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騎士と宰相の関係の真相
しおりを挟む気付いたら、自分の部屋に戻ってきていた。目の前でライナス王子が何か言っている。でも何も耳に入ってこない。全身に力が入らず、魂が抜けたように呆然とする。
あの真夜中の刺客も、ビンスカースの人間が牢獄から抜け出したのではなく宰相が仕掛けた刺客だったのだ。それをアルウィンは知っていて、俺に嘘をついていたと言うことだろうか。けれど彼はあの時も、俺を守ってくれた。
信じたくないし、あれはアルウィンの宰相を騙す嘘だと思う自分もいるのに、俺を殺すように命令されて「御意」と返した彼の声が耳から離れない。たった2文字が、衝撃的すぎて、放心状態になってしまった。
あーあ、なんかもう、いいや。
聖魔法を使えるように頑張ろうとした努力も、異世界のことを学ぼうとたくさんした勉強も、ここで生きるために頑張ってきたことも、もう全部どうでもいいや。
だって俺、みーんなから命を狙われている。
妖怪からも他国からもこの国の人間からも、好きな人からも。みーんなから、命を狙われている。
俺、なんのために異世界召喚されたんだろ。なんのためにこの世界に来たんだろ。誰のために生きてるんだろ。
もうすべて、どうでもよくなってしまった。
心が、折れてしまった。
「おい!しっかりしろ!!」
つい昨日、伝えたいことがあるって言い合ったばかりなのに。婚約破棄出来たら、伝えないようにしなければと思っていた想いを、伝えられると思っていたのに。
好きな人からも、俺は命を狙われるの?
「しっかりしろと言っているだろう!あれは僕とあの騎士が仕掛けた罠だ!わざとあの場を作り出したんだ!」
……え?
ライナス王子の言葉が、初めて耳にスッと入ってくる。俺は絶望にのまれそうになっていた心に、一筋の光が差し込んだみたいに顔をゆっくりと上げた。
「僕がこの耳で聞いたことは証拠となる!物的証拠が出ないから強行手段として宰相の口からお前を暗殺する趣旨の言葉を聞き出すために、僕と騎士が仕組んだ場だったのだ!あいつの言葉はただの台詞であり、本心などではない!それくらい分からぬのか!」
この時はただ、何かが瞬く間に俺の中で膨らんで、胸をいっぱいにし、他の感情の一切を押し潰してしまった。目の前がぼやけて歪み、息をするのもやっとの中、俺は我慢が出来ずにわっと声をあげて泣いた。
「だったら最初からそう言っておいてぐれよ~~!!!何だよもう~~!!王子のばが野郎~!!!」
「なっ、泣くことはないだろう…!」
「お、俺がっ…ど、どんな気持ちになっだと…!うぅ、うえぇーん!」
「お、おおおい!な、泣くな…!」
今まで生きてきた中で最悪の絶望感のあとに、さっきの会話は宰相の言質を取るためだったのだと明かされ、一気に安堵の波にのまれ堰を切ったように涙が次から次へと溢れ出てくる。
「だっ、だっで!王子はアルウィンに宰相のことを疑っていることを隠そうとしたじゃないか!何ならアルウィンのことも疑っていたじゃないか!」
「そ、それはそうだが…」
「何でいつの間に王子とアルウィンが手を組んでいるのさ~!俺だけ仲間外れにしやがっで~!!!」
「きゅ、急遽のことだったのだ!」
「ミト…!殿下、何事ですか!?」
そこへ、さっきまで宰相といたはずのアルウィンが慌てた様子で帰ってきて、俺は王子の手を振り払ってアルウィンの胸の中に飛び込んだ。
「っ!?ミト、なぜ泣いて…」
「さっぎの、さっぎの会話は嘘だってことなんだよね!?アルウィンがお、俺を…俺を殺そうどなんてしないってことだよねぇ!?」
「なっ、当たり前だ!!殿下、まさかミトもあの場にいたのですか!?何も説明せずに連れてきたのですか!?」
「うっ…す、すまない…僕の落ち度であったと…認める」
「あなたは何てことを…!あぁ、ミト、こんなに泣いて…すまない、たとえ嘘であっても嫌なことを聞かせてしまった。一旦落ち着こう。温かい飲み物を飲んで甘いものを食べよう」
