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初恋の苦しさに苛まれる
しおりを挟むその声は、重さを含んでいるものだった。落ち着いた大人のような声でもあり、不機嫌さを隠しきれない子供のような声でもあった。
「……殿下、ご気分でも優れませんか」
「違う。ちょっとこいつの肩を僕の頭置きにしているだけだ。なかなか良いぞ」
「でも王子、俺ちょっと肩痛くなってきたんだけど…」
「この貧弱者が!少しくらい僕を労れ!」
「労ってる労ってる。アルウィン、王子がもう少し俺に甘えたいみたい」
「甘っ!?」
がばり、勢いよく上げられた顔。肩にあった頭が上げられたのだから自ずと俺の顔と近くなってしまう。鼻先が指1本分くらいの距離にあるアクアマリンの瞳はさっきまでの潤んでいた気配は消え、元の輝きに戻っていた。
「お前の騎士が帰ってきたのだから僕はもう帰る!この僕が護衛してやっていたことを感謝しろ!」
「うん、ありがとう。いろいろ話聞けて良かったよ。また明日もよろしくね」
「ふん!明日もしごいてやるから覚悟しておけ!」
飛ぶようにベンチから立ち上がったライナス王子は捨て台詞のようなものを残して北塔を去っていく。相変わらず照れ屋でおもしろいなぁと思いながらその輝かしい後ろ姿を見送った。
俺もベンチから立ち上がり、宰相に呼ばれていたというアルウィンに向き直って彼を見上げると、塩を噛んだような苦い顔がそこにはあった。
「アルウィン…?どうしたの?宰相の呼び出しは緊急事態だった?」
「…いや。特にミトや妖怪に関する話ではなかったから安心しろ」
「じゃあどうしてそんな顔を?何か変なもの食べさせられた?」
「……俺は今、どんな顔をしている?」
「うーん、苦い薬を無理やり飲まされたような顔にも見えるし、何か怒りを抑えているような顔にも見える」
俺がそう指摘すると、アルウィンは片手で顔の下半分を覆ってふい、と俺から視線を逸らした。気に障るようなことを言ってしまったかなと内心慌てていると、アルウィンが深く深呼吸をする音が聞こえてきた。
そこまで深呼吸しなければならない理由は何なのだろうと気になり、アルウィンの顔を覗き込むようにして見上げる。彼は一度目を瞑り次に開けたときには、元の男前な顔をさらしていた。
「…大丈夫?」
「ミト、すぐに転移で部屋に戻るぞ。捕まれ」
「え、う、うん」
何か緊急の用があったわけでもないのに転移魔法を使うというアルウィンを不思議に思いながらも、言われた通り彼の腕を掴む。するとなぜか身体を素早く持ち上げられ、気付いたらお姫様抱っこの状態で自分の部屋に戻ってきていた。
どうしてアルウィンが俺を持ち上げた状態で転移したのか分からなかったが、とりあえず下りようとした。しかしアルウィンの腕ががっしりと俺の背中と足を抱えていて下りることが出来ない。俺はアルウィンの首に腕を回しながら彼に問いかけた。
「アルウィン…?もう自分で歩けるよ?」
「……ソファまで連れていく」
静かな声、しかし意思の固い声で言われ、俺はドキドキドコドコとうるさい心臓の音が聞こえないように胸を手で押さえた。
やけにゆったりとした足取りでソファまで連れていかれ、そのままソファに座らせてもらうのかと思っていたが。なぜかアルウィンは、俺をお姫様抱っこした状態のまま、ソファに腰かけた。
「ア、アルウィン?」
「なんだ」
「…普通に座りたいなぁって」
「俺にこうされるのは嫌か」
「嫌、では全然ないしむしろ…ごほん、でも重いでしょ?アルウィンの膝が痛くなっちゃうよ」
「ミトは軽すぎるから大丈夫だ。もう少し太らせないといけないな」
「この世界に来てこれでも少しは太ったと思うんだけどね」
はは、と笑ってみせるが好きな人とこんなに密着した状態で平常心でいられるはずがない。アルウィンが黙ると俺も言葉が続かず、風向きを測るような、含みのある短い沈黙がおりた。静寂が広がりきる前に、アルウィンが沈黙を破った。
「…ライナス王子と、親しげだったな」
「うん、前よりは心を開いてくれている感じがするかも。王子の過去の話を聞いたんだ。あの横暴な振る舞いにもきちんと理由があって本当はずっと寂しかったんじゃないかな」
「ミトは…ライナス王子を、好き…なのか」
「うーん?嫌いではなくなったけど好きかと聞かれると…やっぱりまだあの貞操観念は受け入れられないし嫌味もたまにかちんと来るときがあるけど…うん、友達としてみたら好きになれるかも」
「…そうか」
