【完結】俺の好きな人は誰にでも優しい。

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あの日の続きを始めよう

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 次の日の朝、息苦しさに胸を押されるようにして目を覚ました。
 重たい感触に気づいて目を開けると、両隣から兄たちにしがみつかれている。毛布に包まれたまま身動きが取れず、こもった熱のせいでじんわりと暑い。

 もぞもぞと顔だけを動かし、せめて時刻を確かめようとした、その瞬間――どん、と強く何かが窓を叩く音が響き、思わずそちらへ目を向けた。
 猛吹雪だ。外の様子は木で打ち付けられた板に遮られて見えないが、音だけで分かる。一夜にして、相当な雪が積もっているに違いない。
 この分では、まださらに増えるだろう。俺は小さく息を吐き、諦めるように再び身を委ねた。今日は無理に外へ出ず、家の中でゆっくり過ごすことになりそうだ。
 兄たちの腕は離れないし、もう一度眠り直そうと目を瞑ったところで。

「…ロランちゃん、なにしてんの?え?オレの抱き枕しないでオニイサンたちの抱き枕になってんの?どーりで寒いと思ったわ」

 責めるような言葉が、囁き声となって頭上から降ってきた。反射的に瞼を跳ね上げる。
 俺の頭のすぐ上に立っていた男は、感情を押し殺したような――いや、露骨に不機嫌さを滲ませた顔で、じっと俺を見下ろしていた。
 ぶすりとしたその視線が突き刺さり、朧気だった意識が一気に現実へと引き戻される。

「ヒューゴ…!起きてたの?」
「吹雪の音で起きちまった。外すごくね?この家、潰れやしねぇか?」
「さすがにそれは大丈夫だと思う。…あの、助けてくれない?兄たちの腕が強くて抜け出せないんだ」
「……オニイサン相手でも、なーんか気に食わねぇ」
「え?なにが?」
「ん?知らね。ほら、引き抜くぞ」
「よろしく」

 かろうじて自由がきく腕を上にあげると、ヒューゴはそれを掴んで俺の体を持ち上げるようにして引っ張る。
 兄たちの腕の強さは相当なものだったが、なんとか腕は離れて抜け出すことに成功した。

「ありがと…ふぅ、生き返った」
「あんたの兄貴たち、やべぇよ。てかよく起きねぇな」
「たぶん、寝たのは朝方なんじゃないかな。俺から一緒に寝ようって言ったのなんて何年ぶりか分からないし、そもそも一緒に寝るのもすごい久しぶりだし…俺の寝顔を朝方まで眺めていたんだと思う。昔からそうなんだよ」
「……ただの兄弟だよな?ヤられてねぇよな?」
「はぁ!?バカ言わないでよ!そんなことあるわけないでしょ!」
「いや、この兄貴たちならあり得そうでよ」
「ないないあり得ない!変な勘繰りしないで」
「あいあい」

 身の毛もよだつことを言われ、身震いする。布団の中で暑いと思っていた体は、まだ暖炉の火が灯っていない居間の中の冷たい空気にさらされ、急速に冷えていく。
 いろんな意味でぶるりと体を震わせた俺は、上着を衣紋掛けから取り、それを羽織って忍び足で居間を出た。俺と兄たちは居間に布団をしいて3人で雑魚寝したのだ。

 そのまま俺とヒューゴは、俺の部屋へと戻る。
 彼が眠っていた痕跡がはっきりと残るベッドを目にしたとき、ドクン、と心臓が不格好な音を立てた。
 なんだろう、と内心不思議に思いながらもそれを悟られまいと、何でもないふりをして暖炉に火を入れる。ぱちぱちと薪が弾け、冷え切っていた部屋にようやくわずかな温もりが宿った。
 本当なら、部屋が十分に温まるまで毛布にくるまっていたかった。けれど、そこには彼の余韻が色濃く残っていて、手を伸ばすのも憚られる。
 俺はぐっと堪え、火を見つめたまま、その熱だけを頼りに暖炉の前に腰を下ろした。

 しばらく、沈黙が落ちた。俺は、心を長かったあの一日に戻して、あの日の続きを始めたかった。

「…あのさ、ヒューゴとこのまえ話したあと、フィリオン様とも話をしたんだ。ヒューゴのお義姉さんの話をフィリオン様からも聞いた」
「ハッ…どーせ、自分に都合の良いようにしか言ってなかったろ?オレの話とは食い違ってたんじゃねぇか?自分のせいで姉貴は自殺したんじゃないとかなんとか言って」
「いや…むしろお義姉さんとヒューゴの人生を歪めてしまったと言っていたよ。フィリオン様もきちんと苦しんできたんじゃないかな」
「おい、アイツの言うことを信じるのか?あんたはアイツを美化しすぎだ。理想の婚約者を手に入れるためにあんたを利用してるヤツだぞ?分かってんのか?」
「…うん、それは分かってる」

 エヴァドネ様を引き寄せるために俺を家令に選んだことはもう分かっているし、確かにとてもショックだった。
 けれど俺も悪かったんだ。平凡で何の取り柄もない商人家の息子が伯爵家の家令に選ばれるなど前代未聞のことなのに、何の疑心も持たずに期待して浮かれていた俺も悪かったんだ。
 それに、フィリオン様は義姉がヒューゴにしたことを知らない。慕っていた義姉が自分を殺そうとしていたなんて知ってしまったら、彼はきっと壊れてしまう。これは絶対に墓場まで持っていかなくてはならない。

