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騎士はセクシーな匂いがする
しおりを挟むアルウィンから滞りなく注がれる視線は暗く重い雰囲気を漂わせている。俺は上げていた口角が変なところで引っ掛かって止まり、徐々に下に落ちていった。
さっきまでスープを飲んでいたはずなのに喉が乾いたと思うのは彼の視線の強さが俺から水分を奪っているのだろうか。俺はごくりと生唾を飲み込み、口を開いた。
「ほ、本当に俺は王子よりもアルウィンと一緒にいたいって思ってるよ?」
「……ミトは王子のことを…その、憎からず思っているんじゃないのか」
「憎からず…?まぁ、初対面が最悪だったからね。マイナスから始まって今はやっと0に近付いてきたって感じかな。アルウィンは最初からプラスの始まりだったよ」
「プラスから始まったなら落ちていく一方ではないか」
「ええ?なわけないよ!アルウィンの好感度はずーっと上がっていく一方だよ!それは自信を持って言えるから信じて!」
アルウィンでも人からの好感度とか気にするんだと少し以外で可愛く思う。しかしこれもきっと異世界人の護衛として少しでも良く思われていないとやりづらいからなんだろうなと予防線をはった。
「それならいいが…ミトは俺と話しているときよりもライナス王子と話しているときのほうが生き生きとしているような気がしてな」
「生き生きっていうか、王子が嫌味ったらしかったり口数が多いから自然と言い返す言葉やからかうことが多くなるってだけだよ。生き生きしてるわけじゃなくて会話のテンポがアルウィンとは違うってだけ」
「なるほど、会話のテンポか。確かにそれは人それぞれかもしれんな」
「そうでしょ?俺が一緒にいて一番楽しいのも嬉しいのも癒されるのもアルウィンだよ。アルウィンと一緒に過ごせる時間はこの先どのくらいあるのか分からないけど、全部大切にしたいなって思ってる」
正直な本音を溢すと、アルウィンは席を立ち上がり向かいの俺の席まで近寄ってくる。俺は椅子に座ったまま近付いてくるアルウィンを不思議に思いながら見上げていると。
「ミト、抱き締めてもいいか」
「へ…?」
「今、すごくミトを抱き締めたい気分なんだ。ダメか?」
「だ、だだめじゃない!もも、もちろんいいよ!」
スムーズに答えたつもりが吃りに吃りまくってしまった。かっこ悪くて赤面すると共に心臓が一気に暴れだす。そしてアルウィンに抱き締められると、さらに暴れだして胸から心臓が突き破ってくるかと思った。
「ミト…」
切なさと甘さと穏やかさを混ぜたような声で名前を耳元で呼ばれ、胸が轟くように躍る。どきんどきん、と動悸が打つ音が全身に響き渡る。嬉しさと同時に、心を指で触られているかのように切なかった。ときめきすぎて、逆に苦しくて、解放されたいのともっと求めたいのと。相反する感情に引き裂かれそうだった。
「…アルウィン、あったかいね」
「そうか?こうしてミトを抱き締めているととても落ち着くのに落ち着かない気持ちにもなる。なぜだろうな…」
俺は落ち着けるわけがない。むしろ暴れまわりたい。ずっと抱き締めていてほしいけど、早く離してくれなければ大変なことを口走ってしまいそうで怖い。アルウィンを好きだという想いが外に出たがっている。彼の中に入りたがっている。それを必死に抑え込んでいる。
「ミトは本当に…いい匂いがする」
「え、どんな?」
「甘い桃のような、瑞々しい果実の匂いだ」
「そうなんだ、知らなかった。アルウィンは赤ワインみたいな匂いがするよ。甘さと苦さを持った、大人でセクシーな匂い」
「そうか。ミトは俺の匂い、好きか?」
「もちろん、好き」
「俺もミトの匂い、好きだ」
あぁ……"好き"の意味は違うけれど、一時両思いになれた錯覚をしてしまう。今この瞬間だけを切り取って箱に入れ、毎晩枕元に置いておけばこの夢を毎日見られるだろうか。幸せな夢すぎて毎朝起きるのが辛くなるかもしれない。
