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after2:海王国に行こう!
2-5:浜辺で遊ぼう!後編
しおりを挟む■パティ 小人族 女
■13歳 セイヤの奴隷
あたいは海なんて初めてだった。
海っていう存在は知ってたけどまさか実際に自分が訪れる事になるなんて夢にも思わなかった。
本当にご主人様に拾われてからの日常は非現実的な事の連続だと思う。
あまりにそれが多すぎて、逆に昔の孤児生活が夢だったかのようにも感じるほどだ。
それはともかく海というのは非常に恐ろしい場所らしい。
あたいと同じように鉱王国出身の人は大概そうだと思うけど、海というものを知らな過ぎたのだ。
だから事前にお屋敷でご主人様による海の注意事項に関するお話が結構な時間をとって行われた。
そもそも泳げる人が少ないし、海の深さは川とは比べ物にならないほど深いらしい。
海水と淡水の違いもそうだし、波がある事で余計に動きにくく、泳ぎにくくなると。
あたいはチビだしそういった話を聞いて戦々恐々としていたわけだが、師匠曰く「【黒屋敷】の斥候なら泳げて当然」との事。
これには妹弟子という位置づけのキャメロさんも「ひえっ」と声に出していた。やはり泳げないらしい。
と言うかよくよく聞けば師匠も泳げないらしい。
しかし闇朧族の訓練には泳いだり潜水する事も含まれるらしく、師匠はそれを教わる前に追放されたので改めて水泳技術を習得したいと考えているようだ。
……それ暗殺者になる為の技術って事ですよね?
……組合員の斥候には関係ないんじゃないですかね?
まぁそんな事は言えないので従うしかない。
師匠がやると言えば、それはもう決定事項なのだ。あたいもキャメロさんにそう言って慰めた。
そんなわけで師匠とキャメロさんとあたい、今回の旅での三人の目標の一つには泳げるようになるというものがある。
船に乗っている時からラピスさんに教わりつつ、港町に着いて浜辺で遊んでいる時にも挑戦しているがなかなか上手に泳げない。
ラピスさんのようには泳げないし、浮き輪のお世話になる事も多い。
「んー、むずい」
「ボク全然上手くなってる気がしないよ……猫人族は水場が苦手な種族だって聞くし……」
「あたいも……土の民の小人族が上手く泳げるのかなって……」
「ん。ラピスは教えるのが下手。別の人に頼む」
最初はラピスさんに教えてもらっていたけど、どう聞いても人魚族独自の泳ぎ方だと思う。
本当の魚みたいに足をウネウネさせて、水かきを利用しつつ水を蹴る感じとか。
で、他に泳げる人は……と探せば、ツェンさんとエメリーさん、イブキさん、カイナさんが泳げるらしい。あとご主人様。
誰を先生にしようかと考えれば、もうエメリーさんとイブキさんしか居ない。普段から先生役だし。
「私の場合は四本腕を利用した水泳ですので参考になるか分かりませんね。イブキ、お願い出来ますか?」
「ああ、そうだな。私も得意とは言えないが他の連中よりもマシだろう」
「ん? イブキは泳げるけど苦手って事?」
「筋肉が多いと浮かびづらいらしいぞ? 私は侍女の中だとツェンに次いで筋肉量が多いだろうからな」
「んー? でもツェンは泳げる?」
「あいつは尻尾も使ってるから。ラピスの泳ぎ方に近い」
「「「あー」」」
なんとなく池とかを泳いでいる小さなトカゲをイメージした。確かに尻尾で泳いでいる感じだ。
で、イブキさんに教わりつつも、すぐさまビーチバレー大会が始まり、そのまま昼食のバーベキューと。
なかなか泳ぎを練習する機会がないまま時間が過ぎる。まぁ仕方ないけど。
昼食後にはご主人様がまた遊びの提案をしてきた。
食後の運動とばかりに。いや、食前でも結構激しく動いてましたよね? 言えないけど。
「ビーチフラッグって言ってな、こうしてうつ伏せの状態から競争して、あの旗をとった方の勝ちだ。またトーナメント形式でやるか」
またご主人様の元いらした世界の遊びらしい。
本当に色々知っているというか、娯楽の種類が多いと言うか。お屋敷のビリヤードとかもそうだけど。
いや娯楽以外の知識量もすごいんだけど。
魔法のない世界とは聞いたけど、こちらの世界にないものが多すぎるし、それを知っているご主人様もスゴイ。
ともかく先ほどのビーチバレーとは違い【器用】よりも純粋に【敏捷】の勝負になりそうな予感。
となれば一位はご主人様、二位は師匠で決まりじゃないだろうか。
そう思っていたのはあたい以外の全員も同じだったようだが、ご主人様が何も考えないわけがない。
「本当は線を引っ張って同じスタートラインから走るんだけどな。今回は【敏捷】の値でスタート位置にハンデをつける。この中で一番【敏捷】低いのはコーネリアだが、俺と勝負しても良い感じになるよう調整するからな」
『おおー』
つまりは誰にでも一位になるチャンスはあると。
ちなみに優勝した人にはカオテッドに帰ってから賞品が贈られるらしい。ビーチバレーで優勝したエメリーさんとミーティアさんにも。欲しいものをご主人様に買って貰えるそうだ。
そう聞いたみんなに気合いが入る。
あたいが優勝したらどうしようかなぁ……特に欲しいものが思いつかない。
昔に比べて豪華すぎる生活だし、飯も寝床も十分すぎる。服も装備も支給されてるし。うーん。
そう考えていると、隣の師匠から肩に手が置かれた。逆隣のキャメロさんにも。