アルウィンが子供を宥めるような優しい声で俺の背中を撫でさすりながら、抱き締めてくれる。アルウィンの匂いが鼻腔いっぱいに広がり、鼻水で詰まりそうだった鼻腔を癒してくれる。
ひっくひっくと変な呼吸をしながら、アルウィンに促されるままソファに深く座る。王子がアルウィンに睨まれて気まずそうに、扉の外にいる使用人に飲み物を頼んでいた。
「うぅ、っ…お、俺…びっくりしちゃって…ごめん、アルウィンを疑ったわけじゃなくて…」
「分かっている。何も聞かされずあんな場面の会話を聞いたら、俺に殺されるかもしれないという恐怖心を抱くのは普通のことだ。ミトは何も悪くない。何も言わなかった俺と殿下が悪い」
「て、てっきりこいつも知っている計画かと思っていたんだ!」
「そんなわけがないでしょう。殿下に話したのはつい1時間前のことでその時に突然決まった計画なのにいつミトに話せる時間があったというのですか。殿下1人で来られるものだとばかり思っていたのに、まさかミトまで連れてくるとは…浅はかにも程があります」
「ぐっ…う、うるさい!確かに僕が勘違いしたのが悪いがここまでこいつが泣くのもおかしいだろう!お前も僕に話す前にこいつに話しておけ!」
「ミトを巻き込まずに今回の件を終息させたかったのにあなたって方は…私はいくら責めても構いませんが、ミトを責めるのは大間違いです。やめて頂きたい」
俺の背中や腕を撫でさする優しいアルウィンから発せられているとは思えないほど、厳しく固い声がライナス王子に向けられている。アルウィンは静かに激怒しているようだった。
使用人が持ってきた温かい紅茶を受け取って一口飲むと、幾分か呼吸も感情も落ち着いてくる。アルウィンが俺の頬を流れる涙を優しく指先で拭ってくれて、どうしてこの優しい人に殺されるなどと思ってしまったのか、自分に憤りを感じた。
もう一度紅茶を啜って少し冷静になると、どう考えてもアルウィンが宰相を騙すための返答だと分かるのに、会話を鵜呑みにして絶望して自暴自棄になりそうだった自分が恥ずかしかった。
「はぁ…自分がこんなにバカだったなんて…」
「ミトは何も悪くない。傷付けてしまって本当にすまない。ミトの知らぬ間に事は片付くはずだったんだが…」
「ぼ、僕は…!……確かに悪かった、すまな…いと思っている」
「ううん、今は安堵感が大きくて王子を責めようとは思わないよ。俺こそ勝手に勘違いして子供みたいに泣きじゃくっちゃってごめんね…びっくりしたよね」
「ミトは優しすぎる」
「うっ…あ、あんなに泣いている人間を見たのは初めてでどうしたらいいのか分からなかったが…泣かせてしまったのは僕の行動が原因なんだろう。…悪かった」
「うん、ありがとう」
泣いたことで鼻声になった変な声で王子を安心させるために微笑みながら感謝を伝える。確かに突然のことで驚いてパニックになりかけたが、王子がしっかり俺の目を覚ましてくれたから自暴自棄の行動に出ずにすんだ。
一体どういう経緯だったのかを聞くと、確かに突然のことであったのだと納得できる話だった。
アルウィンは宰相からずっと孤児院の子供たちを人質に取られるような形で言いなりとなって来たらしい。多額の寄付を宰相が孤児院にしてくれていたため、宰相の一言で孤児院を取り壊すことも、子供たちの未来も決まることになる。
宰相の言うとおりに動いていれば今まで通り孤児院は守られ、子供たちは安全に暮らし、良い貴族の元で働けるよう斡旋してもらえる。
そしてアルウィン自身も給与として騎士としては高額なお金を貰える。それはリジーさんとの婚約破棄をするにあたり、マクラウド男爵から多額の違約金を払えるなら婚約破棄をしてもいいと言われていたアルウィンにとって、お金は少しでも多く欲しかった。だからアルウィンは宰相から言い渡される仕事を1つ残らず受け入れていた。
その中の1つであり、これまでで一番大きな仕事が俺の護衛兼監視だった。
驚くことに、宰相は異世界人の俺が変なことを仕出かすのではないかと最初から疑っていたらしく、俺が不審な行動を取らないように護衛という名目で俺を監視するよう、アルウィンに言っていたのだ。