「ありがとう、ミト。沈んでいた気持ちが晴れやかになった」
「…よかった」
「そろそろ浄化してベッドで休もう」
「うん」
赤くなっている顔を隠すようになるべく視線を落とす。離された腕の体温がもう恋しい。出来てしまった隙間がもう憎い。
それでも、俺の気持ちがアルウィンに知られるよりはずっとマシだ。知られなければ、これからもそばにいてもらえるんだから。
「おやすみ、ミト。良い夢を」
「アルウィンも。おやすみ」
食事を使用人に片付けて貰い、浄化魔法をかけられればもう夜の挨拶をする時間。少しうたた寝をしてしまったから眠れないかもしれない。いや、ずっと暴れている心臓がうるさすぎて眠れないかもしれない。
それでも俺は無理やり目を瞑った。幸せな気持ちに無理やり氷水を浴びせた。アルウィンには、リジーさんという婚約者がいることを忘れるなと、火照った頭を冷やすために。たとえアルウィンに結婚の意思がないとしても、解消していなければいつ結婚してもおかしくないのだから。
ひたすら素数を数えているうちに、俺の意識はずぶずぶと下へ下へ、引きずりこまれるようにして沈んでいった。
***
―――キィ、キィ。
またこの夢だ、と思った。少し遠くに、男か女かも分からない人影が見える。顔は見えないのに、すごく美しい人だと分かる。
ぼやけた視界、ぼやけた輪郭、ぼやけた背景。すべてがくっきりと線をなさず、ぼやけて何重の線にも重なって見える。
少し遠くにいるその人が、前回よりも少しだけ、こちら側に近付いてきた。もっと近くにきてその美しい顔を見せてほしいと思うのに、顔はぼやけたまま見えない。
しかし今日は、その人の髪が黒く、長いことだけは分かった。ゆらゆらと、長い髪の毛がぼやけたまんま揺れている。あの長さは、女性だろうか。
少しだけ近付いたその人はまたピタリと止まって、じっとこちらを見つめている気配だけがする。何かを伝えたいのか、何かを察してほしいのか、よく分からない。
俺から声をかけたいのに、喉の奥に石が詰まったかのように全く声が出なかった。俺から近付こうと思っても、身体は重たい石のように動かなかった。
そしてその人は、また笑った。ぼやけて見えないはずなのに、笑ったと分かった。美しい笑みだと、思った。
―――キィ、キィ。
***
夢から覚めたというよりも、夢から追い出されたような感覚で目が覚めた。意識が朦朧としていて上半身を起こしながら空き缶を振るような感じで何度か頭を振り、ベッドから下りようとする。しかし、なぜか足元の床が抜けているような錯覚に陥る。俺はまたベッドに身体を横たえた。
ついさっきまで夢を見ていたことは覚えていたのに、それが一体どんな内容の夢だったのか思い出せない。ただただ、眠れた気がしなかった。
ベッドに横になりながら、ボーッとする意識にまた眠気が襲ってくる。しかしアルウィンが隣の部屋に続く扉から現れ、重たい瞼を無理やり何度か瞬きをして動かした。
「ミト…?おはよう。あまりよく眠れなかったようだな」
「…うん」
アルウィンが近付いてきて俺のベッドに腰かける。彼の指が俺の額に触れて熱をはかり始めた途端、ぼやけていた視界がスーッとミントの風が吹いたように晴れていく。これも魔法の一種なんだろうかと思いながら俺はベッドから起き上がった。
「アルウィンのおかげで目が覚めた!おはよう!」
「俺は何もしていないが元気そうなら良かった。今日も1日頑張ろう」
「うん!そろそろ魔力くらい芽生えさせないと!」
聖魔法までは遠い道のりでも初級基礎魔法が使えるくらいの魔力はそろそろ芽生えてほしい。俺が顔を叩いて気合いを入れると、アルウィンは小さく微笑んでくれた。
朝食を終え、いつものように午前中はおじいちゃん先生の授業を終え、昼食もすませてライナス王子との魔力訓練へと向かう。そろそろペンドリック王国は本格的な夏に入るため、これまで中庭で行っていた訓練も暑さが厳しくなる。