頷きながら少し安堵が含まれたため息を溢したように見えたのは俺の気のせいだろうか。アルウィンの表情がさっきまでと比べてだいぶ柔らかくなっていることに俺も安心する。
しかし好きな人とこの距離、この体勢で密着していることは全然落ち着かない。アルウィンがじっとシルバーの瞳で俺を見つめている気配を感じるが、恥ずかしくて視線を合わせられない。アルウィンの胸に焦点を合わせる俺の顔を、そっと彼の手のひらが俺の頬を包んで持ち上げた。
「さっきまで意味の分からないひどい苛立ちに胸を焦がされていたんだが、こうしてミトと触れあっていたらとても良くなった。ミトには癒しの効果があるのかもしれないな」
「え、そ、そう?俺にはよく分からないけど…アルウィンの気分を良く出来るなら嬉しい。でも、あの…ちょっと、近すぎて…恥ずかしい」
「俺はミトの丸い瞳が好きなんだ。伏せられてしまってはよく見えない。だからこっちを向いてよく見せてくれ」
ドキン、ドキン、ドキン……好きな人にそんなことを言われて嬉しくない人なんていない。頬が火照り、胸が弾むのを抑えられない。俺の気持ちに気付いているのかいないのか、未だにはっきりとは分からないけれど気付いていてこんなことをしているのなら、アルウィンは魔性の男だ。
ポーッと精巧なつくりの顔に釘付けになってしまう。瞳が彼から逸らせない。涼しげなシルバーの瞳も、凛々しい眉も、頬の傷跡も、俺には魅力的すぎる。胸が苦しい。
「顔が赤いな…熱でも出たか?」
「っ…ぇ、だ、大丈…!?」
絡み付いてほどけない視線の中、アルウィンが俺の赤くなった頬をひと撫でしたあと、急に顔が近付いたと思ったら。
アルウィンのおでこと、俺のおでこがくっついていた。
「…ぅ、ぁ、アルウィン…近い、よ…」
「熱は無さそうだな。こうしてはかるのが一番分かりやすいんだ」
ズキン、一瞬にして心臓に痛みがはしる。嬉しさと恥ずかしさが途端に急降下して、頭からサーッと血の気が引く。俺は唇を震わせながら、アルウィンの胸を出来る限りの強さでぐいっと押した。
「…ミト?」
「あの、本当に大丈夫、だから…そろそろ夕食の時間だしその前にトイレ行ってくる!」
俺はアルウィンの上から少し乱暴な勢いで下り、バタバタと室内にあるトイレへと駆け込んだ。思ったよりも強く扉を閉めてしまい、大きな音の余韻が残る。俺は少しずつちぎって捨てるような苦しい溜息をついて便器に腰かけた。
"こうしてはかるのが一番分かりやすい"というアルウィンの言葉を反芻する。 それは、俺以外にも額と額をくっつけて熱をはかったことがあるから出る言葉だ。
その相手はもしかしたら孤児院の子供たちかもしれない。しかし彼と額を合わせる人物で一番に思い浮かんだのは、やはりリジーさんだった。
アルウィンがリジーさんの熱をはかるために彼女の額に自分の額を合わせている姿を想像するだけで胸がギシギシと音を立てて軋むような痛みに襲われる。嫌な想像を打ち消したくてぶるぶると頭を振った。
さっきまでドキドキしながらも幸せな気持ちでいっぱいだったのに、アルウィンのたった一言で穴の底に突き落とされたような気分になってしまった。これが恋というものなのか、と愕然とする。
優しくて穏やかな気持ちになれる、幸せで温かい気持ちになれる、ドキドキしてキュンキュンと胸が高鳴る。そんなキラキラで可愛らしいものだけで溢れた恋心ならどれほど良かっただろう。
現実の恋は、こんなにも息が苦しい。手に届かないものを漠然と憧れるような想いだけなら良かった。届かないと分かるから、手を伸ばさずにすむ。
しかしアルウィンと俺の距離は、あまりにも近すぎる。手を伸ばしたら届いてしまいそうな、勘違いしてしまいそうな感覚が常にある。彼からもたらされる体温も、言葉も、視線も、期待してしまうような熱が静かに漂っている。
物理的に距離が離れれば次第にこの肥大化していく一方の恋心も小さくなっていくのだろうか。しかしアルウィンは俺の護衛であり、常に一番近い場所にいる。抑えようとしている恋心が膨らみ続けていくことが、あまりにも苦しかった。
「はぁ…どうしよう…」
誰か、この苦しい恋の火を消す方法を教えてほしい。彼のそばに居続けるためには、この火を鎮火させなければいつかその火に焼かれて焼死してしまいそうだ。
叶わない恋なら、早く捨ててしまいたい。叶わない恋だからこそ、大切に自分の中だけにしまっておきたい。相反する感情に挟まれて押し潰されそうだ。
俺は初めての恋があまりにも苦しすぎて、異世界に来てから初めて日本に帰りたいと強く思った。
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