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after4:北は竜の地、邂逅の時
4-14:迫る竜は災い(精神的疲労)の元
しおりを挟む■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
「うわあっ! 竜だ! 竜がこっちに来てる!」
「逃げろっ! 全員、緊急避難だっ!」
「防人隊は山道方面に先導しろっ! 速くっ!」
俺たちの模擬戦を観戦するように集まっていた竜人族たちが一斉に騒ぎ始めた。
ネネの警告で気付いたのだろうが、どうやら竜人族は総じて目が良いらしい。
俺にはまだ上空の″点″が竜だとは分からない。
里の皆が蜘蛛の子を散らすように逃げる。俺たち以外に残っている竜人族は族長、スェルオさん、ディアクォさん、リークァンさんだけだ。
俺たちは武器を抜いて防衛体勢をとっているが、同じように里の最高戦力であるディアクォさんとリークァンさんもいざとなれば戦うつもりなのだろう。
しかしスェルオさんは防人隊の副長だから避難誘導とかした方が良いし、族長は立場的に逃げるのが当然だ。まとめ役であるのと同時に唯一の神官なのだから。
なのになぜ逃げないのか。早く逃げるよう俺の方から言うべきか悩んだ所で、族長とスェルオさんが呟いた。
「き、金色の竜……!」
「まさかあれが……!?」
は? その言葉に俺は再度上空を見るが……いや、小さすぎて分からん。陽の光とかもあるのによく金色って分かるな。
って、金色の飛竜って事はあれか? 昨日竜神が言ってた【輝帝竜】ってやつか?
会ったら見逃せとか言われたけど、向こうから会いに来ちゃってると?
神託したから大丈夫とか言ってなかったか? 俺たちを害す事はないとか何とか……。
うーん、どうしたものか。と悩みつつ、見逃さなきゃいけない存在なのには違いない。
仮に【輝帝竜】とは別種の竜だとしてもそれを確かめる術もない。
【輝帝竜】であってもこちらを襲って来ない保障などない。襲われたら迎撃せざるを得ない。
とは言えそれで殺しちゃうとマツィーア連峰の竜が暴れ出すのでそれも出来ない、と……。
「全員、防御陣形のまま待機! 仕掛けて来ても攻撃は禁止だ! いいな!」
『はいっ!』
「戦うとなれば俺だけ突出する形になる! 皆は周囲に被害が出ないよう守れ! イブキ! 指揮は任せるぞ!」
「ハッ!」
これしかない。飛んでくる竜に対して専守防衛で食い止めるとなると魔法じゃ無理だし、天使組やケニじゃ厳しい。
シャムシャエルならいけるかもしれないが相手の竜の強さがネネの言うように亀レベルだと無理だろう。
やはり俺が出るしかない。
と、侍女が集まる中から俺は前に出る。
俺の目にも上空のそれが『金色の竜』だと分かる距離だ。いや『白金の竜』と言った方が近い。
本当に亀くらいデカそうな四枚翼の竜。竜神に迫るほど見事なフォルム。
ああ、こいつは【輝帝竜】だな、と確信した。
さあ、ブレスでも撃ってくるようなら<空跳>するかと意気込んでいた所で――空から声が響いた。
『其の方がセイヤ・シンマか』
喋るのかよ! いや竜神の時も思ったけど! あいつは神だから喋るんじゃねえのか!?
同様に『竜が喋るはずがない』と思っている周りの連中も驚いている。侍女も里の人たちもだ。
俺は竜神に会ったばかりだからそれなりに冷静になれている部分もあるのだろう。
とにかく向こうに話す意思があるなら答えないわけにはいかない。
「そうだ! お前が竜神の言ってた【輝帝竜】か!」
『いかにも』
話しながらどんどんと降下してくる【輝帝竜】。
広場に着陸するのかと思ったら滞空したまま俺と話したいらしい。下りたら広場が埋まりそうだからその方が助かるが。マジで亀サイズだし。うちの屋敷と庭を合わせたくらいはある。四枚翼を広げているから余計にそう見えるのかもしれない。
しかし近くで見れば本当に見事な竜だな。
火竜とかも「これぞ竜」って感じでカッコ良かったけど、こっちは「竜の王者」って感じ。
白金に輝く鱗はプラチナアーマーかと見紛う豪華さ。所々ゴツゴツと尖っている部分もありそれが装飾のようだ。
角は四本、これも王冠という感じがして非常に立派。これを見ちゃうと風竜とか火竜がしょぼく見えるな。
後ろの侍女たちからも「おおー」という声が上がる。
「一応聞くがこの里を害すつもりはないんだよな?」
『無論だ。それが竜神様の御意思でもある』
よし。言質はとれた。まぁ竜相手に言質もクソもないのかもしれんが。
俺は族長たちと共に居るスェルオさんに言葉を投げる。
「スェルオ殿! 避難した皆さんに安全だと伝えて下さい! ただ広場にはしばらく近づかないように!」
「あ、ああ、分かった!」
無駄に逃げる必要はないけど、だからと言って近づいて大丈夫とは思えない。
何等かの拍子でこの巨体が動けばそこいらの家なんか余裕で吹き飛ぶだろうしな。
足が震えていそうなスェルオさんが広場から出て行くのを後目に俺は【輝帝竜】と向き合う。
「で、用件は何だ? 俺は竜神からお前と接触しないように言われたんだが」
『うむ、我は竜神様より「接触するな」とは言われておらぬ。其方を「害すな」とは言われたがな』
屁理屈に聞こえるんだが?