そのため今日からは中庭ではなく、北塔にある屋根付きの広場で行うとアルウィンに説明された。北風が入るそこは屋根があるおかげで日差しも遮られ、夏でも涼しいのだという。俺が暑さに弱く体力を奪われやすいため、アルウィンから提案してくれた案だそうだ。
初めて王宮の北にある北塔に来たが、直射日光が入らない立地だからか同じ王宮の敷地内とは思えないほど涼しく、これなら夏でも大丈夫そうだと胸を撫で下ろす。
魔力を身体に馴染ませるだけなら室内でも出来るのだが、突然魔力が芽生えたときに魔力暴走を起こす人がたまにいるらしい。それが室内だと天井や壁を吹っ飛ばすほどの威力になることもあるとか。俺もその可能性がないとは限らないため、必ず魔力訓練は外で行うようにと定められている。
「あ、もしかしてあっちに見えるのって後宮?」
「そうだ。右から第一後宮と並んでいて一番左が第五後宮だな」
「へぇ~北塔からは見えるんだね」
「見えるがミトは近寄るなよ。女の嫉妬と陰謀が渦巻いているからあまり空気が良くない。国王様の妾の中にはライナス王子目的で後宮入りした女性もいると聞いたことがある。勝手に嫉妬されて目の敵にされたら面倒だぞ」
「うげ、まじか…ありがとう、よく覚えておくよ。それにしても王子、今日は遅いね。いつもうんざりするほど時間にうるさいのに」
「誰がうんざりするほどうるさいだ!この無礼者め!」
「げっ」
あちゃー、と心の中で舌を出す。タイミング悪くライナス王子が到着し、腕を組んで偉そうに鼻をならしている。俺の言葉が聞こえていたようでこめかみをひくひくとさせていた。
「お、おはよう王子。今日もいい天気だねーあははー」
「笑って誤魔化せると思うなよ!ったく、お前は本当に生意気なやつだな!姉上にまで気に入られやがって!」
「エレノア様にまた会いたいなぁ。王子が小さい頃の話とか聞きたいかも」
「ぼ、僕の話を聞くなんて許さんぞ!」
「えー?だって絶対エレノア様に可愛がられてそうだし小さい頃の王子も可愛かったんだろうなぁって。逆に泣き虫で恥ずかしい話が多かったりするの?」
「なななわけない!!僕は幼い頃から魔力が多くて優秀だったのだ!お前と違ってな!」
「へー。まぁ、絶対優秀だったとは思うけどその分たくさん頑張ったってことでしょ?王子がどんな努力をしたのか見たかったな」
「ど…努力はそんなに…いや…そうだな、ふむ。僕は努力を怠ったことなど一度もないからな!」
「でしょうね。だからあれだけ綺麗な魔力なんだろうし。あ、今日も訓練よろしくお願いします」
「ふん!今日こそ魔力を芽生えさせて見せろ!」
「精進しまーす」
そうして今日も始まった魔力訓練はやはり俺に何の兆候もなく終了の時間が近付いてきた。王子からあーだこーだ言われすぎて耳が痛いが、俺だって一生懸命やっているのに、と愚痴りたくなってくる。
終了時間まであと10分頑張ろうとしたところで王宮の使用人が足早にやってきて頭を垂れた。
「し、失礼致します!デロリー宰相様から至急アルウィン様を呼び出すよう承りました!アルウィン様、至急お向かい下さいませ」
「デロリー様が…?何かあったのか?」
「いえ、内々の話だそうで直接会ってからお話になるとのことです」
「…分かった。殿下、申し訳ありません。しばらく席を外しますので私が戻ってくる間、ミトのことをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ふん!まだしごきたりないからな!早く行ってこい!」
「感謝致します。ミト、行ってくる。決して1人になるなよ」
「うん、行ってらっしゃい」
宰相に呼び出されたアルウィンと使用人が北塔から去っていくと、俺は王子に言われるがまま訓練の続きに集中した。もう少しで終了の時間だったのにアルウィンが帰ってくるまでこれは続くのかと、少し遠い目になったのは許してほしい。
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