「でも…人ひとりの人生を奪ってしまった責任と後悔は確かに感じていると思う。だからと言ってヒューゴがフィリオン様を許せない気持ちはなかなか失くならないだろうし、それが普通だよね」
「…あんたがアイツへの恋心を捨てたときなら、オレも復讐心を捨てられるかもっつったろ?あんたはオレのことより自分のことを考えろ。アイツへの恋情をさっさと捨てる努力をしろ」
「それは――本心?本当に、自分の復讐心を捨てられると思ってる?長年、憎み続けてきたんでしょう?」
「……なにが言いたい?」

 あの日、彼が俺に語ってくれた思いを疑いたくはない。全部、本心で言っていたと思いたい。
 けれどその後のフィリオン様との話で、俺の知らないヒューゴの一面を教えられ、その一面が事実なのかどうか、どうしても確かめたかった。

「本当は……フィリオン様の家令である俺を、フィリオン様から奪いたい、とかじゃない?だから、俺が彼から離れるよう、画策してるんじゃないかって…」
「はぁ?なに言ってんだあんた。それもアイツに吹き込まれたのか?」
「…ヒューゴは人心掌握術がうまいんだって言われたんだ。今まで人の彼女を寝取って捨ててきたけど、女性側がヒューゴを悪く言わないのは人心掌握術がうまいからだって…」
「うーわ、呆れた。あんた、アイツにそう言われて信じたのかよ?オレがあんたに言った直前の言葉は、意図も簡単にひっくり返されたっつーわけ?だからなんか、よそよそしかったのか」

 彼の刺々しい言葉が、棘となって耳の奥に突き刺さる。まるで俺の意志の柔らかさを暴き、責め立てるためだけに放たれた刃のようだった。
 その鋭さに耐えきれず、俺は無意識のうちに肩をすぼめ、身を守るように体を縮めていた。

「ご、めん…でも、一理あるなって思っちゃった。俺が恋心を捨てるのと同時にヒューゴも復讐心を捨てるだなんて、突然のことでおかしいなって。今まで、フィリオン様の物をいろいろ奪ってきたっていう話も聞いたから…」
「まぁ、それは否定しねぇよ。オレから姉貴を奪ったアイツが、何でも不自由なく持っているのが許せなくてな。アイツのもんなら何でも奪ってやった。奪ったものにはひとっつも興味なかったけどな」

 そう明け透けに語る彼の横顔を見つめながら、胸の奥で小さな声が囁いた――やはり、彼は正直者なのでは、と。
 俺を利用しようとしていた事実を自分から明かすなど、黙っていれば決して露見しなかったはずなのに。それでも彼は隠さなかった。
 だからだろうか。彼が俺に投げかけた言葉の一つ一つが、すべて本心から零れ落ちたもののように思えてくる。その奥に計算や策略が潜んでいるとは、どうしても考えられなかった。

「人心掌握術だかなんだか知らねーが、オレが抱いた女たちが何も言わねーのはオレが怖いからだろ。ヤることだけヤってほとんど話さねーし、それでも喜ぶ女は一定数いっからな。
 自分が彼氏差し置いてオレと寝たのにオレを悪く言ったら暴力を振るわれるとでも思ってんじゃね?もしくは、また抱いてもらえると期待してる可能性もあんな」
「…ふーん。そんなにお盛んならこんなとこにいていいの?早く学園に戻って女性を抱きたいんじゃないの?」
「んー、最近めっきり彼氏持ちの女見ても興奮しねぇからいいわ。あんたを見てるほうがずっと楽しい」
「…最低」

 意味もわからない微かな苛立ちを振り払うように、俺は腰を上げた。胸の内に残るざらつきを置き去りにするかのように。

 そろそろ、兄嫁が目を覚ます時間だ。朝食の支度が始まる前に、手伝いに入らなければならない――そう思いながら、俺は静かに扉を開けて廊下に出る。ヒューゴは、当たり前のようにその後を着いてきた。

「話はもう終わりかよ?つーか、アイツとオレの話、どっちを信じんだよ?まさかここまで来たオレを疑うわけねぇよな?アイツの言ってることのほうがよっぽど信憑性なんてねぇだろ?」
「…もうどっちでもいい」
「んだよ、それ。突然不機嫌になりやがって、意味分かんねぇ」
「うるさい!朝食の準備するから……って、ヒューゴが作ることに決まったんだっけ?」
「おう、どーせオレは自分の作ったもんしか食えねぇからな。うまいもん食わせて機嫌直してやっから、楽しみにしてろよ」
「…とびきり美味しいもの作って」
「任せろ。ま、あるもので作っから勝手に台所、物色させてもらうぜ」

 そう言って台所に立つ男の、逞しい背中を俺は曖昧な感情のまま見つめていた。
 つい先ほどまで胸の奥に燻っていた、出所のわからない苛立ちはいつの間にか消え失せ、代わりに意識はすでに彼の手から生まれる料理へと向かっている。
 空腹を訴えるように喉が小さく鳴り、俺はその音をごまかすように、視線をそっと逸らした。


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