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第十二章 黒の主、禁忌の域に立つ
302:新米商業部門長ウェルシア伯爵奮闘記
しおりを挟む■ウェルシア・ベルトチーネ 導珠族 女
■70歳 セイヤの奴隷 エクスマギア魔導王国伯爵位
「ああっ! おかえりなさいっ! よくぞご無事でっ!」
探索が終わり屋敷に帰ってすぐ、わたくしはとりあえず博物館に顔を出しました。
すると受付に居たセシルさんが顔を見るなり飛び出してきました。
その顔と表情には労いというよりも安堵感が見えます。
博物館が出来てからまだそれほど日数は経っていません。
だと言うのに十日以上も探索に出ていたので、わたくしも心配していましたがセシルさんもやはり心配だったようです。
わたくし達の心配というよりも、博物館で何か問題が起きた時の手立てが限られるという点で。
聞けば特に問題は起きていない様子で一安心です。
事前にあれこれと策は練っておいたので、まず大丈夫だろうとは思っていましたがそれでも心配はしていましたからね。わたくしもセシルさんも。
警備の増員や職員の増員はもちろん、何かが起こった時の避難経路、避難誘導の対策。
緊急連絡が必要な場合の対応。
そして何より第八展示室の試し切りをどうするかという問題がありました。一番クレームが多い所ですが、目玉でもあるので悩む所だったのです。
侍女が警備に立ち抑止力になる事も出来ませんので、とりあえず自前の剣を使用するのを禁止し、ジイナさんの打ったミスリルソードのみで対応しました。
これならば剣に対するクレームがあるかもしれませんが、クレーム自体は格段に減ります。
注意しても文句を言うようなクレーマーは叩き出すなり、出入り禁止にするなりすれば良いと思うのですが、セシルさん曰くそうした『自分に都合の良い解釈をして他人に文句を言う輩』というのはどこにでも居るものとの事です。
客商売というのは厄介なものですね。
貴族社会にも言える所がありますが。
「警備の増員に関しても良かったと思いますが、実はサロルートさんにも助かりました。結構な頻度でいらっしゃって下さいまして、大人しくなる組合員の方も多かったと思います」
それは良かった。
ご主人様が『年間優待券』を作り、お渡しした時にはやりすぎかと思いましたが、抑止力を期待してという思惑もありました。
どうやら予想以上に効果的だったようです。
元はメルクリオ殿下に【魔竜剣】をお作りし、それを勘繰られたが故の対処として『年間優待券』をお渡ししたのです。
【魔竜剣】を広める事は殿下からも禁じられていますし、ジイナさんとユアさんが大変ですからね。
まぁ事実を知らずとも「何かメルクリオにあげたんでしょ?」とたかって来るサロルートさんが大概だと思いますが……段々と遠慮がなくなってきましたよね、娯楽室などに関しても。
ある程度の線引きは持って貰わないと困りますね。
ご主人様は基本的にお優しく、サービス精神旺盛ですから、釘を刺すならばミーティア様に協力して頂いた方が良いでしょう。
サロルートさんは樹人族らしく、ミーティア様には頭が上がらないようですので。
「ただ展示品の置き方や見せ方などについて意見を仰られる事が多くなってきたと言いますか……いえ、こちらも助かる部分も多いのですが。実際良い意見だとも思いますし」
なるほど。さっそくミーティア様の出番かもしれないですね。
展示品の置き方や見せ方についてはご主人様の判断がほとんどなのです。
たまにリンネさんやラピス様に意見を聞いている時もありますが、元いらした世界における″博物館″というものを出来る限り再現しようと奮闘なされた結果なのです。
ですので、わたくしやセシルさんが好き勝手に動かすという事も出来ません。
いえ、ご主人様に言えば「好きに動かしちゃっていいですよ」と仰るでしょうが、全体的なデザインはあくまでご主人様なのです。
今回の探索で得た、新たな【領域主】のドロップ品も展示すると思いますが、それを置くのもご主人様でしょうしね。
ああ、そうです。その件も告知しておく必要がありますか。
実際に展示するのはいつになるのか分かりませんが、おそらく近々に飾るでしょうから。
「なんと! 四階層の新たな【領域主】ですか! それは絶対に反響を呼びますよ!」
「飾るにしてもまずガラスケースの手配、台座とプレートの作成、説明ボードの作成、防犯魔道具の設置、四階層の説明と地図の更新などありますからね。すぐにというわけにはいきませんが」
「では『近日公開』と予告だけしておきましょう。そうすれば大々的に宣伝しなくても、すぐに広まると思いますから」
そこら辺は館長であり商業組合の職員でもあるセシルさんにお任せです。