アルウィンはその理由を聞いたりなどはしてこなかった。今までもただ仕事を貰うだけでどうしてそうしなければいけないのか、何のためなのかなど、聞いてこなかったらしい。
最初は俺が不審な動きもなくただ授業や魔力訓練を頑張っていることを宰相に報告していた。しかし、初めて北塔に訓練場所を移した日、アルウィンが急ぎの用事で宰相に呼ばれた時があった。その時に、宰相から俺を殺すよう命じられたらしい。
アルウィンは、初めて宰相の命令に強く反発し、理由を聞いたが教えてもらえなかったという。その命令は受け入れられないこともきっぱり告げると、命令を聞かないのなら孤児院の子供たちを他国に売り飛ばすと脅されたそうだ。
あの宰相がそんな冷酷なことを言うのかと驚いたが、どうやら宰相の様子もどこか洗脳されているかのようにおかしかったという。
どうしてわざわざ異世界から召喚した俺を殺そうとするのか意味が分からず、アルウィンは混乱した。しかし何が何でも俺を守ろうと心に誓ったと聞かされたときは、胸が熱くなった。
「しかしミトを守りながら、どうやって孤児院の子供たちを守るか、それが大きな難題点となった。だから俺は、時間稼ぎをすることにした」
宰相には命令をのんだふりをして、俺を殺す機会をうかがっているように思わせつつ、その間に孤児院の子供たちを宰相の目に届かない新しい孤児院に移そうとしていた。前に俺と孤児院訪問したときに院長と2人で話していたのは、元々孤児院の場所を移す計画があり、それについて話していたそうだ。
俺を殺すよう命じられるよりも前に孤児院移設の話は出ていたが、アルウィンはそれを宰相に知らせる気は最初からなかった。この先孤児院を盾に無理難題の仕事を強要される可能性があると不穏な気配を感じ取っていたらしい。
その勘は当たり、俺の暗殺命令が出た時点でアルウィンは宰相の目が届かない場所に孤児院を移す計画を本格的に練り始めた。主導は院長が取り、アルウィンは宰相に嘘の報告をし続けていたという。
そして真夜中の刺客については、元々アルウィンは刺客が来ることを事前に知らなかった。アルウィンの行動が遅く痺れを切らした宰相が、アルウィンの結界に穴を作りそこから部屋に刺客を侵入させ、俺を殺そうとした。
しかしアルウィンは素早くそれに気付き、刺客を返り討ちにし、宰相に呼び出されるときに使われる部屋に死体を見せしめのように放置したという。
「もうあなたの言いなりにはならない、というメッセージを伝えるためにな」
そこでアルウィンと宰相の主従関係は、切れたという。それに焦りを感じた宰相は早く俺を殺す且つ自分に足がつかないように、王宮内ではなく公爵家で俺を毒殺する計画を立てた。
これにはまさかアルウィンも公爵家に宰相の手が伸びているとは露知らず、俺が倒れたときに心底後悔し、必ず宰相を葬ると決めたらしい。
しかしアルウィンは、毒を盛った宰相の手先がエレノア様かライナス王子だと疑ってしまったようで、ライナス王子に宰相のことを話すのは危ないと判断した。つまり、アルウィンと王子はお互いにお互いを疑いあっていたということだ。
しかし王子が必死に黒幕候補を探して宰相にまで辿り着いていると分かり、アルウィンは王子に今回の罠を仕掛ける話をすることに決めた。
宰相からアルウィンへの呼び出しは主従関係が破綻した時点でなくなっていたが、アルウィンは考え直して俺を暗殺することにしたと宰相に話す場を作る。そしてその会話を王子が聞けば、それは証拠となり宰相を捕らえることが出来る。
その計画を急遽実行できたのが今日であり、アルウィンは急いで王子に場所だけを伝えて宰相との密会場所で王子の気配を待っていた。
しかしそこに、俺にも宰相が黒幕だという証拠を聞かせ、黒幕を知ることによって俺を安心させようとした王子と、何も知らなかった俺という構図が噛み合って出来てしまったというわけである。
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