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おもしろい冗談はベッドの中で
しおりを挟む朝が深まるにつれ、家の中は次第に賑わいを取り戻していった。台所から漂ういい匂いに誘われるように、家族がひとり、またひとりと目を覚ましてくる。
兄たちは、俺が腕の中にいなかったことが気に入らないのか、不服そうな表情を浮かべたまま起きてきた。だが、食卓に並んだ朝食を目にした途端、その不満は言葉になる前に消え失せる。
それがヒューゴの手によるものだと知るや否や、兄たちはさらに深く押し黙り、ただ料理を前にして視線を落とした。
そんなこんなで、ヒューゴの料理を絶賛する兄嫁、悔しそうにしながらも料理の腕を褒める長兄、特に感想は述べないものの食べる手は休まらない次兄、久しぶりのヒューゴの手料理に舌鼓を打つ俺を満足そうに見つめるヒューゴという構図で終わった朝食の席。
普段ならば、このあと店の開店準備をしたり商品の仕入れ作業などをするのだが、あいにく今日の天気では窓を開けることすら出来ない。
俺とヒューゴ以外は家の中でもやれる仕事があるし、俺はこれから生まれてくる姪っ子の名前を考えようかと思っていたが、そうするとヒューゴは手持ち無沙汰になる。
せっかくこんなところまで来てずっとだらけさせるのも忍びないと思った俺は、ヒューゴと室内で遊べるゲームをすることにした。
タブラというサイコロを使う双六系の遊びや、ミルという石や駒を並べる陣取りゲームをして白熱の頭脳戦を繰り広げる。
想像以上にヒューゴとの戦いは熾烈を極め、お互いあーだこーだ言いながらも良い勝負を展開し、存分に楽しんだ。
昼食や夕食ももちろんすべてヒューゴが作り、猛吹雪の中、家の中だけで過ごした俺たちはまたどこで誰がどう寝るかで揉める。
「ロラたん!今日も僕たちと寝るよね!?なんなら僕とふたりきりで僕のベッドで寝よう!?」
「それはさせんぞ。ちびランラン、俺とロザリーの間で寝るか?昨日はロザリーは一人寝で寂しかったそうだ」
「そうよ、ロラン!可哀想な姉さんをひとりにしないで私たちと寝ましょう」
「ロランちゃんは自分の部屋でオレと寝るんでお構いなく。うまいもん食わせてやったから、オレと寝るよな?ん?」
「……ひとりで寝たいんだけど」
「却下」
俺以外の全員の声が重なり、俺の願いはすげなく振り払われる。俺はヒューゴの圧から、明日もうまいもん食わせてやる、というものを感じ取り、渋々ながらヒューゴと寝る選択肢を取った。
「えぇ!?な、なんでよロラたん!ヒューゴと寝るのは危ないよ!絶対に危ない!」
「オレって珍獣かなんかかと思われてんの?」
「それに近いものを感じるからな。しかしちびランランが決めたのなら尊重する。友人と共に寝るというのは友情を深めるからな。変なことしたら許さんが」
「男同士の友情に何があるって言うのよ。変な勘違いはしないで、さっさと私たちも寝るわよ」
「おやすみ、みんな」
未練たらたらな目で俺を見つめてくる兄たちとそれを引っ張る兄嫁に手を振り、俺はふぅ、とため息を吐く。仕事をしてない一日だったのに、ゲームにはしゃぎすぎたせいか、どっと肩に疲労が乗った。
「んじゃ、今日はオレの抱き枕してくれよな、ロランちゃん」
語尾にハートマークでも着きそうな言い方でからかうように言われ、じとりとした目線をヒューゴに向ける。
おもしろがるような、ワクワクとした表情を浮かべながら先に俺のベッドに寝そべった彼は、隣の空間を手のひらでポンポンと叩きながら俺を誘う。
彼の作る美味しい料理のためには仕方ない、と腹を括り、俺は少しの隙間を開けて彼の隣に背を向ける形で寝転んだ。
瞬間、ホッと息をつく間もなく、背後から彼に抱き締められる。本当に俺を抱き枕にするつもりか、と悪態をつこうとしたが、彼の吐息が首筋に触れ、それはかなわなかった。
「さみーから、くっつこうぜ」
「……苦しくしないでよ」
「くくっ、あんたの兄貴たちよりかは優しくしてやんよ」
「…もう寝る、おやすみ」
「はぁ?もう寝る気かよ。まだ眠くねぇだろーが」
「いつもこんな…」