さて、わたくしは明日から早速そうした展示作業のお手伝いですかね。
一番時間が掛かりそうなのは地図の更新と説明ボード。
エメリーさんにしかお願い出来ない所が多いのですが……ま、エメリーさんならばさっさと終わらせそうですね。
わたくしは出来る限りのお手伝いといたしましょう。
その日の夜はそうしたお話を少し報告しました。
そして翌日はご主人様やエメリーさんたちは本部長への報告会が第一です。
わたくしは早速展示品の準備を始めました。
新たな展示物は以下の通りです。
【甲多頭蛇の鱗・強酸袋】【大炎蛇の牙・ヒレ・蛇眼・魔石】【炎大蜥蜴の鱗・爪・牙・尾・舌・魔石】【氷晶竜の牙・爪・氷塊・魔石】【炎岩蟹の甲殻・鋏・殻・爪・魔石】
報告の為にも一度本部長にお見せする必要がありますので、ダブったものだけを地下訓練場に置いてもらい、その展示品から手を付けていきます。
わたくしの他にもアネモネさん、リンネさん、ジイナさん、ヒイノさんの商業部門組の他、ラピス様にもお手伝い頂きます。
「うーん、やっぱり結構大物が多いわね。ドレイクの尾とかヤドカリの殻とか」
「大きさも問題ですけどドレイクの舌とか展示するんですかね? 腐っちゃうから食べたほうが良いかと思いますけど」
「おお! ご主人様が言っていたタンステーキというヤツですネ!」
「ふふふ……【氷晶竜の氷塊】も溶けるかもしれない、です……」
「ひぃぃ、せ、せっかくのドロップ品をダメにしちゃもったいないですよぅ」
「とりあえず私はプレート作りからやりましょうかね」
ガラスケースはご主人様の<インベントリ>に入っているもので賄えるかどうか。
足りないようでしたら、また北東区の『カラバ硝子店』に行かなければなりませんね。
台座に使う板材と黒い布は倉庫に在庫があるでしょうか。
「目玉はやっぱり【氷晶竜】でしょうね。亀と一緒に並べる感じかしら」
「そうなると試し切りの第八展示室だけじゃなく第七展示室も大規模改装になりそうですね」
「そもそも試し切りは残すんですかネ? まだ挑戦している人とか居るんですかネ?」
居るらしいですね。行列が出来るほどじゃないにしても、まだ人気はあるみたいです。
なにせ竜を相手にミスリルソードで攻撃出来るんですからね。
組合員の前衛の方はもちろん、話のタネにと一般人の方も挑戦しているそうです。
「じゃあ撤去するわけにもいきませんか」
「規模を小さくして展示品を並べるか……悩ましい……ふふふ」
「い、いっその事、第一展示室を迷宮の説明と一階層の展示にしちゃうですとか……」
「そうなるともう全面改装ですわね」
「で、ですよね、すみませんすみません」
なぜユアさんはわたくしにも怯えるのでしょうか。普通に接しているつもりなのですが。
何にせよ、置き方についてはご主人様とも相談いたしましょう。
今は個々の展示品を完成させ、それを並べる時に考えれば良いのです。
ともかく作業を進めておきましょう。
「ジイナはプレートでしょ? じゃあ私は台座造りますかね」
「魔石を置くクッションはドルチェちゃんにお願いしないといけませんね。『ガッバーナ服飾店』から帰ってきたら頼んでおきましょう」
「じゃあ私は【領域主】の説明ボードを書いておきますか。絵はエメリーさんが帰って来てからお願いしましょう」
「なんなら私が描きますネ!」
「いや、リンネさんに描かせるわけにはいかない、怒られる……ふふふ」
そうして作業を開始しました。
さすがに皆さん手慣れてきたようで、この分だと思いの外早くに展示品の用意は出来そうです。
お昼になり、ご主人様たちが帰って来ました。
やはり報告会が長引いたようです。
詳しい報告は夕飯時に皆さんが集合した所で話すそうです。
「あ、ラピスとユアとリンネは今度組合に行ったら受付に寄るようにしてくれ。マルティエルとパティにも言っておくけど、組合員証に【竜殺し】の記載をしてくれるらしいからな」
「よっし! これで私も正式に竜殺しね!」
「ひぃぃ……わ、私なんかが……」
「おおっ! 私は初めての記載ですネ!」
三者三様といった感じでしょうか。
しかしこれでクランの全員が竜殺しの記載が入った組合員証を持つ事になります。それは何よりです。
その後もご主人様に博物館の展示の件を相談しつつ作業を進めました。
展示の仕方もそうですが、改装の時期を決めてセシルさんに伝えないといけませんからね。
その為にはまず展示品を完成させる必要がありますが――
「描けました。このような感じでしょうか」
「早いな! そして上手いな!」
エメリーさん、さすがです。やはり予想より早く展示出来そうですね。
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