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after1:五人の新人侍女
1-14:戦闘訓練、始まっています!
しおりを挟む■コーネリア 熊人族 女
■18歳 セイヤの奴隷
【黒屋敷】の盾役は三名。シャム殿とヒイノ殿とドルチェ殿だそうだ。
兎人族のヒイノ殿にしても本職は料理長なのでそれで盾役というのも驚きだが、ドルチェ殿に至っては非戦闘系種族。
しかしシャム殿曰く、そのお二人が【黒屋敷】におけるメインの盾役であり、シャム殿はどちらかと言えば回復役寄りの役割が多いのだとか。
さらに言えばご主人様を抜かせば【黒屋敷】で一番の防御力を誇るのがドルチェ殿だと言う。
裁縫などの生産系種族である針毛族をそこまで育てるとは……それも<カスタム>の恩恵なのだろうか。
ともかく自分の特訓を指導して下さるのはシャム殿だ。
ドルチェ殿は未成年だし、シャム殿は神聖国で指導の経験もあるそうなので自分の指導役に決まったらしい。
神聖国の天使族は防御と回復主体の軍編成だそうで、司教位ともなれば隊長クラスなのだとか。
つまりは騎士団の隊長にご教授頂くと同じ。なんとも有難い。
「盾の本分は動かない事でございます。これは分かりますか?」
「ハッ! どんな攻撃に対しても受けきる強靭さ、精神力が必要だと思っております!」
「そうですね。付け加えれば、前衛中央に陣取る盾役が動いてしまうと、後衛の攻撃を邪魔してしまうかもしれません。射線も視線も遮る事は許されない。同時に後衛へと敵の攻撃を通してはならない。だから盾役はどっしりと構え、動くべきではないという事でございます」
「ハッ!」
「しかしそれは『一般的な盾役』に限った場合の事。【黒屋敷】では少し異なります」
「ハ……?」
シャム殿曰く、【黒屋敷】の盾役で一番難しいのは『動かなければいけない』という事らしい。
これは盾役としての基本に反する。
動いてしまっては後衛に攻撃が通るかもしれない。後衛の邪魔になるかもしれない。だから不動の精神が必要なのだ。
「そもそも足を止めて完全なる防衛陣を布くというのは、【黒屋敷】においてはそれこそ竜相手でもなければ行わない戦術なのでございます。ほとんどの敵は走りながら、邪魔者を排除するように駆逐していく。それが【黒屋敷】の通常戦闘なのでございます」
例えばこちらが前衛三人、後衛三人のパーティーを組んで迷宮探索したとする。
前からゴブリン数体が襲ってくればその場で足を止め、戦闘態勢に入る。
まずは後衛の魔法や弓で先制し、それを抜けて迫ってくれば盾役が正面から止める。あとは前衛アタッカーの出番だ。
……というのが自分たちの言う所の『普通の戦闘』なのだが、【黒屋敷】の『普通の戦闘』とは歩きながら、もしくは走りながら、魔物を遠くに見つけた傍から後衛陣が攻撃を放つ。
前衛も陣を放棄して突貫、即座に倒す。というのを繰り返すらしい。
「……そんな事が可能なのですか?」
「ええ。一階層のゴブリンを片手間に倒すくらいであれば加入当時の私も納得出来ましたが、三階層のデュラハンや【領域主】も同じように即殺するのでございます。それほど皆さんお強い。あちらでミーティアさんとマルティエルが見本を見せているようですが、実際、あのように後衛陣が動きながら超遠距離攻撃で倒してしまうのでございますよ」
「…………」
シャム殿が指さす方向では確かにミーティア殿が斥候ばりの動きをしながら火魔法を連発し、マル殿は飛び回りながら弓矢を放つ。
恐ろしい速度で動きながら、しかも考えられないほどの距離、そして命中率。おそらく威力もあるのだろう。
これがクラン全体で可能となれば、確かに足を止める必要はないのかもしれない。何とも恐ろしい話だが。
「……し、しかしそうなると盾役としての役割が……」
「先ほど言ったように竜などの強敵を相手取る場合、後衛を守らなければなりませんから盾役は必須です。ただでさえ三人、コーネリアさんも含めて四人しか居ないのですから」
本来の盾役としての役割、それは必要だと言う。竜を相手に防げるのかと言われれば無理と即答するのだが。
しかしそれと同時に『攻撃』と『動きながらの防御』を身につけなければならないらしい。
「攻撃は言うまでもありません。守る機会が少ないのですから盾役と言っても攻める機会が多いという事でございます」
「はい……」
「問題は『動きながらの防御』でございます。あまり機会は多くありませんが流動的に動く後衛陣を守る為、盾役も一緒に動く事がございます。当然力は入れづらく、位置取りも難しい。瞬時の判断力も必要になるのでございます」
なんと……聞いているだけで難しい。盾役の根底を覆すような兵法に思える。
はたして自分に出来る事なのか……いや、やらなければならないのは分かっているが正直不安ばかりが募る。
「最初から全てを行う必要はございません。しばらくは模擬戦を中心に守りながらも攻めるという部分に集中して特訓するつもりでございます」
「……ハッ! よろしくお願いします!」
「経験が足枷になるというのは私もよく分かりますからね。ドルチェさんとヒイノさんは戦闘未経験だからこそ慣れるのが早かったという部分もあるでしょうし。元は服飾店の娘さんとパン屋さんですから」
