42 / 110
強すぎる刺激と自覚した騎士
しおりを挟むちょっと力を入れて蹴とばしさえすれば大抵のものはあっけなく崩れ去りそうに思えるほど、室内の空気はピリピリとしていた。
俺を背後から抱き締めるアルウィンの力が強く、彼の怒気が伝わってくる。俺からは見えないアルウィンの表情を、ドロモアは静かに見下ろしていた。
「なぜ、獣人がここにいる」
「…ミトを守るため」
「守るためだと?また危害を加えに来たんじゃないのか」
「違う。もうしない」
「信用に値しないな。今、ミトに何をしていた?」
「忠誠の証。虎は頬を舐める」
「…頬を舐める?ミト、舐められたのか」
「へ?あ、う、うん…たぶん」
「…どっちだ」
「え」
「どっちの頬を舐められた?」
「ひ、左」
アルウィンの声の気迫が凄すぎて声がひっくり返りそうになりながらも何とか答えると、胸に巻き付いていた腕が上に上がり、さっきドロモアに舐められた左頬をごしごしと拭うように擦られた。結構な強さで擦られ、少し頬がひりついて痛かった。
「ミトに二度と触れるな。俺が許さない」
「……」
「何しにここへ来たんだ。そもそもどうやって入った?」
「俺が窓を開けちゃって入ってきたんだ。俺も迂闊だったよ、ごめん…何か証拠がどうのとか俺を獣人村に連れていくどうのとか言っているんだけど話がよく分からなくて困ってたんだ」
「何だと?お前、ミトを獣人村に連れていこうとしたのか?」
「連れていかないと、ミト狙われる」
「連れていったら殺されるの間違いじゃないのか?獣人も妖怪と同じように異世界人をよく思っていないだろう」
「……ミトは違う」
「お前がミトに懐いたことはよく分かった。そのおかげで妖怪から助けてもらったことも感謝はしている。しかしミトを獣人村に連れて行こうとするならば敵と見なして今ここでお前と殺り合う」
「……」
殺気が充分に込められたアルウィンの声に、俺に向けられたわけではないのにステンレスの冷たさを押し当てられたかのように背筋が粟立つ。ビリビリと毛が逆立つような緊張感に、唾を飲み込む音すら慎重になる。
アルウィンを見下ろすドロモアは、相変わらず無表情で何を考えているのか分からない。しかしアルウィンから俺に視線をうつすと、なぜかその瞳が揺らめいたように見えた。
「…ドロモア?」
「帰る。また来る」
「二度と来るな」
「ミトは、俺の主」
「え?」
「だから、また来る」
「ちょ、ドロモア…!」
俺はドロモアの主とはどういうことだと聞きたかったが、彼は凄い速さで窓から姿を消した。最初から最後まで意味がよく分からず、俺は唖然として彼が残したこの空気に包まれるしかなかった。
しかしそんな余韻に浸る間もなくぐるりと身体を回され、ようやくアルウィンの顔を見れた。その表情は今までに見たことがないほど暗く、激しく歪んでいる。シルバーの瞳が曇っているように見えた。
「…舐められた以外に、されたことは?」
「な、何もない!それだけ!」
「くそが…ッ」
アルウィンから険悪に満ちた尖った言葉が溢されてヒュッと息をのむ。俺に対して言っているわけではなく、思わず出てしまったと分かるものだったが、それでも言葉の圧が重くて心臓がひやりとした。
「ア、アルウィン…ごめん、俺が迂闊にドロモアを中に入れちゃったから…」
「…やはり、ミトのそばを一瞬でも離れてはいけないとよく分かった。お前を1人には出来ない」
「う…ごめんなさい」
「違う、ミトは悪くない。ミトは優しいから、助けられたこともある獣人が王宮内の人間に見られたらまずいとでも思って、室内に入れたんだろう?」
「うん、そうなんだ…でもまさか獣人村に連れていこうとしたり頬を舐められたり服を脱がされそうになるなんて思わなくて」
「服を脱がされそうになった、だと?」
「あ…いや、そこは逃げ回ったから大丈夫だったんどけどね!」
「……」
少し表情が元に戻ってきたと思ったら俺の余計な一言でまた怖い顔になってしまったアルウィンに慌てて弁明する。しかし彼は無言で口を引き結びしばらく固まったあと、俺をひょいっと持ち上げてベッドまで運んだ。
「アルウィン!?ど、どうしたの?」
「……」
やけに足音を重く響かせながら歩くアルウィンに問いかけるが、無言しか返ってこない。アルウィンの眉のあたりに凄まじい怒りが滲み出ているのを目にして、思わず視線を逸らした。
荒々しくベッドに投げられるかと思ったが、下ろすときは優しく丁寧でこんな時でも自分の怒りより俺への気遣いを感じて胸が高鳴る。しかしアルウィンを酷く怒らせてしまったことが悲しくて、唇を噛んだ。
ベッドに肘をついて横たわる俺の上からアルウィンが覆い被さるようにして見下ろす。シルバーの瞳がギラギラと光っていて、視線だけで全身を捕らえられているようだった。
「…アルウィン、あの…俺、本当にいつも単細胞思考でごめんね…」
「……何について謝ってる?」
「俺が考えなしにドロモアを部屋に入れたから怒っているんでしょ?だからそれについて謝ってる」
「それにも確かに憤りを感じるが、それよりも俺は…ミトがアイツに触られたことが何よりも許せない」
「へ…?」
「消毒させてくれ」
「しょ、消毒?どうやって?」
触られたのは頬だけだよなと思いながら何をどう消毒するんだと頭の中にハテナマークを浮かべていると。アルウィンの精巧な顔がスローモーションのように近付いてきて、俺は息を止めた。
アルウィンの舌が、俺の左頬をベロリと舐めた。
息が詰まったような驚きに全身が支配され、何が起こっているのか分からない。舐められた頬が火傷しそうなほど熱いと感じるのに、さらにそこにアルウィンの唇で吸い付かれる感触がした。
ちゅ、ジュ、と変な音がベッドの上に響き、俺は全身を硬直させたまま何も出来ない。何も言えない。ただただ、アルウィンの唇と舌が触れている左頬が熱くて仕方がなかった。