「これはチャンス。私たちで上位を独占する」
「ええっ!? いやハンデは貰えるって言ってたし【敏捷】関係ないんじゃないの!?」
「そ、そうですよ師匠! むしろ勝ちにくくなってますよ!」
「だいじょぶ。斥候の素早しっこさを見せるチャンスだから」
何が大丈夫か分からないが、師匠曰く勝算はあるらしい。
【敏捷】値で距離が変わるって事は、寝た状態から起きる速度と、旗を掴む技術の差になるだろうと。
ならば小柄なあたいたちは有利に違いないだろうと。
はぁ、言われてみればそうかもしれませんけど……そうなると手強そうな人が二人ほどいらっしゃるんですけどねぇ……。
「じゃあまたクジ引いてくれー。トーナメントはさっきと同じなー。言っておくけど飛ぶのとスキル・魔法は禁止だからなー」
そう言われて順々に引いて行く。
あたいはトップになってしまった。クジ運が悪い。最初は様子見が良かった。
しかも相手はツェンさん。敏捷はもとより、砂浜で走る事を全く厭わない力強さの持ち主。
【黒屋敷】でトップ5に入りそうな絶対強者だ。
「えっと、線は……ここら辺だな。ツェンはこっち、パティはこっちに寝てくれ」
「ええっ!? あたいツェンさんより遠いんですか!?」
「【敏捷】ならあたしよりパティの方が上って事だろう。あたしは油断しねーぞ? 優勝して酒飲み放題にするからな!」
ご主人様が視線で「ツェンに勝たせるんじゃねーぞ」と言って来る。
遠くで師匠が「負けは許されない」と言って来る。胃が……。
「足を線からはみ出させんな。両手の上に顎を乗せろ。その状態から『よーいドン』って言ったら起き上がって旗までダッシュだからな」
「おう!」「は、はいっ!」
「ツェン?」
「ひぃっ、は、はいっ!」
「じゃあ行くぞ! よーい……ドン!」
とにかく素早く起き上がり反転、低い体勢のまま旗を目がけて走る。
砂浜というのが厄介だけど、裸足で全力疾走というのは昔を思い出す。
捕まれば死ぬ。そういう思いで逃げ続けたあの頃を。
ツェンさんの背中を捕らえるのは思いの外早かった。でもそこからツェンさんはさらに気合いが入ったのか、ほぼ横並びのまま旗まで近づく。若干あたいの方が速いらしい。
旗に向かって手を伸ばし、頭からジャンプ。
リーチは圧倒的にツェンさんが有利。でもあたいの方が低空飛行のようにジャンプ出来た。
結果、一歩先を行っていた事もあり、寸での所であたいの手が旗の軸をつかみ取る。
そのままツェンさんと共にズザーッと砂浜にまみれた。ケホッ、ケホッ。
「パティの勝ちー! 初戦からナイスファイトだったな! 二人ともよくやった!」
ご主人様やみんなから拍手をもらう。あたいは握った旗を上に掲げた。
隣でツェンさんが「酒が……」と項垂れている。あとでフォローしよう。
「パティちゃんナイスー! さっすが姉弟子!」
「ん。さすが弟子一号。私も鼻が高い」
師匠とキャメロさんにも褒められた。良かった。
やってみた感じを聞かれたけど、やっぱりスタートの仕方と旗に飛びつくタイミングが難しいんだと思う。
【敏捷】は重要なんだけどそれ以外の何かしらが必要と言うか、思った以上に複雑な能力を競う駆けっこって感じだった。
それから順々にトーナメントは消化されていく。
後衛の人は総じて旗との距離が近かったり、それなのに勝敗が読めない感じは見ていて面白い。
一番面白かったのはコーネリアさん対ティナちゃんだ。
コーネリアさんが旗から五歩程度しか離れていないのに、ティナちゃんは五~六倍離されていた。
で、それなのにティナちゃんが勝った。いやもうホントとんでもない子供だ。
キャメロさんも一回戦は勝ったが、二回戦で師匠に負けた。相手が悪い。
あたいは準決勝までは行けたけど、サリュさんに負けた。
師匠は準決勝でティナちゃんを下し、決勝戦へ。ちなみにご主人様は一回戦でサリュさんに負けている。
決勝は師匠とサリュさん。
ビーチフラッグというこの遊びを聞いた時、小回りが利く方が有利と言っていたが、あたい的には師匠とティナちゃん、サリュさんの誰かが優勝かなーと思っていた。まさかご主人様が負けるとは思ってなかったけど。
ある意味この決勝カードは予想通りだし、準決勝までティナちゃんと並んであたいが残れた事は嬉しく思う。
「ネネちゃん! 勝っても負けても恨みっこなしだからねー!」
「ん。でも負けない。この勝負は私が勝つ」
「さあ【黒屋敷】が誇る白黒コンビの決勝だ。準備はいいな? よーい……ドン!」
立ち上がって走り出す動きはまるで双子かのように同じだった。
距離があるのは師匠。しかし【敏捷】の差が示す通り、確実にサリュさんとの差を縮める。
と言うか悠長に見ている暇もないほどに速い。立ち上がって気が付けばもう旗の間近だ。
同時に飛び込み手を伸ばす。
結果は……二人が旗を持っていた。
「同着―! 優勝は二人だな! おめでとう!」
おお、二人同時優勝とかあるのか。ご主人様が言うからそうなんだろう。
サリュさんと師匠は勝てずとも共に優勝できてうれしそうだ。二人で旗を持った手を上げていた。
いや~なかなか面白い遊びだった。ご主人様が用意しただけの事はある。
え? もう少ししたら買い物して領主館に帰る?
ああ、そうですか。あれ? 結局泳ぐ練習とかは?
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