『此処へ来たのはな、其方の顔が見たかったのだ。女神ウェヌサリーゼ様の使徒とはどういった者なのかとな。もちろん其方の事は竜神様より聞き及んでおる。さすがは勇――』
「あーあーあー! 分かった! 分かったから皆まで言うな!」
危ねえよ! 今『勇者』とか言おうとしてただろ!
竜人族の人たちはもちろん、グレンさんとセキメイにだって言ってないんだからな!?
いや海王国では散々勇者扱いされたし、俺が違うって言った所で『戦う力を持った女神の使徒』って時点で勇者扱いされるものなんだろうけど。
俺はミツオ君みたいに女神から使命を受けたわけじゃないし、邪神と戦う力もないし、全世界の種族を率いる事なんて出来るはずもない。
ミツオ君と同じく『女神に下ろされた転生者』ではあるけど、俺の中では断じて同じ存在ではない。つまり勇者ではない。
というのは俺が個人的に思っている事で、侍女や海王国・神聖国の連中からすれば、俺もミツオ君も同じなんだろうけど。
ともかく【輝帝竜】が来た理由は『女神の使徒』と会っておきたかったって事か?
まぁ俺の方から向こうに会いに行く訳がないしな。住処がマツィーア連峰の山頂らしいし。
『我も他の神子と顔を合わす機会などない。せいぜいがこの集落を遥か雲の上から眺めるくらいのものだ』
ああ、竜人族は同じ竜神の眷属だから一応気にしてたのかな。
神子ってのは『神から神託を受ける人』だろう、多分。神官とか巫女と同じ意味だと思う。
で、族長が神子であるとは知っていたと。
竜神の神子同士で挨拶しといた方がいいんじゃないかと族長の方に目を向けたが……ダメだな。超ビビってる。【輝帝竜】が威圧感ありすぎなんだよな。
ただでさえ里にとって竜は災害的な扱いだし、そこの親玉がこれだけ近くに居ればそれは仕方ないかもしれない。腰が抜けてないだけマシだ。
平然としてるのは侍女の半数くらいだけ。まぁ竜とは散々戦ってるから免疫があるんだろうな。
『しかしこの場には【樹神ユグド】様の神子も居る。さらには神子より遥かに神々に近しい【女神の使徒】が居るのだ。我も神子としてこの機を逃すわけにはいかんとな』
「別に俺は神に近いってわけじゃないぞ」
なんか意外とミーハーな理由だな。破天荒なタイプの王様なんだろうか。
と言うかミーティアの事まで知ってるのか。竜神はどんだけ俺の個人情報を漏らしてるんだよ。
『謙遜するでない。すでに其方の力は知っておる。そして――その力を我も欲している』
「ん?」
『我は竜神様の神子として山脈に住まう竜どもを統べなければならぬ。これは竜神様の御意思だ。しかし山脈は広く、我の力が及ばない所もまた多い』
マツィーア連峰に住んでいる竜は【輝帝竜】の統率下にあっても、知能の低い亜竜とかは人を襲うって竜神が言ってたな。
その事を言ってるのか? それとも竜であっても統率出来ない種が居るとか?
『【輝帝竜】としての力の限界。これは本来どうしようもないものだ。我に並ぶ竜などおらぬのだからな。しかし其方と共にあればそれを打ち破れるかもしれぬ』
……こいつ、何言ってやがる?
「待て。竜神から何を言われたのか知らないが、俺がお前を強く出来ると? そんなの出来る保証はないし、共に行く事だって出来ないぞ?」
<カスタム>について聞いているのか分からないが、スキルの詳細までは知らないはずだ。
あくまで<カスタム>は女神が創ったスキルのはずだし、仮に従属神たちがその詳細を知っていれば各々の神子にレベルやステータスの事なんかを伝えているだろう。
それを知れば誰だって強くなれるだろうし、それによって眷属が強化される。神々が黙っているはずがない。
だから【輝帝竜】が言っているのは『侍女たちが俺の奴隷になって強くなった』『非戦闘系種族でさえ戦えるようになった』という事実を指しているのだと思われる。それは否定できない。
【輝帝竜】はそれで『一緒にいれば種族限界を超えて強くなれるかも』と言っているのだろう。
しかし俺の<カスタム>は奴隷限定だ。
竜に奴隷契約が出来るのかどうかも分からんし、この世界にテイマーめいた職がない以上、竜を【従魔】のようには扱えない。
仮に奴隷に出来たところで、竜に対して<カスタム>が有効なのかどうかも不明だ。
そもそも『共にあれば』とか言われても、カオテッドに連れて帰るわけにもいかないだろう。
カオテッドどころか鉱王国の街にも入れない。こんなデカイ畏怖の象徴みたいのを連れて「これペットなんで」とか言えるはずもない。SSSランクだろうが『カオテッドの英雄』だろうが無理に決まってる。
……もしかすると俺を【輝帝竜】の住処に連れて行くって事か? 山頂のおうちに?
死ぬだろ。耐寒は<カスタム>してあるけど酸素が足りなくて死ぬわ。俺は鍛え抜かれた登山家じゃねえんだぞ。
「言っておくけど俺がそっちに行くのは無理だからな?」
『うむ。それはそうだろう。そして我も神子としての役目がある以上、山脈を離れるわけにはいかぬ。共に行く事は出来ん』
ホッと一息。したのも束の間――
『なので次代の神子にその任を託す事にした』
「……は?」
その言葉を待っていたかのように【輝帝竜】の背中から一体の竜が飛び出した。
白金の鱗と四枚翼。姿かたちは【輝帝竜】そのままだが……体長が二メートルほどとかなり小さい。
その子竜は俺の前まで飛んでくると、器用に右前足を上げた。
『よろしく頼むのじゃ!』
「……は?」
『セイヤ・シンマよ、我が娘を僕とし連れて行くがよい』
「……え?」
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