【完結】異世界召喚されたのに命を狙われまくるなんて聞いてない。

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獣人との出会い

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    あまりの迫力に俺は完全に腰が抜けていた。こんなに近くで肉食動物を見たことがない。じっとこちらを真っ直ぐ見つめてくる虎からなぜか目が離せない。
    どうしてこんなところに虎がとか、どこからやって来たんだとか、考えたいことはいっぱいあるはずなのに頭の中は真っ白だった。

「兄ちゃん!」

    そんな白い思考を現実に引き戻したのは子供の元気な声だった。ウィルマの存在を思い出し、彼が虎に襲われるかもしれないという新たな恐怖が沸き起こりそうになったところで、ウィルマの言葉を反復した。

「に、兄ちゃん…?」
「うん!ミト、兄ちゃんが迎えに来てくれた!」

    虎を兄ちゃんと呼ぶとはどういうことだとウィルマに視線を向けてまた目を見開く。被っていたフードが脱げ露になった彼の頭には、丸くて縞模様が入った虎耳のようなものが生えていた。
    驚きすぎて呼吸が逆になりそうな俺にさらなる追い討ちが襲う。なんと目の前の虎が突然白く光り、一瞬でいなくなったと思ったら、目の前に現れたのはゆうに2mは越えるような大男。

「兄ちゃん!ミトだよ!獣人村まで送ってくれようとしたんだ!」
「弟が、世話になった」

    黄味がかった茶髪は刈り上げられ、おでこがよく見えるほどの短髪から生えている縞模様の虎耳。切れ長の鋭い目。黄金に輝く瞳の中に縦長の黒い瞳孔があり、俺を高い位置から見下ろしている。
    表情筋がほとんど動いていないような、小さく口許を動かして出された声は深く、重い。広く大きな肩幅に胸筋がはち切れそうなほど主張をしている。肩幅よりも細めの腰からゆらりと見えた、縞模様の尻尾。俺は、見たものを捉えて、理解した。

「獣人……」

    獣人村から出るはずがない獣人が、目の前にいる。その大きすぎる体格と噛みつかれたら一溜りもなさそうな威圧感に圧倒され、単語を溢すことしか出来なかった。

「ミト、大丈夫?兄ちゃんが獣化してたせいでミトがびっくりしちゃったじゃないか!」
「お前が悪い。帰るぞ」

    俺なんて最初からいなかったかのように興味がないのか、無愛想に吐いてウィルマの兄は背を向ける。しかしウィルマはまだ尻餅をついている俺にがばりと抱きつき、叫んだ。

「まだ帰らない!ミトと遊ぶんだもん!」
「…え」
「ミト、いいよね?獣人村にはまだ帰りたくない!ミトみたいな人間がいる街でずっと遊びたかったんだ!」

     俺が人間であるということは理解していたようだ。耳がどこにあるのか聞いたのは、人間の姿を見たことがなかったから自分達と同じ場所にあるのだと思っていたってことか。
    少し冷静を取り戻しつつあった俺は、とりあえずウィルマを抱き締めながら身体を起こし立ち上がる。立ってみるとウィルマの兄のでかさに思わず背が仰け反った。

「で、でっけぇ…」
「ミト、兄ちゃんはいっつも怖い顔してるけど案外優しいから大丈夫だよ。食べたりしないよ!」
「う、うん…ウィルマのお兄ちゃんならきっと優しいんだろうね」
「……」

    一度背を向けたものの、ウィルマの言葉に振り返らざるを得なかったのか、再び彼に見下ろされる。アルウィンよりも武骨で猛々しく、野性味溢れる整った顔をしていた。しかし無表情で全く感情がよめず、見下ろされているだけで呑まれそうな怖さがあった。
    どんなに怖そうな人でも、初めて見る獣人でも、まずは話してみなければ仲良くも悪くもなれない。俺は震えそうになる声に力を込めながら、自己紹介をすることにした。

「初め、まして。俺はミト。人間、です…俺も王都に来たばかりでこの辺のことは分からないんだけど…獣人村はここから近いんですか?」
「…ドロモア。俺たちはすぐ。人間は遠い」
「あ…そう、なんですね」
「変な話し方、やめろ」
「あ、えと、ごめん」

    変な話し方とは敬語のことかなと思いとりあえず謝る。ドロモアというのが彼の名前だろうか。淡々と短く話す彼の言葉から察するに、獣人の脚力であれば獣人村はすぐそこだが、俺たち人間の足だと結構遠いということだろうか。

