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王都観光に興奮していたはずが
しおりを挟む午前中はおじいちゃん先生の授業、午後はアルウィン立ち会いのもとライナス第一王子と訓練をするようになってから数日後。"大変なこと"について調べてくれていたおじいちゃん先生から、やはりそういう記述が記されている書物は1つもないと聞かされがっかりしていたところに。
「ミト、王都を観光してみないか」
アルウィンの一言に、俺はバッと顔を上げて期待の眼差しを彼に向けた。
この国のことを知るたびに王宮の中にはない王都の風景を見てみたいと思うようになっていたが、早く聖魔法を使えるようにならないとというプレッシャーもありそんなことは俺から言い出すことは出来なかった。そんな俺の思いに一番近くにいるアルウィンは気付いたようで、国王に許可を取ってくれたのだ。
「いいの!?本当に!?」
「認識齟齬魔法をかけて俺が絶対に護衛するという条件のもと許可を得た」
「嬉しい!ありがとう、アルウィン!」
妖怪はあれから動きがなく大人しくしているという。妖怪村の近くに見張り台を設置し、常に監視する騎士を何名か交代で置き、彼らが妖怪村から出てくるような動きがあればすぐに知らされることになっている。だから今は大丈夫だろうと許可がおりたようだ。
「黒髪黒目は異世界人にしかない色だからすぐにバレてしまうし、異世界人が召喚されたと発表されてから一目見たいと懇願する国民が後を絶たないから混乱してしまう。認識齟齬魔法をかけているとはいえ、言動には注意してくれ」
「もちろん!」
異世界召喚された日からずっと王宮内の塔にいた俺は早く外の世界を見てみたくてワクワクがおさまらない。市井の屋台やお店、王族や王宮に務める高位の人間ではないこの国の人たちの姿を見れることは異世界をより強く感じられそうで興奮する。
俺は細かくあれはダメこれはダメというお小言を言ってくる宰相に見送られ、アルウィンと共に馬車に乗って都の中心地へと向かった。アルウィンの転移魔法で簡単に行くことも出来るが、俺は行きの景色やその時間を楽しむのも観光の1つだと言って断った。
「なにあれ!何かでっかいカラフルな鳥が飛んでた!」
「あれはスロラックという名前の鳥でよく飛んでいるぞ。王宮周りは安全確保のためにスロラックが嫌がる周波を出しているから近付かないが、王都ではよく見られる」
「へぇ~!あ、あれはなに!?」
「あれは浮遊魔法を使える集団が空をキャンパスに見立て、色とりどりの煙を用いて絵を描くパフォーマンスをしているところだ。今は遠目だから少ししか分からないが近くに行ったら観賞してみよう」
異世界らしい見たこともない現象が馬車の中からでも分かり、俺は黙っている時間が1秒もないんじゃないかと思うほどアルウィンに終始話しかけては説明してもらっていた。
興奮が抑えきれず、ずっと口角が上がりっぱなしなのが自分でも分かる。そんな俺に優しく丁寧にいろいろ教えてくれる彼が一緒だからか、もうすでに楽しかった。
王都の中心地に着き馬車を降りると、そこは多くの人で賑わい活気で溢れた市井の光景が広がっていた。
大きな噴水や国王らしき銅像が建てられているのを中心に、見たこともない食べ物を売る屋台や異世界らしい服を飾る洋装店、武器や魔道具などを売るお店がずらりと並ぶ光景は圧巻だった。
俺は高ぶった興奮の中、なるべく声も身振りも抑えてアルウィンと共に目についたものからいろいろ見ていく。分からないことや不思議なことはすべてアルウィンに聞けば何でも教えてくれて、新たな知識をどんどん吸収していくのも楽しかった。
屋台で買った食べ物を食べながら浮遊魔法による空でのパフォーマンスを近くで観賞したときは、日本でいうブルーインパルスほどの壮大さはないもののそれよりも細かい描写を表現し、ストーリー仕立てになっているのがとてもおもしろくて大興奮だった。
「ミト、興奮しすぎて倒れないようにな。あと探知魔法をつけているから例えはぐれたとしてもすぐに見つけるが、不安だったら俺の裾を掴んでいてくれ」
「うん、ありがとう!」
手でも繋ぐか?という言葉を無意識に期待してしまっていた自分を心の中で殴る。観光客や地元の人など多くの人でごった返しているが、もしはぐれたとしてもアルウィンは身長が191㎝もあり頭が群衆の中から飛び出しているからすぐに見つけられるだろうなとは思う。
けれど少しでも彼に触れていたくて、俺はアルウィンの言葉に甘えて彼の黒地の裾をキュッと掴んでまた別の店へと向かって歩き出した。
「キャー!!!」
突如、賑わっていたざわめきの中から女性の悲鳴のようなものが響き渡る。何事かと俺はビックリして足を止め、アルウィンは俺の肩を抱いて守るような姿勢を取った。
「痴漢よ!誰か捕まえて!騎士の方、騎士様はいらっしゃる!?」
その叫び声に周囲の人からアルウィンに視線が向けられるのが分かる。黒地に銀の刺繍が入った彼の服は騎士の服として知られている。一目で騎士と分かるアルウィンに助けを求めるような視線が注がれ、俺をここに置いていくか迷う素振りを見せるアルウィンの背中を押した。
「アルウィン、俺はここで大人しく待ってるから早く行ってあげて」
「だがお前を1人にするわけには…」
「俺なら大丈夫!探知魔法があるんだし、悪人捕まえたらすぐに俺のところに戻ってこれるだろ?」