ふうにして、女性たちと寝てるの?――そんな言葉が出てきそうになり、慌てて言葉を呑み込んだ。
俺は一体何を聞こうとしているんだ。この男が誰とどう過ごしていようが、俺には関係ないし知る必要もない。
「ん?なんだよ」
「…フィリオン様は、いつもこんな風に引き留めなかったよ。おやすみなさいって言ったら頭を撫でておやすみって優しく返してくれた」
「……それ、無意識で言ってんの?」
「え?なにが?」
「あー、うぜぇ」
なぜか彼の声は、ふいに不機嫌を帯びたものへと変わった。首筋にかかるその息でさえ、からかいを失い、棘を含んで触れてくるように感じられる。
思い当たる理由もなく、俺はただ戸惑いを胸に、身動きも取れずにいた。
「ま、アイツもそろそろ気付く頃だろうな」
「なにが?」
「一度学園に戻ったはずのオレがまた学園にいないことを。んで、オレがあんたの家の場所を調べてたっつーことも。オレがあんたを尋ねて部屋に行ったことはあんたの同室者が報告してんだろーしな」
「…フィリオン様がそれを知ったらどうするんだろう。一応ヒューゴと関わるのをやめてくれってあの日も懇願されたんだけど全然守れてないや」
「んなもん、守らなくていーだろ。あんたはアイツの言うことに縛られず、好きにしたらいーんだよ。オレの飯が食えなくなるのは嫌だろ?」
「それは…そうだけど。俺がフィリオン様の家令になるとして、ヒューゴとも友人関係を続けるには…ふたりが仲直りとまではいかないにしても、歩み寄ってくれたら丸くおさまるんだけどな」
「ムリムリ。諦めな。オレはアイツに歩み寄るつもりなんてこれっぽっちもねーから」
だよなぁ、と内心でため息を吐く。ヒューゴと関わるなというフィリオン様。そんな彼の家令になる予定の俺。そしてフィリオン様の言いなりになるなというヒューゴ。
どちらかの関係を続けるには、どちらかの関係を断ち切るしか道はないのだろうか。
彼らは曲がりなりにも異母兄弟であるはずなのに、ふたりの間にある亀裂は深い。もう修復は不可能なのだろうか。
「だが復讐心はいつかは捨てられっかもっつーのはマジ。あんたがアイツへの想いを捨てられんなら、オレもアイツへの憎悪はその辺に置いてあんたと楽しいことしてーわ」
「…それ、俺がフィリオン様の家令になるのをやめないと出来ないことじゃん」
「だからアイツの家令になんかなんなよ」
「やっぱりフィリオン様の家令を奪いたいだけじゃないの?そんで俺をヒューゴの家令にするつもり?」
「んなわけねーだろ。あんたを家令になんかすっかよ。手元には置きてぇから、……助手にでもすっか?よし、それだ。今から医学の勉強しろ。んで、医者になるオレの助手として働け」
「あはは!そんな無茶な!」
衝動的にも横暴にも程がある男だ。あまりに現実味のない突拍子もない提案に、俺は声を上げて笑った。彼も背後で笑う気配がして、またさらにおかしくなる。
「わりと本気だぜ?あんたなら今からでも遅くねーだろ」
「家令科から医学科に移動なんて聞いたことないよ!確かに家令科では上位の成績だけど、医学科とはレベルが違うんだから無理だって。そもそもヒューゴの助手とか、振り回されそうで嫌だ」
「確かに振り回すな。それは先に言っとくわ」
「だから嫌だって!あははっ」
「んだと、コイツ」
ヒューゴでもこんな冗談言うんだな、とおかしくて笑いが止まらない。そんな俺の体を締め上げるようにして力を入れる彼の腕をバシバシと叩いて抵抗する。
まるで仲の良い友人とじゃれ合っているような感覚に、胸があたたかいもので包まれる。今の彼が俺を利用しようとしているなんて、もう考えられなかった。
少し暴れたからか、声を出して笑ったからか、ほどよい眠気がゆらりと襲ってくる。俺は大きな欠伸をひとつ溢して、毛布を肩までしっかり上げると、そのまま目蓋を閉じた
「ねむい…おやすみ」
「…くくっ、おう、おやすみ。良い夢見ろよ、ロランちゃん」
彼の声を最後に、俺は眠気に抗うことができなかった。その音を子守歌のように聞きながら、意識はゆっくりと底へ沈み、静かな闇に溶けていった。
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