「ウィルマ、もしかして獣化して走ってた?」
「うん!ここの辺りまでは獣化で来たよ!街が見えて人間を怖がらせちゃうと思って獣人化したの!偉い?」
「うん、偉いね」

    獣人にはイヌ科、ネコ科、クマ科など様々な種類がいる。基本的に獣化出来ない獣人はおらず、獣人村では人間と同じ四足歩行で暮らしているようだが興奮したり威嚇や攻撃の意思があるときに獣化すると学んだ。
    つまりさっきのドロモアによる獣化は弟を守るための俺への威嚇だったということだ。ウィルマが説明してくれたから獣化を解いたのなら、一歩間違えれば命の危機だったなと冷や汗を流した。

「でも獣人村を出ることってこれまでなかったはずだけど…大丈夫なの?ウィルマは罰せられたりしない?」
「きつく叱る。バレる前に戻る」
「あ、なるほど…ウィルマ、今日は早く獣人村に戻った方がいいかも。また今度遊ぼうよ。次は俺から遊びに行くからさ」
「えー!村長も村のみんなも人間は怖いから村から出るなって言ってたけど全然違うじゃん!ミトはこんなに優しいし、街もたくさん人間がいて凄かった!ちょっと音や色が多すぎてびっくりしちゃったけど…」

    あの不安そうなウィルマの表情は、初めて見る色合いや初めて聞く音の多さに驚いて固まっていたのかと納得する。
    ウィルマの言葉によると村を出ないのは出る必要がないからではなく、人間を恐れているのかもしれない。人間は獣人を恐れ、獣人は人間を恐れているなんて悲しい話だなと思った。

「ウィルマ、今日はお兄ちゃんの言うことを聞いて帰ろう。きっとまた会えるし、遊べるから」
「…本当?ミト、また会える?」
「うん、必ず」

    悲しそうに目尻を下げるウィルマの猫目に視線を合わせながら、俺は小指を差し出す。意味が分からず不思議そうに小指を見つめるウィルマに、約束の証だと指切りげんまんを教えた。

「指きった!はい、約束だよ」
「うん!約束!」

    八重歯ではなく牙だった歯を見せてニカッと笑うウィルマの頭を撫でてから立ち上がり、ずっと黙って俺たちを見下ろしていたドロモアを見上げる。無表情で無愛想で武骨な雰囲気だけど、きっと彼も見えないだけで優しいものを持っているはずだ。

「ドロモア、って呼んでもいいかな」
「…ん」
「いつか、獣人村に俺が遊びに行ったら…歓迎してくれる?」
「お前、獣人怖くないのか」
「うーん、確かに獣化の姿は怖かったし今もドロモアは大きくて迫力が凄いなとは思うけど…獣人も人間を恐れているのなら歩み寄る余地があるなと思ったんだ。人間から攻撃しなければ獣人は攻撃してこないって習ったし。過去に先に悪かったのは人間の方だしね」

    もう数百年も同じ界に住んでいるのに、これまで妖怪は妖怪村、獣人は獣人村、妖精は妖精の森に留まり交わることがなかったのは歩み寄る精神が人間になかったからだと思う。
    異層界から突然やって来た彼らに恐れをなし、自分たちの暮らしと安全を守るために仕方なかったのだとしても、歩み寄り手を取り協力し合えばもっといい世界になるかもしれないのにと思う。これは俺が異世界人だから出てくる甘い考えなのだろうか。

「俺はいつか獣人村に人間が、獣人が人間の街に自由に行き来できるような時代が来たらいいのになって思う。夢物語かもしれないけどその第一歩として、俺が最初に獣人村に遊びに行きたいな」
「…お前なら、歓迎する」
「うん!ミトが遊びに来てくれたらとっても嬉しい!」
「本当?ありがとう!俺たちの足では遠いみたいだからいつになるかは分からないけど…俺も楽しみにしているね」

    約束の言葉を交わして手を振ったウィルマと無表情だけど小さく頷いたドロモアは、同時に獣化する。大きな虎と小さな虎はあっという間に風を切り、森の奥に消えていった。俺は彼らが消えていった方向に向かってしばらく手を振り続けた。

    初めて会った獣人は、可愛いく素直な小さい虎と。無愛想だけど弟思いな、大きく逞しい虎だった。


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