……元服飾店員と元パン屋がSSSランクのメイン盾役か。とんでもない非戦闘職があったものだ。
■カイナ 虎人族 女
■19歳 セイヤの奴隷
「てりゃあああ!!!」
「威勢だけは良いな。乱雑な上、単発だが」
「ぐあっ!」
あたしはイブキさんに扱かれている。最初からずっと模擬戦だ。
手に持つのはジイナさんに造ってもらった斧。柄の長い両手持ちの斧ーーポールアクスだ。
以前に使っていたのも両手斧だったが、ジイナさんとの相談で完全に長柄武器になった。
一見するとエメリーさんの持っているようなハルバードに似ているが、先端に槍はなく、斧の刃が大きい。
振り回し、強烈な一撃を与える事に特化した感じだ。
新しい武器に心は弾む。そして待ちに待っていた戦闘訓練。
「カイナの場合は単純にアタッカーとして強くならなければならないからな。力や体力はご主人様が<カスタム>すると思うが、技術・経験・センスはどうにも出来ん。そういうわけで模擬戦を中心に行うぞ」
イブキさんはそう言ってミスリルの大剣を構えた。打ち込んで来いと。
てっきり模擬剣でやるのかと思えば真剣でやるそうだ。武器に慣れる事も目的の一つだからと。
最初は躊躇したんだけどな。怪我するかもしれないし。
「何かが間違って怪我しても隣にシャムが居るから問題ない。<超位回復>も使えるから安心しろ」
との事らしい。あたしは神聖魔法に詳しくはないんだが、とにかくすごい回復魔法なんだろう。司教様だし。
そうしてイブキさんに向かって行ったわけだが、何をどう攻撃しても防がれる。正面から受けられる。
全力で斬りかかってもだ。一歩も動かせないし、崩す事も出来ない。
そしてこっちが攻め疲れた所で、大剣の腹で殴られ、吹き飛ばされた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
「一撃で仕留める事しか考えていないのか? それではゴブリンがこん棒振り回しているのと変わらん」
「くっ……」
「防がれる、避けられる、カウンターで攻撃される、その前提を持って次に繋げる為の攻撃をしろ。一発振って終わりじゃない。続けて振るのか、それとも間合いを取るのか。振るとすればどう振るのか、軽くか重くか、どこを狙うか。カイナの攻撃にはそれが見えん」
レイラにも散々言われたなぁ、と思い出した。
一発当てたらすぐに下がれとか、よく考えて攻撃しろとか。
あたしはバカだし突っ込んで一撃で終わらせるってのが好きだから拘っていた部分もある。
「カイナの力量だと一撃で倒せない魔物も多かっただろう。被弾も多かったんじゃないか? パーティーに助けられていたのか?」
レイラが居た時はフォローしてくれてたが、今にして思えば随分と甘えていたんだ。
パーティーの為にあたしが敵を仕留めると、あたしがメインアタッカーなんだからと、そう思ってたのは驕りでしかなかった。
実際はイブキさんの言うとおりだ。
あたしはパーティーのみんなに助けられていた。コーネリアの盾に、キャメロの索敵に、ケニの弓に、クェスの魔法に、そしてレイラにも――。
あたしがダメージを受ければポーションに頼るしかない。
防具が壊されれば直さなきゃいけない。そしてパーティー資金を使うはめになる。
前衛のあたしが崩されて後衛に攻撃されればもっと被害は甚大だ。
それもこれも、あたしが弱っちいのに前に出たがったから……。
イブキさんの言葉に何も返せず、息を荒げながら悔いていた。
仰向けで倒れ込んで見えるのは薄暗い地下の天井と照明。明かりが眩しいわけじゃないのに涙がこぼれそうになった。
「安心しろカイナ。お前は強くなる」
優しい口調でそう言う。
「お前が強くなって皆を守るんだ。お前の力と刃はその為にこそある」
あたしは腕でぐいっと顔をぬぐい、ふらつきながらも立った。
手に持つ斧をイブキさんに向ける。
「それでいい。今は我武者羅に攻撃しろ。決して途切れさせるな。連続して振れるだけ振れ」
「……はいっ!!!」
大声で吠えた後、あたしはまた突っ込んで行った。
■キャメロ 猫人族 女
■16歳 セイヤの奴隷
「ちょ! ちょっと待ってネネちゃん!」
「ん?」
「なんでそんな不思議そうな顔するの!? 無理だよ! ボクに出来るわけないって!」
ボクの個人訓練の先生はネネちゃんだ。暗殺系種族とも言われる希少種族の闇朧族。
【黒屋敷】じゃ古株で、クランで一番の斥候だとか。見た目は小柄な女の子なんだけどね。
で、どんな訓練になるんだろうと戦々恐々していたら、スキルを磨く為に後ろから投げるナイフを避けろと言う。
それを<危険察知>で躱せと。
「だいじょぶ。パティもこれで上手になったし」
「パティちゃんもやったの!? 避けれたの!?」
「だいじょぶ。うちの回復役優秀だし」
「くらってんじゃん! 回避できてないじゃん!」
何を言ってもネネちゃんの中では「やる」と決まっているらしい。
大丈夫と言われても大丈夫な要素がどこにも見当たらない。
みんな……ボクはここで死ぬかもしれないよ……。
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