「…そうだな。騎士として助けないわけにはいかない。すぐに終えて戻ってくる。誰か変なヤツに声かけられても無視してあの店の下で待っていてくれ」
「わかった」
そう言って叫び声の方に向かったアルウィンを見送り、俺はさっき彼が指差した方にある店の前に行く。痴漢が出たことに不安そうな表情を浮かべる女性もちらほらいるが、みんな俺と同じくらいかそれよりも大きめの身長なせいか、俺は子供に見えるかもなと思った。
この国の平均身長は男性が182㎝、女性が173㎝だと教えてもらった。道行く人はみんな日本人と比べたら圧倒的に背が高く、整った顔立ちの人たちばかりだ。
髪色や瞳の色もカラフルで比較的多そうなのは赤茶色、青色、緑色ってところか。金色は王族の色らしく市井では見かけない。もちろんどこを見渡しても黒髪黒目は1人もおらず、認識齟齬魔法をかけてもらえることで安心して観光できていることを実感する。
人間観察をしたり街並みを眺めながらアルウィンの帰りを待っていると、すぐ後ろから1人の男の子がじっとこちらを見ていることに気が付いた。
深く被ったフード付きの上着から茶髪の毛先が見え隠れしている。年齢は10歳くらいだろうか。この国の人は大きいからもう少し下の年齢かもしれない。
キュッと上がった猫目が可愛らしいが、不安そうな、助けを求めるような表情をしている。俺はそっと彼の前にしゃがんで目線を合わせ、声をかけた。
「ぼく、どうしたの?迷子になっちゃった?」
「あ…あの、気付いたら、ここにいて…」
「お父さんとお母さんは一緒に来てない?」
「…一緒じゃない」
「そっか。お家の場所は分かる?」
なるべくゆっくり優しい声になるのを意識して聞くと、彼はそっと指先をとある方向に向けた。大まかな方向しか分からないが、とりあえずお家に帰してあげないと不安だろう。
いや、こういうとき日本ではお巡りさん、この世界でいうとたぶん騎士を呼ぶのが正解なのだが、今騎士は痴漢騒動でアルウィン含めてそちらに行ってしまっている。
「お家からここまでは近いの?」
「ちょっと走ったらすぐだった」
「そっか、それならお家までお兄さんと一緒に歩こう。1人だと危ないかもしれないからね」
「ありがとう!」
彼に手を伸ばすと素直に俺の手を掴む。走ったらすぐだと言うし、歩いて数分くらいならちょっとこの場を離れて帰ってくる頃にアルウィンも帰ってくるかもしれない。
「俺はミトっていうんだ。ぼくの名前は?」
「ぼく、ウィルマ!」
「ウィルマ、可愛い響きだね。どうして走ってここまで来たの?」
「兄ちゃんと喧嘩して…気付いたらあそこにいた」
「そっか、お兄ちゃんがいるんだ。いいなぁ、俺もお兄ちゃんほしかったよ」
手を繋ぎながら指を差された方向に向かって歩き出す。彼の手は子供特有のふわふわした感触の中にざらついた感触もあり不思議だなと思った。
「ぼくの兄ちゃん、意地悪なんだ。遊びに行きたいって言っても許してくれないし…」
「そうなの?でも今頃お兄ちゃん、心配してるんじゃないかな」
「心配…いや、怒ってると思う…どうしよう、帰ったら怒られるかな…」
「俺が一緒に謝ってあげるから心配しないで」
「本当?ミト、優しいね!」
ニコッと嬉しそうに笑うとウィルマの八重歯が見えてその愛らしさにつられて笑顔が溢れる。ウィルマは歩きながら馬車や女性のドレスに興味を示し、初めて見たような反応を見せた。
もしかしたら身体があまり強くないから外に出してもらえず初めて見るものが多いのかもしれないなと思う。顔色はいいし溌剌した印象からは病気のような雰囲気は一切ないが。まさか深い事情があるか、あまりよろしくない家庭環境なのではと危惧しつつ歩みを進める。
しばらくウィルマが走ってきたという方に案内されながら歩いているものの中々家のようなものは見えてこない。むしろ中心地からどんどん離れ、森に近付いて行っているような気がした。
「ウィルマ、もうだいぶ歩いたけど本当にこっちの方角であってる?」
「うん、匂いはこっちだもん」
「匂い?」
「兄ちゃんの匂いがどんどん近付いてきてるよ」
匂いが近付いてきているとはどういうことだ、と頭にハテナマークを浮かべる。一応鼻をひくひくさせて匂いを嗅いでみるが、特に何も分からない。子供は不思議なことを言う生き物だから彼なりの冗談なのかなと思っていると、ウィルマは不思議そうに俺を見上げて、問いかけてきた。
「ねぇ、ずっと思ってたんだけどミトのお耳はどこにあるの?」
「え?耳ならついてるでしょ?」
「ううん、ないよ」
「えー?」
また不思議なことを言い始めたなと思いながらも、その場に立ち止まりしゃがんでウィルマに向けて自分の耳を引っ張って見せる。きょとん、とした顔のウィルマの瞳の瞳孔が、細く縦長なことに今気付いた。
「え?それが耳なの?とっても小さいし変なところについてるね!ぼくの耳は…」
ウィルマが言いかけたとき、突如足元がよろけるほどの突風が吹き、砂埃が舞う。咄嗟に目を瞑った俺はバランスを崩し、勢いよく尻餅をついた。
ぶわり、風ではない大きな気配のようなものを感じ、グルルという不穏な音が聞こえて俺はゆっくりと目を片目ずつ開けた。そこには。
「…ひぇ!?」
黄色と茶色が混ざったような体毛に縞模様、大きな胴体、白く長いヒゲ。テレビの中でしか見たことがない、食物連鎖の頂点に立ち最強といわれる動物。
―――トラが、目の前にいた。
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