。あたいはただ付いて行くのみだ。
綺麗な庭を抜け、大きな扉を開けると、「ようこそ」とご主人様がふざけたように言う。
広い玄関にはごちゃごちゃとガラスに入った何かが置かれ、よく分からないがすごく豪華だ。
そのまま食堂へと通された。これまた広い、縦長のテーブルが二つ並ぶ食堂だ。
メイドさんも全員集合らしい。商館に来た四人だけじゃなく、全部で……十八人!?
これ全部ご主人様の奴隷!? みんな綺麗だし可愛いし……ほんとあたい場違いなんだけど……。
「―――というわけで新しく侍女になるパティだ。みんなよろしく頼む」
『はい』
「よ、よろしく、お願いしますっ」
ティサリーンさんに教えて貰ったばかりの敬語は難しい。でも「よろしくな!」とは決して言えない。
ただの顔見せと紹介かと思ったら、それは大きな間違いだった。
むしろここからが本番。あたいの驚きの連続が始まる。
「さて、パティには最初に説明しなきゃいけない事が非常に多い。多分理解出来る事の方が少ないと思うけど『ああ、そういうものなのか』ととりあえず思っておいてくれ。ちゃんとした説明は改めてするから」
「は、はぁ……」
「質問は話の途中でもバシバシしていいからな。まずは俺の素性からだ」
最初に説明されたのは、ご主人様が実は異世界から転生した人だという事。魔法もスキルもなく基人族しか居ない世界だと言う。
そしてご主人様を【アイロス】へと下ろしたのが【創世の女神ウェヌサリーゼ】様。
ご主人様は女神様からスキルや武器を貰ったのだと言う。
「えっ……じゃあご主人様って……」
「違います」
「ご主人様、まだパティは【女神の使徒】とも【勇者】とも言っておりませんが」←エメリー
「どうせ言うに決まってるから今のうちに否定しておく」
ご主人様は否定するが、周りのメイドさんたちは全員肯定している。ご主人様を否定するって出来るんだ……。
そういう契約なのか? あたいが初めての犯罪奴隷だって言ってたし。あたいは同じように否定できないんじゃないか?
そんな的外れな事を考えていた。
ともかく女神様の加護か何かを受けて、ご主人様は基人族らしからぬ力を身につけている。そしてSランク組合員として活躍しているらしい。
なるほどこれは契約でやたら喋られないようにするわけだ。
いくらあたいだって、これがバレたらヤバそうってのは分かる。
「―――とまぁ、そんなわけで俺の<カスタム>で侍女たちを強くしているわけだな。だから皆迷宮に入って戦ってもらってるわけだ」
ご主人様のスキルの簡単な説明。ここら辺からすっごく難しくなる。全然簡単じゃない。
ともかくご主人様が基人族である以上、他種族から見下されるし、やっかみも受ける。絡まれる事も多いと。
だから同じクランに所属するあたいたちも自己防衛力が求められる。戦えるようになるに越したことはないと。
迷宮で魔物を倒し『れべる』を上げ、その上でご主人様のスキルで<かすたむ>する。
そうすると非戦闘系種族や戦った事のない人でも、すっごく強くなるらしい。
うっそだー、と言いたい所だけど、すでに今の状況そのものが嘘くさいから何も言えない。
改めて迷宮で戦う事の了承を確認された。
あたいは自分じゃ戦えないと思うんだけど、それでもご主人様から言われれば否とは言えない。
それは″諦め″の気持ちもあるし、興味や希望も少しある。まだ頭の中はグルグルだ。
「よし。とりあえず今日これから南東区に服を仕立てに行くが、その前にだ。全員が揃ってるところでパティの能力と育成について話しておく」
「おお、先ほどご主人様が驚いていたものだな? 気になっておったが」
「エメリー、紙とペンを。ステータス書き出すわ」
「かしこまりました」
多肢族のメイドさん……侍女長さんらしい人に用意してもらった紙に虚空を見ながらスラスラと書いていく。
おそらく先ほど言った<かすたむうぃんどう>というもので、あたいの″すてーたす″を見ているんだろう。
書き終えたところでテーブルに置き、メイドさん全員がそれを見ようと身を乗り出して来る。
「ほほう! なるほどこれはご主人様も驚くわけだ!」
「レベルは1だけど、ステータス……特に敏捷と器用が飛び抜けていますね」
「これが小人族の基本性能という事はあるまい。素質か?」
「いや、ステ以上にスキルがヤバイぞ。なんだこれ、ズルか!?」
「<気配察知><危険察知><忍び足><気配微小><窃盗>……」
「レベル1で覚えるものじゃないですよ。ステータスだって足りてませんし」
えっ、スキル? あたいスキルなんて使えるの?
「パティ、今まで何かスキルは使った事あるか?」
「え、いや、ないけど、ですけど……」
「だろうな。これはユアの<火魔法>とかと同じで、潜在的に持っているだけでステータス的にも意識しない限り使えないと思う。まぁ今までのみんなのスキルを見て来た俺の勘だが」
「つまりパティの才能だという事ですか」
「スラムという危険地域で暮らし、危険な盗みを何年も繰り返していた。それが関わってるのは間違いない。でも元々あった才能なのかもしれない。先天的・後天的、どっちとも言えるな」
な、なんかよく分からないが、どうやらあたいは珍しいらしい。
そんなスキルが使えると分かっていればあそこで捕まらずに……いや、もうそんな事は考えるのよそう。
そんな″過去″より″今″の方が重要すぎる。
「そんなわけでパティは斥候として<カスタム>する。【敏捷】【器用】【体力】【攻撃】の順かな」
どうやらあたいを強くする方針のようなものが決まったらしい。
ご主人様の言葉に全員が頷く。
そしてご主人様は商館にも来ていた闇朧族のメイドさんを見た。
「ネネ、お前がパティの師匠だ。侍女教育以外は任せるぞ」
「師匠……! ん! ……はい!」
「パティ、侍女としての事はこのエメリーに聞け。戦闘全般のリーダーはこっちのイブキだが、お前の師匠はネネだ。何でも聞くようにな」
「は、はいっ!」
闇朧族のメイドさんは『むふー』としている。
小人族は迷宮だと斥候職が多いって聞いてたから何となく予想はしてたけど、闇朧族は希少な暗殺系種族だって聞いた。
そんな人の弟子だなんて……あたい、やれるんだろうか。
色々と衝撃を受けた日。
あたいにはご主人様と、住む家と、奴隷仲間と、師匠が出来た。
そのすぐ後に色々と衝撃は続くんだけど、それはまた別の話だ。
ちょっと心の平穏が欲しい。そう切実に願う。
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