「…フッ、赤くなってしまったな。痛むか?」
顔面の肌でアルウィンの吐息を受け止めながら、かろうじて小さく首を横に振ることは出来た。反対の右頬をアルウィンの左手がなぞり、擽るように親指が動く。全身が心臓になったかのように、激しく鼓動していた。
「ミト…可愛いな…」
なんだ、これは。一体、なんなんだ、この状況は。俺は今、好きな人とベッドの上で、何をしているんだ。
目が回りそうな勢いでぐるぐると考えるが、全く冷静になれない頭では意味がなかった。好きな人の声に、体温に、感触に縛られた思考では、何の答えも出せなかった。
「ミトは…あの獣人を、どう思っている?」
「……ぇ、と」
「好きだなんて言わないよな?」
「…ぅ、うん」
「良かった。アイツを決して信用するな。ミトを守るのは……俺だ」
上手く話せているのか分からない。自分の声がどんな声をしているのかも分からない。アルウィンがどんな表情で何を言っているのか、分からない。
俺は、突然の情報量と急激に上がった体温のせいか、いつの間にか気絶するように眠りに落ちていた。意識を失う直前、ちくりと首筋に痛みを感じた。
***
刺激が強すぎたのか、突然意識を失ったミトに最初は焦ったものの、ただ寝ているだけだと確認した俺は安堵のため息を吐いた。
舐めたり吸ったりした左頬が楕円形に赤くなっていて童顔なミトの顔をさらに幼く見せている。これを俺がつけた痕だと思うと、自分の頬の傷跡とお揃いで一生残ればいいのにと思ってしまう。
国王に報告し終わり、探知魔法でミトの様子を探れば第三者の気配を感じて慌てて転移で部屋に戻った。虎の獣人がミトにキスをしているかのように見えたあの時は、自分の中にこれほどの怒りが眠っていたことに驚くほど、怒りと憎悪で思考も全身も支配されていた。
キスではなかったものの、ミトが他の男に触れられたという事実は、俺の中でずっと名前がついていなかった感情をようやく自覚させた。
「好きだ、ミト」
俺は今目の前で眠る、異世界から来た異世界人のミトが恋愛感情として好きだ。この上なく、それはもう、好きだなんて可愛いものだけではおさまらない、重い執着をぶら下げた"好き"だった。
人を好きになったことがなかったせいで気付けていなかったが、ミトを誰にも触れさせたくないという独占欲も、俺がミトを守りずっとそばにいたいという執着心も、好きだと認めてしまえばすべて納得出来る。
もっと触れたい、もっと痕をつけたい、もっといろんな表情が見たい。その赤くて小さな唇の感触を味わいたい。がぶりと噛みつきたい。すべてを俺のものにしたい。
一体いつからこんなに重くてドロドロとした欲望にまみれた感情を抱くほど、彼を好きになっていたのだろう。自覚したのが遅かっただけで、わりと早い段階から魔力訓練で毎回手を繋ぐミトとライナス王子の姿を苦々しい思いで見つめていた気がする。
自覚した今は、ライナス王子が言っていた、ミトがいつか王子の妃になる未来なんて何がなんでも阻止したい。
何の目的があってのことか分からないが、獣人村に連れていこうとした虎の獣人にも指1本触れさせたくない。
どうすればミトを俺のものに出来るだろうか。
異世界人としての役目があることはよく分かっている。ミトが聖魔法を使えるようになれば王子と子をなさずにすむ。使えなかったとしても自覚した今、そんなことは絶対にさせないが。
そして皮肉なことに、まだ自分は婚約者がいる身だ。この中途半端な状態でミトに想いを告げることは出来ない。早くすべてを片付けて、ミトに想いを伝えたい。ミトの様子からしても、きっと少なからず俺を特別に思ってくれていると自信を持って言える。
しかし彼は優しいから、婚約者がいる俺を思って身を引こうとすらしそうだ。リジーと結婚する気はないとはっきりミトに伝えてはいるが、正式に婚約解消出来ないままだと彼はずっと気にするだろう。
そして、あのおぞましい命令も、どうにかしなければいけない。
俺は何があってもこの愛おしい存在を守る。ミトを傷付けようとするものからすべて、俺が守ってみせる。そして、すべてが片付いたらミトに想いを告げるのだ。
「それまで俺以外に目移りするなよ、ミト」
唇にしたいのをグッと堪えて、彼の右頬にキスを落とした。首筋には赤い痕を1つ、くっきりと残して。
46
あなたにおすすめの小説
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
よく効くお薬
高菜あやめ
BL
昼はフリーのプログラマー、夜は商社ビルの清掃員として働く千野。ある日、ひどい偏頭痛で倒れかけたところを、偶然その商社に勤める津和に助けられる。以来エリート社員の津和は、なぜか何かと世話を焼いてきて……偏頭痛男子が、エリート商社マンの不意打ちの優しさに癒される、頭痛よりもずっと厄介であたたかい癒し系恋物語。【マイペース美形商社マン × 偏頭痛持ちの清掃員】
◾️スピンオフ①:社交的イケメン営業 × 胃弱で塩対応なSE(千野の先輩・太田)
◾️スピンオフ②:元モデル実業家 × 低血圧な営業マン(営業担当・片瀬とその幼馴染)
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
αが離してくれない
雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。
Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。
でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。
これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる